ロシア風邪はコロナだった? 「インフル原因」覆す新説

ロシア風邪はコロナだった? 「インフル原因」覆す新説
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『約130年前に世界で猛威を振るったロシア風邪の原因がコロナウイルスだったのではないかとの説が浮上している。約6年間で100万人の犠牲者を出した大流行はこれまで、インフルエンザとされていた。ところが新型コロナウイルスに注目する科学者らがロシア風邪の症状と似ていると気づき、教訓を得ようと史実の検証に動き出した。

日本では「お染風邪」と呼ばれ、庶民の間でおまじないも流行した=深川江戸資料館提供

東京都江東区の深川江戸資料館には、ロシア風邪が明治時代の日本でも流行した際に庶民の間で広まったおまじないの展示がある。米屋の入り口に「久松るす」の墨書。当時は、えたいの知れないこの感染症を「お染風邪」と呼んだ。江戸時代前期に心中事件を起こした「お染と久松」が題材の人気歌舞伎が由来だ。「久松るす」には「恋仲の久松はいないからお染風邪は我が家には来ないで」との思いが込められた。

ロシア風邪は1889年にロシア帝国のブハラ(現ウズベキスタンの都市)で最初に確認された。90年にかけて世界で流行し、95年ごろまで流行を繰り返した。約15億人の世界人口のうち、100万人が亡くなったとされている。

ウイルスの正体さえ分からず、ワクチンもない時代だったが、集団免疫とウイルスの変異で感染は落ち着いた。

当時、ドイツの研究者によって、「菌」が検出されて、「インフルエンザ菌」と名付けられた。しかし、その後、「インフルエンザ菌」はロシア風邪の原因ではないことが分かった。

1930年代になってインフルエンザウイルスが確認できるようになった。18~20年に流行して少なくとも5000万人が犠牲になったとされるスペイン風邪は、残った検体から後にインフルエンザウイルスが原因と特定された。一方、ロシア風邪も症状などからインフルエンザウイルスが原因であると思われてきた。

フランスの雑誌に1890年に載ったロシア風邪の風刺画ではフランス語でインフルエンザとの表記が残る(英ウエルカム財団のウエルカムコレクションより)

ベルギーのルーベンカトリック大学の研究チームは2021年夏、「ロシア風邪の英国とドイツでの医療報告は新型コロナと多くの特徴を共有している」と論文で報告した。肺や気管支、胃腸の症状のほか、味覚や嗅覚の喪失などを含む神経への影響だ。新型コロナでは「ロング・コビッド」と呼ぶ後遺症も似ていた。

昭和大学の二木芳人客員教授は「インフルエンザウイルスが原因のスペイン風邪より感染力が強い点などもロシア風邪は新型コロナに似ている」と指摘する。

ルーベンカトリック大学は05年にもロシア風邪のコロナウイルス原因説を論文で発表している。現在の風邪を引き起こすヒトコロナウイルス「OC43」について分子時計分析という手法で遺伝子の変化を過去に遡った。

分子時計は時計の針がリズムを刻むように遺伝子の塩基配列やアミノ酸に一定の速度で突然変異が起こると仮定し、変異の時期を逆算する。変異の違いから共通の祖先もわかる。1960年代に提唱された。

OC43について分子時計分析の手法で調べると1890年前後にウシのコロナウイルスから分岐した可能性が分かった。ロシア風邪が流行した頃だ。

ここから次のような仮説が浮かび上がる。

まずウシからヒトにうつるようになったコロナウイルスが感染症に無防備だった社会にロシア風邪を広げた。そのうち人々は集団免疫を獲得した。ウイルス自身も変異を重ね、ほとんどの人が軽い症状で済む現在のOC43に至ったとする考えだ。

新型コロナも同じ道をたどるのか。二木客員教授は「いずれウイルス自身が弱毒化する可能性はあるが、楽観的に捉えない方がよい」と戒める。

世界の人口は当時の5倍に達し、地球は「密」だ。現代はワクチンや治療薬という武器も手にしたが、ウイルスの変異がどう対応してくるのか分からない。

日本でも感染者が増えている新型コロナの変異型「オミクロン型」は重症化率が低いとされるが、感染者数が増えれば医療現場に負担がかかる。ロシア風邪のコロナは風邪のウイルスになったかもしれないが、ウイルスの気まぐれはあてにならない。私たちはワクチン接種や感染対策、医療体制の拡充などを進める努力をする以外に道はない。

(福岡幸太郎、藤井寛子)』