中国が台湾侵攻を決断へ その日、日本が〝戦場〟になる 日米戦略協議の深化を急げ 村野 将 (米ハドソン研究所研究員)https://wedge.ismedia.jp/articles/-/25441
『「台湾危機はどれほど切迫しているのか」。長らく台湾の安全保障をめぐる問題は、日米の外交・防衛当局者や一部の専門家など、ごく一部の限られた人々の関心事項に過ぎなかった。しかし、今や台湾問題は、メディアで最も頻繁に取り上げられるようになった国際政治上の課題の一つと言っても過言ではない。』
『米国内でも別れる「切迫した脅威」への見解
台湾の安全保障への関心が急速に高まる直接のきっかけとなったのは、2021年3月9日にフィリップ・デイビッドソンインド太平洋軍司令官(当時)が行った「台湾への脅威は、今後6年以内(筆者注:2027年)に明らかとなる」との議会証言であった。また、これに続く3月23日の議会公聴会では、デイビッドソンの後任となるジョン・アクイリノ現インド太平洋軍司令官が「(中国による台湾侵攻の脅威は)多くの人が考えているよりも切迫している」と証言し、関心の高まりに拍車をかけた。
事実として、台湾に対する中国の軍事的圧力は日に日に強まっている。例えば、中国軍機による台湾の防空識別圏への侵入は増加傾向にあり、21年10月4日には、12機のH-6爆撃機や36機のJ-16戦闘機を含む計56機の侵入が確認された(20年9月に台湾国防部が中国軍機の動向を公表し始めて以来、最多)。その後、台湾の邱国正国防部長は、10月6日に行われた立法院の国防予算審議の中で、「中国は2025年には全面的に台湾に侵攻できる能力を持つ」とさえ語っている。
しかしその一方で、日を追うごとに高まる台湾問題への危機感をトーンダウンさせるような動きも見られるようになっている。米軍トップのマーク・ミリー統合参謀本部議長は、6月17日の議会公聴会において、「中国にとって台湾は、依然として核心的利益だ。しかし、現時点で台湾を軍事的に統一しようという意図や動機もほとんどなく、(中略)近い将来にそれが起きる可能性は低いと思う」と証言している(11月3日、ミリー氏は「(近い将来とは)向こう半年から1、2年」という意味だとも述べている)。
同様に、日米の中国専門家の中にも「米軍と衝突する可能性の高い台湾本島への本格的な武力侵攻は、政治的にも軍事的にもハードルが高く、習近平にとってリスクが大きすぎる」「台湾情勢は世間で騒がれているほど切迫しているわけではない」という声は少なくない。
必要なのは危機への予想ではなく、危機を防ぐ具体策
台湾危機は差し迫っているのか。こうした観点から、世間やメディアの関心が高まるのは自然なことではある。しかし、国際情勢の変化は、地震や台風などの自然災害のように、個人や国家の意思が及ばないところで、ある日突然起きるものではない。それは国家間の意思や能力の相互作用の中で生じるものであるから、各国が「今、何をするか」によって、将来起こりうる事態の性質やそのタイミングは自ずと変化する。
台湾有事が起きれば、それがどのような形であったとしても、日本も当時者となることは確実であり、決して傍観者ではいられない。こうした点に鑑みれば、われわれにとって重要なのは、台湾危機や米中戦争が起きるか起きないかをあたかも占いのように予想することではなく、それらの危機をできる限り遠ざけるために、「今、何をしなければならないのか」という視点に立って直面する課題を捉え直すことである。』
『台湾をめぐって危機が発生する状況としては、明示的な武力行使を伴わないグレーゾーン・シナリオから、離島に対する限定侵攻シナリオ、経済・情報封鎖によって中国との外交交渉を強制するシナリオ、そして台湾本島への全面的な武力侵攻シナリオに至るまで、さまざまなシナリオが考えられる。しかし一つ確かなのは、これらの現状変更行動はいずれも中国側から開始されるということだ。言い換えれば、中国の台湾に対する強制行動はどのような形であれ、中国に対する抑止が「失敗」することによって始まる。
対中抑止が「失敗」する可能性
では、台湾をめぐる対中抑止の「失敗」はどのように生じるのだろうか。台湾は、米国の軍事的な後ろ盾無くして、自身の存立を維持することはできない。したがって、中国の台湾に対する誘惑を思いとどまらせることができるかどうかは、米国が介入するか否かにかかっている。
