「人の命を武器に」 ベラルーシがEUに送る不法移民

「人の命を武器に」 ベラルーシがEUに送る不法移民
モスクワ支局 石川陽平
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR235AS0T21C21A0000000/

『旧ソ連のベラルーシから隣り合う欧州連合(EU)諸国へ向かう大量の不法移民が5月以降、歩いて国境を越え、地域情勢を揺るがしている。バルト諸国の1つ、リトアニアの現場を訪れ、実情を探った。

増設された難民受け入れセンター

10月20日、リトアニア中部のルクラに設けられた移民の収容施設には9月に増設されたばかりだという青いコンテナ・ハウスが何十軒もひしめくように立ち並んでいた。柵で仕切られた敷地では子どもたちがサッカーボールを追い、それを大人たちがうつろな目で見つめている。

収容施設はリトアニア政府が設けている難民受け入れセンターだ。家族連れや障害を持つ不法移民ら700人以上が収容されていた。イラクからの移民が大半を占め、シリアやアフガニスタン、アフリカ大陸などの出身者もいる。学校に通えなくなった子どもたちには教育プログラムを提供しているという。

国境警備局によると、リトアニア国内ではベラルーシ国境を越えてきたこうした不法移民が10月時点で約3600人いた。各地に収容された彼らは、施設の柵の外に出ることは許されない。

「国境近くで置いて行かれた」

「我々はこの先はどうなるのか…。とてもつらい」。ルクラの施設で会ったシリア出身の男性(37)は悲嘆に暮れた表情でこう語った。この夏、手配業者にお金を払って息子と航空機でロシアに到着した後、ベラルーシに来た。「国境近くに連れて来られ、置いて行かれた」という。国境を越えると、たちまちリトアニアの警備当局に拘束された。

別の収容施設では、高いフェンスで仕切られた敷地内で、イラク人のヘイダル(20)さんが友人たちと、することもなく日なたぼっこをしていた。「家族とここで70日間ほど暮らしている。お金はない、たばこは吸えない。監獄みたいだ」とこぼす。1人2000ドル(約22万円)を手配業者に払い、イラクからベラルーシへのビザや航空券などを入手してもらったという。

ベラルーシとの国境を越えてやって来る不法移民は5月から急増した。2020年には年間で83人だったこうした移民の数が21年10月までに4000人を超えた。現在は警備の強化などにより減少しているものの、国境地帯は緊張が続く。
10月14日、ベラルーシとの国境地帯でポーランドの国境警備隊に取り囲まれたイラクからの不法移民=ロイター

「欧州に簡単に行けます」。彼らの多くはまず、インターネットでこうした広告を見つける。戦争や紛争による混乱や貧困、犯罪、宗教的迫害を逃れ、「欧州で暮らしたい」と決心をする。広告の主はルカシェンコ政権とつながりがあり、観光業者などを装った手配業者とみられる。

移民の希望者は1人2000~4500ドルほどを支払う。定期便やチャーター便でベラルーシの首都ミンスクまで来て、バスやタクシーで国境地域に連れて来られる。バスはベラルーシ政府当局の護衛が付くこともあるという。フェンスがないところや乗り越えられそうな地点を見つけて、手荷物だけ持って身を潜めるように国境を越える。

リトアニア南部の深い森に覆われた国境地帯を訪れると、高さ2メートルほどの白いフェンスがベラルーシ領との境界線に沿って続いていた。黄色の看板が立てられ、「(帯状に続く国境地域への)立ち入りには国境警備局の許可が必要」との警告が書かれている。そこかしこに設置された監視カメラが目を光らせる。同行した現地の案内人が実際にフェンスに近づくと、数分で警備当局の車が飛んできた。

移民急増と重なるベラルーシ政権の動き

不法移民が急増した時期は、ベラルーシの独裁的なルカシェンコ政権が5月に独立系メディアの編集者を逮捕した旅客機の強制着陸事件の発生時とほぼ重なる。同国上空を通過中の旅客機を戦闘機を使って強制着陸させ、政権を批判していた編集者を拘束した。政権は欧米から厳しい批判を浴び、制裁を受けた。
ビリニュスで日本経済新聞の取材に応じたリトアニア国境警備局のルスタマス・リュバエワス司令官

リトアニア国境警備局トップのルスタマス・リュバエワス司令官は日本経済新聞の取材に「不法移民の流れはとてもよく組織されている」と指摘し、ルカシェンコ政権の関与を示す証拠はいくらでもあると語った。

関与しているとみられるのはベラルーシの国境警備当局だけではない。治安機関の国家保安委員会(KGB)や内務省系の様々な組織がかかわっているという。犯罪グループも深く関与し、ロシアの治安機関が「指示や助言をしているようだ」とも示唆する。

「人間の命を武器にしている」。リュバエワス司令官は憤りを隠さない。ルカシェンコ政権の目的は、隣り合うEU諸国の情勢を不安定にし、政権に厳しい制裁を科しているEUに揺さぶりをかけることにあると断言する。

不法移民の組織化はEUへの「攻撃」だけでなく、政権内の汚職の側面もある。ルカシェンコ大統領自身の指示で行われているとみられ、移民希望者が支払う資金は治安機関や政権に近い組織に流れ込んでいる可能性が高い。

「欧州最後の独裁者」と呼ばれるルカシェンコ氏は20年8月の大統領選で6選を果たした。だが、大統領選の直後から政権による不正を批判する大規模な抗議デモが続いた。年末までに反政権デモを武力でようやく鎮圧し、数多くの反体制派の活動家を弾圧したり、事実上の国外追放にしたりした。

国民の強い反発にもかかわらずルカシェンコ氏がいまも独裁的な権力を維持できているのは、KGBなど強力な治安機関を持っているからだ。「不法移民ビジネス」はそうした政権内の組織に少なからぬ資金をもたらし、同氏への忠誠を保たせることにも役立っているようだ。
隣国は「非常事態」と警備を強化

不法移民はリトアニアだけでなくポーランドやラトビアにも向かった。ベラルーシと国境を接する3カ国は相次ぎ「非常事態」を宣言し、国境のフェンス増設や警備の人員増強などEUの協力も受けて対策を急いだ。

隣国だけではなくEU全体の問題だとの認識が広がる。10月18日には、EU外相理事会が「政治的目的のために移民を利用することは受け入れられない」として、ベラルーシへの追加制裁の検討に入った。
10月14日、ベラルーシとの国境地帯でポーランドの国境警備隊に取り囲まれたイラク人女性と子どもたち=ロイター

確かにルカシェンコ政権には大きな責任があるが、もう一つ深刻な原因がある。

「もうイラクには帰りたくない。あの国は終わりだ」。ヘイダルさんは吐き捨てるように言った。米国を中心とした有志連合が2003年にフセイン政権を崩壊させたイラク戦争以降、国内情勢は混迷を続け、テロや少数派への迫害が広がった。

リトアニアで会った「不法移民」と呼ばれる人々は「家族の安全と仕事がほしい」「貧困から抜け出したい」と口々に語っていた。彼らが母国でふつうの日常が送れるように根本的な対策が講じられない限り、欧州へと駆り立てられるように向かう人々の絶望的な衝動を抑え込むことは難しい。

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