50代で浮かび上がってくる承認欲求のヤバさ

50代で浮かび上がってくる承認欲求のヤバさ
2022-01-06
https://p-shirokuma.hatenadiary.com/entry/20220106/1641470360

 ※ 今日は、こんなところで…。

『正月明けに、「50代くらいになると何をやっても褒められなくて、不安になり、承認欲求をこじらせる人が多い」というtogetterを発見した。
 
本当だろうか?
だとしたら世知辛い世の中だ、大変ですね、でも自分も無関係とは言えないな、などと思った。
 
そもそも、50代にもなって他人に褒められたい、それも、褒められているとはっきりわかるかたちで他者からの承認をいただきたい心境とは、どんなものだろうか。
 
私は、そのような心境は
 
・心理発達のプロセスが厳しかったことのあらわれか
・その人を取り囲む環境が特に難しくなっているか
 
のどちらかに思われ、どっちにしても滅茶苦茶厳しいよね……といった風に思った。しかも、案外他人事とも思えなかったりもした。今回は、それらについて書いてみる。
 
 「50代になって、わかりやすく褒められなきゃ不安ってどういう心理発達なのよ」

 まず心理発達のプロセスという視点でみた時、50代とは、どれぐらい褒められなければ気が済まない年頃だろうか。この際、呼び方は承認欲求でも所属欲求でもナルシシズムでもなんでも構わないが、社会的欲求の充たし方には年齢によって成熟の度合いがあり、基本的には、成熟が進むほど褒められ具合が低くても満足しやすくなる。
 
たとえば乳児は存在するだけでも養育者に肯定してもらえるし、また、肯定されるのがお似合いでもある。小学校低学年なら、学校のルールを守っていたり宿題を片付けたりした時には褒めてもらえる一方、悪いことをした時には叱られることだってあるだろう。高校生ぐらいになれば、褒めてもらえる場面はより少なくなり、褒めてもらえたとしても、乳幼児のように存在するだけで全肯定というわけにはいかない。
 
こんな具合に、年齢が高まり、社会的立場が変わるにつれて(そして接する他人の幅が広がるにつれて)、くっきりと褒めてもらえる場面は少なくなる。もちろん今どきはアメリカっぽいカジュアルな肯定文句が良いとみなされたりもするので、少し意識の高い場所で働いていれば、togetterに書かれているほど褒められないなんてことはないのかもしれない。とはいえ、50代になってもなお、幼児みたく「ぼく、えらいねー」とか「すごいすごいー」とか褒めてもらう機会はめったにないし、運よくそういう機会を獲得したとしても、それは(たとえば祝賀会や授与式のように)高度に社会化・儀礼化されているだろう。
 
では、もう幼児のように褒めてもらえなくなった中年の心は枯れ果てるしかないのか?
そんなことはない。成長するにつれて、人は、よりマイルドでより社会化・儀礼化した様式でも、だいたい社会的欲求を充たせるようになる。そういうことを数年前の私は繰り返し書き続けていた。以下の二冊の本などは、まさにそれにあたる。
 
「若作りうつ」社会 (講談社現代新書)

作者:熊代亨
講談社

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認められたい

作者:熊代亨
ヴィレッジブックス

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この二冊の書籍のバックグランドとなっているエリクソンとコフートは、それぞれ論の核心は異なるにせよ、「社会的欲求がエイジングに伴って成熟していく」という見立てでは共通している。というより精神分析的な考え方には多かれ少なかれ、成長するにつれて欲求充足の様式が成熟していくといった含意があり、と同時に、そうした欲求充足の成熟不全が治療の焦点とみなされたりもしたのだった*1。
 
そうした精神分析的なモデリングを思い浮かべながら現実の50代や60代を見ていると、やたら褒めてもらいたがっている中年、褒めてもらえないと困っている中年が多数派になっている風にはみえない。いや、誰かに悪く言われたり誰かと喧嘩したりした直後などは、自分が褒めてもらえていない・評価されていないと悲しく思うことだってあるだろう。私もときどきそういう気分になる。けれども総体としては、職場で挨拶を交わす時、仕事のなかで自分の持ち味を生かせている時、趣味の集まりで旧交を温めている時などに、社会的欲求はだいたい充たせるのではないだろうか。
 
その際に、「ぼく、えらいねー」とか「すごいすごいー」とかお互いに指差し確認する必要性を感じている人はもういない。信頼しあっていること、メンバーシップであること、挨拶を欠かさない間柄であること、それだけでも十分だ。もちろん、ヘビーな自己愛パーソナリティの人などは50代になっても絶賛を期待し、そうでない肯定を肯定と感じられないものかもしれないし、それなら精神病理と呼ぶにふさわしいだろう。けれどもそういうわけでない多くの人は、社会的欲求の充足がまずまず成熟しているおかげで、幼児のように褒めてもらわなくても、あるいは万雷の拍手に包まれていなくても、だいたい充足できたりする。親をやっている人だったら、自分の子どもが元気に食事をとっているのを見ているだけで、社会的欲求が充たされたりもしないだろうか。
 
こんな具合に、ある年齢を越えてくると、社会的欲求は、自分の子どもの健在や自分の後輩の成長を見ているだけでも充たされると感じるようにもなる。別に自分が褒められなくても、自分より年下の人間が健在だったり成長していたりしているのを見ているだけで、それがもう心理的にはご褒美なのだ。この場合の充足感は、”ネットスラングとしての承認欲求”の意味合いからはかけ離れていると言わざるを得ない。が、ともあれ社会的欲求が充たされる経路には違いない。
 
そうしたわけで、この心理発達の側面からみると「50代にもなって、自分自身が、わかりやすく褒められなきゃ不安ってどういう心理発達なのよ?」と私は思いたくなる。それは社会的欲求の充足様式があまり成熟していないうまい具合に社会化していない、という問題や不全を含んでいるのではないか?
 
 

それとも、挨拶する相手にも窮するほど社会環境が悪いのか

 じゃあ、そういう悩みを持っている人が必ず成熟不全的側面を持ち合わせているかといったら……そうとも限らないように思う。
 
さきほど私は、「信頼しあっていること、メンバーシップであること、挨拶を欠かさない間柄であること、それで十分」と書いた。また私は、「別に自分が褒められなくても、自分より年下の人間が健在だったり成長していたりしているのを見ているだけで、それがもう心理的にはご褒美」とも書いた。けれども2021年の社会において、そうした信頼関係やメンバーシップや年下の存在が全員に行き届いているとは、到底思えない。
 
人的流動性が極限まで高まった社会では、どこでも働けるしどこでも住める。人間関係を続けたってやめたって構わない。けれどもそうした社会の帰結として、信頼関係やメンバーシップや家族といったものは、持てる人は持てるけれども持てない人は持てないといった具合に、格差が広がりやすくなった。タテマエとしての機会の平等を推し進めた*2今の日本社会は、経済的格差に加え、社会関係の格差の問題を内包している。ということは、社会的欲求の充足の格差を内包している、ということでもある。
 
結果、挨拶する相手にも窮するような孤立状態の人がほうぼうに現れることになった。日本に限らず、先進国では孤立が大きな社会問題となっているが、人的流動性を極限まで高めておいて、中間共同体が壊れていくことを寿ぎ、中間共同体をどこまでも悪者呼ばわりしていた人々が今更孤立に鼻白んでいるのを見ると不思議な気持ちになる──この事態が予想できなかったのなら見識が足りなかったということだし、予想していたけれども頬かむりをしていたのなら良識が足りなかったということではないか?
 
ともあれ、中間共同体に所属するよすがを失い、人的流動性がサラサラに高まった社会を身一つで漂流する人が、「何をやっても褒められなくて、不安になり、承認欲求をこじらせる」事態は十分にあり得るし、高齢者に怪しい商品を売りつける人々は、そうした事態をハックして商売をやっているという読みもできるだろう。年齢相応に社会的欲求が成熟している人とて、それこそ挨拶できる相手にも困るほど孤立していては社会的欲求が充たされなくなり、精神衛生の歯車がギクシャクしてくるのは十分考えられることだ。
 
 どちらが理由であれ、なるほど、危機と呼ぶのがふさわしい

 そうしたわけで、私は50代になって承認欲求がやたらクローズアップされる状態はだいたい危ういようにみえるし、なるほど、これをひとつの危機とみなすのもわかる気がする。
 
心理発達の不全にもとづいているのであれ、社会関係の欠乏によるのであれ、両方が重なっているのであれ、そのような50代は社会的欲求の充足という点で大きな問題を抱えているようにみえる。逆に言えば、この年齢の頃に「褒めてもらえなくて不安になる」とあまり感じない人は、今はまあまあ社会関係と社会的欲求に困っていないのだろう。
 
