変容する米軍の運用体制とパンデミック:日米同盟への影響

※ これも、あまり「クローズアップ」されていないが、今般のコロナ騒ぎは、一時、米軍の「世界展開能力」に対する「疑問符」の問題も招来させた…。

※ なにしろ、空母を含む軍艦は、典型的な「密閉空間」だからな…。ダイプリ騒動でも露わになったように、「軍艦」というものは、「感染症」には、思いのほか「脆弱」だということを、まざまざと示したわけだ…。

※ 米軍の兵員は、早い段階から「ワクチン接種」体制取って、感染症対策に遺漏なきように、最大限の対策を取ったにも関わらずだ…。

※ 米海軍の「空母10隻体制」及びそれに付随する「打撃群」体制こそが、「世界中に戦力を投射できる力(ちから)」の源泉だ…。それこそが、「パクス・アメリカーナ」を支えている…。ここが揺らぐと、「米国の世界支配」システムが揺らいで来る…。

国問研戦略コメント(2020-8)
変容する米軍の運用体制とパンデミック:日米同盟への影響
2020-04-30
小谷哲男(明海大学教授/日本国際問題研究所主任研究員)
https://www.jiia.or.jp/strategic_comment/2020-8.html

『「われわれは戦争状態になく、水兵たちが死ぬ必要はない」――3月に洋上任務中の艦内で新型コロナウイルスの感染が広がった米空母セオドア・ルーズベルトの艦長は、海軍上層部に宛てた異例の書簡でこのように述べ、乗組員の上陸と感染者の隔離を求めた。米海軍は機微な情報を含む書簡を不必要に拡散したとしてこの艦長を解任したが、その後艦長を含めた900名以上の乗組員の感染が確認され、1名の死亡者が出ている。その間、解任された艦長を不適切な形で批判した海軍長官代行も辞任に追い込まれ、新型肺炎のパンデミックが起こる中で、軍の指揮統制とリーダーシップのあり方に一石が投じられた1。

新型コロナウイルスの感染拡大は、米軍が導入する新たな運用体制にも影響を与えるかもしれない。中ロとの大国間競争を追求するため、トランプ政権が2018年に策定した国防戦略は、従来の定期的なローテーションに基づく戦力展開ではなく、戦略的には予測可能だが、作戦上は予測不可能な「動的戦力運用」(Dynamic Force Employment:DFE)を打ち出した2。DFEは、従来のルーチン化された米軍の運用を廃止し、戦力の即応能力を高めることを重視している。つまり、米軍はDFEによって、必要に応じて”神出鬼没”な形で戦力を運用し、潜在的敵国の戦略目標や軍事計画を無効とする一方、米国に有利な状況を生み出すことを目指しているのである3。しかし、集団行動を原則とする軍では、感染症のクラスターが発生しやすい。第一次世界大戦中に流行したスペイン風邪は、1年間に3度にわたって米軍を襲い、即応能力を低下させた4。新型肺炎に関しても、少なくともワクチンと治療薬が開発されるまで、即応能力の維持は米軍にとって大きな課題となる。

DFEは、主に空母打撃群のより効率的な運用を念頭に置いている。しかし、新型コロナウイルスによって、すでに空母の運用に支障が出ている。セオドア・ルーズベルトは現在グアムに停泊しているが、乗組員約4800人のうち4000人が陸上で隔離されており、任務復帰の目処は立っていない。加えて、米西海岸に配備されているニミッツとカール・ビンソン、そして横須賀に配備されているドナルド・レーガンの3隻の空母でも、乗組員の感染が確認されている。セオドア・ルーズベルトが作戦遂行不能になったため、現時点において太平洋で作戦任務についている空母は皆無である5。6月までにレーガンが西太平洋での定期的なパトロール任務に就く予定であるが、それまでにニミッツがセオドア・ルーズベルトの代理として西太平洋に向かえるかどうかが、DFEの当面の課題となる。ニミッツは、乗組員を2週間艦内で隔離し、全員が陰性であることを確認した上で、4月27日に展開に向けた最終訓練を開始した。