当然ながら、米国が台湾を防衛するにあたり西太平洋地域に戦力を投射する場合には、日本はその最重要拠点となる。それゆえ、日本が米国の台湾防衛作戦を支援するかどうかも、対中抑止の成否を分ける死活的に重要な要素となることには留意すべきだ。しかし、日本もそれ以外の米国の同盟国も、まずは米国が介入することを決断しなければ、独力で台湾を守ることはできないことから、やはり米国の行動が決定的な重要性を持つことに変わりはない。
その上で、台湾をめぐる対中抑止が失敗するケースとしては、大きく分けて2つの原因が考えられる。
一つは、米国が台湾防衛に十分な能力を持っているにもかかわらず、その能力を行使しない場合。もしくは米国に台湾防衛の意思があったとしても、中国に対してそれが正確に伝わらず、「米国は介入してこないだろう」との誤算に基づいて、中国が台湾に手を出してしまう場合である。そしてもう一つは、米国の台湾を防衛するための能力自体が欠けている場合である。
危機の原因が中国による米国の意思の見誤りにあるのだとすれば、そうした危機は、台湾に対する米国の防衛コミットメントの意思をより明確かつ具体的にすることで未然に防止することができる。外交問題評議会会長のリチャード・ハースらが提唱している「戦略的曖昧性」の見直しなどは、その一例と言える。
しかし、宣言政策の修正によって抑止できるのは、東沙諸島や南沙諸島の太平島などの離島を短期間で奪取して既成事実化を試みようとする場合のように、中国が米国の介入可能性を相対的に低く見積もっているシナリオに限られるだろう。
中国は米国の介入「意思」だけでなく、「能力」を見る
中国が最終的に台湾本島への侵攻にエスカレートしうるような武力行使を決断するとすれば、それは中国指導部にとって失敗の許されない極めて大きな利益のかかった作戦となる。失敗した場合に被る政治的リスクの大きさに鑑みれば、中国指導部が台湾への本格侵攻に着手する際に、「米国は介入してこないだろう」などという不確実な期待に賭けて行動を起こすことは考えにくい。
だとすれば、中国が本格的な侵攻を決断するのは、米国が介入してくることを覚悟した上で、たとえ衝突に至ったとしてもそれを実力で退けることができるという自信をもった時ということになる。
この場合、中国は米国の介入「意思」ではなく、介入「能力」を低く見積もることによって行動を起こすのであるから、本格的な侵攻は、米国政府がどんなに力強い言葉で台湾防衛の意思を示したとしても、中国の目標達成を実力で拒否する能力が伴っていなければ阻止できない。
米中関係をめぐっては、「中国は、米国と本気で戦争することを望んでいるわけではない」と説明されることがある。しかし、こうした説明は台湾をめぐる対中抑止政策を考える上ではほとんど意味がない。』
『多くの中国専門家が指摘しているように、現在の中国指導部が、本格侵攻による武力統一以外のオプション(例:武力による脅しを背景とした強制や親中世論の醸成)を優先的に追求しているのだとすれば、それは武力統一に伴う米国との衝突リスクを高く見積もっていることの裏返しでもある。
逆に言えば、米国の介入能力が低下してしまえば、中国は武力衝突に伴うリスクが低くなったと判断して、台湾に対してより大胆な脅しをするようになるであろうし、実際に武力統一に乗り出す誘因も高めてしまうことになる。つまり、中国の強制力を弱めるにしても、本格侵攻を阻止するにしても、米国が十分な介入能力を保持しておくことは中国に対処する上での絶対条件なのである。
中国は日本の基地を無力化させる力持つ
改めて整理すると、「中国が台湾へ本格侵攻する可能性は当面低い」との評価は、武力統一が失敗するリスクが高いとの前提に則っており、そのリスクは主として、①米国の介入と、②着上陸侵攻能力の不足に由来する。
だが近年中国は、米国の介入を阻止するための能力を驚くべき速さで向上させている。中でも注目すべきなのは、中距離ミサイル戦力、爆撃機戦力、艦艇・船舶の建造能力、そして核戦力の増強傾向である。
第一に、中国の中距離ミサイル戦力が増強され続けてきたことは、日本でもようやく一般に認知されるようになってきた。しかし、その増強ペースは専門家でも〝度肝を抜かれる〟ほどだ。日本では北朝鮮のミサイル発射が注目されがちだが、中国が20年に実験や訓練などで行った弾道ミサイル発射は250発を超える。これは同年に中国以外の国で行われたミサイル発射を全て足し合わせた数よりも多い。
