習近平氏が毛沢東になる日は来るのか

習近平氏が毛沢東になる日は来るのか
編集委員 中沢克二 ~「日本の論点2022」から
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD141HT0U1A211C2000000/

『中国共産党という存在が、いまほど世界中で意識された時代はない。それは、党総書記で国家主席の習近平が北京・天安門の楼上に立った2021年7月1日、結党100年の大イベントで一つのピークを迎えた。しかし、22年は、さらに大きな注目を集めるだろう。5年に1度の共産党大会が、中国ばかりではなく今後の世界の行方をも左右するからである。

世界第2位の経済大国は近いうちに経済規模で米国に追いつき、軍事・安全保障分野を含めた世界の勢力図を何らかのかたちで塗り替えるに違いない、とみられている。もしそうなら、われわれ日本を含めた各国が受け入れてきた「第2次世界大戦後の世界秩序」の再編が本格的に始まることを意味する。

中国の改革・開放と急成長が長期にわたって成り立った基礎は、まさに戦後世界秩序にある。もしこれが変質して崩れるなら、中国の改革・開放も実質的な意味で崩壊してしまう。「中華民族の偉大な復興」というスローガンを掲げて経済・軍事両面で米国超えを目指す習近平政権は今後、どう動くのか。

一つのヒントが、共産党創立100年の記念式典にあった。習近平は、ある種の視覚的なトリックまで駆使して、建国の指導者である毛沢東の地位にいつの日にかのぼりつめるという幻影を映し出した。天安門広場にいた群衆側から見ると、天安門の壁にかかる大きな毛沢東の肖像画のちょうど真上に、現在のトップである習近平が立つ構図になる。
22年夏まで続く権力闘争

しかも、習が身に着けていたのは、灰色の人民服(中山服)だった。足元の肖像画に描かれている、毛のトレードマークである灰色の人民服と同じである。7万人の目からは、習と毛が完全に重なって見えた。特に式典が終わるとき、右手を高々と挙げた習の姿は、かつて全国各地にあった毛沢東像のポーズとうりふたつだった。

共産党は、1976年に独裁者、毛沢東が死去すると、悲惨だった文化大革命期(66~76年)の反省に立って集団指導制に舵(かじ)を切る。できあがったのが、指導者の交代に関する厳格なルールである。国家元首である国家主席の任期は憲法で「2期10年」までに制限し、これに党トップである党総書記の任期も準じるという暗黙の了解だ。

この集団指導制の伝統を一気に壊した第1段階が、2018年の憲法改正だった。国家主席の任期制限を撤廃したことで、暗黙の了解だった党総書記の任期制限も事実上、存在しなくなったと考えてよい。

22年秋の党大会でまず総書記職の続投を決めて、翌23年春の全国人民代表大会(全人代)で国家主席としても続投するのか、それとも22年秋の党大会で、かつての毛沢東の地位である党中央委員会主席(党主席)といった新たなポストを用意し、そこに座るのか、多くの選択肢がある。習の灰色の人民服姿は、毛沢東の地位への意欲を示している。そういう受け止め方が多い。

当然ながら党内には、習の権力がこれ以上強まることに裏で異を唱える勢力が存在する。習がまず警戒しなければいけないのは、自分と同じような革命時代からの高級幹部の子息である「紅二代」だ。彼らには人脈だけでなく資金力もある。

紅二代は、習政権の発足当時、自分たちの利益を代表していると考えた新星の登場を歓迎した。そして習の激烈な「反腐敗」運動に協力もした。しかし、期待は2期目に入るころから急速にしぼんでゆく。習が抜てきするのは自らに近い側近ばかりで、紅二代への配慮は薄れてゆく。そればかりか、長期政権の確立に向けた個人崇拝の色を強めていく。

習としては、早めに彼らの支持を取り付けるのがベストだが、できなかった場合に備えた布石も打っている。紅二代である本人にまでは手を出さないが、その側近らを汚職で摘発するのも一つの手段になる。すでに引退した人物でもその標的になる厳しい措置だ。こうした裏の戦いは、22年夏まで続くだろう。

IT大手に圧力

20年初以来の新型コロナウイルス禍をめぐっては、武漢での初期対応には失敗したものの、後の厳格できめ細かな人的接触の制限によって事態を収拾し、経済の早期回復につなげた。中国経済は、インフラ投資拡大や輸出増に支えられて引き続き順調に見える。

だが、懸念材料は多い。20年、コロナ禍で打撃を受けた雇用や所得の回復はなお遅れている。特に問題なのは若者の就職難だ。21年夏、中国の大学、短大、専門学校の卒業生は過去最高の900万人超になったが、主力である民間企業からの求人は少なく、職が決まらない学生が非常に目立つ。首相の李克強が就職問題を最優先課題に挙げたのも危機感の表れだった。

