米民主化外交「不作為の罪」 力の衰えミャンマーでも

米民主化外交「不作為の罪」 力の衰えミャンマーでも
編集委員 高橋徹
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM203DS0Q2A220C2000000/

『ロシアのウクライナ侵攻を世界が非難するなかで「正当だ」と支持する声もある。そのひとつがミャンマー国軍だ。

クーデターで民主政権を倒した国軍は、抗議する市民を弾圧し、犠牲者は1700人を超えた。蛮行をロシアが武器供与で支える。

「世界の警察官」を返上した民主主義の盟主が打つ手は、ここでも経済制裁だ。国軍記念日を2日後に控えた3月25日、バイデン米政権は国軍と関係が深い個人や企業を追加し対象は計70人・27組織に増えた。米国内の資産を凍結し自国民との取引を禁じる。だが、そもそも国軍幹部が米国に資産を持つ可能性は低い。弾圧を緩めない姿勢をみれば、実効性は薄い。

政変はバイデン政権の発足とほぼ重なっていた。同氏が副大統領だったオバマ政権の「民主化外交」の数少ない成果がミャンマーだった。中ロとの対立を「民主主義と専制主義の闘い」と位置づける現政権に、人道危機への対処は試金石だ。なぜこれほど無策なのか。ウクライナ侵攻の前から「米外交はロシアや中国、イランで手いっぱい」(新米国安全保障センターのリチャード・フォンテーン最高経営責任者)だったとしても、一因は自身の過去の不作為にある。

スーチー氏への肩入れが裏目に

かつての軍事政権に対し、クリントン政権下の1997年に制裁を発動した。民主化運動のカリスマだったアウンサンスーチー氏の求めに応じたのは「善対悪のわかりやすい構図に加え、米自身が経済権益を持たず、中国の影もまだ薄かったから」と政策研究大学院大学の工藤年博教授は振り返る。

2003年にスーチー氏が襲われる事件が起き、ブッシュ政権は制裁を強めたが、その頃には中国が軍政を支え始めていた。制裁一辺倒から硬軟両様へ転じたのは09年発足のオバマ政権だ。民主化改革に呼応して段階的に制裁を緩め、16年に政権を握ったスーチー氏の要請で完全解除した。

制裁を始めさせたのも、終わらせたのもスーチー氏だ。「米国のミャンマー政策を決めているのは彼女」。そう皮肉られるほどの肩入れが、結果的に裏目に出た。

民主化改革のさなかの12年、米国は22年ぶりに駐ミャンマー大使を派遣した。デレク・ミッチェル氏はシンクタンクや国防総省でアジア政策に携わる以前、88年の大統領選の民主党候補だったデュカキス氏、92年のクリントン氏の選挙戦で働いた経験を持つ。「オバマ氏は15年のミャンマー総選挙でスーチー氏の勝利を手助けする大使がほしかった」と歴史学者のクレイグ・クラフター氏はみる。

米大使館は選挙活動のイロハを授け、受講生の多くはスーチー氏の国民民主連盟(NLD)の選挙戦に参加した。本来は審判であるべき米国があからさまにコーチ役を演じた。改革を推進したにもかかわらず親軍政党が惨敗した国軍は、干渉に反感を募らせた。

権力の所在は移り気である。あらゆる国で与野党双方と関係を構築するのは外交の鉄則だ。ましてミャンマーのような国で、旧体制側を拙速に疎外するのは危険が伴う。にもかかわらず米国は国軍との関係を自ら閉ざしてしまった。

政変後、制裁と一線を画す日本の「独自のパイプ」に米国が期待を寄せたのは、国軍と対話ルートを持たない裏返しだった。

双方に接してバランス保つ中国

中国は違った。習近平(シー・ジンピン)国家主席や王毅(ワン・イー)外相がミャンマーを訪問した際、必ずスーチー氏、ミンアウンフライン国軍総司令官の双方と会談し、バランスを保った。政変後も変わらない。国連の場では国軍を擁護する半面、NLDの解党は見送るようクギを刺した。

米国は何ができるのか。かつてのように自国企業に投資や貿易、金融取引を禁じる広範な制裁には「市民への打撃が大きい」と及び腰だ。影響力の低下という事情もある。03年の禁輸でミャンマーは主力だった繊維の輸出先の半分を占めた米市場を失い、8万人が失業したとされる。当時1割を超えていた対米輸出比率は近年は5%程度に下がっている。

いったん国際経済に組み込まれたミャンマーに金融制裁は以前にも増す劇薬だが、昨年末に人民元での貿易決済を解禁した同国をさらに中国へ押しやる懸念がある。
米国は「民主主義サミット」にタイやシンガポールを招かなかった(21年12月)=ロイター

残る手立ては、バイデン政権が重視する多国間連携の活用だ。例えば同盟国でミャンマー隣国のタイに天然ガスなどの生産・輸入の制限、準同盟国でアジアの金融ハブであるシンガポールには資産凍結への同調を求めることが考えられる。特に後者は、国軍高官が海外に持つ資産の大半がシンガポールにあるといわれるだけに、相当な効果が見込めるはずだ。

ただ米国は21年12月の「民主主義サミット」にタイやシンガポールを招かなかった。民主主義の仲間と認めない国に、民主化支援を理由に内政干渉まがいの協力をのませる大義は立ちにくい。武力闘争へ傾く民主派に「武器の提供を真剣に考えるべきだ」(米シンクタンクのウィルソン・センターのアジアフェロー、マービン・オット氏)といった意見も出るが、情勢を泥沼化させる恐れが強い。

中国とインド、東南アジア諸国連合(ASEAN)の結節点にあるミャンマーは、米国のインド太平洋戦略で無視できない地政学上の要衝だ。いまや中ロが後押しする専制国家の典型例でもある。そこで起きた政変と人権侵害に手をこまねく姿は、戦後の世界の秩序形成を担ってきた超大国の力の衰えを如実に物語っている。

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高橋徹(たかはし・とおる)1992年日本経済新聞社入社。自動車や通信、エネルギー、商社、電機などの産業取材を担当した後、2010~15年にバンコク支局長、19~22年3月はアジア総局長としてタイに駐在した。論説委員を兼務。著書「タイ 混迷からの脱出」で16年度の大平正芳記念特別賞受賞。』