危機、などというと大げさに響くかもしれない。
また実際、危機というにはあまりにもありふれた危機でもある。
 
というのも、今の日本では中間共同体と呼べるものはすごく少なくなっているし、たとえば職場にそれを求めることも難しくなっているからだ。家族ですらそうだと言える。子育てをとおして社会的欲求が充たされていた人は、空の巣症候群に直面するかもしれないし、職場に貢献して社会的欲求を充たしていた人が退職後もそうできるという保証はどこにもない。パートナーに先立たれる人、健康を害し趣味を失う人だっているだろう。そうやって社会的欲求を充たす経路をひとつひとつ失っていった先に、「褒めてもらえなくて不安になる」と意識する未来を想像するのは案外たやすい。
 
日本でコフート理論に貢献し続けてきた精神科医の和田秀樹は、高齢者のナルシシズムの問題を重視してきたけれども、実際、社会関係を失いやすく、人間関係の喪失にも直面しやすく、健康までもが損なわれやすい境遇になってくれば、「褒めてもらえなくて不安になる」は差し迫った問題になりやすいだろう。親子といえども別れ別れになりやすく、金の切れ目が縁の切れ目にもなりやすい、この、サラッサラの社会が続く限り、中年期以降に浮かび上がってくる社会的欲求のヤバさを他人事とみなしてしまうのは、結構難しそうに思える。
 

*1:もちろん欲求充足の様式「だけ」が問題なのではない。臨床寄りのポジションで考えなければならない事例の場合、それより防衛機制の様式のほうに着眼したほうが実地に適っているよう、私には思える。

*2:タテマエとしての機会の平等、とわざわざ書いたのは、実際には生まれや育ちによって不平等なかたちで皆の人生のスタートラインが切られるからなのは言うまでもない

シロクマ (id:p_shirokuma) 1日前 』

「ディープステート」の狙いと挫折

澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -484-
「ディープステート」の狙いと挫折
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政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司
http://www.jfss.gr.jp/article/1461

 ※ 「ディープ・ステート(ディープ・ステーツ)」と聞くと、おどろおどろしい「陰謀論」という印象があるが、今般のトランプvs.バイデン絡みで、ずいぶんと表面化した感じだ…。

 ※ そういう話しを考える参考になるんで、貼っておく…。

 ※ まあ、トランプ陣営が、自陣営の「正当化」のために、ことさら「作り出した話し」という疑いも、捨てきれないんだが…。

『昨2020年11月3日、米国では大統領選挙が行われた。選挙前の下馬評では、ジョー・バイデン民主党候補が有利とされた。しかし、ドナルド・トランプ大統領が善戦し、実際に勝利している。ところが、米民主党は、様々な選挙不正を行ってトランプ勝利を覆し、結局、バイデンの勝ちという形になった。

 12月14日、選挙人投票が行われ、翌1月6日、米連邦議会でバイデン候補が正式に第46代大統領として選出されたのである(当日、民主党側の暴徒が米連邦議会に乱入し、死傷者を出した)。

 その後、州兵が続々とワシントンD.C.へやって来た。その数、約2万5,000人である。
 1月20日、バイデン新大統領の就任式が実施された(就任式はセットで行われたのではないか等の多くの疑問符が投げられている)。ただ、その後、バイデン政権が機能している様子がほとんど見られない。一方、ワシントンD.C.では、米軍による正体不明のオペレーションが行われている。

 さて、トランプ大統領が在任期間、対峙してきた「ディープステート」(「影の政府」。以下、DS)とは一体、何か。その定義は難しいが、謂わば世界的に影響力を持つ既存勢力と言えよう。

 米民主党と一部の共和党員、大半の連邦裁判所・各州裁判所や各州知事、一部のCIAとFBI、米大手マスメディア、米ビッグテック(Amazon、Facebook、Twitter等)、ジョージ・ソロスに代表される国際金融資本、ロスチャイルド家やロックフェラー家、加えて、バチカンとロンドンのシティなどを指すと考えられる。

 では、そのDSの目標とは何か。現在の世界を変革し、彼らの都合の良い「新世界秩序」を構築する事にあるという。

 その「新世界秩序」が、世界中に自由と民主主義を推し進めるのであれば、何の問題もない。ところが、DSはエリートを自認し、自己の都合の良い統治機構作りを目指している観がある。少数のエリートらが全世界を支配する構図である。

 一般に、先進国では、自由と民主は所与のモノと受け止められている。しかし、DSからすれば、それは世界支配を行う上での障害物でしかない。DSは民主主義を否定し、大衆には自由にモノを考えて欲しくないのである。そして、DSの意向に沿う人間を産み出す。

 元来、トランプ大統領はDSにとって邪魔な存在だった。だから、彼の在任中、ほとんどの米マスメディアは、「トランプ=悪」、「バイデン=善」という図式で、一方的に大統領を攻撃した。そして、バイデン側に有利な情報だけを流し、トランプ側に不利な情報を流し続けた。

 また、ビッグテックは、米大統領選挙前後、自由な情報を完全に遮断した。米マスメディアとビッグテックは一致協力し、情報を操作して言論弾圧を行ったのである。

 これでは、まるでジョージ・オーウェルが描いた『1984』の世界と同じではないか。同書では「ビッグブラザー」は、彼らの意向に従うよう、大衆を監視し、洗脳した。もし、一部の大衆が目覚め、「ビッグブラザー」に逆らえば、彼らを反逆者として処罰する。

 つまり、DSは、『1984』にならって、自由と民主を抑圧し、大衆を洗脳しようとしている。DSの所業は中国共産党が中国国内で行っている事とまったく同じだろう(事実、DSは中国共産党を連携しているふしがある)。いつから米国は、世界に自由と民主主義を伝播するミッションを放棄してしまったのだろうか。

 実は、オバマ政権下で、このDSの「新世界秩序」構想が深化したと考えられる。2016年、前回の米大統領選挙で、ヒラリー・クリントンが当選していれば、すでに「新世界秩序」が実現されていたかもしれない。

 ところが、同選挙でトランプが大統領に選出され、DSに立ち塞がったのである。そこで、2020年の大統領選挙では、DSは何が何でも、トランプ大統領をワシントンD.C.から追い出そうとした。そのため、DS側はなりふり構わず、大規模な不正選挙を行った。

 だが、バイデンが大統領になっても、新政権がスムーズに施策を実施できていない。なぜなら、米軍が実権を掌握しているからである。

 ところで、もしDS側に何も落ち度が無ければ、トランプ大統領としても、彼らをワシントンD.C.から一掃するのは難しかったのではないか。ところが、DS側には人身売買や小児性愛での虐待、売春等、多くの犯罪疑惑があったのである。

 そこで、米軍はDS側の主な人間、米民主党議員、裁判所判事、米マスメディア・ビッグテックのトップ、ハリウッドスターらを逮捕・拘束・処刑しているという。

 これまで「陰謀論」と言われて来た事実がようやく明るみに出てきた。具体的には、「オバマゲート」(オバマ元大統領の出生地疑惑)や「ピザゲート」(ジェームズ・アレファンティスが「コメット・ピンポン」という名のピザ屋を経営。小児性愛虐待事件と深い関わりがあるという)である。

このような状況下、今後、トランプ大統領が何らかの形で、ホワイトハウスへ戻って来る公算も捨て切れないだろう。』

栗戦書スキャンダルと中国政商達の命運

澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」 -233-
栗戦書スキャンダルと中国政商達の命運
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政策提言委員・アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司
http://www.jfss.gr.jp/home/index/article/id/440