DFEが導入される背景には、作戦期間の長期化に起因する米空母の稼働率の低下が指摘できる6。米海軍は、36か月を1周期とする艦船の運用を行っており、最初の16か月をメンテナンスと訓練に、次の7か月を作戦展開に、そして残りの13か月を必要に応じて展開(surge)するための待機期間(sustainment training)としている。しかし、中東での対テロ戦争やイスラム国掃討作戦が長引いたことに加え、中国の海洋進出や北朝鮮による挑発に対応するため、空母打撃群の作戦展開期間は7〜9か月に及ぶことが常態化した。その結果、十分なメンテナンスが行えず、そのまま作戦を行うと、その後のメンテナンスに必要以上に時間がかかるという悪循環が繰り返されてきた。たとえば、空母ドワイト・アイゼンハワーは、2017年8月に6か月の予定でメンテナンスに入ったが、実際の作業には18か月かかった7。DFEは空母の展開期間の削減につながり、メンテナンスと訓練期間の十分な確保と、即応能力の向上につながることが期待される。

しかし、米空母の稼働率が下がっているのは、メンテナンスの予算と能力が十分でないことも影響している8。加えて、新型コロナウイルスの感染拡大を阻止するために米国の経済活動が停止される中、民間企業のメンテナンス能力や造船能力、さらには国防産業基盤の維持が困難になる懸念が高まっている9。国防関連企業は重要インフラと位置づけられ、休業の対象とはなっていないが、実際には経済の停滞による業績悪化とサプライチェーンの停滞は不可避とみられている10。このため、新型肺炎のパンデミックによって、空母だけでなく、核抑止の柱の1つである戦略ミサイル原子力潜水艦を含めた、米軍全体の即応能力の維持が長期的にさらに難しくなるかもしれない。

各国がパンデミック対応に忙殺され、太平洋で作戦を行える米空母が皆無となる中、中国が空母を東シナ海から太平洋、そして南シナ海に展開したため、周辺国への強硬姿勢を強めることへの懸念が高まっている11。しかし、これまでのところ、中国の行動は感染拡大の前後で大きく変わっていない。中国の空母が春に太平洋に出るのはここ数年繰り返されてきた動きである12。また、尖閣諸島周辺の中国政府公船の数は、昨年の同時期と比べれば倍増したが、その傾向は昨年4月以降から続いているものであり、領海侵入の頻度に変化はない13。航空自衛隊による中国機への緊急発進回数も、昨年の同時期と比べてほぼ同じである14。2月に中国海軍の艦船がフィリピン海軍の艦船に射撃管制レーダーを照射し、3月には中国政府公船がベトナムの漁船を沈没させたが、これらの国際ルールに違反する行動もパンデミック以前から繰り返されてきたことである。

2月に中国機が台湾海峡の中間線を越えて飛行したことや、4月に南シナ海に新たな行政区を設定したことは、新型コロナウイルスの感染拡大に乗じた動きともいえる。また、いち早くコロナウイルスへとの闘いでの「勝利」を宣言した中国は、「マスク外交」を通じた支援を国際社会に表明する一方で、コロナウイルスに関する偽情報を欧米で流布するなど、各国のパンデミック対応を妨害している15。これら一連の行動が示すのは、パンデミックの最中であっても、中国は自らに有利な国際環境の形成を続けるということである。その一方で、中国は偵察活動(probing)を通じて、パンデミックにおける周辺国の対応や米軍の即応能力を常に試しつつ、その長期的な影響を見極めようとするであろう。仮に、米軍の中でさらに感染が拡大し、米国の防衛産業基盤も十分なメンテナンスを提供できなくなった結果、米軍の即応能力の低下にともなって力の真空が発生したと判断した中国が、尖閣諸島や南沙諸島、さらには台湾に対して、力に基づく現状変更を行う可能性が高まることが懸念される。