ミサイル本体や移動式ランチャー(車載型のミサイル発射装置)の増産も著しい。例えば、米軍の一大拠点であるグアムを攻撃範囲に収める射程4000キロメートルの中距離弾道ミサイル(IRBM)DF-26のランチャー数は、18~19年のたった1年間で80両から200両へと2倍以上に増加している。
19~20年にかけてはランチャーの増勢は見られなかったものの、DF-26のミサイル本体については約200基から300基へと100基分の予備弾が増産されたことが確認されている。また、日本を射程に収める準中距離弾道ミサイル(MRBM)は、19~20年に100両分が増産されて計250両となった上、ミサイル本体に至っては19年に150基以上とされていたものが、20年には600基と凄まじい勢いで増産されていることが明らかになった。
しかもこれらの増加分の多くは、DF-17と呼ばれる極超音速滑空ミサイルだとみられる。21年の時点で、DF-17が即時投入可能なMRBM戦力の約4割を占めていると仮定すると、20年代後半にはこれらの増勢がさらに進んで、南西諸島を含む西日本の自衛隊基地・在日米軍基地の大半が開戦と同時に瞬時に無力化されてしまうという状況が現実味を帯びてくる。これは日本の防衛態勢を考える上で極めて憂慮すべき事態である。
さらに言えば、MBRM戦力の増勢はより射程の長いDF-26に運用上の柔軟性を与えることにも繋がる。これまでにもDF-26は、DF-21Dと並んで「空母キラー」と称されてきたが、ランチャーの増勢によって同時発射能力が強化されたことに加え、予備弾が追加されたことで、DF-26は空母のような高価値目標に限定することなく、イージス艦や補給艦などのその他の艦艇にも使用されうる対艦弾道ミサイル(ASBM)となりつつある。
このままDF-26の増勢傾向が続けば、危機の際にマラッカ海峡などのシーレーンを封鎖しようと東南アジアやインド洋の東側に展開する米軍や同盟国の艦艇にも脅威がおよぶ可能性が出てくる。
先行使用の可能性も見せる
またDF-26が艦艇を攻撃できるほどの命中精度を持っているとすれば、それは地上目標に対する精密打撃能力としても用いられる可能性がある。これはレーダーや無人機の管制システム、指揮統制ネットワークなどの地上ユニットが、第一列島線はもとより第二列島線内のどこにいても、常にDF-26の攻撃に晒されるリスクがあることを意味する。』
『DF-26の増勢に憂慮すべき理由は他にもある。それはDF-26が核・非核両用のIRBMだということだ。元々、中国のミサイル戦力はICBMと短射程の戦術ロケットを除けば、その大半が核・非核両用の運用能力を持っているとされている。ただし、これまで中国は、安全のために平時には核弾頭をミサイルから分離して保管していると言われており、それが核の先行不使用(no first use: NFU)政策を一定程度裏付けるものと見られていた。
ところが、近年情報機関や専門家による分析の結果、人民解放軍のミサイル部隊は、即応性向上の観点から、戦闘準備態勢と厳戒態勢とを絶えず繰り返すローテーション訓練を定期的に行なっている様子が確認されている。中でもDF-26を運用する旅団は、前線で通常弾頭と核弾頭を素早く交換する訓練を実施しているとみられる。
これは従来の定説と異なり、核弾頭の一部が平時からミサイルに搭載されたまま、即応状態を維持していることを示唆している。さらに言えば、DF-26が本当に高い命中精度を持っているのだとすれば、なぜ核・非核両用の運用態勢をとっているのかを合理的に説明することは難しい。これらを総合すると、中国のミサイル運用態勢は、核の先行不使用を裏付けるというよりも、むしろ特定の状況下での先行使用可能性を示唆するものだと考えられるのである。
爆撃機戦力の近代化進める
中国の対米介入阻止能力を支える第2の要素が、爆撃機戦力の近代化と増勢である。中国の主力爆撃機であるH-6は、元々1950年代にソ連で開発されたTu-16爆撃機を国産化したもので、ミサイル搭載能力やその投射距離も限定的であった。ところが、2009年から実戦配備が始まったH-6Kは、機体設計やエンジンの改修が行われており、ほとんど別の爆撃機となっている。
