米教育現場に新たな火種 「批判的人種理論」で亀裂

米教育現場に新たな火種 「批判的人種理論」で亀裂
アメリカン・デモクラシー①癒えぬ分断
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN193XS0Z11C21A2000000/

『米国の連邦議会占拠事件から1年が過ぎた。事件後に米国の民主主義(アメリカン・デモクラシー)はどうなったのか。

「教室から政治を排除し、学問に立ち返るべきだ」。首都ワシントンの西50キロメートルほどのバージニア州ラウドン郡。大学生と高校生の子供を育てる母親シェリル・オンダーチェインさん(53)は郡の教育方針を「批判的人種理論」が盛り込まれていると批判する。

批判的人種理論とは人種差別の根源は社会のしくみや制度に組み込まれているとの考え方。民主党支持者に多いリベラル層が支持し、共和党支持者に目立つ保守層は白人に罪悪感を抱かせ、分断をあおると攻撃する。オンダーチェインさんはもともと熱心な共和党支持者だったわけではないが同理論に批判的だ。

こうした批判に抵抗感を抱く親たちは対抗するグループをつくった。中高生の母親アマンダ・バビットさん(44)は「人種差別を残そうとする勢力だ」と断じる。

米国では1950年代に高まった公民権運動の際にも教育問題に焦点が当たった。54年に最高裁が下したブラウン判決は制度化されていた「白人校」「黒人校」の差別を違憲とし、黒人校の劣悪な条件は教育格差を生んでいると断じた。

それから68年。批判的人種理論を契機に米国になお残る人種意識が教育現場でも浮かんできた。理論への姿勢が政治の火種にもなる雲行きだ。

「皆さんは子供たちのために立ち上がり全米の注目を集めた。ここはグラウンド・ゼロ(爆心地)だ」。2021年11月13日、ラウドン郡の駐車場で数百人の支持者に語りかける男がいた。州知事選に当選したばかりの共和党候補、グレン・ヤンキン氏(55)だ。

知事選でヤンキン氏は教育など身近な政策を訴える戦術をとった。それが政治に関心が薄かった層に響き、最近は民主党が優勢だったバージニア州での勝利につなげた。批判的人種理論に違和感を持つ白人中間層を取り込んだとみられる。

民主党のバイデン政権は「歴史の良い面だけでなく困難も学ぶべきだ」(サキ大統領報道官)との立場だが、共和党支持者に多い保守層は「白人の子供に罪悪感を抱かせかねない」と反発する。

批判的人種理論を学校で教えることを禁止や制限する州が相次ぐ。米ブルッキングス研究所によると21年11月下旬までに全米50州のうちテキサスなど9州で法案が可決。フロリダなど4州が禁止する指針をつくった。

批判的人種理論を巡ってはトランプ前大統領が20年9月、政府職員に反米的な研修を受けさせるのを禁じる大統領令を出し、バイデン大統領が撤回した。トランプ氏は「バイデン政権は最も有害で反米的な理論を子供に教え込もうとしている」と非難する。11月の連邦議会中間選挙の争点に浮上する可能性がある。

「USA、USA……」。21年10月、アイオワ州デモインの集会にトランプ氏が登場すると会場は熱気に包まれた。「米国を再び偉大な国にしなければならない」。数千人の支持者に「Make America Great Again」と繰り返し、続けた。「それは上下両院を取り戻す22年11月に始まる」

中間選挙で共和党が過半数を奪還し、24年の大統領選に弾みをつける――。自身の出馬を視野に中間選挙で自らの息のかかった候補を送り込もうとするトランプ氏の戦略が浮かび上がる。

米ピュー・リサーチ・センターの21年9月の調査によると、共和党支持層の67%がトランプ氏が今後も大きな政治的役割を果たすことを望む。21年1月6日の連邦議会占拠事件直後の調査の57%から10ポイント上昇した。共和党指導部にはトランプ氏との対立を避けようとする空気が広がる。

トランプ氏が復権すれば米国民の対立や分断をさらにあおる恐れがある。戦後米国の自由と平等の礎だった教育が分断の新たな舞台になれば、米国の亀裂はさらに深まりかねない。(ワシントン=坂口幸裕、芦塚智子)

▼批判的人種理論 法律や制度など米国社会に人種差別を生む要因が組み込まれているとの考え方。1970~80年代に議論された概念で、米ハーバード大法科大学院の故デリック・ベル教授が提唱者の一人とされる。

