中国「抑止」へ軸足移す米政権

中国「抑止」へ軸足移す米政権 ライオネル・バーバー氏
英フィナンシャル・タイムズ前編集長
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD2444I0U1A121C2000000/

『「米国は力を失い、衰退の道にある」と中国が吹聴することは、バイデン米政権を挑発するのに一番効果的だ。米側は、バイデン大統領の健康状態は引き続き良好だと言い返す程度では腹の虫が治まらないだろう。

英フィナンシャル・タイムズ前編集長のライオネル・バーバー氏

米国はアフガニスタンからの米軍部隊の撤収に続き、イラクからも戦闘部隊を撤収する方針を示す。国内では政治的分断に苦しみ続けている。一方、中国の習近平(シー・ジンピン)国家主席は、中国共産党の重要会議、第19期中央委員会第6回全体会議(6中全会)を終え権力基盤を固めた。自らを毛沢東と鄧小平に並ぶ歴史的指導者と位置づけたところだ。

オーストラリア元首相のケビン・ラッド氏は、米紙ウォール・ストリート・ジャーナルへの寄稿で「習氏に対する批判は党、ひいては中国への攻撃に他ならない」と指摘した。「習氏は自らを政治的にアンタッチャブルな存在とした」とみる。

バイデン政権の国家安全保障チームは、米国がまだ超大国として、特にアジアで同盟国との約束を守る意思と能力があると中国に見せつけたいようだ。米国は、中国の台頭を邪魔したがっているという中国側の見方を否定しているようだが、仮に見られても構わないという態度を示す。

米中首脳による16日(米東部時間15日)のオンライン協議では、習氏とバイデン氏が対立の激化を避けるために和やかな雰囲気を演出しようとした。しかし習氏は、台湾を巡る米国の「火遊び」に警告を発した。核問題などに関する戦略的安定対話を続ける方針で一致したとはいえ、衝突回避の「ガードレール」確立には至らなかった。

中国は7月、音速の5倍にあたるスピードで飛行する極超音速兵器の発射実験を実施した。米軍制服組トップのミリー統合参謀本部議長は中国の極超音速兵器の開発について、旧ソ連が1957年に世界初の人工衛星「スプートニク1号」を打ち上げた衝撃に「とても近い」と述べた。

こうした動きを踏まえ、バイデン政権は、中国を積極的に「抑止」する政策へと軸足を移している様子だ。ただ、第2次大戦後の旧ソ連を対象とした「封じ込め」政策ほどの威力はないだろう。旧ソ連封じ込めは、米国を含む北大西洋条約機構(NATO)加盟国への攻撃は、NATO全体への攻撃とみなすものだ。

米国は約40年にわたり、台湾防衛の意思を明確にしない「戦略的曖昧さ」と呼ばれる政策をとってきた。だが、バイデン氏は少しずつではあるが着実に、台湾を防衛する方向へと政策を緩めつつある。危険な綱渡りだ。

中国の抑止に力を入れる動きは、アジア太平洋の安全保障の体制によっても補強される。米英豪で立ち上げた安保の枠組み「AUKUS(オーカス)」を通じ、米国は英国の協力を得て、豪への原子力潜水艦の技術供与を決めた。

中国共産党系メディアの環球時報の胡錫進編集長は「道理をわきまえない豪を必要な時に戒められるよう、中国が鉄拳を準備しておくべきではないか」という趣旨の考えを示す。中国のベテラン外交官によると、中国メディアの間で「勝利至上主義」のムードがかき立てられ、中国指導部も手に負えなくなっている。

米国では、税制や財政支出、保守とリベラルの対立などを巡る政治的分断が起きている。だが分断にもかかわらず、全世界で米国が握る軍事・技術上の覇権を最も脅かしているのは中国だという、超党派的な共通認識がある。バイデン政権の行動は共通認識に沿ったものだ。

バイデン氏がトランプ前大統領から受け継いだのは、中国に関する見方であり、中国の脅威への具体的な対応策ではない。中国共産党の影響力を弱めたり、内政に干渉したりする発想は放棄したといえそうだ。米国は、同盟とのネットワーク構築を通じた現状維持と自らの戦略的地位の確保を目指す。

米ソは冷戦時、緊張を帯びるベルリンなどの地点や中米、アフリカ、東南アジアでの紛争を抱えた。しかし米ソの衝突抑止の方針により、両国の直接的な戦闘や核戦争には進まなかった。現状でせいぜい望めるのは、米中関係が膠着状態に陥ることだ。』