ソ連崩壊30年、再燃した東西冷戦 裏切り説が生んだ敵意

ソ連崩壊30年、再燃した東西冷戦 裏切り説が生んだ敵意
編集委員 池田元博
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD219L80R21C21A2000000/

『冷戦時代の東側陣営の盟主で、米国と並ぶ超大国だったソ連が崩壊して25日で30年がたつ。当時は東西冷戦の終結に続く歴史的な激変のもと、ソ連を継承した新生ロシアは早晩、西側の一員になるとみられていた。だが民主主義や市場経済は根付かず、ロシアは強権国家として復活。かつての東西冷戦時のように、米欧との対決姿勢を強めつつある。

「わが国民は繁栄した民主主義社会で暮らすことになるだろう」。1991年12月25日、苦渋の表情を浮かべたゴルバチョフ・ソ連大統領は国民向けテレビ演説を締めくくり、辞任を表明。ソ連は消滅した。

1991年12月25日、辞任の署名をするゴルバチョフ・ソ連大統領=ロイター

ゴルバチョフ氏はペレストロイカ(改革)を旗頭に、巨大な停滞国家の立て直しに挑んだ。国家独立に突き進む連邦構成共和国の圧力などで途中退陣となったが、「繁栄した民主主義社会」の実現はあながち夢物語ではないと考えていたようだ。政敵とはいえ、新生ロシアの初代大統領だった故エリツィン氏は西側志向が強く、急進改革を主張していたからだ。
ソ連崩壊を決定づけたロシア、ウクライナ、ベラルーシ共和国首脳による独立国家共同体(CIS)設立宣言の署名式(1991年12月8日、ベラルーシ)=AP 

実際、エリツィン氏が率いたロシア政権は翌92年の年初から、大胆な改革に踏み込んだ。とくに経済政策では、価格自由化を一気に断行した。民営化小切手を全国民に無償配布するなどして、国営企業の民営化も推進。市場経済を早期に定着させようとした。

急進的な改革、混乱招く

だがショック療法と呼ばれた急進改革は、社会を混乱のどん底に陥れた。ソ連末期と一変してモノが出回ったが、未曽有のハイパーインフレで年金生活者らは日々のパンの調達にも苦労した。

後に「オリガルヒ」と呼ばれる新興財閥などが有望企業を手に入れる一方で、多くの一般市民は失業や給料の未払い、遅配にあえいだ。プーチン大統領は国営テレビが今月放映したドキュメンタリー番組で「話すのは嫌」としつつ、90年代は生活苦から時々、自家用車に客を乗せる「白タク」で稼いでいたと明かした。

ロシアでは今でも、ソ連に郷愁を覚える国民が少なくない(13日、サンクトペテルブルクでソビエト社会主義共和国連邦のロシア語略称「CCCP」のTシャツに見入る人々)=AP 

国民の大半はほどなく米欧との統合の夢を捨て、「市場経済やリベラル改革、民主主義社会の構築を否定するようになった」(民間世論調査会社レバダ・センターのレフ・グトコフ前所長)。

米欧から専門家が改革に参加

西側の「裏切り」説も広がった。ロシアの改革には、米欧の多くの専門家が参加した。彼らの真の目的はロシアの再生ではなく、二度と米欧に対抗できない水準まで国力を弱体化させることにあったという見方だ。プーチン氏は民営化部門を含む当時のロシア政府内で、「米中央情報局(CIA)の工作員が活動していた」と述べている。

とりわけロシアが米欧への不信感を募らせたのは外交分野だ。代表例が冷戦期、ソ連に対抗する米欧の軍事同盟だった北大西洋条約機構(NATO)の東方拡大だろう。エリツィン氏は早々に、新生ロシアが「NATOに加盟する意思がある」と表明していた。

だが米欧はロシアではなく、かつてソ連の勢力圏だった東欧諸国のNATO加盟を推進。99年にチェコ、ハンガリー、ポーランド、2004年には旧ソ連の構成共和国だったバルト3国(エストニア、ラトビア、リトアニア)を含む7カ国を加盟させた。

米国のクリントン大統領(当時、左)はロシアの主要国首脳会議入りを約束し、見返りとしてポーランドなど東欧3カ国のNATO加盟をエリツィン・ロシア大統領に認めさせた(1995年、モスクワでの米ロ首脳会談)=AP

プーチン氏によれば、かつてソ連が東西ドイツの統一とNATO残留を容認した際、西側の首脳は「NATOの東方拡大はしない」と確約していたという。ロシアにとっては、まさに米欧の「裏切り」で、軍事面でのロシアの一層の弱体化を狙ったとしか映らない。

ロシアではエリツィン氏の後継者で、2000年から国を率いるプーチン政権下で「改革の方向性は正反対になった」(カーネギー財団モスクワセンターのアンドレイ・コレスニコフ氏)。とりわけ14年にウクライナ領クリミア半島を併合して以降は、米欧との対決姿勢を一気に強めつつある。

プーチン大統領(右)の政権下で、エリツィン氏の大統領時代の改革路線は一変した=ロイター

直近では、新たな「東西冷戦」の最前線ともいえるウクライナの国境付近にロシアが軍部隊を集結。意図的に軍事緊張を高め、NATOの拡大停止、東欧での軍配備を東方拡大前の状態に戻すことなどを文書で保証するよう米欧に迫っている。最も警戒するウクライナのNATO加盟阻止に加え、いわば米欧への”積年の恨み”を晴らす思惑だろう。

ロシアの世論調査では、ソ連崩壊を「残念だ」とする人々が65%前後に上る。自らもソ連消滅を「悲劇」とするプーチン氏は、国民感情に乗じてソ連に回帰したかのような強権的な大国主義を掲げ、米欧の「裏切り」に反撃しているようにみえる。ロシアは「強権体質が長らく続く」(コレスニコフ氏)と予想され、今後も国際秩序の波乱要因となる恐れは否定できない。』