習近平政権は国有企業を重視する半面、大手IT企業など民間企業への統制を急速に強めている。なかでも、資本市場の証券違法活動を厳格に取り締まる新たな規制や、インターネット安全保障策の強化は、内外への影響が非常に大きい。

中国のインターネット規制当局は、海外で上場を予定している中国企業について、個人ユーザー数が100万人超の場合、審査が必要と発表した。当面、中国企業が米国で上場するのは難しい。

米国に協力を呼びかける一方、米中両国の資本市場の分断を加速しかねない措置を自らとるのは矛盾だ。中国経済の将来を左右するのは、自由な発想に富む民間企業の活力である。過剰に締め付ければ優良な企業の成長力が失われ、やがて雇用にも影響する。
米中関係は歴史的な転換点に

米ホワイトハウスで、オンライン形式の「民主主義サミット」を開いたバイデン大統領(9日、ワシントン)=UPI共同

米中関係はいま、歴史的な転換点に立っている。50年という単位で両国の向き合い方を考えるなら、変質は避けられない。

ここで思い起こすべきは、半世紀前に世界を驚愕(きょうがく)させた「ニクソン・ショック」である。それは1971年7月15日に始まった。当時の米大統領ニクソンは、大統領補佐官だったキッシンジャーの派遣による秘密交渉を明らかにし、国交のなかった中華人民共和国への訪問を予告した。それは翌72年2月21日、北京に降り立ったニクソンが中南海で主席の毛沢東と握手したことで完結した。

このときの裏の主役はソ連である。ソ連への対抗という目的で一致した米中は、政治体制の根本的な相違などに目をつぶって国交正常化に突き進んだ。経済的に見れば中国はとるに足りない存在だった。ソ連はニクソン・ショックの20年後、91年にあっけなく崩壊する。それから30年。今度は、矛盾に目をつぶって手を組んだ中国が、経済・軍事両面で米国の最大の脅威になっている。

実際、習近平政権は、2035年までに経済面で米国に追いつき、追い越そうとする具体的な目標を掲げている。軍事面も同じで、ここに米中両国の技術覇権争いが絡んでくる。米国側から見れば、自ら育てた中国が今度は米国を標的にしはじめたのを見過ごすわけにはいかない。これが米中「新冷戦」といわれる構造だ。

米国超えを視野に入れた習近平政権による「2035計画」の内容が明らかになったのは、17年の中国共産党大会だ。この方面の勘に優れた前米大統領のトランプは、習近平政権が掲げはじめた、かつての中国とは異なる種類の野望に比較的早く反応し、一気に対中強硬路線に傾斜してゆく。

米中の力の接近を背景にした対立激化はある程度、予想できたが、それが前倒しで進んだ背景には、中国政治の抜本的な変化がある。とりわけ、18年の憲法改正で、対外強硬路線をとる習近平政権が長く続くことに気づいた米側の動きは早かった。

追い打ちをかけたのが、19年に香港で起きた容疑者の中国移送を可能にする逃亡犯条例改正案に反対する大規模デモへの対処と、その翌年、香港立法府の頭越しに香港国家安全維持法制定を決めた手法だった。中国が国際的に公約した香港の高度の自治を保障する「一国二制度」は事実上、崩れた。

そして2021年には言論弾圧が加速し、香港民主派を支持する唯一の主要な香港紙「蘋果日報(アップル・デイリー)」が廃刊に追い込まれた。創業者の黎智英(ジミー・ライ)が抗議活動に絡む実刑判決で服役中の出来事だった。警察は本社を捜索し、記者や編集者のパソコンも大量に押収、メディアグループ幹部を相次ぎ逮捕した。

多くの著名な民主活動家も収監されたままである。羅冠聡(ネイサン・ロー)ら海外に渡った活動家は事実上、香港に戻れない。香港問題が米欧日など西側自由主義社会に与えた衝撃は計り知れない。新疆ウイグル自治区の少数民族、ウイグル族らへの人権弾圧をめぐって米国のみならず、欧州連合(EU)まで制裁に踏み切った裏には、香港問題の影響も大きかった。

米中対立をめぐっては、バイデン民主党政権の誕生でそれなりの変化があるとの見方もあったが、対中政策は一段と厳しい方向に進んでいる。特に日本、英国、EUなどとの同盟を強化して中国に対処する手法は明確である。(敬称略)

▼発売中の「これからの日本の論点2022 日経大予測」の一部を抜粋、加筆・再構成した。同書の詳しい内容はこちらから。(https://nikkeibook.nikkeibp.co.jp/item-detail/21931) 』