資本主義、創り直す 解は「フレキシキュリティー」に

資本主義、創り直す 解は「フレキシキュリティー」に
成長の未来図①
https://www.nikkei.com/article/DGXZQODL065U70W1A201C2000000/

『資本主義が3度目の危機にぶつかっている。成長の鈍化が格差を広げ、人々の不満の高まりが民主主義の土台まで揺さぶり始めた。戦前の大恐慌期、戦後の冷戦期と度重なる危機を乗り越えてきた資本主義は再び輝きを取り戻せるのか。成長の未来図を描き直す時期に来ている。

【ビジュアルデータ】豊かさの現在地 経済成長、日本と世界

北欧の新陳代謝

スウェーデン北部シェレフテオ。静かな町に新産業が立ち上がる。立役者はノースボルトという名の新興電池メーカー。今年は大規模工場を本格稼働させ、豊富な水力発電を生かしたグリーンな電池を量産する。

北欧は医療や教育の無償化など福祉国家のイメージが強いが、国民が挑戦しやすい環境も備える。ピーター・カールソン最高経営責任者(CEO)はスウェーデンのエリクソンや米テスラなどを経て2016年にノースボルトを設立。こうした人材を生み出す土壌が北欧にはある。

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代表はデンマークの「フレキシキュリティー」。「柔軟性(フレキシビリティー)」と「安全性(セキュリティー)」を組み合わせた政策は解雇規制が緩やかで人員削減がしやすい一方、学びなおし(リスキリング)や再就職の支援など保障を手厚くする。1990年代にデンマークが導入し2000年代後半から欧州各国に広がった。

北欧の失業率は5~8%で推移し2~3%の日本より高いが、次に働く機会が見通しやすいため不安は小さい。いま貧しくても豊かになれるチャンスも多い。所得下位20%の家庭に生まれた人の最終的な所得水準をみると、生まれたときより上位に上がれる人の割合はスウェーデンで73%と、米国(67%)より高いといった研究もある。

00年から19年の実質国内総生産(GDP)の年平均成長率をみると、スウェーデンは2.2%、フィンランドは1.4%、デンマークは1.3%伸びた。一方、所得格差の大きさを示すジニ係数(最大は1)は直近で0.26~0.28にとどまる。「個人主義と共助がよいバランスにある」(京都大学の内田由紀子教授)。競争を促しつつ再挑戦を容易にすることで格差を抑えながら成長する好循環だ。

一方、米国は矛盾を抱える。GDP成長率は2.0%だが、ジニ係数が0.40と高く格差が広がる。所得別人口の上位1%が稼いだ額の合計が全体の所得に占める比率は過去30年で14%から19%にまで上昇した。それに対し、下位50%は16%から13%に下がった。富める者が富み、持たざる者が貧しくなる結果、幸福度は北欧を下回る。

寿命の延びが止まったのは象徴的だ。薬物・アルコール中毒や関連自殺で10年以降、計100万人以上が「絶望死」に至った。寿命は14年の78.9歳で頭打ち。アンガス・ディートン米プリンストン大学教授は製造業の衰退が「人々のプライドと自尊心を奪った」とする。絶望死の4割弱は30~50代の白人男性。製造業を支えた中間層が多い。

世界の資本主義は歴史的に何度も危機に見舞われた。初めは1929年の米株価暴落を引き金とする大恐慌だ。英経済学者ケインズの理論に沿って「大きな政府」が需要を作り出し、景気を刺激する方法で乗り切った。

米国とソ連の対立を軸とする冷戦期に「第2の危機」に襲われる。財政膨張や過度な規制など「大きくなりすぎた政府」が経済の活力を奪い、ベトナム戦争など共産主義勢力に対抗するコストが資本主義の疲弊に拍車をかけた。新自由主義が登場し、レーガノミクスやサッチャリズムの「小さな政府」が民間の競争を促して成長力を取り戻すと、ソ連は崩壊し民主主義に勝利をもたらした。

「第3の危機」に

いま直面するのが「第3の危機」だ。過度な市場原理主義が富の偏在のひずみを生み、格差が広がる。格差は人々の不満を高め、それが民主主義の危機ともいわれる状況を生み出した。資本主義と民主主義の両輪がうまく回らなくなり、世界では中国を筆頭とする権威主義が台頭する。

混沌とする世界で日本は生き残れるのか。現状は心もとない。GDP成長率は年平均0.7%と北欧を下回るのに、ジニ係数は0.33と北欧より高く、幸福度は低い。

「何度も聞かれてバカバカしい」「私は好奇心にフタをしています」

将来の夢を聞くと、こう答える若者が多い。ときに「ドリハラ(ドリーム・ハラスメント)だ」と不快感を示す。中高生を調査する多摩大学勤務の高部大問氏は「多くの若者は人生を窮屈に生きている」と話す。

バブル崩壊から30年、日本経済は低空飛行が続く。雇用の安全を重視しすぎた結果、挑戦の機会を奪われた働き手はやる気を失う。行き過ぎた平等主義が成長の芽を摘み、30年間も実質賃金が増えない「国民総貧困化」という危機的状況を生み出した。

それなのに民間企業を縛る多くの規制が温存され、社会保障改革の遅れで財政膨張にも歯止めをかけられない。日本は世界から周回遅れで「第2の危機」にはまり込んだままだ。北欧のフレキシキュリティーと比べれば、安全性はあっても柔軟性が決定的に欠ける。この弱点の改革にこれから進むべき道がある。

資本主義の苦悩を横目に中国は急成長を遂げてきた。GDP成長率は日米欧をはるかにしのぐ年平均9.0%に達する。だが成長の裏で格差が広がり、幸福度は日米欧を下回っている。習近平(シー・ジンピン)指導部は文化大革命をほうふつとさせる「金持ちたたき」に動き、最新のデジタル技術も総動員した「統制」で資本主義と一線を画そうとし始めた。