 ※ ちょっと古い記事(2017年7月頃)のようだが、中国の「財をなした実業家」の内幕が語られていて、参考になるんで、貼っておく…。

『今年(2017年)7月、『サウスチャイナ・モーニング・ポスト』(『南華早報』)がウェブ上では18日、紙媒体では翌19日「シンガポール・ペニンシュラホテルへの投資者は、習近平の最側近と、どのような関係があるのか」を掲載した。
 ところが、同紙は翌20日、突如、記事が社の方針にそぐわないとして、自ら削除したのである。極めて不可解な出来事だった。
 同記事にある習近平主席の最側近とは、栗戦書を指す。栗戦書には、栗潜心という娘がいる。栗潜心の夫は蔡華波(32歳)という人物で、シンガポール国籍を持つ。
 同記事によれば、香港&上海ホテルズはシンガポール・ペニンシュラホテルの株を100%保有する。蔡華波は、香港&上海ホテルズの株15億香港ドル(約210億円)を所有している。
 蔡華波は栗戦書の娘婿である。栗戦書の存在こそが、蔡華波に巨額の富をもたらしたと見るのが自然だろう。
 現在、夏の北戴河会議(新旧の党・政府幹部による非公式会議)が開催される微妙な時期である。そこで、今秋の中国共産党第19回全国代表大会(「19大」)の人事がほぼ決定されると考えられる。
 現時点で、栗戦書は次期政治局常務委員となる事が確実視されている。この時期に、栗戦書を巡るスキャンダルが表沙汰になれば、「19大」の人事に多大なる影響を与えるだろう。栗戦書の政治局常務委員人事は流れる公算が大きい。
 おそらく『サウスチャイナ・モーニング・ポスト』の記事削除は、習近平指導部の強い圧力があったと見られる。
 実は、『サウスチャイナ・モーニング・ポスト』はアリババ・グループの総帥・馬雲(ジャック・マー)が所有している。
 もともと、馬雲は江沢民系の「上海閥」との関係が親密という。「官商結合」の典型的パターンである。
 言うまでもなく、習近平政権(「太子党」)は「反腐敗運動」の名を借りて、徹底して「上海閥」(時には「共青団」)を叩いている。
 従って、「上海閥」が習近平政権に反撃を加えるため『サウスチャイナ・モーニング・ポスト』を利用し、栗戦書のスキャンダルを暴露しようとしたとしても不思議ではない。けれども、今回、習政権の反発が強く、記事が削除されたと考えるべきだろう。
 但し、一旦馬雲の『サウスチャイナ・モーニング・ポスト』が習近平主席の最側近、栗戦書のスキャンダルを暴こうとした以上、今後、馬雲は習政権から厳しいマークを受ける公算が大きい。
 さて、今年1月、「明天系」(金融会社)の蕭建華(カナダ国籍)がフォーシーズンズホテル香港から中国公安に拉致・拘束された事は記憶に新しい。
 蕭建華が拉致・拘束された翌2月、世紀金源集団(不動産会社)董事長・黄如倫が中国政府に調べられている。福建省出身の黄如倫は、一時、フィリピンへ渡った。1990年代に入り、黄如倫は中国大陸へ投資を開始している。
 更に、今年6月、安邦保険董事長の呉小暉(鄧小平の孫娘の夫)が逮捕された。習近平主席が鄧小平一族にメスを入れたのである。
 以上の3人は「官商結合」ゆえに、政治に翻弄されたとも言えよう。
 その他、有名な企業家としては、万達集団の王健林(王は、もともと遼寧省大連市西崗区の官僚だったが、ビジネス界へ身を投じる)は、習近平の姉夫妻、斉橋橋・鄧家貴との関係が深い。因みに2015年、王健林は、華人として李嘉誠を抜き、同年、世界1の資産家となった。
 楽視網の賈躍亭は、令計劃(2016年7月無期懲役の判決を受ける)・令完成(現在、米国へ逃亡中と見られる)との関係が取り沙汰されている。とすれば、今後、賈躍亭は習近平政権からチェックを受ける可能性がある。
 復星国際の郭広昌は、2015年に失脚した上海市副市長の艾宝俊と関係が深かった。そのため、郭広昌は、一時、当局に調べられているという情報が流れたことがある。
 海航集団の陳峰は、かつての上司だった王岐山との親密な関係が疑われている。この件については、米国へ亡命中の郭文貴が徹底的に王岐山の海航スキャンダル(郭は王岐山が同会社の大株主だと主張)を暴露した。
 周知のように、目下、中国経済低迷は未だ回復していない。そこで、ひょっとして、習近平政権は、中国の大実業家から巨額のマネーを巻き上げようとしているのではないか。そして、そのマネーで「ゾンビ企業」(主に国有企業)の生き残りを模索しているのではないだろうか。
 けれども、習政権のそのような姑息な方法では、“金の卵”を産む優良企業の首を絞める事になり、かえって、中国経済にダメージを与える恐れがあるかも知れない。』

中国当局がモバイルアプリ規制強化案

中国当局がモバイルアプリ規制強化案、世論への影響など監視
https://jp.reuters.com/article/china-regulation-apps-idJPKBN2JF0FW

『[上海 5日 ロイター] – 中国のサイバー規制当局、国家インターネット情報弁公室(CAC)は5日、モバイルアプリの監督を強化する規則案を公表した。世論に影響を及ぼし得る機能を持つアプリはセキュリティー審査を受ける必要があると定めた。

この規則案はCACが昨年から実施している、ハイテク企業監視強化キャンペーンの一環。1月20日まで一般から意見を募集している。

アプリ提供業者に対し、世論に影響を与えたり大衆を動員したりすることが可能な「新技術、新アプリ、新機能」をローンチする前にセキュリティー審査の実施を義務付ける。

CACは特定のアプリを挙げていないほか、国の規制に従って実施されるべきだとしたのみで、審査プロセスの概要を説明していない。

「テキスト、画像、音声、動画、その他の情報関連製作物」に加え、インスタントメッセージ、ニュース配信、フォーラムコミュニティー、ライブストリーミング、電子商取引にも適用されるという。

モバイルアプリを提供する会社は国家安全保障を危険にさらす活動を行ったり、不必要な個人情報の共有をユーザーに強要したりしてはならない、とした。』

中国青海省でM6.9

中国青海省でM6.9
広範囲で強い揺れ、家屋損傷
https://nordot.app/852355294268784640?c=39546741839462401

『【北京共同】新華社電によると、中国青海省海北チベット族自治州門源回族自治県で8日午前1時45分(日本時間同2時45分)、マグニチュード(M)6.9の地震が起きた。中国メディアによると、同省や甘粛省の住民が強い揺れを感じ、家屋が損傷するなどした。震源の深さは10キロ。

 青海省では2010年に玉樹チベット族自治州玉樹県で2698人の死者、270人の行方不明者を出したM7.1の地震が起きた。』

中国式「ゼロコロナ」のカラクリ

住民の強制隔離で感染者ゼロ?中国式「ゼロコロナ」のカラクリ
習近平のこだわり、「社会面清零」号令の恐ろしさ
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/68333

『中国陝西省の省都、西安市の新型コロナ感染状況がかなり深刻なようだ。2022年1月2日、3日と連続して90人以上の新規感染者が出ており、累計1700人程度となった。陽性者数の数字でいえば、欧米諸国の状況と比較して微々たるものだ。だが、恐ろしいのはウイルスではなく、「社会面清零」と呼ばれる「ゼロコロナ政策」だろう。

 1月1日に行われた西安市のコロナ感染防止コントロール指揮部のビデオ会議で、1月4日までに西安市の新規コロナ感染者をゼロに抑えるゼロコロナ政策目標が打ち出された。2日には陝西省の書記、劉国中が、社会面清零(ゼロコロナ)目標をできるだけ早く実現せよ、と通達していた。

 だが1月2日、陝西省で新たに92人の新型コロナ感染者が出ている。うち90人が西安市の住人だ。3日には西安市だけで95人の感染者が出た。西安市では12月23日に都市封鎖(ロックダウン)が始まり、8日ぶりに新規感染者が100人を切ったという意味では徐々に落ち着いてきているわけだが、それでも1月4日までに新規感染者をゼロにするなど、非科学的・非現実的な通達ではないか。
僻地の隔離施設に送られる住民たち

 だが、インターネット上に流れた西安市の「強制隔離」風景の動画を見たとき、多くの市民たちは気づくことになった。「ゼロコロナ」とはコロナウイルスを徹底排除せよ、ということではなく、コロナ感染者を社会から徹底排除し、「ゼロ」とすることだったのだ。実際、感染拡大の可能性のある「小区」(集合住宅の集まる住宅区、団地)の住民が、数万人単位で「社会」と隔絶された僻地の「収容施設」に収容されていた。』

『たとえばある小区で1人の疑似感染者が出たとする。すると、何台ものバスがその小区の前にやってきて、いきなり子供も大人も老人も病人も一緒くたにバスに詰め込まれ、小区の住人全員が漢中や安康など市の郊外の隔離施設に連行されるのである。事前告知などほとんどないため、生活に必要なものも準備できないまま、どこに連れていかれるかもわからぬままバスに乗せられる。そして、ここで2週間隔離生活しなさい、と案内された場所は、水栓がたった1つ、暖房もない不潔な部屋にパイプベッドが並べてあるだけ。今の西安の最低気温は零下5度前後だ。感染予防のための隔離といいながら、複数の人間が同じ狭い部屋に詰め込まれ、食事も人数分がない、という。

 米国の政府系メディア「ラジオ・フリー・アジア」も、西安市疾病コントロールセンターから得た情報としてこんな報道をしていた。孫春蘭副首相が、学校などで発生したクラスターのコントロール強化を現場に指示したことを受けて、西安当局は西安航空学院の数千人の学生を陝西省南部の僻地に隔離した。安康市陽県の疾病コントロール当局が7つのホテルを徴用して400人の学生を収用していることが確認されたという。ほかにもいくつかの隔離施設に分けて、西安市内の感染可能性のある人たちの隔離を行っている模様だ。

 今のところ、隔離施設には鉄条網も武装警官による厳重な見張りもなく、隔離された人が逃げ出そうと思えば徒歩でも逃げ出すことができている。一部の人たちはこの施設から逃げ出した。だが外に出てみればバスも地下鉄もない郊外だ。自宅に帰るには、徒歩しかない。道路沿いを、隔離施設から脱出した人たちがぞろぞろと歩いて帰ろうとする様子がネット動画に流れていた。だが、隔離施設から逃げ出す人が多くなれば、やがて鉄条網もできるだろうし、武装の警備もつくかもしれない。
数値目標の達成、帳尻合わせが最優先

