ソ連崩壊30年 行き先見えぬ「強権のトロイカ」

ソ連崩壊30年 行き先見えぬ「強権のトロイカ」
編集委員 坂井光
https://www.nikkei.com/article/DGXZQODK103PU0Q1A211C2000000/

『ソ連が崩壊して30年を迎える。東西冷戦が名実ともに終結し、新生ロシアは自由と民主化を志向するかにみえた。しかし、プーチン大統領は強権に走り、経済もここ約10年は停滞。それを覆い隠すかのように復古主義が台頭している。そんな風潮に多くの国民は違和感を覚え、来るべき未来を描けないでいる。

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1991年12月25日夜、ゴルバチョフソ連大統領がテレビで辞任を発表すると、クレムリンのビル屋上にはためいていた赤い国旗が降ろされ、代わりに3色のロシア国旗が掲揚された。時代が移り変わった瞬間だった。

混乱のなかに一筋の光

当時、経済は疲弊し、もの不足も深刻で先は見通せなかったが、希望はあった。「民主主義」「市場経済」「基本的人権」がトロイカ(3頭立ての馬車)となり、ロシアを未来に導くはずだった。

秘密警察の創設者ジェルジンスキーの像の頭部を踏みつける人々(1991年8月、モスクワ)=AP共同

2000年に御者がエリツィン氏からプーチン氏に代わると、けん引役は「専制主義」「統制経済」「国家権力」に変わった。プーチン氏にそんなつもりではなかったのかもしれないが、国の安定のためには帝政時代からの伝統にのっとるしか手本がなく、国家保安委員会(KGB)出身としてもやりやすかったのだろう。

その結果はどうか。欧米との関係はかつてないほどに悪化し、ソ連を構成したバルト3国、ジョージア(グルジア)、ウクライナは造反した。経済面では、世界最大の面積を有し、日本と同じほどの人口を抱えるにもかかわらず、国内総生産(GDP)では韓国並みにとどまる。

グローバル化にも乗り遅れた。世界のサプライチェーン(供給網)から外れ、モスクワ国際金融センター構想は日の目を見ていない。
ソ連崩壊以降の30年のうち22年間をプーチン氏が最高権力者として君臨する(2000年5月、エリツィン氏㊨に代わり大統領に就任したプーチン氏)=タス通信

いま国を支えるのは石油・天然ガスといった資源、素材や武器などの軍需産業、農作物など。大半がソ連時代の遺産といっても過言ではない。

冷戦時、米国と対峙した大国としての立ち位置は大きく変わった。一時は主要8カ国(G8)首脳会議のメンバーに加わったが、2014年のウクライナ侵攻でその地位を追われた。

期待した欧州の一員にはなれず、ユーラシア大陸の盟主の座はかつての弟分、中国に譲った。
軍事的緊張高めるプーチン政権

そんな現実を体感する国民にとって、ソ連崩壊から30年たったいま、描ける将来像はぼやけたままだ。西側諸国から孤立したまま経済的に停滞の道を歩むのか、それともロシア以上に覇権主義的な隣国に接近し、次第に取り込まれていくのか、あるいは第3の道が開けるのか――。

そんな不安を脇に追いやろうとプーチン政権はますます強権的手法に頼っている。ウクライナ国境近くに部隊を派遣し、軍事的緊張を高めているのもそのひとつだ。外部に敵をつくり政治体制を支えようとするのは、非民主国家の常とう手段だ。

精神的には「古き良き時代」に国民の目を向けさせようと躍起だ。当時ロシア人が持っていた誇りや社会生活上の安定、対外的な影響力を思い出させる試みだ。第2次世界大戦でソ連が果たした役割や払った犠牲についてプーチン氏が独自の歴史認識で言及する場面が増えているのも、過去の栄光にロシアとしてのアイデンティティーを求めているからであり、同時に強権的な体制を正当化するためといえるだろう。

スターリンを英雄視し、暗部は覆い隠そうとする試みがみられる(4日、モスクワの「赤の広場」で)=AP

プーチン氏は伝統的価値観としてロシア人の「精神的な絆」を強調している。当局は理想の家族像として3世代の同居を提示。一方で、LGBT(性的少数者)の権利やジェンダー研究を誤った価値観をもたらすとして遠ざけている。

主力はソ連を知らない世代へ

しかし、ロシアの主力をなすのは、ソ連を知らない世代に移りつつある。多様な価値観を持つ彼らは過去を押しつけられることに抵抗感が強い。ソ連に郷愁を感じる世代でさえ、恐怖政治を敷いたスターリンを大戦に勝利した偉大な英雄としてのみ取り上げ、その暗部を覆い隠そうとしていることに戸惑いを持つ人がいる。

ロシア人の多くが、よりどころとする価値観をいまだに見つけられないでいるようだ。

プーチン氏が御者となって22年。まだ馬車の行き先は見えない。途中で降りて安住の地を見つけた人も多い。しかし、大半は降りることさえできない人々だ。

ロシアはどこへ向かっているのか――。約180年前、文豪ゴーゴリは小説「死せる魂」のなかでロシアを馬車に見立て、同じ問いをしている。「ロシアよ、おまえはどこへとんでゆくのだ? おしえてくれ」と。これに続くのは「だが、答えはない(略)他の民族や国々はちらと横目で見ると(略)このトロイカに道をゆずるのである」(工藤精一郎訳)。

先が見えないのは当時もいまも同じかもしれない。ただ、当時の皇帝は、厳格な専制主義者のニコライ1世。のちに南下政策をとり、クリミア半島などを舞台にイギリス、フランス、オスマン帝国と戦火を交えた。 』