2020年にミネソタ州で黒人男性が白人警官の暴行で死亡した事件を受け「ブラック・ライブズ・マター(黒人の命は大切)」運動が拡大し、同理論が再び脚光を浴びる契機になった。

【関連記事】米議会占拠1年、癒えぬ分断の傷痕 揺らぐ民主主義

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白井さゆり
慶應義塾大学総合政策学部 教授
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ひとこと解説

米国では居住地域によって義務教育の質が異なっておりアフリカ系アメリカ人等の子供などがなかなか社会的に上昇していくのが難しい問題がある。

このためESG経営への意識が高まる大企業の間ではそうしたマイノリティや障害を持つ方などへのデジタルデバイドを減らす行動が増えている。

私自身も米国に住んでいるときに差別的発言を何度か受けたことがある。批判的人種理論は米国社会に内在する差別を見直す機会ともなるが、クオータ制度の導入などもあって一部の白人に罪悪感の意識を高めた面もあったかもしれない。

ただ多人種国家が共存していくためには機会の均等を目指し既存の仕組みに改善の余地がないか不断の見直しは必要ではないか。

2022年1月6日 7:47 (2022年1月6日 7:51更新)

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上野泰也
みずほ証券 チーフマーケットエコノミスト
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別の視点

取り上げられた「批判的人種論(クリティカル・レース・セオリー)」、略称「CRT」は、教育の現場を通じて米国社会の分断を一層深刻化させる恐れのある、重い問題である。
CRTを禁止・制限する州として例示されたテキサスやフロリダは、共和党支持が強い州である。

子どもの頃に教え込まれたことが成人してからの考え方や行動様式を規定する部分は少なくないように思う。

たとえば、西側流の民主主義は歴史に根差した崇高なものだというような教育を、中国の若者は一切受けていない。

そうした草の根の状況があるがゆえに、たとえ経済面でリンクが強くなっても、政治面で中国の民主化が進む可能性は小さい。米国の分断は、深まる公算が大きい。

2022年1月6日 7:51

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竹内薫
サイエンスライター
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貴重な体験談

前にも書いたかと思いますが、幼少時、ニューヨークのクイーンズに住んでいました。中間所得層が住むマンションでしたが、アフリカ系アメリカ人は半地下にしか入居できず、マンションのプールも利用不可でした。1970年頃ですが、明らかに、社会制度による差別が残っていました。

その後、徐々に状況は改善されてきましたが、特に警官などがあからさまな差別をする事件が後を絶ちません。

ただ、残念なことに、家庭で差別意識を醸成してしまえば、教育現場でできることは限られます。アメリカは、州によって教育のあり方も違い、差別をなくす教育を全体で行うのは難しいですね。

2022年1月6日 13:01

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ロッシェル・カップ
ジャパン・インターカルチュラル・コンサルティング 社長
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分析・考察

批判的人種理論(CRT)はアメリカの政治で話題になっていますので、日経の読者の皆さんにはぜひ知っていただきたい概念です。

しかし、この記事の説明だけでは、十分理解することが難しいかもしれません。

ぜひ皆さんに知って頂きたいのは、CRT自体は学校では教えられていないということです。学問的な分野で、学術界で研究されたり討論されたりはしています。その言葉が恐ろしい響きを持つせいで、人種差別の存在について疑問を持つ保護者を引き寄せるため、そして分断を推進する武器として、共和党によって利用されています。

CRTに関してもっと知りたい方には、こちらの日本語記事をお勧めします。https://yojo-soul.com/critical-race-theory-what-it-is-and-the-background/
この英語記事もお勧めします
https://www.npr.org/2021/06/20/1008449181/understanding-the-republican-opposition-to-critical-race-theory

2022年1月6日 12:07 (2022年1月6日 12:09更新)

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今村卓
丸紅 執行役員 経済研究所長
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分析・考察

半世紀も前に唱えられた「批判的人種理論」が脚光を浴びた契機はBLT運動ですが、反発した保守派の政治家やメディアが同理論は白人差別、学校で教えるなといった批判を集中させたことで社会に広まった面もあります。

民主党やリベラル系メディアは保守派の言いがかり、同理論を学校で教える州はないと反論していますが、今は保守派の有権者の危機感を煽って結束を促す効果に分があり、無党派層の白人の一部にも浸透しつつある模様です。

とはいえ、過去の米国はこの種の論争を乗り越え続けてきました。今、分断が深刻化してしまっているのは、分断の理由の存在よりも分断を乗り越えて結束を促す要素や訴えを欠いているからでしょう。

2022年1月6日 11:09 』