【地球コラム】カザフの「天安門事件」(上)

【地球コラム】カザフの「天安門事件」(上)
https://www.jiji.com/jc/article?k=2022011200655&g=int

『◇プーチン、対中警戒か

 中央アジアのカザフスタン全土で反政府デモの嵐が吹き荒れ、ロシアのプーチン政権は1月6日、旧ソ連圏の軍事同盟、集団安全保障条約機構(CSTO)の枠内で平和維持部隊を派遣した。カザフのトカエフ大統領の要請後、24時間以内のスピード介入だ。ウクライナとの西部国境に軍を集結させて北大西洋条約機構(NATO)に圧力を加える中、ロシアの勢力圏を守るためならすぐにでも行動に移せるという臨戦態勢を対外的に誇示した。

 ただ、プーチン政権が一時的にも平和維持部隊でにらみを利かせた相手は、欧米だけではなさそうだ。カザフはNATOと一定の協力関係にあるが、ロシアとの同盟を軸にバランス外交に努めており、ウクライナなどのようにNATO加盟を目指しているわけではない。ここで見えてくるのが、カザフへの経済進出を活発化する東の隣国・中国の存在だ。
 中央アジア5カ国は、ロシア帝国、ソ連時代を経て独立。カザフのナザルバエフ前大統領のような強権指導者が統治してきた。しかし、ソ連崩壊から30年が過ぎ、地域の安定にはほころびが見える。その一つが、年明けのカザフ情勢でもある。

 権力の空白が生まれれば、中国に付け入る隙を与える―。中ロは現在、戦略的パートナーシップ関係にあるが、歴史的には中ソ国境紛争も経験したライバル同士。プーチン大統領の素早い決断に際し、中ロ「蜜月」の中で表向きには言えない中国への警戒感が念頭にあったもようだ。(時事通信社・前モスクワ特派員 平岩貴比古、2回連載・外交編)

◇迅速すぎる展開

 カザフのトカエフ大統領が国民向けのテレビ演説で、デモ隊を「テロリスト」と呼び、平和維持部隊の派遣を要請したのは1月5日。ロシア主導のCSTOが深夜に正式決定後、ロシア空挺(くうてい)軍が駐留する中部イワノボ州では翌日、雪の中でずらりと並んだ軍用車両がカザフ行き輸送機への搭載を待っていた。

 平和維持部隊の中心となったのは、このロシア空挺軍。チェチェン紛争やウクライナ南部クリミア半島併合などに際して投入された精鋭部隊であり、欧米はデモの武力鎮圧と共に、ロシアの軍事介入に懸念を示した。

 年明けからの反政府デモの暴徒化を受け、要請した主体はカザフだ。CSTOの平和維持部隊の活用は初めて。しかし、旧ソ連圏でロシアが介入してきた前例からして、展開は「迅速すぎた」とも言える。2013~2014年にデモに見舞われたウクライナは、CSTO非加盟で今回のような選択肢はあり得なかった(結果的にロシア軍がクリミア半島を制圧した)。2020年に大統領選不正疑惑がデモに発展したベラルーシは加盟国だが、ロシアからは治安部隊の支援表明にとどまった。

 ウクライナはその後、NATO加盟路線をさらに鮮明にし、ベラルーシでは政権崩壊こそ免れたものの、反ルカシェンコ派が欧州連合(EU)域内に逃れて「亡命政府」のように振る舞っている。問題を長期化でこじらせたという反省点がロシアにはあり、カザフでの対応に生かされたとみられる。迅速な介入に当たっては(1)ロシアが主導して要請させた(2)事前のコンティンジェンシー・プラン(緊急時対応計画)が存在した―可能性もありそうだ。

◇くすぶる併合論

 ロシアの行動には言うまでもなく、他の旧ソ連構成国を見下したような態度が透けて見える。カザフに1月に展開したロシア空挺軍の平和維持部隊は、2014年のクリミア半島併合に際して作戦に当たった司令官が指揮。このことから、ロシアの政界では、自国による「カザフ併合論」がまことしやかに語られた。
 中央アジアの草原には15世紀以降、モンゴル帝国の流れをくむ「カザフ・ハン国」が存在し、清朝にも朝貢していた。19世紀にロシア帝国が併合。30年前のソ連崩壊までロシア人と運命を共にしていた。

 「中央アジアはロシアの土地だ。インターネット上で議論されているように、私は歴史的な祖国・ロシアへの編入を問うカザフでの住民投票実施を支持する」。反政府デモで混乱する中、政権与党・統一ロシア所属の下院議員はこう表明して波紋を呼んだ。歯に衣着せぬ物言いで知られる極右・自由民主党のジリノフスキー党首も「カザフは人工的かつもろい国家。分裂するとすれば二つで、南はカザフ人のものとなり、北はロシアに復帰するだろう」と言いたい放題だ。

 カザフで人口の約2割はロシア系で、国境を接する北部に多い。万が一、大混乱に陥ってロシアから離反するくらいならば、ウクライナのように「ロシア系住民」の分離独立地域をつくったり、併合したりするシナリオもなくはない。プーチン大統領自身、2014年に若者らとの会合で「(ソ連崩壊まで)カザフに国家は存在しなかった」と述べており、不気味だ。最近の併合論は、内外の反応を探る観測気球なのかもしれない。