 ここで問題の本質は、中国でコロナ対策としての「社会面清零」モデルの概念が固まったことだろう。在カナダ華人の人気YouTuber文昭が、こうした「社会面清零」措置の例の動画などを挙げて、こう解説していた。』

『「社会面清零の概念は、人と社会を分離して、強制収容キャンプモデルで管理するということだ」

 市内の居住区に住民がおらず、空っぽであれば、そもそも人がいないのだから、ゼロコロナが達成されたことになる。仮に隔離施設内で新規感染者が発生しても、それは新規感染者にカウントされない。なぜなら、彼らは社会から隔絶されたところにいるからだ。

 これは問題発言した女子テニスプレーヤーを失踪させたり、あってはならない事故を起こした高速鉄道車両を穴を掘って埋めてなかったことにするのと同じといえば同じだ。

 重要なのは、政策として打ち出された「社会面清零」が、“中央からの無茶な指示を受けた現場官僚たちが、何とか帳尻を合わせるために人民を欺くロジック”として確立したことだ。

「社会面清零」政策は根本的な防疫対策とはかけ離れており、実際のところ、感染可能リスクの高い集団を密集させて連行し、密集させて収容しているのだから、むしろ交差感染が起きやすく、感染爆発が起きやすい状況を人為的に作っている。コロナをゼロにする、という数値目標を達成するために、いかなる犠牲もいとわない。人民の健康や暮しを犠牲にしても、経済成長を犠牲にしても、社会の安定を犠牲にしても、とにかく目標数値達成に向かって邁進する。これに異論を唱える者は、反動分子であったり、階級の敵とみなされる・・・。共産党の歴史を振り返ると、この種の政策はそういう風に発展していっても不思議ではない。』

『習近平政権になって、こうした共産党の伝統的な「運動式政策」は増えている気がしていたが、この「社会面清零」政策がもつムードは、なかでも毛沢東の「大躍進」に匹敵する非合理さを感じる。
閉じ込められた人々が食料不足に

 西安市で起きているのは、単に感染者強制排除・隔離の問題だけではない。家庭に閉じ込められている人々が直面する食料不足は、社会モラルの崩壊につながりそうな危機感を醸している。西安市のロックダウン1週間を超えたあたりから、ネットでは食料不足を訴える声があふれはじめた。

 家に食料の保存、備蓄がなく飢えを感じ始めた人々が、食料を手に入れるためにルールを破って外出、警察や当局者に見つかって暴力的に取り押さえられたりする事件が起きている。食料の値段は法外に引き上げられ、ある市民の微博(Weibo)への投稿によれば、わずかな野菜、果物、数パックの牛乳を何とか買うことができたが全部で1120元(1万7000円)かかったという。これは西安市都市民の平均月収の4分の1以上に相当する値段だろう。

 ある市民はネット動画の中で、200元で購入できたものを広げていた。ピーマン10個40元、トマト6個40元、白菜2つ40元、葉もの野菜3つで40元、玉ねぎ1個40元、大根4本40元・・・。「野菜を売る奴らが国難に乗じて金儲けしている!」と強い恨みを訴えていた。西安では今、手に入る野菜のほとんどはだいたい通常の10倍以上の値段がついているとも。

 購入したくても購入できない場合も多く、一部の市民は隔離されたマンションの中で、食料備蓄のある住民に高価なたばこを差し出し、引き換えにわずかな食料をもらったり、アップルのスマートフォンと米を交換するなどしているという。「この3日間、一粒の米もたべていない」と嘆く若い女性の微信(WeChat)投稿に対し、「私は童貞だ。一度セックスの相手をしてくれるなら食料を分けてあげる」といった返信がついていたりしていた。』

『ある老女が食べ物を求めて外に出ようとしたところ、警官にとがめられて押し問答をしている様子のネット動画があった。警官は「午後には米や油や塩は配給があるので、外に出てはなりません」と言うが、老女は「今、家の中に何も食べるものがまったくないんです」と泣いて訴えていた。

 12月29日午後に、西安市新城区の小区(居住区)に、野菜や果物や肉類をいっぱいに積んだトラックが入ったという。小区には180戸あり、野菜や肉5キロが詰め込まれた180個の大きな袋を小区の住民がリレー式に運び込んでいる様子などが報じられていた。だが、のちにネットユーザーたちが、この小区の住所を検索すると、そこが陝西省人民代表と陝西省政府公務員家族の宿舎であることが判明。コロナ禍の中で官僚たちが特権をフルに活用していると非難が沸き起こり、騒然となった。
ウィズコロナへの転換は「敗北」

 中国はなぜ、ここまで徹底したゼロコロナを目指すのか。しかも1月4日までに実現という無茶な期限を設けたのか。

 理由は簡単だ。1つは春節(2月1日)の人民大移動(春運)に悪影響を与えないため。そしてもう1つは、2月4日から北京で始まる冬季五輪への影響を与えないため。先に期限が設定され、現状分析もせずに、その数値目標が上層部から投下された。現場の官僚たちは、何がなんでもその目標を達成せねばならない、というわけだ。

 2020年の春節前に武漢でコロナが発生していた当初、武漢市当局は春節移動に影響を与えるな、という中央の指示に従うためにコロナ情報を隠蔽した。それと同じ理屈だ。』

『なぜ「清零」にこだわるかというと、これは習近平のこだわりであるらしい。2021年7月ごろ、党中央でも「清零」(ゼロコロナ)から、欧米式のウィズコロナ政策に転換すべきだ、という識者の声があった。だが、表だってそう訴えた上海の感染症専門家の張文宏は、中国メディアおよび習近平のインターネット上の親衛隊「ネット紅衛兵」たちから大バッシングを受けて黙らされた。ゼロコロナは習近平自身が自ら指示した政策であり、欧米を真似て政策転換することは、中国がコロナ政策において敗北したと認めるに等しい。習近平としては絶対受け入れられない。

 2020年の武漢のロックダウンは習近平にとって成功体験だ。欧米で第2次大戦の犠牲者に匹敵する死者が出たのを横目に見ながら、いち早くコロナを封じ込め、経済を回復基調に導いたという自負があった。その政策を今更、欧米式のウィズコロナに転換できるわけがない。

 前出のYouTuber、文昭は「欧米社会はコロナ陽性者数という数字より、経済や人々の暮しを重要視して政策を決める。中国は人民にどれだけ犠牲を強いても目標数字を達成することをますます重視するようになっている。2022年1月はコロナ政策における欧米社会と中国の徹底的な分岐点を示した」と語っていた。

 感染者(の可能性がある者を含む)全員をどこか僻地に強制移住させ、社会から排除してゼロコロナだと拍手喝采するのも、貧困農村の村民全体を強制移住させて「脱貧困」達成だと胸を張るのも、ウイグル人から信仰と言葉を奪ってウイグル人も中華民族の一員だとうたうのも、香港の異見・異論者を全員駆逐して香港には愛国者しかいない、というのも、実はだいたい発想が同じである。中国共産党に不都合なものは、力づくで存在しないことにする。習近平が気に入らないものは見えないところに隠すやり方だ。

 だから、そんな見せかけの平和と安定の中で、北京冬季五輪という平和とスポーツの祭典を楽しめるのか、楽しんでいいのか、ということをやはり一人ひとりが考えてほしいところである。五輪自体がすでにぼったくり男爵たちの利権運動会に成り下がっている、と言われてしまったら、何をかいわんや、だが。』

韓国高速鉄道KTX列車、なぜ脱線?