その結果、作戦行動半径は3500キロメートルに延伸され、巡航ミサイルの搭載能力も2発から6発に拡張されている。加えて、ミサイル(YJ-18超音速対艦巡航ミサイルなど)の射程も延伸されているため、中国の近代化された爆撃機部隊は、第二列島線内の地上部隊や空母打撃群をスタンドオフ攻撃することが可能となっているのである。さらに近年では、空中給油能力と空中発射型弾道ミサイル搭載能力を持つH-6Nと呼ばれるタイプも確認されており、米国防省はこれをもって中国が核戦力の「三本柱(陸:ICBM、海:SLBM、空:爆撃機)」を完成させたと分析している。
また中国は、旧型のH-6を近代化改修型のH-6K以降のタイプに置き換えるだけでなく、爆撃機戦力全体の規模を拡大しているとみられる。長年米海軍で情報分析や戦略立案に関わってきた経験を持ち、現在は新米国安全保障センター(CNAS)客員上席研究員を務めるトマス・シュガート氏が商用衛星画像を基に中国の爆撃機基地の拡張状況などを継続的に確認したところ、近代化されたH-6の総数は18年時点で200機強、20年時点で最低でも230機以上が配備されていると推定されている(なお、ミサイル搭載能力や運用構想の観点から単純な比較はできないものの、20年時点で米空軍が保有する爆撃機の総数は、B-1、B-2、B-52を合わせて158機である。さらに、米国の爆撃機戦力のうち核搭載能力を持つ機体については、米露間の軍備管理条約である新STARTのカウンティング・ルールに合わせて制約を受ける)。
これらの爆撃機部隊は、有事の際には地上発射型の中距離ミサイルと合わせて、日本やグアムの固定施設や、移動中の海上自衛隊・米海軍艦隊を脅かし、日米のミサイル防衛体制に多くの負荷をかけることになるだろう。
造船は軍、商用の両面でペースを上げる
注目すべき第3の要素は、中国の艦艇建造能力である。ミサイル戦力の増勢もさることながら、中国は艦艇の建造ペースも非常に速い。中国海軍は既に15年の時点で、総隻数という観点からは世界最大の海軍となった。もっとも、これは中国海軍が比較的小型の艦艇を大量に保有することからくるもので、総トン数では未だ米海軍に優位がある。 中国による艦艇の建造・就航は急ピッチで進んでいる
しかしながら、この優位は次第に自明視できるものではなくなりつつある。中国が15~19年のうちに進水させた艦艇の総計は60万トン以上と、同じ期間に米海軍が進水させた艦艇の総トン数の2倍に相当する。実際、中国の造船所では、空母や最新鋭の駆逐艦、大型巡洋艦、強襲揚陸艦、潜水艦などが急ピッチで建造されている。これらを踏まえると、中国海軍は35~40年頃までに、総トン数においても米海軍に匹敵する規模となる可能性がある。
これと関連して注視すべき点は、中国の造船ペースの速さは軍だけの傾向ではないということだ。中国は世界最大の商用造船能力を持っており、20年には総計2300万トンもの船を建造している。これが何を意味するのか。前述の通り、中国が台湾への本格侵攻を実行するにあたって大きなリスクとなるのは、米軍の介入可能性に加えて、大規模着上陸侵攻に必要な海上輸送能力が不足しているという点だった。この事実は、米国防省のみならず、多くの軍事専門家の間で共有されている。』
『中国―韓国間のフェリーは「軍民両用」
しかしここでいう海上輸送能力とは、主として中国海軍が持つ軍用の水陸両用艦艇にのみ着目した評価である。正確な時期は明らかではないものの、中国政府は商用の大型フェリーやコンテナ車両輸送船の造船業者に対して、戦時動員された際に国防上の必要性に応じることができることを保証する技術基準証明を発行してきた。
また、中国―韓国間で運行している大型フェリーのプレスリリースには、軍民両用であることが明記されている。実際、近年人民解放軍はこれらの商用船舶を動員して、水陸両用作戦を実施する演習を定期的に行なっている。
これらの商用船舶は非常に大型であり、上記の水陸両用強襲演習に参加したと見られる商用フェリー「渤海玛珠」は約3万3450トンもの大きさがある。先のシュガートらの推計によると、中国が有する大型フェリーは約75万トン、コンテナ車両運搬船は約42.5万トンにものぼり、これらの合計(117万トン超)は中国海軍が現在保有している全ての水陸両用揚陸艦艇の総数(37万トン)の3倍以上に達する(いずれも容積トン換算)。