◇ロシアが本気の理由

 最悪の場合、併合されかねないという可能性も考慮してか、バイデン米政権も厳しい目を向けた。ブリンケン国務長官は1月7日の記者会見で「ロシア人がひとたび家に居座れば、彼らを立ち退かせるのは非常に難しい」と懸念を示した。

 緊迫するウクライナ情勢を念頭に置いた発言とみられるが、対日関係では北方領土も同じだろう。ともあれ、カザフ派遣の平和維持部隊には、ロシア空挺軍の特殊部隊(スペツナズ)が含まれていることが判明。ロシアの著名ジャーナリストも「チェチェン共和国、南オセチア、クリミア半島、シリアに投入されたエリート部隊」だとして目的をいぶかった。

 ロシアが本気になるのはなぜか。ウクライナやベラルーシでの反省点があるのは先述の通りだが、これに加え、ロシア主導の軍事同盟であるCSTOの実効性に疑問符が付いており、それを払拭(ふっしょく)する狙いもあったとみられる。

 旧ソ連圏で2020年に再燃したナゴルノカラバフ紛争では、地域大国トルコがドローンを供与するアゼルバイジャンと、CSTOを通じたロシアの同盟国アルメニアが交戦。アルメニアはCSTOの支援を受けられなかった。CSTOはカザフやキルギスなどが加盟し、同じイスラム教徒で言葉も近いアゼルバイジャンと敵対させるのは不可能だった。

 ロシアは停戦合意に基づき、単独でナゴルノカラバフに平和維持部隊を送るのがやっと。CSTOの機能不全は、いざというときに助けてくれないロシアの求心力低下を意味する。汚名返上に向けて加盟国間での緊急時対応計画を改めて確認し、年明けのカザフの混乱を受けて、万を持してロシアがイニシアチブを取り、軍事介入に踏み切ったもようだ。
◇露骨な中国外し

 カザフのトカエフ大統領は「対テロ作戦」を名目として、ロシア主導のCSTOに平和維持部隊を要請する形を取った。もっとも、地域機構による対テロ作戦であれば、中ロを含む上海協力機構(SCO)の方が具体的な協力が進展していたはずだが、中国に議論する余地を与えず、プーチン大統領はCSTOを通じて実力を誇示した。

 くしくも2021年、中央アジアに隣接するアフガニスタンではガニ政権が崩壊し、イスラム主義組織タリバンが権力を掌握。これに乗じてイスラム過激派が中国やロシアに流入するのを阻止するため、SCOの役割に期待が高まっていた。

 簡単に言えば、中国を含むSCOではなくCSTOを選ぶというロシアとカザフの決定は、露骨な「中国外し」と同義だ。カザフを巨大経済圏構想「一帯一路」の陸上ルートの入り口と位置付け、経済利権を有する中国はどう眺めているのだろうか。

 沈黙していた中国の習近平国家主席は1月7日、トカエフ大統領にメッセージを送付。反政府デモの武力鎮圧に支持を表明した上で「カザフにできる限りの必要な支援を提供したい」と伝えた。香港で民主派を押さえ、欧米の介入を許さない立場を明確にする中国は、ロシアと近い権威主義国家だが、メッセージでロシアへの直接的な言及はなかった。

 一方、中国外務省の汪文斌副報道局長は7日の記者会見で「SCOが地域や加盟国において安全と安定を確保する上で、今後も役割を果たすことを期待する」と強調。あくまでSCOを軸にカザフ情勢の安定化を図るべきだと暗に反論した形だ。王毅国務委員兼外相がCSTOの平和維持部隊への支持を口にしたのは10日。中ロ間のカザフをめぐる綱引きが既に始まっている。

◇新疆弾圧に怒り

 当のカザフは、隣の経済大国・中国をどう認識しているのだろうか。2019年にナザルバエフ前大統領から政権を引き継いだトカエフ大統領は、旧ソ連外務省「チャイナスクール」(中国語研修組)出身。駆け出し時代、北京で天安門事件を目の当たりにした。資源国のトップとして、同盟国ロシアだけでなく、中国とも協力するバランス外交を展開し、上院議長時代の2017年には現地で筆者のインタビューに対し「(一帯一路は)カザフが参加しなければ成功しない」と自信を見せていた。

 ただ、カザフ国民の対中感情は複雑だ。新疆ウイグル自治区でのカザフ族(約150万人)を含むイスラム教徒弾圧も、国民の怒りに拍車を掛けている。

 この年明けは燃油価格高騰をきっかけにデモが全土に広がったが、抗議活動はこれが初めてではない。実は2019年、反中デモが反政府デモに転じ、カザフ各地に飛び火。トカエフ大統領の初の公式訪中に冷や水を浴びせた経緯がある。

 経済進出に伴って中国人がやってくれば、カザフ人労働者が職を奪われるという懸念があったらしい。カーネギー財団モスクワ支部の専門家は「カザフの経済成長は対中関係に依存し、指導部は協力する必要性を認識しているが、同時に過度の依存も懸念している」と指摘。国民の反中感情への配慮が課題となっていると解説した。

 CSTOの平和維持部隊の派遣は、盟主ロシアが前のめりだったとはいえ、要請したのはカザフ。トカエフ大統領は中国を含むSCOの対テロ作戦には頼れなかったのだろう。「反中」がデモの火に油を注ぎ、それこそ収拾不可能になってしまう。 』