ウクライナ難民、メキシコ経由で米国へ 国境ルポ

ウクライナ難民、メキシコ経由で米国へ 国境ルポ
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『ロシアによるウクライナ侵攻を受け、メキシコを経由して米国をめざすウクライナ難民が急増している。査証(ビザ)の取得が必要ないメキシコに一度入り、そこから陸路で米国をめざす。陸続きではない欧州からあえてメキシコを通る新たな移民の流れが生まれている。ウクライナ難民の歩みを追った。

「最後の入国審査だ。僕とハグしよう」。4月上旬の米カリフォルニア州サンイシドロの国境検問所。米国で建設会社を営むオレクシー・イエルメン(46)さんはメキシコとの国境の建物の出口で、入国するウクライナ難民にこう話しかけていた。子供と出てきた女性はイエルメンさんとハグすると、ほっとした表情で目に涙を浮かべた。

ウズベキスタン出身のイエルメンさんにはウクライナ人の妻がいる。自分の家族を出迎えた後、検問所の出口に残って難民の支援を続けた。赤いテープで「USA」という文字を書き、国境を模した線を引いた。本来の国境ではないが、緊張した表情で出てくる難民たちに、目的地にたどり着いた実感をかみしめてもらうための演出だ。
ティフアナのスポーツ施設では米国入りを待つウクライナ難民が寝泊まりしている

国境の反対側ではウクライナ難民が米国への入国許可を待つ。メキシコ北西部のティフアナにあるスポーツ施設。体育館の中にマットレスが敷き詰められ、屋内に入りきらないベッドが外のバスケットコートに並ぶ。屋外にあるテントでは支援団体が寄付したスイカやバナナ、サンドイッチなどが配られていた。

米国に入国するにはティフアナで2~5日待つ必要がある。自分の順番になるとバスで国境検問所まで連れて行ってもらい、2~3時間の審査を経てようやく米国に入国できる流れだ。このスポーツ施設では600~700人のウクライナ難民が自分の順番が呼ばれるのを待っていた。
ウクライナ難民が滞在するティフアナのスポーツ施設では食事が用意されている

大学生のジュリア・クラウチュタさん(21)もその一人だ。2月に母親とスペイン旅行に出発すると、5日後にロシアがウクライナに侵攻。攻撃を受けた地元の南東部マリウポリに帰れなくなった。そのままスペインに1カ月滞在した後、南米コロンビアを経てメキシコに移動した。所持品は小さなバッグと数枚のシャツ、2本のジーンズだけだ。

今年大学を卒業して教師として働くはずだったクラウチュタさんの人生計画は白紙になった。地元マリウポリの友人とは今でも連絡がとれておらず、「生きているのかもわからない」と不安げな表情を浮かべる。ウクライナ難民が米国に滞在できるのは現時点では1年間。「これからの計画は何もない。状況次第です」と話す。

ウクライナ難民が滞在するスポーツ施設に到着した枕や布団を運び込む男性たち

ウクライナ人が欧州から米国に直接渡航するにはビザが必要だ。キーウ(キエフ)出身の弁護士イホル・テラフスカさん(28)が欧州で米国への入国手続きを申し込むと、「5月までアポイントは取れない」と言われた。「そこまで待てない」。テラフスカさんのように米国に友人や親族がいるウクライナ人はより短時間で入国できる方法を探った。

そこでビザなしで入国できる経由地として注目されたのがメキシコだ。米メキシコの国境にたどり着けば、その場で難民申請をして数日間で入国できる。メキシコ移民庁によると、1~2月にはメキシコに空路で入国したウクライナ人が約1万人と20年の同じ時期に比べて2倍に増えた。

ウクライナ難民の情報源はSNS(交流サイト)だ。テラフスカさんは侵攻が始まると妻と2歳の子供を連れてウクライナからポーランドに出国し、スペインを経てメキシコ南東部カンクンに到着。そこからティフアナまで移動した。テラフスカさんは「(SNSの)テレグラムに移動経路に関する情報があふれている」と話す。

ティフアナの空港で米国に避難するウクライナ人の親戚を待つ男性

ウクライナ難民と同様にメキシコへの入国が増えているのがロシア人だ。メキシコ移民庁によると、ロシア人の入国は1~2月に約3万人と20年の同じ時期と比べて6割近く増えた。ただティフアナでは政府当局者や支援団体の関係者が「ロシア人の移民はどこにいるのかわからない」と口をそろえる。

背景には、侵攻に反対して母国を去ったロシア人に対する支援の遅れがある。ロシア出身で、キリスト教の団体でウクライナ難民を支援するヴァシーリー・ティシチェンコ氏は「ロシア人は難民ではなく政治亡命の申請をする必要があり、ウクライナ人よりもメキシコで長い時間待たされる。ロシア人にも避難施設が必要だ」と訴える。

メキシコとの国境を通過して米国に入国したウクライナ人の家族

バイデン米政権は最大10万人のウクライナ難民を受け入れる方針を掲げる。今後もウクライナから米国をめざす難民は増える見通しだ。ただ難民たちの心の傷が癒えるのには時間がかかり、入国後の支援も欠かせない。

キーウ近郊の出身で、米メキシコ国境を越えてからひと晩を過ごしたルドミラ・チュバデンコさん(37)はこう話す。「米国はとても平和で平穏を感じられる。だけど今でも時々、爆撃を警告するサイレンのような空耳が聞こえる。そのときにもう地下に逃げ込む必要がないと気づくの」

(メキシコ北西部ティフアナで、清水孝輔)

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