これらの大型商用船舶の多くは、平時には北部戦区(黄海周辺)と南部戦区(海南島周辺)に近い海域で運行されており、有事の際には速やかに東部戦区に移動して台湾侵攻にあたる部隊を支援しうることから、中国の海上輸送能力を飛躍的に向上させる可能性を秘めている。
もはや「最小限抑止」にとどまらない核戦力
台湾有事を考えるにあたって注視すべき第4の要素が、核戦力の増強傾向である。中国の中距離ミサイルは基本的に核・非核両用能力を持っていること、また近年では爆撃機にも核搭載能力が備わりつつあることは既に指摘した。これらは主として西太平洋地域までをカバーする核戦力であるが、中国の核態勢や核戦略が変化してきていることを伺わせる状況証拠は、米国本土まで到達するICBM戦力の動向にも現れている。
21年には複数の民間専門家が行った商用衛星画像の分析を通じて、中国が最新型のICBM・DF-41用と見られるサイロを200カ所以上建設していることが明らかにされた。米国防省は既に20年版の年次議会報告書の中で、中国がDF-41用のサイロを建設している可能性を指摘していたが、公開情報分析によって、その実態がより詳しく世に知られることになったのだ。
DF-41は1基あたり最大10発もの核弾頭を搭載しうるように設計されたICBMとされている(もっとも、実際に10発の核弾頭を搭載できるかどうかは、弾頭の軽量化技術に拠る)。このことは、米中の戦略的安定性と中国の核戦略にとって重要な意味を持っている。
商用衛星画像で既に場所が特定されているように、固定サイロに配備されたICBMは先制攻撃に対して脆弱性が高い。しかも、1基に複数の核弾頭を搭載したミサイルは、それだけ戦力としての価値が高くなるから、中国としてはこれらが先制攻撃で破壊される前に発射してしまおうという誘因が働きやすく、危機における安定性が極めて悪化することが懸念される(こうした状況を避けるために、米国のICBMは多弾頭搭載能力を持ちながらも、全て単弾頭化されている)。
米国防省は20年版の年次議会報告書から、中国の一部の核戦力が警報を受けた時点で、即時発射できるような態勢に移行しつつある可能性を指摘していたが、多数のICBMサイロの発見はこうした分析により説得力を与える材料になっている。
さらに専門家を驚かせたのが、中国の核弾頭製造能力に関する評価である。中国が保有する核弾頭の数については、20年版の年次議会報告書でも「(現在の200発強から)今後10年で少なくとも倍増するだろう」と見積もられていた。ところが21年版の年次議会報告書では、高速増殖炉や核燃料の再処理施設を建設して、プルトニウムの生産・分離能力の向上が図られていることに鑑み、「30年までに少なくとも1000発の核弾頭を保有することを意図している可能性が高い」と、その見積もりを大幅に上方修正したのである。
世界各国の核態勢に詳しい米科学者連盟のハンス・クリステンセン氏は、長らく中国の核戦力は、報復によって米国の一部の都市だけ破壊しうる最小限の核戦力を保持する戦略(最小限抑止)の下で抑制的に発展してきた、と主張してきた。しかし、そんな彼も「もはや、中国が最小限抑止を維持していると考えることは難しくなった」と認識を改めている(奇しくも、クリステンセンはこれらの新設サイロ群を発見した専門家の1人である)。 中国が行動に出る危険性は高まるばかり
また21年7~8月にかけて、中国が地球を周回する極超音速滑空体の実験を複数行なっていたことも確認されている。中国の報道官はこれを「再利用可能な宇宙機の実験」と説明しているが、米軍関係者によれば、滑空体は「(減速せずに)目標に向かって加速した」と証言している。』
『このことからすると、中国は米国本土のミサイル防衛を確実に突破することを目的として、冷戦期にソ連が開発していた部分軌道爆撃システム(FOBS)と、ブーストグライド型の極超音速滑空体を組み合わせた技術を開発している可能性がある。元々、米国本土のミサイル防衛は、大量のICBMによる攻撃を阻止することは想定されていないため、中国がFOBSを配備したとしても米中間の戦略的安定性に大きな変化はない。しかし、アラスカに集中配備されたミサイル防衛を迂回して米国本土を攻撃できるとなれば、中国は大量のICBMによる大規模核攻撃を伴わない形で、米国に限定攻撃を仕掛けるという、これまでにない段階的エスカレーションの一手段を獲得することになる。
