習近平氏の「シートピア」と民主主義の未来

習近平氏の「シートピア」と民主主義の未来
風見鶏
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM302JJ0Q1A231C2000000/

『通商・安全保障問題から始まった米中対立は2021年、民主主義や自由・人権といった普遍的価値観を巡る対決へと拡大した。いま世界は民主、専制を問わず経済格差や社会の分断といった課題に直面する。これから展開されるイデオロギー競争は、いずれが成長を維持しながら優れた「ソリューション」を提示できるかの勝負となる。

閩寧鎮に掲げられたスローガン(寧夏回族自治区)

中国の習近平(シー・ジンピン)国家主席が格差解消に向けて掲げる「共同富裕社会」。その思想のひな型を垣間見る農村が中国の内陸深くにある。

寧夏回族自治区の区都・銀川から高速道路を走ること約1時間。平原に広大な住宅街が現れる。中華風の凝った住宅が碁盤の目に沿って並び、広場では老人たちが共産党賛歌に合わせて踊っている。農村には珍しく若者や子供も多く、若い親に手を引かれた子供たちが共産党のスローガンにあふれた学校に入っていく。

この「閩寧鎮」は1997年、はるか300キロメートル離れた山奥からの移住のため、何もなかった平野に築かれた。かつての故郷は国連が「人類が住むに適さない」と認定した不毛の地だ。

主導したのは当時、福建省共産党副書記だった習氏。中央政府の事業の一環で、省を超え、寧夏の貧困対策チームのトップに就任した。

現地の厳しさをみた習氏は福建省の支援で「まるごと移住」を決定した。資金豊富な福建の企業や金融機関を動員してキノコ栽培・ワイン製造などの産業も用意した。最初は小さな村だった鎮は拡大を続け、今や約6万人が居住する。閩寧の名は習氏が名付けたものだ。思い入れは深く、国家副主席や国家主席となってからも訪問を続けている。

習氏と言葉を交わしたことがあるという農民は語る。「以前は水も電気もなく、家は土でできていた。今の生活は習主席のおかげだ」

習氏は閩寧モデルの全国展開を呼びかける(閩寧鎮の成功について報じる中国中央テレビの画面)

なにもかもがテーマパークのように完璧で美しい移民村は、習氏が25年間かけて築いた理想郷、いわば習氏独自の「シートピア(xitopia)」だ。「豊かになったら習主席を忘れるな」。街の真ん中に掲げられたスローガンからは「自ら貧困を解消した」との自負がにじむ。荒唐無稽な夢物語と批判される習氏の「共同富裕」だが、習氏には実績を裏付けとする習氏なりの確信があるのだろう。

翻って民主主義陣営はどうだろうか。バイデン米大統領は富裕層に対する課税強化など「共同富裕」とも通ずる政策を公約に掲げて当選したが、まだ道筋はつけられていない。

昨年12月には「民主主義サミット」を開催したが、民主主義そのものが内包する課題に踏み込めなかったうえ、むしろ中国にこう反論された。

「優れた民主とは社会の分裂や衝突を生まない。社会階層や利益の固定化をもたらさない」「米国の政治家は利益集団を代弁し、有権者や国家利益を代表していない。公約を発表しても選挙後にはめったに守らない」

人権や言論・宗教の自由を無視する中国が民主主義を語るのは噴飯ものだが、米国は果たしてこの指摘を「見当違いだ」と言い返せるだろうか。少なくとも何年も前から鮮明だったこれらの課題にバイデン氏が必死で取り組んだという話は聞かない。

くしくも日本でも岸田文雄首相が「新しい資本主義」を提唱した。「分配が先か成長が先か」という論争も招いたが、首相は成長やイノベーションもめざしつつ分配を重視するという折衷案で臨むようだ。

だが、日本が今めざすべきは新たな地平なのだろうか。

「世界で社会主義に成功したのは日本だけだ」。中国の金融界の重鎮といわれる人物から冗談交じりに言われたことがある。高度経済成長を果たしながら「1億総中流」といわれる平等社会を生み出し、教育も医療も広く行き渡った。国民皆保険制度は世界から奇跡といわれ、人口あたりの病床数も世界トップクラスを続けている。

つまり日本にはすでに習氏の理想郷が及ばない本物の実績がある。今まずやるべきは、成長とともに実現しかけていた「日本式の共同富裕社会」がなぜ制度疲労を起こし、行き詰まってしまったかという分析ではないか。

さらにいえば、日本は自由競争によって経済発展を図る新自由主義を続けていたはずだが、イノベーションは米国や中国に大きく立ち遅れた。首相は新自由主義からの転換も掲げるが、その前に「新自由主義下ですらイノベーションが停滞した理由」を突き止めなくては成長と分配の好循環など実現不可能といえる。

よりよき社会をめざして民主主義や資本主義を見直す「グレート・リセット」は世界の潮流だ。もしかすると、横からいち早く解を出してみせるのは国家権力を駆使した中国かもしれない。それでも、富裕層から富を奪い、自由も人権も無視したユートピアなどディストピアの裏返しにすぎない。

日本には世界に本物の解を示すポテンシャルがある。そしてユートピアはきっと習氏の理想郷のように「山のあなた」にあるのではなく、自分たちのすぐ足元にある。

(中国総局長 桃井裕理)』