ロシア・リスクは終わらない

ロシア・リスクは終わらない
続く「帝国」縮小、いきり立つ手負いの熊
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM131360T10C22A1000000/

『ロシアが隣国ウクライナに接する国境地帯に大規模な軍部隊を集め、同国が米欧の軍事同盟である北大西洋条約機構(NATO)に接近しないよう強くけん制している。ロシアはまた、長期にわたる強権支配に嫌気した人々が抗議活動を始めたカザフスタンに軍を派遣し、これをねじ伏せた。国際関係や市場を揺さぶる「ロシア・リスク」の実態と今後の行方を探る。

ロシアと周辺諸国の関係を歴史的に振り返ると「変わっていないこと」と「変わりつつあること」の2つがあることがわかる。「変わっていないこと」の第一はロシアという民族・国家には「おびえに根差す一方的な勢力圏志向」が根強くあることだ。

モンゴル帝国に約250年間も支配されたロシアは、独立後に自らの存立を脅かしうる存在を極力遠ざけるため、周辺の少数民族を呑み込みながら勢力圏とし、版図を広げた。20世紀初頭にロシア帝国が滅びると、その後に誕生した社会主義国家・ソ連は旧帝国領をほぼ継承。第2次世界大戦の勝者となった後は、終戦時に占領していた中・東欧諸国に次々と社会主義政権を誕生させ、自国の外縁部に衛星国家として配置する事実上の「ソ連帝国」を形成した。

「変わっていないこと」の二つ目は、周辺民族の中から断続的にロシア支配からの脱却を求める動きが起き、今も起きているということだ。冷戦時代の1956年、ポーランドで起きた暴動を引き金に、同年ハンガリー、68年チェコスロバキアと自由を求める蜂起が続発した。これらの蜂起はソ連軍などにより弾圧された。

この時、ソ連は「一つの社会主義国の危機は、他の社会主義国にとっても脅威となる」との主張(後に「ブレジネフ・ドクトリン」と呼ばれる)を展開したが、それは有り体に言えば、ロシアの勢力下では少数民族の自由は許さないという非情な意志だった。ロシアのこの一方的な「勢力圏志向」は今も変わっていない。

今回、ロシアがカザフスタンに派兵する根拠となった「集団安全保障条約」は、ソ連崩壊後の92年にロシアを中心に旧ソ連諸国が結んだ軍事同盟条約だ。そして同条約に基づく集団安全保障条約機構(CSTO)の実態は、加盟する強権体制諸国の一部で民衆蜂起などが起きた場合、他の加盟国が派兵して鎮圧する「強権互助会」であり、「現代版ブレジネフ・ドクトリン」を体現する組織とも言える。

次に「変わりつつあること」をみてみよう。それは、ロシアが勢力圏として押さえ込んでいた民族が欧米になびき続けた結果、ロシアの勢力圏が大きく縮小しているという現実だ。

ロシア帝国が滅んだ時、その支配下にあったフィンランドが独立した。ソ連が崩壊すると、独立を回復したバルト3国や、冷戦中にソ連の勢力下にあったポーランドなど中・東欧諸国の多くが2004年に欧州連合(EU)とNATOに加盟し、冷戦時代に「鉄のカーテン」の向こうにあった豊かさと、ロシアのくびきからの自由を手にした。

すると今度は、ポーランドなどよりさらに東にあったウクライナ、ジョージア、モルドバといったソ連崩壊後に独立を果たした国々でも、自由と豊かさを手にしたいと願う人々が次第に増え、親欧米政権の誕生が相次ぐようになり、現在に至る。

ただ、こうしたプロセスは、「外敵へのおびえに根差す勢力圏拡大」を志向するロシア、特にソ連当時に近い勢力圏の回復を願望とするプーチン大統領からすれば許容しがたい動きとなる。同時に、ロシアがウクライナなどに軍事的威嚇を続ければ続けるほど、威嚇された国々はなおさらロシアから距離を置きたいとの思いを強める。「勢力圏は広めにとっておきたい」というロシアの一方的な発想そのものが遠心力を生んでいるわけだ。
ロシアによる軍事的威嚇はかえって周辺国のロシア離れを加速させている(軍事演習中のウクライナ戦車部隊=ロイター)

カザフスタンでの抗議活動は、ロシアなどの派兵後にほぼ鎮圧された。これは、冷戦時代にハンガリーやチェコスロバキアで反ソ連暴動が武力で鎮圧された故事をほぼなぞる動きだ。ただ、他の中央アジア諸国の政権も強権主義的体質で、抗議の動きはこれらの国々でも今後散発する可能性がある。

また、ウクライナをめぐる緊張は容易には収まりそうもない。ウクライナ国民はすぐ隣のポーランドやハンガリーなどが自由と豊かさを手にした過程を間近に見てきただけに、米欧への接近の動機が強い。同時に、これまで勢力圏に置いてきたウクライナを失いたくないとのロシア側の欲求も強烈だ。米ロ、NATOとロシアの間で相次ぎ開催された高官協議も不調に終わり、歩み寄りの気配は見えない。

ロシアはしばしば動物の熊に例えられる。今確かなのはロシアという「手負いの熊」が勢力圏の縮小でますますいきり立っており、国際社会はそんなロシアと今後も向き合い続けなければならないという厄介な現実があることだ。

(編集委員 高坂哲郎)』