韓国高速鉄道KTX列車、なぜ脱線? 外部の衝撃よりも車体の欠陥の可能性=韓国
https://japanese.joins.com/JArticle/286457

 ※ 驚愕の話しが、語られている…。

 ※ 高速鉄道(日本で言えば、”新幹線”)の車両の「車輪」が、「脱輪した」疑いがあるという話しだ…。

 ※ 事実だとしたら、前代未聞だな…。

 ※ 大型トラックの車輪が脱輪したという話しは、聞いたことがあるが…。

『韓国のほぼ中央に位置する忠清北道(チュンチョンブクド)永同(ヨンドン)トンネル付近で発生したKTX-山川列車の脱線原因が外部の衝撃よりも車両そのものの欠陥が原因である可能性が有力視されている。事故初期はトンネル内構造物の落下衝突が原因ではないかとみられていた。

【写真】脱線により破損したKTXの列車の窓

6日、国土交通部や鉄道業界などによると、現在、国土部航空鉄道事故調査委員会が現場の調査と車両の点検などを通して脱線原因を調べている。

これに先立ち、前日の5日午後12時58分ごろ、ソウル駅を出発して釜山(プサン)駅に向かっていたKTX-山川列車が忠清北道永同トンネル付近で脱線事故を起こして乗客7人が負傷した。当時、消防本部はトンネル内で鉄製の構造物が列車に落下して衝撃を加えたことが脱線の原因ではないかと推定していた。

しかし、調査委員会が現場を確認した結果、トンネル内ではこれといった落下物が見つからなかったことが分かった。初期に推定した事故原因は信憑性が落ちるという意味だと解釈することができる。

その代わり、事故列車のうち唯一脱線した4号車の車輪が事故現場から3キロほど戻った梧灘(オタン)トンネルで見つかったことで状況が変わった。梧灘トンネル近隣では列車が脱線した形跡や破片も見つかったという。

まだ確認されていないが、4号車の車輪が先に外れて、これによって異常が感知されて走行列車に緊急ブレーキがかかったせいで脱線したのではないかという推定がある。

このため車輪が外れた経緯を明らかにするのが事故原因糾明の核心として注目されている。外部物体が強い力で車輪に衝突した可能性と、車輪周辺の欠陥によって外れた可能性の2つが主に原因として挙げられている。だが、匿名を求めた政府関係者は「鉄製の車輪が外れるくらいの強い衝撃を与えるような物体はまだ現場から見つかっていないと承知している」とし「車両自体の欠陥が疑われている雰囲気」と伝えた。

もし車両の欠陥が確認される場合、当初の製作不良なのかメンテナンス(維持補修)の問題なのかも判断しなくてはならない。事故車両は2018年平昌(ピョンチャン)冬季オリンピック(五輪)を控えて2017年に納品されたKTX-山川15編成の一つで、製作会社は現代ロテムだ。

車両メンテナンスは運営社のKORAIL(韓国鉄道公社)が担当している。事故列車の納品後、KORAILで軽整備は行われたが、まだ重整備の対象ではないことが確認された。現在まで列車の車輪も交換したことはないという。

2週から最大1年6カ月単位で行われる軽整備は各種部品の状態を点検して、車輪を支えている車軸と台車を交換し、必要に応じて車輪が一定角度を維持するように削ることもある。

反面、重整備は部品組立体をすべて分解して洗浄・整備し、列車を車両別に分離して点検し、塗装を新しくするなど非常に複雑な過程を経る。事実上、列車一つを分解して組み立て直す水準で、KTXは通常30年の寿命の半分ほどが過ぎたときに行っている。

鉄道業界関係者は「もし重整備まで行ったのに車体の欠陥で車輪が外れたとするとKORAILが責任から免れにくいが、そうでないなら製作会社のロテムも事故原因とは無関係とは言えなくなる」と指摘した。

公式的な事故調査結果が出るまでは相当期間かかる見通しだ。2018年12月に発生した江陵(カンヌン)線KTX脱線事故の最終調査報告書も1年後の2019年末に発表されたことがある。』

Windowsはどう使われたがっているのか

Windowsはどう使われたがっているのか
山田 祥平
2022年1月8日 06:31
https://pc.watch.impress.co.jp/docs/column/config/1379224.html

 ※ これは、一読しといた方がいい…。

 ※ コンピューティングの本質とか、ユーザー・インターフェースとは何かとかいうような問題に、つながるような話しが語られている…。

『WordやExcelに今なお残る保存のためのツールバーボタンがフロッピーディスクを模したシンボルになっているように、OSとの対話は、クラウドとの対話のためのメタファーに過ぎなくなる。そんな時代のWindows作法について、これからじっくりと考えていかなければならない。

ファイルとアプリとウィンドウ

 モバイルノートPCで一般的なフルHDの13.3型液晶を推奨の150%拡大で使う場合、デスクトップ下部に横たわるタスクバーに表示できるタスクバーボタンは19個だ。スタートボタンを入れて20個。これらがダイレクトにWindowsと対話することができるトリガーとなる。

 Windows 10では、タスクバーボタンのサイズを小さくできたし、そうしてなくても、多くのボタンをピン留めすると表示しきれないものについては次行に切り替えて表示させることができた。でも、Windows 11ではその方法が見つからない。最右端のボタンの左側に縦棒が表示されていて上限を超えていることがかろうじて分かる。

 Windows OSでは、デスクトップと呼ばれる仮想の机の上に、アプリの作業領域をウィンドウとして開き、そのエリアで作業をする。ウィンドウを開くには、アプリを開いてもいいし、ファイルを明示的に開こうとすれば、そのファイルを作ったアプリがそのファイルを開く。

 アプリには、データをファイルとして扱うものもあれば、そうでないものもある。また、データファイルを扱わないアプリもある。さらには、データファイルの在処は、目の前のPCの中にあるのか、クラウドサービスが預かっていて、それをネットワーク越しに開いているのかを、ほぼ気にする必要がなくなりつつある。

 ぼくらはPCを開き、Windowsのデスクトップが表示されると、タスクバーボタンの中から、これから使いたいアプリを開くか、エクスプローラーを開いてOSのファイルシステム内を徘徊し、過去に作ったファイルを探し出して開いて作業の続きをする。

 新たにファイルを作る場合は、アプリを開いて作業し、その結果を新規にしかるべき場所に保存するか、先にしかるべき場所に空のファイルを作って、それを開くかのどちらかで作業を始める。

 おおざっぱに言えば、それがWindows OSでの作業のすべてだった。分かってしまえば簡単なことだが、それを理解する必要があるのかどうかは微妙だ。実際、モバイルOSでは、ファイルの概念は希薄だ。
タスクバーボタンの意味

 Windowsにインストールした多くのアプリは、スタートボタンを経由してアクセスできる。これは今も変わらない。それらのうち、よく使うアプリをタスクバーボタンにピン留めすることで、目的のアプリを開くまでの手間を省略することができる。

 開いているウィンドウについてもタスクバーボタンとして表示されるが、ウィンドウを閉じればそのボタンは消える。表示したままにしておくときにはピン留めだ。

 タスクバーボタンにはファイルやフォルダをピン留めすることはできない。どんなに頻繁に使うファイルやフォルダであってもエクスプローラーを経由する必要がある。例えば、エクスプローラーのクイックアクセスに登録すれば、エクスプローラーのタスクバーボタンでのジャンプリストとして利用できる。

 各アプリのタスクバーボタンも似たようなもので、その右クリックで、過去に開いたファイルの履歴をたどることができる。

 ここで問題だ。なんらかの一覧表を作ったとしよう。ジャンプリスト経由で開くには、それをExcelで作ったのかWordで作ったのかを人間が覚えておく必要がある。その一方で、ファイルからアプリを開くのであれば、そのファイルを作ったアプリを覚えておく必要はない。勝手にアプリがファイルを開いてくれるからだ。

 Windows 10までのタスクバーは、こうした作業の段取りに、それなりにうまく対応できていた。ファイルが開いているか、アプリが開いているかといったことを気にしなくてもよくなり、目の前にあるボタンをつっつけばそれでよかった。

 だが、Windows 11は、ボタンへのダイレクトなアクセス個数を制限してしまい、それ以上はスタートボタンを経由しろという。当然、作業は煩雑になる。もちろん、高解像度の大画面ディスプレイを使えばボタンの数は増えるが上限がなくなるわけではない。何よりも、大きなディスプレイを使ったときと、ノートPCのような小さなディスプレイを使うときの体験が異なるものになってしまう。

 Windows 11は、いったい自分自身をどのように使ってほしいのだろうか。

探せないアプリ

 スマホでもそうだが、アプリは多くのものを入れると、いちいちその名前などは覚えていられなくなる。前回紹介したようなスマートウォッチ/バンドのコントロールアプリにしても、realme製品は「realme Link」という名前なので見つかりやすいが、Oppoの製品は「HeyTap Health」という名前だ。
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 さらにアプリの一覧を見ても、名前全体が表示されるわけではないので探しにくくもある。アプリの一覧に並ぶアイコンのひとつひとつが、どんなアプリなのかを完全に把握しているユーザーはそれほど多くないのではないだろうか。

 PCの場合は、スマホほどアプリの数は多くないかもしれない。それでも常用アプリ以外は名前を覚えられない。名前順に並んでいても、日本語環境ではカタカナ表記とアルファベット表記があってややこしい。例えばバッファローのWi-Fiルーターの管理アプリの名前は「エアステーション設定ツール」で「バッファロー」をキーワードに探し出すのが難しい。

 ブラウザのお気に入りに代わってサイトのアプリ化が一般的になり、通常のアプリと同様に、サイトをピン留めしてアプリのように使うようになった今、アプリの範疇は拡がる一方だ。

 かくして、フルHD150%表示のデスクトップでは、上限19個というタスクバーボタン表示の争奪戦が始まる。ボタンをつっつくだけでダイレクトに開く特権階級のアプリの特等席だ。
さよならローカル、アプリを使うなウェブを使え

