仏大統領候補ゼムール氏 支持者酔わす極右の「歴史家」

仏大統領候補ゼムール氏 支持者酔わす極右の「歴史家」
パリ支局 白石透冴
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR02FAM0S1A201C2000000/

『フランスの極右評論家エリック・ゼムール氏(63)が2022年大統領選に出馬する。黒人・アラブ系住民の差別、女性蔑視の発言を繰り返し「フランスのトランプ大統領」とも言われる同氏だが、世論調査では3位圏と主要候補としての位置づけを維持する。なぜ一定数の支持を集めるのか。支援者集会の取材を通して探った。


選挙スローガンはナポレオンの言葉

「私は人種差別主義者ではないし、みなさんも違う。ただフランスを守ろうとしているだけだ」。ゼムール氏は5日、パリ郊外の支援者集会で声を張り上げた。背後には選挙スローガンのナポレオンの言葉「IMPOSSIBLE N’EST PAS FRANCAIS(余の辞書に不可能の文字はない)」のパネルが掲げられている。主催者発表では約1万3千人が参加し、フランスの三色旗を持ち熱狂的に支持を表明した。

ゼムール氏はパリ郊外出身のアルジェリア系ユダヤ人だ。優秀な学生だったが、エリート養成校の最高峰である国立行政学院(ENA)への入学は2度失敗した。ジャーナリストとして中道右派大手紙フィガロなどに勤務した後、テレビ出演で知名度を高める。

仏メディアが18日に報じた世論調査によると、支持率はマクロン大統領が24%で首位、次に中道右派共和党のペクレス氏が17%で2位、ゼムール氏と極右国民連合のルペン党首が14.5%で同率3位で追う。

11月、仏西部ボルドーで開かれた支援者集会は、ボルドー駅から北に5キロメートルほど離れた会議場が会場で、周辺には警官や憲兵があちこちに立ち警戒にあたっていた。
支援者集会の参加者はほぼ白人系

訪れた支援者約1400人はほぼ全員が白人系だ。人種差別発言を繰り返す同氏なので不思議はない。女性と若者に人気がないとの指摘を意識したのか、スタッフには女性と若者を積極的に起用している。会場では帽子やマグカップなど「ゼムールグッズ」も並べられた。
会場には「ゼムールグッズ」が並べられた。スタッフには若者が多い(仏ボルドー)

演説前に支援者に話を聞くと、まず治安対策や黒人・アラブ系の敵視をとなえる同氏の戦略が共感を呼んでいることがわかる。「ボルドー郊外は、夜になると薬物取引の連中がうろうろするから危なくて外に出られないんだ。変えられる政治家が必要だ」と男性会社員、オレリアンさん(32)は語る。「人種差別をしたいんじゃない。治安のために何かしなくちゃいけないんだ」と力説した。

ゼムール氏は治安悪化の原因は移民であるとして、大幅に制限すべきだと語ってきた。不法入国などでフランスにいる若者は「追い返すか、そもそもフランスに来させてはいけない」と主張する。


移民敵視で支持を得る極右的手法

移民をスケープゴートにして自身の支持を高めるのは、ドイツ、イタリア、スペインなど各地でみられる極右政治家の典型的な手法だ。皮肉なことに移民系住民を敵視する考え方は、自身のルーツであるユダヤ民族がフランスで受けてきた差別とも似通う。

仏内務省の統計では、治安が急激に悪化している事実はない。性犯罪、暴行事件が増える一方、強盗、空き巣、車上荒らし、器物損壊などは減る。殺人はほぼ横ばいだ。だが散発するテロ事件も手伝って、治安悪化の感覚を持つ人はいる。

気付くのは、ゼムール氏がルペン氏に失望した有権者を取り込んでいることだ。ルペン氏が党首を務める国民連合は1972年に前身の国民戦線が作られ、仏国内の極右勢力をまとめてきた。しかし大統領選の決選投票にルペン氏が1回、父ジャンマリ・ルペン氏が1回それぞれ進んだのみで当選にはほど遠い。「長年ルペン氏を支持してきたけどね。彼女じゃ大統領就任は無理だな」。定年退職して無職のクリスチアンさん(63)は今回大統領選はくら替えすると語った。


理知的な印象をアピールする演説スタイル

ゼムール氏が会場に到着した。立って演台に両手をついて原稿を読み上げるスタイルで、動きが少なく堅苦しい印象も与えるが、理知的との印象を与える戦略だ。
演台で原稿を読むゼムール氏の形式は堅苦しい印象も与える(仏ボルドー)

「哲学者モンテスキューは、ボルドー近郊に生まれた。彼は『ガロンヌ川沿いのワイン、ガスコーニュ地方の気質があれば気分が落ち込むことはない』と著書で述べている」――。スピーチには不自然なほど歴史上の人物や地名をちりばめる。

これが支持を支えるもう一つの要素だ。誇り高き自国の歴史を知っているとの印象を与え、自らをナポレオンや戦中・戦後に指導力を発揮したシャルル・ドゴール将軍などと重ね合わせる。フランスの地位が下がっていると不満を持つ極右の知識層を取り込むのが狙いだ。会場に来た名門ボルドー政治学院の学生アドリアンさん(18)は「フランスはイスラム教との内戦状態にあると思う」と語り、ゼムール氏の持論に同調した。女性会社員(23)は「彼は歴史をよく知っている。この知性に引かれる」とほれぼれした様子だった。支援者は同氏は歴史家と考えるが、誤りや曲解が多いと指摘される。

ここに来て、ゼムール氏は発言に慎重になっている。支援者から「銃規制を緩めてフランスも個人が銃を持てるようにすべきでは」と聞かれると「まずは治安当局が治安を守るのを優先したい」と応じた。支持に結びつかないと判断した話題では踏み込まない。
会場に集まったのは白人系の支援者がほとんどだ(仏ボルドー)

約30分の演説後、国歌「ラ・マルセイエーズ」を斉唱して締めくくった。右派系の集会は国歌を歌って団結を確認するのがお決まりだ。

フランスは戦後の高度経済成長期、北アフリカなどから労働力として移民を多く受け入れた。それはイスラム教徒の増加も意味し、豚肉を食べない、男女で握手を原則しないなどの一部教徒の習慣が、仏文化と衝突を起こすようになる。19年の世論調査では「イスラム教はフランスの価値観と相いれない」と答える人が6割に上った。文化が脅かされているという不安感もゼムール氏に追い風となる。


トランプ前米大統領に似るメディア対応

トランプ前米大統領と似通うのは、メディアを利用しつつ敵対する姿勢だ。9月のテレビ討論で、ゼムール氏は数字の誤りを訂正した記者に「バカな数字を持ち出してきたあなたはバカ丸出しだ」と侮辱した。

移民や治安の主張に注力する一方で、特に外交についての言及は少ない。同氏は支援集会前にボルドー駅前の喫茶店でジャーナリスト向け懇談会を開いたので、ちょうどいい機会と思い、対ロ関係、対中関係について尋ねてみた。

「ロシアはソ連ではなく、敵でもない。同盟関係を探らなければいけない」。ゼムール氏は親ロ派であることを示唆した。中国については「警戒しなければいけない。ナイーブな気持ちで臨んではいけない」との回答だった。やはり具体論には踏み込まなかった。

実はゼムール氏の支持率は伸び悩んでいる。女性市民に中指を立てるなどの行動が批判されたことや、ペクレス氏の人気が急上昇したことが理由だ。巻き返しのためにどんな発言をしてくるか、ゼムール氏の今後の動きに注目が集まっている。』