老化は治療できる病 その為には、、

老化は治療できる病 その為には、、
http://blog.livedoor.jp/nappi11/archives/5303497.html

 ※ nappi10さん、いよいよ「悟りの境地」に向かわれるようだ…。

 ※ 『1日、基本的に2食で、満腹になってはいけない、美味しいものを食べたいと思う欲求を持たない事をモットーにして、腹8分目で、2分は食べたと思って施す事。これは、祖母が常に子供の筆者に言っていた事でもあり、それが今の、筆者が毎日しているキツネや鳥たちへの餌やりの原点で、早目に仕事から離れる人生設計を立てたのも、毎日の過剰なストレスから自分を早く解放する為だった。今では長寿で居たいという欲も無いが、それが社会に負担を掛けないという結果を招くという道理であれば、長生きはすべきで、良い事なのだろう。常にもう少し食べたいという欲求を我慢する事で、自分の体に負荷をかけ、筋肉痛にならない程度の運動を毎日して、筋肉や心臓にも少しの負荷を掛ける。慣れないときついが、年中、真冬でも靴下を履かない事やうつ伏せで寝る事でも体に負荷をかけ、健康で有りたい欲求を満たしている。一方、知的な欲求はブログを毎日書くことで十分満たされている。』

 ※ 『こう書くと、どこか坊さんの修行にも似てくるが、坊さんの修行も、最期を自分の力で終えるための体力、気力を維持する行いなのかもしれない。、、、暖冬の中、まだ排水溝の中で泳ぐ小さなカエルに「まだ冬眠しないのか?」と声をかける。そんな時、平和な自然の中に居られることに感謝する。』…。

 ※ 殆んど、「禅僧の修行の日々」に似ている生活をしておられるようだ…。

『老化の研究や理解はまだ黎明期とはいえ、ひと昔前と比較すると劇的な進歩をとげている。30年前から老化研究に心血を注いできた米ハーバード大学医学大学院遺伝学教授デビッド・シンクレア(David A. Sinclair)氏は、「老化の多くは遺伝子ではなく、いかに生きるかである」という。
すべての人が実践できるアドバイスがあるとすれば、食べる回数を減らすことです。一日3食も必要ありません。身体を「complacency(現状満足状態)」から脱出させないといけません。医学用語では「hormesis(ホルメシス:毒物が毒にならない程度の濃度で刺激効果を示すこと)」と言いますが、身体は殺さない程度に刺激すると強くなります。階段を歩いて上ったり、デスクの前で立って仕事をしたり、食事を抑えたりすることで、身体はサバイバルに対する脅威を覚えます。それと戦う要素が、老化や病気から私たちを守ってくれるのです。老化を減速させれば、心臓病、がん、糖尿病、アルツハイマー病など、あらゆる疾病の進行を遅らせることができます。われわれのアプローチの目的は、健康寿命を延ばし、その後、病気になったとしても数週間で死んでいく、そんな人生です。
心を落ち着かせて、ストレスをためないことです。脳をひどく興奮させると、老化を加速させます。瞑想をして精神を整えることや、記憶力を鍛えることも、老化防止につながります。

現在の医療のように、病気になってから治療を施すのでは遅すぎます。高齢になって病気になり、誰かの世話が必要になってくると、社会が機能しなくなってしまう。健康寿命を延ばすことで、高齢者がコミュニティに貢献し、若い世代に知恵を伝授することが大切です。

国民の多くが健康になれば、国全体が裕福になる。そのためには、研究費の増加や法整備の充実といった政府の後押しも不可欠です。老化を防止することは、人類が月に行くことよりも重要だと思います。参照記事より抜粋

、、、、手前味噌になるが、まさしく筆者が長年想い、実践している事と一致する。1日、基本的に2食で、満腹になってはいけない、美味しいものを食べたいと思う欲求を持たない事をモットーにして、腹8分目で、2分は食べたと思って施す事。これは、祖母が常に子供の筆者に言っていた事でもあり、それが今の、筆者が毎日しているキツネや鳥たちへの餌やりの原点で、早目に仕事から離れる人生設計を立てたのも、毎日の過剰なストレスから自分を早く解放する為だった。今では長寿で居たいという欲も無いが、それが社会に負担を掛けないという結果を招くという道理であれば、長生きはすべきで、良い事なのだろう。常にもう少し食べたいという欲求を我慢する事で、自分の体に負荷をかけ、筋肉痛にならない程度の運動を毎日して、筋肉や心臓にも少しの負荷を掛ける。慣れないときついが、年中、真冬でも靴下を履かない事やうつ伏せで寝る事でも体に負荷をかけ、健康で有りたい欲求を満たしている。一方、知的な欲求はブログを毎日書くことで十分満たされている。

こう書くと、どこか坊さんの修行にも似てくるが、坊さんの修行も、最期を自分の力で終えるための体力、気力を維持する行いなのかもしれない。、、、暖冬の中、まだ排水溝の中で泳ぐ小さなカエルに「まだ冬眠しないのか?」と声をかける。そんな時、平和な自然の中に居られることに感謝する。』