ICBMの増勢やFOBSに相当する技術の蓄積を通じて、中国は米国に対して、両国間の相互脆弱性をより公式な形で認めさせようとしていると考えられる。もし米国本土が容易に脅かされるような状況になれば、中国はたとえ危機がエスカレートしたとしても「米国の核使用を抑止できる」との自信を強めるようになり、結果的に、台湾を含む西太平洋地域におけるグレーゾーンや通常戦力の睨み合いの中で、リスクを厭わない行動を取るようになる危険性がこれまで以上に高まることになるだろう。
今、何をしなければならないのか
このように、中国は台湾有事に際して、米国の介入を実力で阻止する能力を着実かつ急速に構築している。そしてそれらの諸要素は、平時・グレーゾーンにおける台湾に対する強制力行使から、通常戦力による対米介入阻止、そして核エスカレーションの管理に至るまで、全てが相互に連関している。
「中国が台湾の武力統一を試みる蓋然性は高くない」という見通しは、ただ単に現状を説明にしているにすぎない。われわれが自らの能力を高める努力を怠れば、そうした前提は近い将来、覆されてしまうだろう。対中抑止の「失敗」を避けるためには、平時の情報収集・監視・偵察能力から、宇宙・サイバー・電磁波領域を含む各種通常戦対処能力を経て、最終的には米国の核戦力にまで連なる「切れ目のない」能力を速やかに強化する以外にない。
現在バイデン政権は、国家防衛戦略(NDS)や核態勢の見直し(NPR)をはじめとする戦略文書を策定している最中にあるが、岸田文雄政権も同様に、22年末までに日本の安全保障政策の根幹となる戦略文書(国家安全保障戦略、防衛計画の大綱、中期防衛力整備計画)を見直すことを表明している。
この点につき、22年1月7日に行われた日米安全保障協議委員会(2プラス2)において、両国は「同盟としてのビジョンや優先事項の整合性を確保することを決意」し、とりわけ日本は「ミサイルの脅威に対抗するための能力を含め、国家の防衛に必要なあらゆる選択肢を検討する」ことを米国に公約した。また両国は、「このプロセスを通じて緊密に連携する必要性を強調し、同盟の役割・任務・能力の進化及び緊急事態に関する共同計画作業についての確固とした進展を歓迎」してもいる。 日米2プラス2では、台湾有事も想定した「緊急事態に関する共同計画作業」への進展も歓迎している
すなわち、今後日米は、同盟の役割・任務・能力の見直しを行う中で、いわゆる敵基地攻撃能力を含む新たな要素をどのように位置付けていくかを議論していくこととなる。そして、「緊急事態に関する共同計画作業」には、台湾有事を想定した共同作戦計画の具体化が含まれることとなろう。
「ミサイル攻撃後」の対応に注力を
抑止とは、本質的に逆説的な概念だ。抑止の「失敗」を避けるためには、もしも抑止が失敗した場合に、可能な限り損害を限定して、戦争を有利な形で終結させるための一連の戦い方=「セオリー・オブ・ビクトリー」をあらかじめ考えておかなければならない。「平和を欲するなら、戦争に備えよ」という古代ローマの格言は、その本質を端的に表している。
前述のように、凄まじい勢いで増強される中国のミサイル脅威に対し、既存のミサイル防衛態勢による対処が困難なのは明らかだ。緒戦のミサイル攻撃によって、日本の航空基地の大半が無力化されてしまえば、基地機能を復旧させるまでの間、航空自衛隊や米軍の戦闘機の多くは飛び立つことすらできなくなってしまう。
よって、日本に必要な長距離打撃能力を、F-35やF-15などの航空機をベースとした空中発射型のスタンドオフ防衛能力(長距離巡航ミサイル)の延長線上で考えるのは適切ではない。
中国の戦略計算を変えうる「ゲーム・チェンジャー」となるのは、精密誘導が可能な中距離弾道ミサイルと極超音速滑空ミサイルだ。既に中国側が圧倒的な優位を持つ緒戦のミサイル攻撃を防ぐのではなく、滑走路、格納庫・掩体壕、弾薬庫、燃料貯蔵庫、レーダー施設、通信施設、指揮統制システムなどの固定目標を弾道ミサイルによって瞬時に「狙撃」する態勢をとり、ミサイル攻撃に続く爆撃機の発進や、戦闘機による航空優勢の確保を阻止することに注力するのである。』
