トレードの世界に対峙すると、謙虚になる理由

トレードの世界に対峙すると、謙虚になる理由
http://blog.livedoor.jp/goldentail/archives/27951013.html

 ※ 今日は、こんなところで…。

『 世の中、投資ブームです。昔ながらの価値観で働いても、年功序列で給料が上がっていた時代は過去のものになり、勤めている会社も、いつ無くなるか判りません。今回の武漢肺炎のように、社会の環境変化というのは、予測できないものです。ある時代の人気企業でも、それが何十年も続く保証は、どこにもありません。

こういう時代に生きる為には、人生を会社に預けるような生き方ではなく、より能動的に生きる必要があります。資格の取得、副業など、メインスリームである会社勤めが駄目になっても、いくつかの収入の道を確保しておいて、それで食いつなぐ準備が必要です。何事も準備と覚悟のある無しで、生き方というのは、随分と難易度が変わります。

その中でもFXなどのトレードで稼ぐというのは、リスク・リワードがある、難易度の高い道です。世の中には、「何かコツみたいなものさえ掴めば、トレードで簡単に稼げる」と吹聴するブログやYoutuberで溢れていますが、アフィリエイトや情報商材で儲けたい人が誘導しているだけで、個人でトレードで勝ち続けるのは、決して簡単ではありません。ただし、不可能と言うつもりはありません。

このブログの著者のプロフィールで、自分について紹介させてもらっていますが、私も実際に数年ですが専業トレーダーで食い扶持を稼いでいた次期があります。ただ、数年前に金融庁が、日本のFXのレバレッジを25倍から10倍に下げる話を検討し始め、いわゆる海外FX業者を締め出す為に海外送金の経路に規制をかけ始めたのを期に辞めました。この環境でも稼げる人はいますが、レバレッジが下がると、それなりに資金が無いと、大きなロットを持つ事が不可能になるので、リスクに対してリターンが引き合わないし、自分には続けられないと考えたからです。

生きていくぐらいの資金は稼げるようになった時期だったので、痛かったのですが、続けていたら今頃は金持ちだったなんて絵空事を言うつもりはありません。実際にトレードで痛い目にあい、煩悶した人なら、軽々しく、そんな事を言う気にもなりません。まぁ、トレードに関して、以下の事を軽々しく言う人は、大嘘つきか、まだ、どん底を経験していないヒヨッコかのどちらかです。

ウン万円/月稼げる
誰でも稼げる
簡単に稼げる

最近は、「リスクを取らない事がリスクだ」なんて、いかにもな事を言う人もいますが、リスクなんて、必要がなければ、取らないに越した事はありません。大きなリターンをを狙えるツールには、それと同じだけのリスクが存在します。一ヶ月働いて稼ぐ額が、ものの数時間で簡単に溶ける事もあるハイリスクな世界がトレードです。そこで、専業で生きていくというのが、どれだけリスキーかは、想像にかたくありません。

実際のトレードの世界は、まさに抑制と決断の連続です。真面目に勝つトレードを継続しようとするならば、タイミングを見計らって無駄にポジションを持たない自己抑制と、チャンスにはリミッターを外して、一気に利益を獲りにいく決断を、日々繰り返す事になります。これを、一日中繰り返すのですから、半ば作業のようになり、トレードで感情が動かなくなります。逆に、トレードにスリルを感じて、アドレナリンが出ているような状態では、勝ち続ける事はできません。

抑制と決断。これを、断続的に繰り返していると、面白い事に人間は煩悩が削れてくるんですね。結局、人のあり方というのは、外部からの刺激に対して、どう感情が動いて、何を受け取り、どう行動するかという事が習慣化したものだと思います。良く言われるのは、一度逃げると逃げグセがつくとか、あの人は芯があるから何があっても大丈夫だとか、根拠は無いけど、状況に対する反応を観察して、その人の将来が予測できる事があります。そして、それは、大体当たっている事が多いです。

自分の資産を賭けてトレードをしていると、結果に対する責任は、良きにつけ悪につけ、全て自分にかかります。一切の言い訳はできません。責任を回避する事もできません。そして、世界の環境や情勢というのは、日々変化します。どこかで戦争が勃発するかも知れませんし、どこかの都市が自然災害で壊滅するかも知れません。それが、全てチャートに現れます。それを、予測する事は不可能で、誰しも脳天をかち割られるような損失を受けたりもします。

トレーダーとして生きるという事は、そういう世界からもぎ取った利益だけで、何十年も生活するという事です。アドレナリン出しながら、スリルを感じるようなトレードをしていたら、身が持ちません。その為、ゴツゴツとブサイクな形をしていた自然石が、水流に洗われて丸くなるように、長く過ごすほどに傲慢さが消えて謙虚になります。逆に言うと、そうじゃないと、やってられない世界です。理不尽さに対して、諦観し、天から降るような利益にも動じない、一見すると実に地味な人間に見えます。

ああ、誤解の無いように言っておきますと、私の言うトレーダーは、身銭を切って、自身で相場で勝負している人の事です。金融の世界では、トレードの周辺に群がって、周りを引き込んだり、手数料を目的として儲けようとする人達もいます。周りをうまく丸め込む事で、低リスクでリターンだけ得しようとする人達で、クルーザーを買ったり、高級乗用車を乗り回したり、豪邸を買って、知人を集めてパーティーを開いたりしているいわゆる金融成金とは、住んでいる世界が違います。彼らはリスクは、投資家に押し付けて、手数料で稼いでいるのです。だから、利益が出れば、いかにもな生活を始めます。あぶく銭身につかず、とはこの事です。

相場というのは、世界の経済が壊滅でもしない限り、継続する世界です。世界大戦で、世界中が戦争に巻き込まれた時期でも、相場は機能していました。人と人の間で、物資の移動、物の売り買いが行われている限り、相場が壊滅する事はありません。ただし、大荒れにはなるでしょう。そういう意味で、今が華でブィブィ言わせている人気企業よりも、存在するという意味では安定しています。

結局のところ、個人にとって世界というのは、その人がどう解釈するかという事でしかありません。よらば大樹の影で、大きな組織の中で、ほぼ一生保証された収入と待遇を目指すのが安定なのか、リスキーながらも、一企業の寿命とは比較にならないほどに強固な永続性を持つ相場という世界に身を置くのが安定なのか、それは人によるとしか言いようがありません。どちらが正解と言い切れるほど、世の中は単純じゃありません。

相場は、尽きることなく流れる水流と同じです。時に豪雨で、濁流となって、押し流され、時に日照りで厳しい時に、それまで森に蓄えられた水が清流を作ったりします。その中にいる一粒の小石として、尖ったままではいられないのです。それが、トレードの世界に対峙すると、謙虚になる理由です。』