 はみ出しツールバーボタンアクセス不可については、日本マイクロソフトの広報を経由して製品担当に問い合わせてもらったところ、現時点ではWindows 11の仕様であるが、ユーザーや顧客からの改善要望もあり、今後のアップデートなどで対応できないか米国本社にフィードバックを入れているとのことだった。仕様が変わるかどうかの可否や時期は未定だが、可能性は十分あるという。

 Windowsの開発に携わる人々は、タスクバーなどほとんど使っていないのかなと思うことがある。

 IDE(Integrated Development Environment)と呼ばれる開発環境に入ったら、そこにずっといて、たまにブラウザを開く程度なのかもしれない。あのアプリ、このアプリを行ったり来たりということは、少なくとも仕事をしている最中にはなさそうだ。少なくとも、タスクバーボタンを愛用していれば、数が増えたときにはみ出したボタンにアクセスする方法を排除するという発想は生まれない。

 コンシューマは違う。今Netflixで映画を見ているかと思えば、途中で飽きて、YouTubeに切り替え、コメント欄で見つけたリンクをつついてブラウザを開いたかと思えば、Twitterのタイムラインを遡る。そして、思い出したようにFacebookやInstagramをのぞいたりする。そうこうしているうちに、翌日の用事を思い出して、WordやExcel、PowerPointを開いて作業の続きをする。もうデスクトップにどんなウィンドウが開いているのかをインスタントに把握するのは不可能だ。ブラウザも無数のタブを開いている。

 もしかしたら、WindowsはPCからローカルという考え方を排除しようとしているのかもしれない。かつてアプリは必ずローカルにあった。ファイルもローカルにあった。だからネットワークに接続していないPCでもそれなりに便利に使うことができた。

 今、インターネットに接続していないPCというのはほぼ考えられない。あれもできないこれもできないという環境の中でいつもの作業をこなすのは不可能に近い。極端な話、ローカルに何もなくてもブラウザがあればなんとかなる。かくしてWindows OSは、ファイルシステムを捨て、ファイルを捨て、アプリを捨てるつもりなんだろう。Windows 11は、その兆しとなるOSだ。

 今はまだ、ゲームのリッチな表現や、長大な撮影済み動画素材の編集などで、ローカルパワーが求められてはいるが、それが永遠に続くことはなさそうだ。

 それでもローカルパワーは必要だ。大量のデータトラフィックをさばき、それを目の前のユーザーのストレスを最小限にするよう瞬時にレンダリングして表示する。データのストリームの処理はエッジで引き受けないとクラウド側のリソースは破綻する。

 ローカルパワーの大小がどれほどPCの使い心地に寄与するかは、Chromebookを使ってみるとよく分かる。高価な高性能Chromebookと、エントリーモデルのChromebookを並べて使うと、こうもローカルパワーが使い勝手に影響を与えるのかと痛感する。Windowsもきっとそうなる。ゲーミングPCのリアルタイム感は、そんな将来のPCの使われ方への前哨戦とも言える。

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NATO、ロシアの拡大停止要求を拒否 外相会合

NATO、ロシアの拡大停止要求を拒否 外相会合
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR07DT40X00C22A1000000/

『【ブリュッセル=竹内康雄】北大西洋条約機構(NATO)は7日、外相会合をオンライン形式で開き、ウクライナ近隣で軍事的圧力を強めるロシアへの対応策を討議した。会合終了後に記者会見したストルテンベルグ事務総長は、ロシアが要求するNATOの拡大停止ついて「基本原則で妥協することはない」と拒否する考えを表明した。

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ロシアはNATOの加盟拡大停止やロシアの近接地帯での軍事演習をやめるよう求める。ストルテンベルグ氏は「すべての国が自らの道を選ぶ権利がある」と述べ、ロシア側の要求に応じない姿勢を示した。NATO加盟にはウクライナやフィンランドが関心を示す。

NATOとロシアは12日、約2年半ぶりのNATOロシア理事会をブリュッセルで開く。外相会合ではNATO加盟国で意見をすりあわせた。

ストルテンベルグ氏は、ロシアがウクライナ国境で軍事力を増強していることに「紛争のリスクは本物だ」と危機が差し迫っているとの見方を表明。ロシアの攻撃的姿勢が欧州の安全保障を脅かしていると非難した。

一方で「ロシアの懸念に耳を傾ける用意がある」とも語り、対話を通じて緊張状態の解消につなげたいとの考えも示した。フランスのマクロン大統領は7日、パリでの記者会見でロシアのプーチン大統領と近く協議したいとの意向を示した。

【関連記事】
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米欧は2021年10月末以降、ロシアが14年に続くウクライナへの再侵攻を計画していると警戒を強める。ロシアは21年12月にNATOの東方拡大停止など欧州安全保障に関する新たな合意案を提示。プーチン大統領は同月に東欧諸国を加盟させないというNATOの約束が破られ「ひどくだまされた」と語った。

ブリンケン米国務長官は7日の記者会見で「NATOは新規加盟国を認めないと約束したことはなく、できなかった。開放政策はNATOを設立した1949年の北大西洋条約の中核的な条項だった」と反論した。ロシアが求めるウクライナのNATO非加盟の確約を念頭に「加盟は常にNATOと加盟を希望する国との間で決定されるものだ」と話した。』

ヌルスルタン・ナザルバエフ

ヌルスルタン・ナザルバエフ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8C%E3%83%AB%E3%82%B9%E3%83%AB%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%8A%E3%82%B6%E3%83%AB%E3%83%90%E3%82%A8%E3%83%95

『ヌルスルタン・アビシュリ・ナザルバエフ(ナザルバーエフ、カザフ語:Н?рс?лтан ?б?ш?лы Назарбаев、ロシア語:Нурсултан Абишевич Назарбаев、Nursultan Abishevich Nazarbayev、1940年7月6日[1] – )は、カザフスタンの政治家。初代大統領(1990年4月24日 – 2019年3月20日)、カザフスタン共和国国家安全保障会議議長(1991年8月21日 – 2022年1月5日)を歴任。ヌルスルタン・アビシェヴィチ・ナザルバエフとも[2]。

1991年のカザフスタン独立から2019年まで、約30年にわたって大統領を務めた。首都アスタナは彼の名前にちなんでヌルスルタンと名付けられた[3]。 』

『経歴

1977年 - 1979年、カラガンダ州共産党委員会書記、後に第2書記
1979年、カザフ共産党中央委員会書記
1984年、カザフ・ソヴィエト社会主義共和国閣僚会議議長(首相)[1]
1986年、ソビエト共産党中央委員会委員。ゴルバチョフ政権下で中央アジアの代表として台頭してくる。
    ゴルバチョフ書記長は、この年、ブレジネフの盟友だったディンムハメッド・クナーエフ・カザフ党第一書記(政治局員)を解任し、ロシア人のゲンナジー・コルビンをカザフ党第一書記に任命したが、これに対して、同年12月にカザフ人の暴動が起こる(アルマアタ事件)。同事件はカザフ人であるナザルバエフを重用する必要性を高めた。
1989年6月、コルビンの後任としてカザフ共産党中央委員会第一書記に就任[1]
1990年2月カザフ共和国最高会議議長、4月カザフ共和国大統領[1]、7月、ソビエト共産党中央委員会政治局員
1991年8月21日、カザフスタン共和国国家安全保障会議議長に就任。
1991年12月1日、カザフスタン共和国大統領に選出、同月10日、国名をカザフスタン共和国へ変更[1]。
    1991年12月25日、ソビエト連邦の崩壊に伴い、カザフスタンは独立国家として国際的に承認される。国際連合には1992年3月2日に加盟。
1994年4月、来日[1]
1995年4月、国民投票により任期を2000年まで延長
1997年、首都をアルマトイからアスタナへ移転[4]。
1999年1月、期限前に実施された大統領選挙で再選(任期は7年)[1]。
1999年12月、日・カザフスタン経済合同会議に出席するため来日[1]。
2005年12月、前倒しされた大統領選挙で圧倒的得票率で3選された[1]。

2007年5月12日、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領、トルクメニスタンのグルバングル・ベルディムハメドフ大統領と共同でカスピ海に沿うガスパイプライン新設の合意を発表[5]。

2007年5月18日、カザフスタン議会はナザルバエフを終身大統領とする決議案を圧倒的賛成多数で可決。同日採択された憲法改正案で大統領任期を7年から5年に削減、3選禁止規定も残されたが、ナザルバエフは「独立国家カザフの創始者」であるため、大統領の任期は適用されない。しかしナザルバエフはこれを断り、大統領選挙は2012年実施、2005年に選出された現在の大統領任期は2013年初頭までとされた。

