石油利権は誰の手に…混迷を極める「中東」国家間の争い①

石油利権は誰の手に…混迷を極める「中東」国家間の争い①
https://gentosha-go.com/articles/-/17810

『かつては「赤線協定」で石油利権が守られていたが…

「赤線協定」という、石油業界では有名な協定があった。

OPEC創設に先立つこと約30年、「トルコ石油」(のちの「イラク石油」)株主が長年の協議を経て1928年7月31日に契約調印に至った際、出資者間で合意した一種のカルテル機能を持った協定だ。赤線で囲まれた旧オスマン帝国の領土内においては、全社が共同で行うことを除いて出資各社が単独で石油利権を獲得することを禁じたものである。

「トルコ石油」創設の中心人物であり、「ミスター5%」と呼ばれたアルメニアの石油業者カルースト・グルベンキアンが中東の地図を広げ、クウェートとエジプトを除く旧オスマン帝国の領土はこの範囲だ、と赤線で囲ったことから「赤線協定」の名前がついたといわれている(図表1)。「自分は、オスマン帝国の時代に首都コンスタンチノープルで生まれた。だから、どこが旧オスマン帝国の版図なのか知っている」というのだった。

[図表1]「赤線協定」の範囲
出所:Wikipedia(一部加工処理)

すでに石油が発見されていたペルシャ(カジャール朝イラン)の西に広がるメソポタミア地域(現在のイラク)の石油利権を獲得し、独占的に開発・生産することを目的に設立された「トルコ石油」の親会社5社とは、「アングロ・ペルシャ(現在のBP)」や「ロイヤル・ダッチ・シェル」、「フランス石油(現在のトタール)」、「スタンダード(現在のエクソンモービル)がリードするアメリカ石油連合」の4社と、「ミスター5%」のグルベンキアンの会社だった。グルベンキアンを除けば、すべて現代のスーパーメジャー(国際石油資本)に変貌した石油会社だ。

それでは最盛期と第一次世界大戦が始まった1914年当時のオスマン帝国の領土はどうだったのか、以下の図表2および図表3を見てみよう。

[図表2]オスマン帝国の最盛期の領土
出所:『 サイクス=ピコ協定 百年の呪縛』、池内恵、新潮選書、2016年5月

[図表3]オスマン帝国の第一次世界大戦が始まった当時の領土
出所:『サイクス=ピコ協定 百年の呪縛』、池内恵、新潮選書、2016年5月

これらの図で明らかなように、現在のサウジアラビア(以下、サウジ)に相当する地域では、ペルシャ湾と紅海の沿岸部以外にオスマン帝国の支配は及んでいなかった。つまり最盛期でも、オスマン帝国の支配が及んでいない内陸部があったのだ。

広大な砂漠が広がるサウジの内陸部では、現在のサウジ建国の父であるアブドルアジーズ・ビン・アブドッラハマーン・アルファイサル・アールサウド(以下、イブン・サウド)が他の部族を次々と征服し、政略結婚を繰り返し、着々とサウド王国の版図を拡大しているところだった。このころ、サウジに石油があるという情報はまったくなかった。

ドイツと同盟を結んで第一次世界大戦を戦ったオスマン帝国は、折から戦略商品として重要視され始めた石油を大量に有すると信じられていたメソポタミアを版図に抱えていた。

連合国側のイギリス・フランス・ロシアの3カ国は1916年に、第一次世界大戦に勝利したあと、オスマン帝国の領土をどのように分け合うかという協議を秘密裏に行い、有名な「サイクス=ピコ協定」を締結していた。秘密協定だったが、1917年の革命によりロシアが戦線から離脱し、ボリシェヴィキ政権が同協定の存在を明らかにしたため世に知られることとなった。

欧米列強が「国境線」を勝手に画定…混迷の一途を辿る

終戦後の1920年、戦後処理のため連合国はオスマン帝国と「セーブル条約」を結んだ。だが、帝国を実質的に解体する内容だったため、トルコ民族のナショナリズムを刺激、ケマル・アタテュルクが先頭に立って独立戦争を起こし、トルコ領土を列強の分割から守ったのだった。「セーブル条約」は破棄され、独立したトルコ共和国は1923年、改めて「ローザンヌ条約」を締結した。

「サイクス=ピコ協定」がそのまま実行に移されたわけではないが、イラクからパレスチナに広がる「肥沃な三日月地帯」の「国境線」は、このような過程を経て、欧州列強が自分たちの利害調整の結果として勝手に画定したのだ。

「百年の呪縛」という言葉は、東京大学先端科学技術センターの池内恵准教授の名著『サイクス=ピコ協定百年の呪縛』(新潮選書、2016年5月)により広まった。100年前の第一次世界大戦の戦後処理が、いくつもの矛盾を放置したままだったことが今日の混迷の根底にあるのは事実だ。

だから、中東情勢が「サイクス=ピコ協定」を締結した100年前の事情に似ている、いや中東は今、「百年の呪縛」に囚われているのだ、との認識もけっして間違いではない。

この話は次回に続く。』