脱炭素時代、争奪戦は続く 「石油の世紀」と重なる現実

脱炭素時代、争奪戦は続く 「石油の世紀」と重なる現実
編集委員 松尾博文
https://www.nikkei.com/article/DGXZQODK22BYX0S1A221C2000000/

『2021年が終わり、新しい1年が始まる。出口が見えない新型コロナウイルス禍と、脱炭素を合言葉に速度を上げるエネルギー転換は未来をどう変えるだろう。

100年前を振り返ってみると手掛かりがあるかもしれない。第1次世界大戦を境に一変した世界の構図はエネルギー転換と密接につながっていたからだ。

「超大国」米ソの出発点

今年がソ連崩壊から30年なら、22年は誕生して100年である。99年前の12月30日、一足先に革命政権を樹立したロシアや、ウクライナ、ベラルーシ、ザカフカス(アゼルバイジャン、アルメニア、ジョージアをあわせた領域)の4共和国でソ連を形成した。

今のアゼルバイジャンの首都バクー周辺は当時、石油産業の黎明(れいめい)期を支えた産出地であると同時に、カスピ海沿岸の革命運動の中心だった。カスピ海と黒海に挟まれたカフカスの革命運動から現れたのがスターリンだ。

同じ頃、カフカスの南では13世紀末の建国以来、中東・地中海に覇を唱えたオスマン帝国が最後の時を迎えていた。第1次大戦に敗れた帝国は、英仏の手で人為的な国境線が引かれようとしていた。

分割の行方を重大な関心を持って見ていたのが米国だ。石炭から石油へのエネルギー転換に伴い、大戦をはさんで石油消費は急拡大し、自動車の登録台数は20年までの6年間で5倍に膨らんだ。

「米国は石油産業も政府も、早く行動に移さなければ、英国に世界の石油資源の残りを先取りされてしまうと信じ切っていた」。米研究者ダニエル・ヤーギン氏は著書「石油の世紀」で指摘する。

焦る米国と英仏の間を取り持った男がいる。アルメニア人実業家、カルースト・グルベンキアンは22年、のちの英BPや仏トタルエナジーズなどに、米エクソンモービルを交えて交渉を始めた。

曲折を経て28年に成立した合意は、今のイラクやサウジアラビアなど旧オスマン帝国領内の油田について共同開発を除き、抜け駆けでの利権獲得を禁じた。カルテルの色彩を帯びる排他的な取り決めは「赤線協定」と呼ばれた。グルベンキアンが中東の地図を広げ合意の対象地域を赤線で囲って示した逸話に由来する。

中東の石油に足場を確保した米国と、カスピ海を押さえたソ連。米ソ2陣営の出発点に石油があり、20世紀を通して国際秩序の底流には石油や天然ガスをめぐる国家と企業の冷徹な競争があった。そのはざまで石油確保の道を閉ざされた日本は戦争に突き進んだ。

走り出したグローバル企業

今年11月、第26回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP26)の場で、世界はカーボンゼロへの決意を新たにした。脱炭素の潮流は国家や企業を巻き込んで加速するだろう。みずほ銀行産業調査部の相浜豊参事役は「日本企業も脱炭素と企業価値向上を両立させる、説得力ある移行のストーリーを示す必要がある」と指摘する。

ただ、脱炭素がエネルギーをめぐる対立から世界を解放すると考えるのは早計だ。むしろ新たな分断と不安定を生むかもしれない。脱炭素の理想と現実の間に潜む危うさに気付き始めたからだ。

投資家が化石燃料に向ける視線は厳しさを増し、再生可能エネルギーを求める消費者や企業は増え続けるだろう。一方、国際エネルギー機関(IEA)によれば、50年にカーボンゼロを実現するには、世界の電源構成に占める太陽光と風力の比率を計7割に高めなければならない。世界最大級の太陽光発電所を毎日ひとつずつ増やし、向こう10年、毎年4兆ドル(450兆円)の投資が要る。

再生エネが順調に増えればいい。満たせなければ何が起きるか。

グローバル企業が自力で再生エネの確保に動いている。それも既存の発電所から買うのでなく、新設が条件だ。米アマゾン・ドット・コムは25年までに世界で使う電力を再生エネに切り替える。独自動車大手フォルクスワーゲン(VW)は欧州に複数の太陽光・風力発電所をつくる。

EV用電池に欠かせないリチウムの鉱床確保に動いた米テスラのマスクCEO=ロイター

みずほ銀の相浜氏は「ステークホルダーに脱炭素への姿勢を訴えるとともに、今後必要になる再生エネの安定的な確保を進めていくだろう」と見る。

再生エネを確保できるかどうかは脱炭素時代の競争力、ひいては企業の存続を左右する。囲い込みに動くさまは貪欲に石油を求めた100年前と変わらない。

日本も例外ではいられない。脱炭素の進展に伴い、50年の電力需要は1.3倍に増える。日本は再生エネ導入に出遅れたうえ山間地が多く、電力コストの低減は一段と厳しくなるだろう。

先に押さえた者が優位に

再生エネに限らない。太陽光パネルや風力発電機、電気自動車(EV)と車載電池、これらの生産に欠かせないレアメタル(希少金属)を誰が支配するのか。中国企業は太陽光パネルで7割のシェアを握る。自動車各社はEV用の電池の内製に巨費を投じる。米テスラは電池に欠かせないリチウムの鉱床すら押さえにかかる。

脱炭素時代のグローバル競争はサプライチェーン(供給網)を先に押さえた者が優位に立つ。国や市場があてにならないなら、トヨタ自動車や日本製鉄が自前で再エネ発電所を整える。こんな未来図を笑い飛ばすことはできまい。

足元では化石燃料をめぐる需給のミスマッチが、石油や天然ガス、石炭の同時多発的な価格上昇を引き起こしている。エネルギーの円滑な主役交代を乗り切る広角の戦略が欠かせない。』