2008年6月18日、来日。福田康夫首相との首脳会談で、原子力の平和的利用などエネルギー分野での二国間協力の合意がなされ、調印[6]。
2011年2月、2012年に予定されていた大統領選挙を前倒して実施するために憲法修正法案に署名。
2011年4月3日に大統領選挙が実施され、得票率95.5%を獲得して当選し4選を果たした。
    2010年末に、2020年まで大統領任期を延長することを決めるための国民投票実施を要求する国民の署名運動が開始され、署名者数は500万に達した。カザフスタン議会も12月14日に、国民投票を可能にする憲法改正案を可決。しかし憲法評議会が議会主導の改憲の動きを違憲と判断した。これを受けて大統領は任期延長提案を拒否し、逆に大統領選挙の前倒し実施を提案した。

    同選挙での立候補者はナザルバエフ以外に3人いたが、3人ともナザルバエフの2020年までの任期延長に賛成していた人物であり、しかもそのうちの1人はナザルバエフに投票した[7]、と発言するなど、国際社会、特に欧米からは「競争原理のみられない選挙」と批判された。得票率95.5%[7]は1991年12月に行われた大統領選挙で獲得した98.7%に次ぐ高率で、1999年の得票率79.78%と2005年の得票率91.15%を上回り、独立以後の大統領選挙では過去最高となった。

2014年2月、カザフスタンの国際的な知名度向上のため、国名を「カザフエリ」(カザフ語でカザフ人の土地の意)」に変更する考えを表明[8]。
2014年5月、アスタナでロシアのプーチン大統領、ベラルーシのアレクサンドル・ルカシェンコ大統領とともにユーラシア経済連合の創設に関する条約に調印し、締約国の各議会に対して条約の批准を同時期に行うことを提唱[9]。
2015年4月、予定任期を1年前倒しして行われた大統領選挙で得票率97.7%を獲得し5選を果たした[10][11]。
2015年9月、中国人民抗日戦争・世界反ファシズム戦争勝利70周年記念式典に出席して天安門広場を行進するカザフスタン軍を閲兵[12]。
2016年11月、来日。カザフスタンの大統領として初めて広島平和記念資料館を視察した。
2017年4月、カザフ語の表記を2025年までにラテン文字に転換することを表明した[13]。
2017年5月、中国の一帯一路をテーマとした一帯一路国際協力サミットフォーラム(英語版)に出席[14]。
2019年3月19日 - 国民向けのテレビ演説で、20日付で大統領職から退任すると発表(ただし、「国家指導者」という憲法上の地位を維持し、国家安全保障会議の終身議長に留まる)[15][16]。同日、議会は首都の名称を現在のアスタナからナザルバエフの名前である「ヌルスルタン」に変更する法案を可決した[17]。6月9日、選挙で大統領のカシムジョマルト・トカエフが大統領に選出された[18]。
2019年10月 - 即位の礼出席のためカザフスタンの代表として訪日。10月23日には迎賓館赤坂離宮で内閣総理大臣安倍晋三と会談を行った[19]。
2020年6月18日 - 新型コロナウイルスに感染していたことが判明[20]。

2021年11月23日、非公開のヌル・オタン党政治評議会拡大会議において議長を辞任する意向を表明[21]。

2022年1月5日 - 燃料高騰に端を発した反政府デモの収束を図るため、トカエフ大統領により国家安全保障会議議長職を解任され、事実上失脚した[22][23]。その後家族とともにカザフスタンより脱出し、隣国キルギスの首都ビシュケクにあるマナス国際空港に向かったと報じられた[24]。』

『人物

アルマトイ州[1]カスケレンスキー地区チェモルガン村出身。妻・サラSara Nazarbayeva、3女(ダリガ、ディナラ、アリヤ)、3人の孫を有する。孫のアイスルタンは、イギリスのサンドハースト王立陸軍士官学校を優等で卒業し、カザフスタン共和国軍に入隊。

ドニエプロジェルジンスキー工業学校(1960年)、カラガンダ冶金コンビナート附属工業大学(1967年)、ソ連共産党中央委員会附属高等党学校(1976年、通信教育)を卒業[1]。経済科学博士[1]。

カザフ国立大学名誉教授、国際技術アカデミー会員、ロシア連邦社会科学アカデミー会員、カザフスタン科学アカデミー会員、国際情報化アカデミー会員、国際技術科学アカデミー会員。北京大学より名誉博士号(2002年)。

ナザルバエフはソ連の副大統領候補でもあった有力者であり[25]、ソ連崩壊の際の独立国家共同体の発足でもアルマトイで主導的な役割を果たした。「安定と経済発展」を掲げた開発独裁を行い、カザフスタン=中国石油パイプライン(英語版)や中央アジア・中国天然ガスパイプライン(英語版)の建設でカザフスタンの潤沢な天然資源を経済成長著しい中国などに積極的に輸出してカザフスタン経済の発展を実現し[11]、カザフスタンは中央アジアで最も高い一人当たりの国内総生産となり、ロシアと並ぶほどに成長した[10]。カザフスタン議会は2000年にナザルバエフの議案提出権や不逮捕特権を終身付与する法案を可決し、2001年にはナザルバエフに対して「人民英雄」の称号を付与する議案もほぼ全会一致で可決している[26]。3人の娘がおり、末娘のアリヤは、キルギス共和国のアスカル・アカエフ元大統領の息子と結婚した。ナザルバエフには男児がいないため、長女・ダリガは後継者候補として有力であった。そのダリガは2019年に父親から大統領職を引き継いだトカエフの後継として上院議長に就任した[27][28]が、2020年5月にトカエフによって解任され[29]、上院議員資格も抹消された[30]。

ユーラシア主義の推進者であり、L.N.グミリョフ名称ユーラシア国立大学(英語版)を設立している[31]。また、ユーラシア連合の提唱者であり[32][33][34][35]、ユーラシア経済共同体とその後身のユーラシア経済連合の創設条約はいずれもカザフスタンのアスタナで調印されており、ユーラシア統合を着想して多大な貢献をしたとナザルバエフを称えるロシアのプーチン大統領の提案で最高ユーラシア経済評議会(ユーラシア経済連合の最高意思決定機関)の名誉議長にも任命されている[36]。中国の主導する上海協力機構の創設にも参加して後に国際的な注目を集めた一帯一路の構想を2013年に習近平国家主席(総書記)がアスタナで最初に提唱した際はナザルバエフは真っ先にこれを支援し[37]、中国最高位勲章の友誼勲章(中国語版)も授与されている[38]。隣接する中露両国とは友好関係を築き、大統領退任後も中国とロシアをまず外遊している[39][40]。

また、イスラム教徒でありながらイスラエルとも強い繋がりを有している[41][42]。 』

『著作

『我々の家ユーラシア―21世紀を眼前にして』下斗米伸夫・山口久子(翻訳)、日本放送出版協会、1999
『激動の十年 カザフから始まるユーラシアの改革』下斗米伸夫・原田長樹(翻訳)、L・H陽光出版、2005
『ユーラシア連合:着想、実践、展望1994-1997』Евразийский союз: идеи, практика, перспективы, 1994?1997』

[FT]カザフ抗議デモ、ナザルバエフ氏の長期支配に幕か

[FT]カザフ抗議デモ、ナザルバエフ氏の長期支配に幕か
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCB071460X00C22A1000000/

『ソ連崩壊から30年、中央アジアのカザフスタンを揺るがしている政府への抗議デモは、ヌルスルタン・ナザルバエフ前大統領による長期支配の終わりを告げるものかもしれない。だが、豊富な石油資源を持つ同国が独裁体制からスムーズに移行することを示唆するものではない。

燃料費値上げへの反発に端を発した政府への抗議デモを警戒する治安部隊(6日、アルマトイ)=ロイター

ソ連崩壊後の歳月の大半を通じてカザフを支配したナザルバエフ氏は2019年に辞任し、自ら指名したトカエフ氏に大統領の座を譲った。だが、ナザルバエフ氏はその後も国家安全保障会議議長の地位にしがみつき、カザフを強い統制下に置いたまま自身の支配力を維持してきた。

しかし今週、抗議デモのうねりが高まるなかで、かつては行政上の実務を託されたにすぎないとみなされていたトカエフ氏が、自分を大統領の座に据えた人物を差し置いて治安部隊の実権を公然と掌握した。「国父」と呼ばれ、首都を自身の名のヌルスルタンに改称した81歳のナザルバエフ氏は要職を解任され、国外に脱出したのではないかとのうわさも呼んでいる。

コンサルティング会社アペリオでパリ在勤の地政学アナリスト、ジョージ・ボローシン氏は「ナザルバエフ体制と19年の辞任とともに始まった不完全な権力移行は、どちらももう終わった」と指摘する。

カザフの豊富な石油・ガス資源にかなりの資金を注ぎ込んでいる西側の投資家は、混乱期の成り行きを注視している。一方、ロシア主導の軍事同盟「集団安全保障条約機構(CSTO)」が、加盟国であるカザフに部隊を派遣することを決めた。ウクライナと欧州の安全保障に関する米国との協議を控えるロシアにとっては、国境地帯で望ましくない不確実性が膨らんでいる。

