ロシア製品「0.3%」の国際競争力 民生ハイテク育たず

ロシア製品「0.3%」の国際競争力 民生ハイテク育たず
ソ連崩壊30年 産業盛衰(下)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR16BG00W1A211C2000000/

『【モスクワ=石川陽平】ロシアの首都モスクワから南へ約500キロメートル離れた工業都市ボロネジ。市内の一画に廃虚となった工場群がある。ソ連末期、コンピューターの部品やビデオをはじめとする電子機器を生産した、かつてのハイテク団地だ。
「国営36社が集積」

敷地に入ると、白い壁が汚れ灰色になった8~9階建てのビルが見える。1970年代に建てられ、国内有数のコンピューター用のプロセッサー工場だったという。いまは窓が割れ、屋内はごみが散乱する。地元案内人のマルデルさんによると、91年12月のソ連崩壊で工場は閉鎖され、生産用の希少金属や様々な装置が盗まれていった。
ソ連末期、ボロネジのハイテク工場で働いていたウラジミル・ニコライチュクさん

当時、市内の電子機器の工場で働き、労働組合長も務めたウラジミル・ニコライチュクさんに話を聞いた。この地域にはソ連末期、エレクトロニカ社をはじめ電子機器関連の国営企業だけで36社を数え、11万人が働いていた。「コンピューターの国産化をはじめソ連の電子産業が発展しつつあった」と振り返る。

「失業も給与の遅配もなく、違法な解雇もなかった」。ウラジミルさんはこう語り、労働の功績をたたえる勲章を付けた自身の昔の写真を見せてくれた。「みな、熱意と誇りを持って働いていた」。貧富の格差も広がったいまのロシア経済が「不法状態」にさえ見える。
家電や電子機器立ち遅れ

ソ連は国内総生産(GDP)で米国に次ぐ2位の規模を誇った。だが、80年代には社会主義の計画経済が行き詰まり、特に民生用の電子機器や家電で豊かな欧米に大きく立ち遅れた。経済再建を目指すゴルバチョフ・ソ連書記長は1985年の演説で「物質的、技術的生産基盤の変革」を掲げ「ウスカレーニエ(加速化)」を打ち出す。
ゴルバチョフ・ソ連書記長は経済発展加速の大号令をかけた(1985年)=AP

ボロネジは、政府の号令で「加速化」を実現し、ハイテク製品の大規模な国産化を急ぐための重要な拠点になった。だが、国が生産を管理する計画経済の矛盾を解消できなかったソ連は崩壊し、国営企業の多くが閉鎖に追い込まれた。それから30年、市場経済に転じたロシアは「ボロネジの夢」を実現できたのだろうか。

ハイテク分野の現状について、国内有数の教育・研究機関である高等経済学院が2021年4月にまとめた報告書がある。電子製品や情報通信、先端素材、バイオテクノロジー製品など世界のハイテク製品の輸出額は18年に総輸出額の21.4%に達した。だが、ハイテク製品の総輸出額のうちロシアが占める割合は0.3%にとどまる。中国の19.4%、ドイツや米国の8.8%とは大きな差がついた。

原子力・武器を旧ソ連諸国へ

しかも、ロシアのハイテク分野の輸出は原子力と武器が大半で、輸出先も旧ソ連諸国が多い。ソ連時代と同じような貿易構造のままだ。報告書はロシアがハイテク製品の「後進生産国」であり、このまま後進グループにとどまるか、先進国を追うグループに入れるか「岐路に立つ」と危機感を示した。

ロシア政府も傍観していた訳ではない。10年にはモスクワ郊外でイノベーションセンター「スコルコボ」の整備に着手し、3000を超す研究・開発機関や先端企業を集積させた。「ロシア版シリコンバレー」とも呼ばれる。
再び強まる国家管理

ただ、IT(情報技術)を中心に民間企業の活力があふれるシリコンバレーとは違い、「スコルコボ」は資源依存の経済構造を多様化させるための国家プロジェクトだ。ロシアのハイテク分野の地盤沈下を止めることはできても、国際競争力の向上にまでつながったとは言いがたい。

「強い国家こそロシア発展の基礎的条件である」。プーチン大統領はこう強調する。ロシアは国が経済活動で大きな役割を果たす「国家資本主義」を構築し、ソ連経済を想起させるような国家管理の手法も再び強まってきている。ハイテク産業が今後、国家主導でどこまで育つのか疑問は消えない。

ソ連崩壊30年 産業盛衰(上)はこちら https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR15E850V11C21A2000000/ 』