「味方にも損害」 習近平寵臣、対米消耗戦に覚悟の諫言

「味方にも損害」 習近平寵臣、対米消耗戦に覚悟の諫言
編集委員 中沢克二
https://www.nikkei.com/article/DGXZQODK07AQ90X00C22A1000000/

『中国への帰任後、半年近く姿をくらましていた前駐米大使の崔天凱が突如、公の場に現れた。その目的は、米国の戦略的で徹底した抑え込み策に中国が十分、対応できていない危うい現状に警鐘を鳴らすことだった。とりわけ目を引くのは、強硬一辺倒の「戦狼外交」は米側の挑発に踊らされている面もあるという示唆だ。「冷静さを欠く対応が味方にもたらす損害」にまで触れた勇気ある発言は今、中国の政界、外交関係者の間で大きな話題になっている。

「決して、私たち自身の不注意、怠惰、無能によって味方に損害を与えてはならない」

「中国の対米政策で重要なカギは『対等な対抗措置による反撃』ではない。中国人の利益になる反撃を考えることだ」

「原則として、準備のない戦い、現状把握なしのむちゃな戦い、腹立ちまぎれの戦い、消耗戦をしてはいけない」
ちりばめられたストレートな批判

崔天凱の真意は、中国内の関連記事の見出しで広く流布された3つの文に凝縮されている。上意下達の中国の外交官としては驚くほどストレートな表現だ。もちろん、表向き、国家主席の習近平(シー・ジンピン)の名を随所に織り込み、顔を立てている。人種差別的な意識から中国台頭を徹底的に抑え込もうとする米国への非難が基調である。

中国の崔天凱・前駐米大使(2018年)=ロイター

だが発言内容をじっくり分析すれば、最高指導者におもねるほかの官僚らとの違いは明らかだ。ジェットコースターに乗ったような状況でも米側の挑発に乗らない冷静な対応の重要性を説きながら、中国外交の問題点を鋭くえぐっている。

しかもこれは2021年12月20日、中国外務省傘下の政策提言機関などが主催した重要な討論会での公式発言だ。会場が外国要人の接待にも使われる北京の釣魚台迎賓館だったことも格式の高さを裏付ける。

中国内で崔天凱発言への興味深い見方があった。「科学的知見によって(習近平政権がこだわる)『ゼロコロナ政策』から『コロナとの共存』への早期転換を提案し、袋だたきにあった張文宏教授の語り口に少し似ている」というのだ。中国の感染症対策の権威として尊敬を集めた張文宏は、半年ほど前、忖度(そんたく)なしに持論を公表していた。

現在の対米強硬路線を推し進めてきたのは、外交トップである共産党政治局委員の楊潔篪(ヤン・ジエチー)、そして国務委員兼外相の王毅(ワン・イー)らだ。とはいえ、全ての重要政策を決めているのは習近平である。

年頭所感を述べる中国の習近平国家主席(中国国営中央テレビより)

つまり、崔天凱は対米外交を担った当事者ならではの自省に、習近平路線への批判をにじませた。「自身の無能によって味方に損害を与えるな」というのは、まさに君主をいさめる忠告を意味する諫言(かんげん)でもある。

形だけの「対等な対抗措置」に苦言

もっと具体的なのは、形だけにこだわった「対等な対抗措置」への強い疑義だ。これはバイデン米政権による様々な対中制裁に対し、メンツを最優先して全く同じ形の対米制裁を打ち出す中国外交の行動様式を指す。

これが実際のところ中国国民の利益になっていないと言い切っている。そして、重要なのはアップル、インテルなどのハイテク企業を米国に引き戻そうとする米政府のワナに陥らず、米企業が中国に残って発展する環境を整えることだと訴えた。

中国外交トップの楊潔篪氏㊨と王毅国務委員兼外相(2021年3月18日、米アラスカ州)=ロイター

崔天凱は新中国(中華人民共和国)の歴史上、最も長い8年間も駐米大使を務めた米国通で、駐日大使も経験している。オバマ、トランプ、バイデンという米大統領3代の対中政策の変化を現場で観察してきた。バイデン政権になった後の21年3月、米中外交トップらが米アラスカ州で激突した協議にも同席した。現地での記者会見では「米国との妥協はあり得ない」と、勇ましい言を吐いていた。

注目したいのは、崔天凱は習近平が最も信頼する寵臣(ちょうしん)だったことだ。11年8月、当時、米副大統領だったバイデンが中国を訪れた。北京では国家副主席だった習と会談して3日間滞在。その後、四川省に足を延ばす計6日間のリラックスした旅だった。習はバイデンのカウンターパートとして長旅に同行した。

その際、事実上の通訳として付き添ったのが、外務次官だった崔天凱だ。経緯を知る関係者は「崔天凱への信頼はこの長旅で強いものになり、(習政権時代の)異例の長期間、ワシントンで対米外交を担う端緒となった」と証言する。

握手する習近平氏㊨と当時、米副大統領だったバイデン氏(2013年12月、北京)=ロイター

しかし、習に信頼されていた崔天凱が21年6月、ワシントンを離れる際、米中関係は危機に陥っていた。米側の主要人物に離任あいさつの面会さえ拒まれる厳しさだったという。米中関係は根本的に変化し、同年11月の米中首脳オンライン協議後も膠着している。

習氏3期目のカギ握る経済と対米関係の連動

この局面で第一線から引退している習近平の寵臣が諫言に踏み切ったのは意味がある。とりわけ「準備のない戦い、むちゃな戦い、腹立ちまぎれの戦い、消耗戦をするな」という言葉は意味深長だ。

ここには米中が激突する文字通りの戦争、実戦を避けるべきだという意味もある。しかし、本意はいまの対米外交戦略への苦言だ。周到な準備もなく、感情に流された「消耗戦」に陥っているのではないか、という示唆である。

目下の消耗戦とは何なのか。そこにはバイデン政権が英国、日本、オーストラリア、インドなどの同盟国や中国の周辺国との関係強化で築いた中国包囲網への強い警戒感がある。かつて米国、英国など4カ国による「ABCD包囲網」に苦しんだ太平洋戦争前の日本を想起すればわかりやすい。

中国包囲網は技術覇権争い、サプライチェーン(供給網)の分断と絡み、中長期では中国経済の足かせになりかねない。外交と経済は密接にリンクしている。「時と勢いは我々の側にある」と訴えてきた習近平はなお強気だが、バイデン政権の対中戦略が着実に効いてきているのも事実だ。崔天凱の覚悟の諫言はその証左でもある。

これで中国の方針が変わるかは微妙だ。とはいえ、節度さえ守れば、そうした発言が許され、広く流布される雰囲気が出てきたのは、ちょっとした変化である。これは急減速が大問題になっている習近平式の経済政策に関する議論についてもいえる。裏を返せば、中国の外交、経済が置かれた現状はそれほど厳しいのだ。

22年秋の共産党大会でトップとして異例の3期目入りを目指す習近平にとって、最大の課題は困難な対米関係と減速する中国の国内経済だ。これらのコントロールにてこずれば、闘いのヤマ場に向けた政局運営が一段と難しくなる。(敬称略)

中沢克二(なかざわ・かつじ)

1987年日本経済新聞社入社。98年から3年間、北京駐在。首相官邸キャップ、政治部次長、東日本大震災特別取材班総括デスクなど歴任。2012年から中国総局長として北京へ。現在、編集委員兼論説委員。14年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞 』