一人ひとりの個人が自由に富と幸福を追求することで社会全体の発展を支えてきた資本主義は21世紀の新たな挑戦に打ち勝てるか。世界は大きな岐路に立っている。

西岡貴司、江藤俊也、押野真也、北爪匡、茂木祐輔、高橋元気、松井基一、村岡貴仁、松尾洋平、井上孝之、藤田祐樹、松浦奈美、真鍋和也、須賀恭平、宗像藍子、鈴木菜月、加藤宏志、吐田エマ、大島裕子、仙石奈央、木原健一郎、横山龍太郎、前田健輔、斎藤一美、松島春江、湯沢華織、碓井寛明、小滝麻理子、清水石珠実、芦塚智子、川手伊織、花田亮輔、深尾幸生が担当します。

【関連インタビュー】

・三密から「三散」の時代へ 作家・五木寛之氏
・幸福度は社会の「体温」 キャロル・グラハム氏
・成熟社会の土台づくり 内科医・占部まり氏

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今村卓
丸紅 執行役員 経済研究所長
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分析・考察

労働集約型の製造業は質の高い雇用を創出しやすいために、各国が育成に力を入れ国家間の競争を招きやすく、労働コストが上昇した先進国ほど敗れやすい。

国や労働者にとってはこの製造業は安定的でなく、むしろ持続性を欠く。米国、日本、韓国と製造業の拠点が移り、最近の中国も賃金上昇から競争力を失いつつあると聞くと、そう考えます。

2010年代に米国の労働者の苦難の議論を現地で頻繁に見聞きしたため、ディートン氏の主張には納得します。ただ、持続性を欠く製造業に頼る社会の安定も無理だったと思います。米国も日本も製造業復活を求める主張は郷愁も混じり支持を得やすいですが、その持続性の欠如を厳しく問うべきだと思います。

2022年1月1日 15:42 (2022年1月1日 15:44更新)

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竹中治堅
政策研究大学院大学 教授
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分析・考察

日本の低成長・所得伸び悩みの原因として他の方々の指摘に歴史的要因と政治構造的要因を加えたい。

歴史的遠因としては85年のプラザ合意以降のバブルと崩壊、その後の金融不況、デフレがある。不況・デフレは財政赤字を悪化させ、財政支出組み替えによる、職業訓練などの現役世代向け社会保障の充実や科学技術研究関連予算などの投資予算の増額を困難にした。
政治構造的要因としては、日本の国会は一部利益集団が新規の政策立案を阻止することを容易にする仕組みになっており、このため、成長につながる様々な規制緩和が困難になっている。

また国政選挙の頻度が諸外国に比べあまりにも多く、税制改革や社会保障制度改革を困難にしている。

2022年1月1日 17:40 (2022年1月1日 22:38更新)

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永浜利広
第一生命経済研究所 首席エコノミスト
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別の視点

日本経済はかねてから総需要の低迷から生じる低インフレ・低成長の問題を抱えており、コロナ化はそれをさらに悪化させ、回復には他国よりも時間がかかっています。

このため、政府は効果的な需要喚起策を実現して、マイルドなインフレを目指すことを明確にする必要があり、そのために財政収支改善のペースを落としてでも、効果的な財政政策で総需要とインフレを後押しすることを優先すべきでしょう。

2022年1月1日 15:23

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岩間陽子
政策研究大学院大学 政策研究科 教授
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ひとこと解説

日本はいろんな面で、アングロサクソンの自由主義と北欧系の保障政策がごった煮になっているのですが、北欧系のセキュリティーを実現するためには、税制改革も必要です。

北欧諸国では軒並み間接税は20%以上です。それを自分たちの住みたい社会を維持するコストとして受け入れるだけの社会的コンセンサス形成が必要です。

いいとこどりのばら撒き政策で将来世代につけを回すのではなく、コストとベネフィットをきちんと議論して、パッケージとして国民の合意を促していく政治過程を望みます。

2022年1月1日 12:27

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白井さゆり
慶應義塾大学総合政策学部 教授
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今後の展望

世界では感染症、気候変動、格差、インフレ、高齢化、債務拡大など沢山の課題を抱え、経済構造は大きく変化している。

そのため経済政策もフレキシビリティが重要になっている。従来の考え方にこだわり過ぎて根本的な変化をとらえきれない政策では民間活動を下押しすることになりかねない。

今後の世界で重要になる政策は、「財政政策」では気候変動・環境に対応する税・補助金体系・公共投資・環境債の発行、およびコロナ危機のような危機時に迅速に発動できるターゲットを絞ったデジタル型の給付であろう。

「金融政策」では物価安定化のもとで気候変動対応とサステナブル市場の拡大のために中央銀行として最大限努力していくべきでしょう。

2022年1月1日 11:39

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室橋祐貴
日本若者協議会 代表理事
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分析・考察

「フレキシキュリティ」の特徴としては、柔軟な労働市場(低水準の雇用保護)、包括的な社会保障制度(寛大で高水準の所得保障)、そして積極的労働市場政策(職業訓練と再教育)という三つの要素の積極的な相互関係、「ゴールデン・トライアングル」にあると言われています。

端的に言うと、経営者が被雇用者を解雇しやすく、競争力を失った企業は守らないが、失職者には生活保障の上で多種多様なタイプの職業訓練などを用意し、次の職に移れるよう手厚く支援するというものです。

これが日本で受け入れられるかは、財源はもとより、一定の「失業」と「倒産」を認められるか、一時的な失業率や企業倒産数で一喜一憂しないのがキーでしょうか。

2022年1月1日 11:52 』