このため、DFEの導入によって、米軍が今後も即応体制を維持できるかどうかは、地域の平和と安定にとって重要な要素となる。太平洋で空母が不在の間も、米軍はF-35を搭載した強襲揚陸艦を中心とする遠征打撃群を東シナ海や南シナ海に展開して、日豪などの同盟国と合同訓練を行い、沿岸戦闘艦によるパトロールも南シナ海で行っている。また、米軍は台湾海峡への艦船の派遣も継続しており、4月には中間線を越えて中国側を航行した。これらに加えて、ニミッツがDFEの下で西太平洋に急派されれば、力の真空の発生は当面回避できるであろう。さらに、米空軍も、16年間続けられてきたグアムへの爆撃機の常時配備をとり止め、米本土からの不定期な運用に切り替えた。実際に、グアムからの撤収直後に、米本土から西太平洋に飛来した爆撃機が、航空自衛隊と共同訓練を行っている16。これは米空軍によるDFEの実践例である。

では、米軍のDFEは、日米同盟にどのような影響を与えるであろうか。在日米軍は前方展開戦力として極めて高い即応能力を有しており、日本と地域の安全保障にとって重要な役割を果たしている。在日米軍はハワイや米本土からの増援を受け入れることでさらなる能力を発揮することができるが、中国との大国間競争を追求するため、DFEの下で米インド太平洋軍には優先的に能力の高い戦力が振り分けられることが期待される。また、DFEによって米本土からの戦力の展開を予測することが難しくなれば、日米の合同演習の準備にかけられる時間も短くなるため、自衛隊にも即応能力の向上が求められることになる。このように、DFEによって同盟協力のさらなる深化の機会がもたらされることが期待できる。

一方、即応能力を重視するDFEは、前方プレゼンスの削減につながる可能性がある。その結果、米軍の平時のプレゼンス作戦が縮小されるとすれば、日本を含めた同盟国にとって懸念材料となり得る17。つまり、トランプ大統領が米国第一主義を押し進める中、同盟国も中国も、DFEによる米軍のプレゼンスの削減を、米国が世界から撤退していくシグナルと誤解する可能性があるのである。そうなれば、地域の安定にとってはマイナスになる。また、ペンタゴンでは、空母を2隻削減する一方、多くの無人化または省人化された小型の戦闘艦を導入することが検討されているという18。これはDFEで空母を運用することが前提となっているが、小型艦によるプレゼンス強化には限界がある一方、空母の削減によって米軍のパワープロジェクション能力の低下につながる可能性がある。

加えて、新型コロナウイルスの影響で、米軍のプレゼンスがさらに低下することも考えられる。すでに、米韓および米比では合同軍事演習が延期または中止となっており、日米でも同様の措置が必要となる可能性は否定できない。また、セオドア・ルーズベルトでの感染拡大の原因は不明だが、ベトナムへの寄港がきっかけになった可能性が指摘されているため、友好国との連携の強化のための戦略的な寄港など、安全保障協力活動が縮小することも避けられない。さらに、艦内での感染症の拡大防止の観点から、すでにふれた空母を削減して無人の小型艦を導入することがさらに検討されることになるであろう。

抑止を維持する上で、プレゼンスと即応能力は本質的にトレードオフの関係にある。DFEがこのジレンマに最適なバランスをもたらすことができるのか、さらに目下のパンデミックがその最適解を求める上でどのような影響を及ぼすのか。これらは、今後の日本と地域の安全保障を考える上で重要な課題である。感染症拡大のために、米国と同盟国の間の戦略対話も停滞しているが、米軍の新たな運用体制とパンデミックの影響に関する真剣な対話を早急に始める必要がある。同盟国間に社会的距離があってはならないのである。』