『中国の台湾侵攻作戦は、宇宙・サイバー・電磁波攻撃による情報システム、早期警戒・ミサイル防空態勢の弱体化→ミサイル攻撃による防空態勢の物理的な破壊→海上・航空優勢の確保・機雷敷設などによる封鎖網の確立→着上陸作戦の実施、というように逐次的に設計されており、いずれかの段階で作戦が行き詰まると、作戦全体が頓挫するという問題を抱えている。つまり、最初のミサイル攻撃に成功したとしても、その後台湾や東シナ海周辺での海上・航空優勢の確保が難しいとなれば、そもそも中国側から攻撃を始める誘因自体が低下するはずである。
日米は核兵器も含めた戦略策定を
次期防衛大綱・中期防の策定にあたって、日本政府は陸上自衛隊に中距離弾道ミサイル部隊を編成し、今後5年以内に実戦配備することを真剣に検討すべきである。ミサイルの長射程化は、ペイロードの増加に伴ってより破壊力の大きな(通常)弾頭の搭載を可能にするだけでなく、配備地点の柔軟性を高めることとなる。
例えば、射程2000キロメートル級のMRBMであれば、ランチャーを九州にも配備した場合でも、中国沿岸から約1000キロメートル以内に位置する航空基地を13分以内に攻撃することが可能だ。一方、射程4000キロメートル級のIRBMであれば、ランチャーを北海道の演習場などに配備した場合でも、約20分で同様の目標を攻撃することができる。2000キロメートル遠方から発射することで生じる約7分の時間差は、固定目標を攻撃する上ではほとんど問題にならない。
同様の効果は、米陸軍が開発を進めている射程約2800キロメートルの極超音速滑空ミサイル=LRHW(Long-Range Hypersonic Weapon)によっても得ることができる。米国は23年末までにLRHWのプロトタイプの配備を開始する予定であるが、中国は日米のような広域のミッドコースミサイル防衛システムの配備が進んでいないことから、通常の弾道ミサイルであっても有効な打撃を与えることは可能である。したがって、中距離弾道ミサイルと極超音速滑空ミサイルであれば、開発・配備・量産までにかかる期間が短い方を優先して取得・配備すべきであろう。
これらの新たな打撃力が中国の台湾に対する誘惑を思いとどまらせ、地域の安定化に寄与するためには、米国がより高次――核レベル――での優越を維持し、中国が「核の影」をちらつかせてエスカレーション管理の主導権を奪おうとするのを阻止する努力も必要だ。だが、日米が配備する地上発射型の中距離ミサイルに、核弾頭の搭載を検討する必要はない(米国が開発している中距離ミサイルは全て通常弾頭用であり、そのことは国防長官を含む高官らによって何度も強調されている)。
死活的に重要な米国の核戦力は、危機における安定性を悪化させないためにも、非脆弱な環境で運用されるべきであり、その役割は今後もSLBMが担い続けることが最適だからだ。この点において、18年以降に導入された低出力核SLBMは、即時対応可能な事実上の戦域核戦力としてエスカレーション・ラダーの隙間を埋める重要な役割を果たしている。
先の日米2プラス2共同発表において、米国は「核を含むあらゆる種類の能力を用いた日米安全保障条約の下での日本の防衛に対する揺るぎないコミットメントを改めて表明」した上で、両国は「米国の拡大抑止が信頼でき、強靱なものであり続けることを確保することの決定的な重要性を確認」した。類似の文言は、過去の日米共同文書にも盛り込まれてはいるものの、核の役割低減を謳うバイデン政権からこのような言質をとったことには政治的な重要性がある。
2プラス2の冒頭発言において、ロイド・オースティン国防長官が「統合的抑止力」の重要性に言及したように、今日必要な抑止力のあり方を考えるにあたって、核とそれ以外の要素を切り分けて議論することはできなくなっている。今、日米に必要なのは、グレーゾーンでの抑止から核エスカレーションの管理までを一体のものとして捉えた、真に統合的な同盟の抑止戦略に他ならない。
この文脈において、日本が打撃力を持つことは、核を含む日米双方の能力をいつ、どのように、どの目標に対して使用するかに関する作戦計画立案とその実行プロセスに、日本がより主体的に関わるためにも必要不可欠と言えるだろう。』