極秘文書から見えた 新しい“山本五十六”

極秘文書から見えた 新しい“山本五十六”
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20211203/k10013366201000.html?utm_int=news_contents_tokushu_001

 ※ 感想を言わせてもらえば、そういう「偉人伝」は、いくら読んでも、あまり役には立たないと思う…。

 ※ それよりも、「今現在の情勢分析」の精度を上げることの方が、ずっと大事だと思う…。

 ※ 山本五十六は、もういない…。

 ※ 彼の頭脳は、失われて、もう戻っては来ない…。

『その結果明らかになったのは、太平洋戦争が始まる7年前に、山本五十六が携わったある外交交渉の舞台裏でした。

当時、世界では第一次世界大戦の反省から、各国が保有する軍艦の数を制限する条約を締結。

ところが日本は、アメリカやイギリスより持てる軍艦の数が少なかったために、「国家の威信に関わる」として、「条約破棄も辞さない」強気の姿勢を示していました。
特集ドラマ「倫敦ノ山本五十六」より ロンドン軍縮会議予備交渉
そうしたなかで、1934(昭和9)年、ロンドンで行われたのが軍縮会議の予備交渉。

その海軍代表を命じられたのが、世界に名前が知られる前の山本五十六だったのです。

今回見つかった資料には、山本五十六がどんな言葉で交渉を進めたのか、つぶさに記されていました。
一言一句が明らかになるのは初めてのことです。』

『意外なことに、山本がアメリカやイギリスに対して、あわよくば妥協案を出して歩み寄ろうとしていたことがわかってきました。

山本は日本海軍の代表でありながら、いったいなぜ、その方針とは異なる行動をとろうとしていたのでしょうか。』

『「備忘録」のなかで私たちが最も注目したのは、“心構”と題されたメモ書き。
山本五十六が軍縮交渉に臨むにあたって、心に決めた7つのことが列挙されていました。

「日本の根本主張は曲げない」というあくまで日本の主張を重視する姿勢。
と、同時に「できる限り協調する」として、英米と協調することの大切さも記していました。

そして、“心構”の最後に書かれていたのは「自分の責任感」という言葉でした。
国家の命運、そして国民の命を背負う責任感。

交渉の進め方次第では、日本という国の運命が、大きく変わってしまうと考えていたのではないかと感じさせる言葉でした。

組織の一員としての任務を背負いながら、心に抱える自分自身の信念を密かに記した“心構”。

遺族はそこに伝わる思いを感じ取り、丁寧に装丁し、長年手元に置き続けてきたといいます。

研究者たちもはじめて触れる、山本五十六の等身大の心情でした。

防衛大学校名誉教授 田中宏巳さん

「日本の国際的な立場を少しでも良くするところまで、考えたうえでの行動を取っていることが見てとれる第一級史料。これまでの見方を変えなければならないかと思う」

『しかし、山本五十六の思いとは裏腹に、軍縮交渉は、最後まで日本と英米の溝が埋まることはなく決裂。

日本は2年後、正式に軍縮体制から脱退し、国際的孤立をさらに深めていくことになります。』