先鋭化する米中対立、経済安保で衝突回避を

先鋭化する米中対立、経済安保で衝突回避を
学び×国際紛争(4)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOKC069IM0W2A100C2000000/

『世界中の様々な紛争をテーマにした話題の漫画「紛争でしたら八田まで」を監修する、東京海上ディーアール主席研究員の川口貴久さんに聞く「国際紛争」の現状。最終回のテーマは「経済安全保障」です。

近年、経済安全保障への関心が劇的に高まっています。経済安保とは、経済的手段で安全保障上の目標を達成することとされ、非常に幅広い分野が含まれます。日本政府も対策に本腰を入れています。

岸田内閣で担当相新設

岸田文雄首相は2021年10月に発足した内閣で、新たに経済安全保障担当の閣僚を置きました。17日に召集された通常国会で経済安保推進法案を提出します。同法案は①サプライチェーン(供給網)の強靱(きょうじん)化②基幹インフラの安全性・信頼性の確保③先端的な技術分野の官民協力④特許の非公開制度――という4本柱の構成です。

このタイミングで経済安保の推進を打ち出す背景には先端技術、貿易や人権などで対立が先鋭化する米国と中国との関係があります。

トランプ前米大統領は中国通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)の機器に安全保障上のリスクがあるとして、高速通信規格「5G」からの排除を同盟国に求めました。その後も供給網や先端技術を中国に握られるのを避けるため、輸出・投資規制の強化など矢継ぎ早に対抗手段を打ちだしました。バイデン大統領の現政権も基本的にこの方針を引き継いでいます。米国の対中政策については超党派の合意が形成されているからです。

中国もまた「国家安全」を掲げて戦略物資の輸出管理を強化し、中国向け投資の規制を強めます。中国建国100周年の2049年までに、社会・国家、軍事、経済・産業などのあらゆる面で米国を追い越そうとする長期戦略も背景にあります。

日本企業は米中間で板挟み

多くの日本企業にとって米中両国は重要な開発・製造拠点であり、巨大な市場でもあります。日本政府は経済安保の推進を掲げて対応を加速させていますが、企業の間では米中の板挟みとなることへの危機感も高まっています。焦点の一つは先端技術の保護です。

米中は、先端技術の獲得が将来の技術・軍事覇権を決定づけるという認識の下、開発や輸出規制に力をいれています。米国では従来よりも幅広く、今後実用化される「新興技術」とすでに広く実用化されている「基盤技術」の輸出管理の強化を進めようとします。習近平(シー・ジンピン)指導部も15年に、民間資源の軍事利用や軍事技術を民間転用する「軍民融合」を国家戦略に引き上げ、軍事利用可能な先端技術をあらゆる手段で収集しているとみられます。

米中の対立が深まるなか、経済安全保障の重要性が高まっている(1月21日、首相官邸でバイデン米大統領とテレビ会議形式で会談する岸田首相)=内閣広報室提供
情報収集・分析で危機回避

業種にもよりますが、企業が取れる自衛の策はあります。一つが技術の世代管理です。最先端の技術・製品を日本や米国のような同盟国で開発・生産し、数世代遅れたものを中国で生産し、先端技術の流出を防ぐ手法です。半導体などを手がけるメーカーなどがこういった手法を採用しています。

今後どのような品目が重要視され、米中による規制競争に巻き込まれる恐れがあるのか。情報収集を手がける専門部署を設けることも危機を回避する有効な手段です。ポイントは輸出管理に関わる政策動向のみならず、日本をとりまく安全保障環境や米中関係の将来について公開情報を集め、分析することです。政策の大きな方向性や論点が把握できるはずです。

防衛産業、金融機関や商社など一部のリスクマネジメント先進企業はすでにこういった部署を持っていますが、ほとんどの企業では導入が遅れています。人的資源の制約から情報収集が難しいのであれば、外部の専門家を活用するなどの方法があります。

データを守る規制・法整備を

現在の経済安保議論であまり触れられていないのは「21世紀の石油」ともいえるデータです。事業で蓄積される膨大な産業データや個人データに対する各国の関心は高いです。そのため近年では、各国政府が企業の保有するデータに強制的にアクセスすること、いわゆる「ガバメントアクセス」への懸念が高まっています。

その手段の一つは、外国企業に対して、データを現地国内に保存することを義務付けたり、データの第三国移転に制限を課したりすることです。こうした法整備はデータローカライゼーション規制と呼ばれます。データが自国内にあれば、物理的に法執行権限を及ぼすことができます。

海外で先端技術を研究する際には細心の注意が必要だ=ロイター

しかし日本国内にデータがあれば安心というわけではありません。外国の開発・運用委託先を通じた国内へのアクセスにも注意が必要です。

21年3月に対話アプリ「LINE」の中国関連会社から日本国内に保管されている個人データにアクセスしていたことが明らかになって以降、国境を越えた外国からのアクセスへの注目が高まりました。中国国家情報法(17年6月施行)は中国企業に対する「国家情報工作」への協力を求めるため、安全保障上のリスクが懸念されました。

コストや利便性より重要なリスク管理

データの物理的保管場所やクラウドサービスを含む委託先企業の選定にあたり、コストや利便性を重視した判断は安全保障上のリスクを見落とすこともあります。

先端技術の開発拠点やデータの保管場所、委託先企業を選ぶ際には米欧などが主導するいくつかの枠組みも参考になるでしょう。米英豪などで機密情報を共有する「ファイブ・アイズ」や、日米豪印の4カ国による「Quad(クアッド)」などが有力です。いずれの国も民主主義陣営に属し、ビジネス環境としての信頼度は相対的に高いといえます。

ただし、委託先企業の所在国だけでの判断にも危うい部分は残ります。企業支配の構造、株主や経営者のデューデリジェンス(調査・査定)も必須です。

米中の国力差が縮むなか、米中関係が急に改善に転じることは考えづらいです。日本国内でも経済団体による動きが活発になっていることから分かるように、経済安保への対応は企業にとって新たな常識となっています。

=おわり

(井上航介が担当しました)

グラフィックス 藤沢愛

連載記事一覧はこちら https://www.nikkei.com/stories/topic_story_22010601?n_cid=DSST001

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柯 隆
東京財団政策研究所 主席研究員
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分析・考察

この問題について完璧な回答がない。

この難題に対処するならば、何かの犠牲を払わないといけない。

岸田首相はスピーチなどでいつも、リアリティ外交やしたたかな外交を連発するが、じゃ、具体的に何をするの、について答えを明らかにしていない。

現実問題として、アメリカに歩調を合わせなければならないが、中国との経済関係を考えて、ほんとうにその一部を犠牲にする覚悟があるのかがとわれている。

自動車産業を例にあげれば、中国はもっとも大きな自動車市場になっている。かといって二股外交を展開すると、米中のいずれにも相手にされなくなる可能性がある。かなりの覚悟が必要だ

2022年1月27日 7:54 』