ウクライナの対外発信、マスク氏衛星通信やZoomが支援

ウクライナの対外発信、マスク氏衛星通信やZoomが支援
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC0706Z0X00C22A4000000/

『ウクライナが世界へ対外発信を強めるなか、米巨大IT(情報技術)企業が情報通信インフラの確保を側面支援している。米テスラ最高経営責任者(CEO)でスペースXを率いるイーロン・マスク氏の衛星通信設備が続々到着し、ビデオ会議のZoom(ズーム)も活用する。米マイクロソフトがサイバー攻撃対策で助言し、米グーグルが政府のアプリを使いやすくするといった動きもある。

「アジアで初めてロシアに対する圧力をかけ始めたのが日本だ」。ウクライナのゼレンスキー大統領は3月、日本の国会でオンライン演説し、熱弁をふるった。生中継で使われたのは、国際舞台では珍しい米ズーム・ビデオ・コミュニケーションズのオンライン会議システムだった。

サービス登場当初は簡易なビジネス用途が中心だったズームも、セキュリティー強化の要望に応え政治の舞台にも使われるようになった。衆院議院運営委員会の山口俊一委員長によると、ウクライナ側からの要望を踏まえてズームを使ったという。

ロシア軍の攻撃で、光ファイバーや携帯電話網などウクライナのITインフラが厳しくなる中、ウクライナ政府は限られたIT資産と技術者でビデオ演説やSNS(交流サイト)を使った対外配信を続ける。ウクライナ政府とスペースXに通信手段についてコメントを求めたが得られなかった。

ウクライナに通信基地局を提供する欧州の通信会社幹部は、社員がウクライナ向けの保守サポート業務を継続していることを明らかにした。ウクライナのビデオ配信については「政府はマスク氏に供与された端末を人工衛星経由で活用しており、中継などにも使える」と分析する。

スペースXの衛星通信「スターリンク」が活躍

スペースXの衛星通信システム「スターリンク」は、高度3万6000キロメートル近い従来の通信用衛星と異なり、高度550キロメートル前後で周回する多数の小型衛星を活用する。地表に近い分、データ転送の遅延が少なく、ビデオ通話やライブ配信にも適している。スペースXはこれまで1400基超を稼働させており、ダウンロード速度は固定ブロードバンド通信並みという。

「新しいスターリンクの基地設備が届いた! 悪を打ち負かすのに役立つ」。ウクライナのミハイロ・フョードロフ副首相兼デジタル転換相は3月、到着した通信設備とみられる箱が山積みになった写真や、建物の上に設置工事中の写真を複数回ツイッターに投稿した。
スターリンクの通信設備はウクライナで広く活用されている(3月中旬、ウクライナの政府機関のホームページから)

ウクライナ政府も公式サイトで「スターリンク設備の第1陣が到着した」(3月1日)、「590台の設備が医療機関などに届く」(同月28日)などと公表している。戦場ではインターネットを含む通信の確保が重視されており、衛星経由だと物理的に破壊されにくくなる。英メディアによると、ウクライナ側のドローンを使ったロシア軍の監視や攻撃などにも、スターリンクの通信が貢献している。

スターリンクのシステムはもともと、ウクライナのフョードルフ副首相の要請にマスク氏が応じたもの。車のシガーソケットからでも通信端末に給電できるよう改良し、移動中も通信を維持しやすくした。

マイクロソフト、サイバー攻撃を阻止

スペースX以外にも、米巨大テック企業がITインフラの確保や維持を手助けする動きが広がる。

マイクロソフトは4月7日、ロシア政府とつながりがあるハッカー集団によるウクライナの報道機関などを狙ったサイバー攻撃を検知し、阻止したと発表した。ロシアのハッカー集団「ストロンチウム」が攻撃に使おうとしていたドメインの権限を、裁判所命令で差し押さえた。

同社はロシアの侵攻開始前からウクライナを狙ったサイバー攻撃を監視し、同国政府に情報共有や助言をしてきた。同社は「ウクライナ政府と密接に連携しており、より包括的な情報提供も予定している」としている。

米シスコシステムズも社内で有志チームをつくり、24時間体制でウクライナ政府機関や金融機関など、重要機関を中心にサイバー空間の監視を続ける。同国内でテレビ会議システムを無料で使えるようにしている。

住民の避難に貢献しているのは米グーグルだ。ウクライナ当局は飛来する飛行機やミサイルを検知し、住民に避難を促すシステムを運用する。SNSやアプリで警戒を呼びかけてきたが、グーグルは3月、スマホの基本ソフト(OS)「アンドロイド」の機能として警戒システムを組み込んだ。

ウクライナ、IT人材は豊富

ウクライナのユーザーなら、アプリをダウンロードしなくても自動的に機能が追加され、緊急地震速報のアラートと同じような安定した仕組みで、差し迫った危機を伝えられる。

米アマゾン・ドット・コム子会社でクラウド事業世界最大手のアマゾン・ウェブ・サービス(AWS)も、3月末のブログで「ウクライナ政府や企業からの要請を受け、ネット接続設定の緊急対応や安全な通信整備、避難支援などさまざまな活動をしてきた」としている。

ウクライナは近年ソフトウエア産業を強化してきた。IT人材が豊富で、もともと米企業がAI(人工知能)などIT開発を委託するなどつながりも深かった。ウクライナには世界各国が武器や資金面で支援に取り組んでいるが、激しさを増す情報戦を巡っては米巨大ITの側面支援がウクライナの発信力を下支えしている。

(伴正春、大沢薫、シリコンバレー=白石武志)

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浅川直輝
日経BP 「日経コンピュータ」編集長
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ひとこと解説

「インターネットはメッシュ(網状)で途切れにくいので、災害や戦争に強い」などと説明されることがありますが、現実のネットは必ずしもそうなっていません。

例えば日本の通信網は固定網/無線基地局を問わず、いったん局舎と光ファイバーでつないでから基幹網に接続する仕組みなので、局舎が災害/攻撃/占拠などで損壊すれば、周辺地域の通信は軒並み使えなくなります。東日本大震災では停電に加え、局舎が津波の被害を受けて同様の状況になりました。

その震災で、避難所や病院における通信の確保に大活躍したのが衛星通信でした。平時から要所に衛星通信の設備を備えておくことは、災害対策のみならず安全保障の観点からも重要です。

2022年4月11日 7:45』