燃料値上げから広がった抗議デモ

政治リスクコンサルティング会社プリズムのアソシエートディレクター、ベン・ゴドウィン氏は「支配層の内紛」を見通している。「トカエフ氏がナザルバエフ氏から権力を引き継いだが、石油やガス、金融、鉱業などの戦略産業を含めて、なおもナザルバエフ氏側が全てを支配している」と話す。

「トカエフ氏が権力を確たるものにできた場合、残されたオリガルヒ(新興財閥)との長期の交渉が必要になる」という。

抗議デモは自動車の主要な燃料である液化石油ガス(LPG)が、1月1日の価格統制解除後2倍に値上がりしたことから広がった。だが、燃料価格への不満はすぐにナザルバエフ氏に対する反発へと変わった。

英調査会社IHSマークイットのアナリスト、アレックス・メリキシュビリ氏は「経済的な問題によるカザフ西部での地域的な不満がたちまち他の地域へ広がったという事実は、一般市民の間で政府に対する不満が強くくすぶっていたことを示している」との見方を示す。

19年の大統領交代で政治の自由化が期待されたが、国民のニーズに寄り添う政府をつくるとするトカエフ氏の「耳を傾ける国家」という方針は、「全般的な民主化という面で目に見える成果を生み出していない」とメリキシュビリ氏は言う。「この春でトカエフ氏の就任から3年になるが、今もカザフに野党は存在しない」

低迷続くカザフ経済

経済状況の悪化が不満に輪をかけた。コモディティー(商品)に依存するカザフ経済は、石油価格が急落した14年以降低迷している。そこに新型コロナウイルスのパンデミックが加わり、アナリストによると物価上昇と経済格差の拡大、最も弱い人々に対する適切な公的支援の欠如が状況を悪化させている。

反政府デモには「経済状況の悪さ、競争なき政治を是正する政治改革の欠如、ナザルバエフ一族とそれに連なる一派の経済支配が関係している」とボローシン氏は指摘する。

トカエフ氏は当初、LPG価格を21年の水準以下に引き下げ、内閣を総辞職させるなどの譲歩でデモに対処した。だが、安全保障会議の実権を握ると即座に方針を変え、国内全土に非常事態宣言を発令した。

ロシアが主導し、アルメニアやベラルーシ、キルギス、タジキスタンが加盟するCSTOにも部隊の派遣を求めた。ロシアの迅速な部隊派遣はCSTOの歴史を通じて前例がない。1992年発足のCSTOは2010年にキルギスの民族衝突への部隊派遣を拒み、21年にもアゼルバイジャンと戦うアルメニアの支援に応じなかった。

地域の支配的存在であるロシアは、ほぼ8000キロメートルと最も長く国境を接するカザフの安定を維持したい考えだ。両国は経済的に密接な関係を保ち、ロシアはカザフ領内にいくつかの軍事基地とバイコヌール宇宙基地を持ち続けている。

支配構造の刷新は困難か

ロシア科学アカデミー・ポストソビエト研究センターのスタニスラフ・プリッチン上級研究員は「特にアルマトイなどで強硬な対応を示さなければならないトカエフ氏にとって、次の2日間が決定的になる」と指摘する。カザフ最大都市のアルマトイでデモ参加者は商店や銀行、スーパーなどを襲っている。

プリズムのゴドウィン氏は、産油地帯のカザフ西部は長く問題になり続けるとみている。2日に国内で最初にデモが発生した同地域には過去にもデモが行われた歴史がある。「アルマトイやヌルスルタンの人々とはかなり違っていて、極めて意志が固く、極度の怒りを抱いている。11年に見たように、彼らは何カ月も陣取る覚悟がある」

西部マンギスタウ州の都市ジャナオゼンは近年、低賃金や物価上昇をめぐりデモが頻発している。11年の石油労働者のストライキは、警察が排除に乗り出した後に暴力に発展した。

デモの要求には現実離れしたものも含まれているため、トカエフ氏が要求を満たすのは難しいのではないかとアナリストはみている。内閣が入れ替わろうとも、カザフの支配構造を変えることについても同様だという。

「新たな政府が質的にこれまでの政府と異なることは考えにくい。カザフの支配層に資格を満たす人材は限られているからだ」とメリキシュビリ氏は言う。

By Nastassia Astrasheuskaya

(2022年1月7日付 英フィナンシャル・タイムズ電子版 https://www.ft.com/)

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ロシア風邪はコロナだった? 「インフル原因」覆す新説

ロシア風邪はコロナだった? 「インフル原因」覆す新説
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC219V80R21C21A2000000/

『約130年前に世界で猛威を振るったロシア風邪の原因がコロナウイルスだったのではないかとの説が浮上している。約6年間で100万人の犠牲者を出した大流行はこれまで、インフルエンザとされていた。ところが新型コロナウイルスに注目する科学者らがロシア風邪の症状と似ていると気づき、教訓を得ようと史実の検証に動き出した。

日本では「お染風邪」と呼ばれ、庶民の間でおまじないも流行した=深川江戸資料館提供

東京都江東区の深川江戸資料館には、ロシア風邪が明治時代の日本でも流行した際に庶民の間で広まったおまじないの展示がある。米屋の入り口に「久松るす」の墨書。当時は、えたいの知れないこの感染症を「お染風邪」と呼んだ。江戸時代前期に心中事件を起こした「お染と久松」が題材の人気歌舞伎が由来だ。「久松るす」には「恋仲の久松はいないからお染風邪は我が家には来ないで」との思いが込められた。

ロシア風邪は1889年にロシア帝国のブハラ(現ウズベキスタンの都市)で最初に確認された。90年にかけて世界で流行し、95年ごろまで流行を繰り返した。約15億人の世界人口のうち、100万人が亡くなったとされている。

ウイルスの正体さえ分からず、ワクチンもない時代だったが、集団免疫とウイルスの変異で感染は落ち着いた。

当時、ドイツの研究者によって、「菌」が検出されて、「インフルエンザ菌」と名付けられた。しかし、その後、「インフルエンザ菌」はロシア風邪の原因ではないことが分かった。

1930年代になってインフルエンザウイルスが確認できるようになった。18~20年に流行して少なくとも5000万人が犠牲になったとされるスペイン風邪は、残った検体から後にインフルエンザウイルスが原因と特定された。一方、ロシア風邪も症状などからインフルエンザウイルスが原因であると思われてきた。

フランスの雑誌に1890年に載ったロシア風邪の風刺画ではフランス語でインフルエンザとの表記が残る(英ウエルカム財団のウエルカムコレクションより)

ベルギーのルーベンカトリック大学の研究チームは2021年夏、「ロシア風邪の英国とドイツでの医療報告は新型コロナと多くの特徴を共有している」と論文で報告した。肺や気管支、胃腸の症状のほか、味覚や嗅覚の喪失などを含む神経への影響だ。新型コロナでは「ロング・コビッド」と呼ぶ後遺症も似ていた。

昭和大学の二木芳人客員教授は「インフルエンザウイルスが原因のスペイン風邪より感染力が強い点などもロシア風邪は新型コロナに似ている」と指摘する。

ルーベンカトリック大学は05年にもロシア風邪のコロナウイルス原因説を論文で発表している。現在の風邪を引き起こすヒトコロナウイルス「OC43」について分子時計分析という手法で遺伝子の変化を過去に遡った。

分子時計は時計の針がリズムを刻むように遺伝子の塩基配列やアミノ酸に一定の速度で突然変異が起こると仮定し、変異の時期を逆算する。変異の違いから共通の祖先もわかる。1960年代に提唱された。

OC43について分子時計分析の手法で調べると1890年前後にウシのコロナウイルスから分岐した可能性が分かった。ロシア風邪が流行した頃だ。

ここから次のような仮説が浮かび上がる。

まずウシからヒトにうつるようになったコロナウイルスが感染症に無防備だった社会にロシア風邪を広げた。そのうち人々は集団免疫を獲得した。ウイルス自身も変異を重ね、ほとんどの人が軽い症状で済む現在のOC43に至ったとする考えだ。

新型コロナも同じ道をたどるのか。二木客員教授は「いずれウイルス自身が弱毒化する可能性はあるが、楽観的に捉えない方がよい」と戒める。

世界の人口は当時の5倍に達し、地球は「密」だ。現代はワクチンや治療薬という武器も手にしたが、ウイルスの変異がどう対応してくるのか分からない。

日本でも感染者が増えている新型コロナの変異型「オミクロン型」は重症化率が低いとされるが、感染者数が増えれば医療現場に負担がかかる。ロシア風邪のコロナは風邪のウイルスになったかもしれないが、ウイルスの気まぐれはあてにならない。私たちはワクチン接種や感染対策、医療体制の拡充などを進める努力をする以外に道はない。

(福岡幸太郎、藤井寛子)』