「弱ぶる米国」と「強がる中国」 非対称な軍事対立

「弱ぶる米国」と「強がる中国」 非対称な軍事対立
編集委員 高坂哲郎
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM231HJ0T21C21A1000000/

『米国などで中国の軍事的膨張ぶりを危惧する指摘が相次ぐ一方、専門家からは「台湾を侵攻するといった能力は中国軍にはまだない」といった分析もされている。方向が一致しないさまざまな見方が出るのはなぜなのか。米中両国の「非対称さ」を手掛かりに米中軍事対立の実態を考えてみる。

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「台湾海峡の軍事均衡が崩れ、(中国軍による台湾侵攻を)抑止する力が危険なまでに下がっている」(11月17日公表の米議会の諮問機関、米中経済安全保障調査委員会の報告書)。このところ米政府・議会方面から、中国の軍拡のペースが速まっていることに警戒を促す声が相次いでいる。一方、専門家からは「中国が台湾を統一できるほどの能力は備えていない」(松田康博・東京大学教授)、「中国軍には、台湾を長期間制圧し続ける規模の大部隊を台湾海峡を越えて送り込む能力がそもそもない」(自衛隊情報部局OB)といった見方も聞かれる。

見方のずれが生じる理由は、さまざまな面で米中が非対称な存在であることを考えれば理解できる。第1に政治体制の違いがある。米国は民主主義国家であり、政府が必要な国防予算を議会に認めてもらうためには、実態はともかくとして「米国は劣勢に立っている」と訴えることが効果的な手段となる。

一党独裁の中国では、共産党政権は随意に国防予算を組み、軍備増強を進められる。ただ選挙を通じて政権の正統性が保証されていない「弱み」があり、米国との競争で劣勢に立てば大衆、特に大国意識を強める中年以下の世代の不満をかわせなくなったり共産党内の権力闘争を誘発したりしかねない。従って米国とは正反対に、実態よりも軍事的に強いふりをしたがる傾向がある。

奇妙な相互依存

「米国は劣勢にあり、中国軍が台湾に侵攻する危険性がある」といった内容の報告書が米国で出ることは、国防予算を獲得したい米国防総省にとっても、中国共産党政権にとってもプラスに働く。両者は、奇妙な相互依存関係とも言えるのだ。

 米メリーランド州の基地で任務に当たるサイバー軍兵士(4月)=同軍提供・共同

政治体制の違いは、「軍事力の誇示の仕方の違い」という第2の非対称さを生む。米軍には「隠し玉の兵器」を実戦まで表に出さない癖のようなものがある。1991年の湾岸戦争は、巡航ミサイルやスマート爆弾など米軍の精密誘導兵器群に注目が集まったが、実は隠し玉は、世界初とも言えるサイバー攻撃だった。米軍は対イラク開戦のタイミングでイラク軍幹部のコンピューターに投降を促すメッセージを送り込み、激しく揺さぶる心理作戦を展開した。

2011年に国際テロ組織アルカイダのウサマ・ビンラディン容疑者を米特殊部隊が殺害した時、存在がまったく知られていなかったステルス・ヘリコプターを投入したことが後に判明した。ロシア軍が最近、人工衛星の破壊実験をした背景には衛星破壊能力で先行する米軍を何とか軍備管理枠組みに引き入れ、能力格差が広がることを回避したいという悲痛な思惑がある。

一方、中国軍には、まだ完成前の兵器をあたかも完成したかのようにみせかける傾向が認められる。中国軍が、動く標的である空母を高速で直撃・破壊する「対艦弾道ミサイル」の配備を始めたと対外的に発信し始めたのは10年代初めだった。ただ対艦弾道ミサイルを巡っては、中国軍は10年を経た今もなお実験を続けており、少なくとも最近10年間は多分に虚勢を張っていたことがわかる。

米軍もこうした実態を承知で自らの国防予算増額の手段として「中国軍の対艦弾道ミサイルにおびえてみせるポーズ」をとっていた可能性があるのだ。同様のことが、最近の中国の極超音速ミサイルの開発をめぐる米国の反応にも言えそうだ。

2つの非対称さを合わせて考えると、米軍は言われているほど弱くなく、逆に中国軍は装っているほど強くない、とみるのが妥当と言える。米中双方の公式発表をうのみにして、双方から誘導されてしまわないように心がける姿勢が求められるだろう。

戦争で及ぶ影響

米中軍事対立の今後を占ううえで極めて重要になるのが、第3の非対称さ、すなわち「戦争になってしまった場合の影響の及び方」だ。仮に中国軍が台湾を侵攻し占領しえたとした場合、米国では責任論が生じ政権交代に至るにしても、大統領と議会を軸にした米国建国以来の民主主義体制が変わることはないだろう。もし中国が多大な犠牲を出した末に台湾侵攻など戦争目的の達成に失敗すれば、既に顕在化しているさまざまな社会の矛盾と相まって民心が急速に離れ、共産党政権そのものが崩壊に至る恐れが出てくる。

米国では長らく、「中国が経済的に発展すれば、次第に民主化するだろう」との楽観論が支配的だった。こうした見方が裏切られたことがわかると、トランプ前政権のころから、中国製ハイテク機器の排除や少数民族の人権問題をめぐる非難といった動きが超党派で加速し始めた。印象的だったのは、当時のポンペオ国務長官の発言の中に「中国の共産主義者(チャイニーズ・コミュニスト)」という物言いが目立ったことだった。「問題は中国そのものではなく、支配している共産党政権という集団にある。同政権を瓦解に追い込まねば、中国との平和共存はありえない」という含意が感じられた。

 オンライン協議に臨むバイデン米大統領㊧と中国の習近平国家主席(北京、11月)=新華社・共同

米側の意図を察したのであろう。習近平(シー・ジンピン)政権は21年に入って「政権転覆を企てないことを確約せよ」と外交接触を通じ米国に要求した。バイデン政権が要求を形式上受け入れた結果、11月16日(米東部時間15日)の米中首脳オンライン協議の実現にこぎつけた。

こうして米中軍事対立がさまざまな非対称さでかたちづくられていることを考えると、対立が衝突に至るか否かはかなりの部分、中国共産党政権が内在する「弱さ」をどこまで自覚して軽々と台湾侵攻などに踏み切らないよう自制できるかどうかにかかっていることがわかる。逆に習政権の長期化に伴い体制にとって不都合な情報が上がりにくくなったり、習氏の判断力に鈍さが出てきたりすれば共産党政権は自制力を失い、非対称な米中軍事対立はより厳しい方向に向かう恐れがある。

日本としてはどう対応する必要があるのか。「弱ぶる米国」と「強がる中国」のどちらにも誘導されることなく、実態に即した防衛面、非軍事面など各種の備えを着実に積んでいくしかないだろう。』