中国に政策不況の兆し、微調整迫られる「共同富裕」

中国に政策不況の兆し、微調整迫られる「共同富裕」
編集委員 中沢克二
https://www.nikkei.com/article/DGXZQODK3029O0Q1A031C2000000/

『統計数字から次々と明らかになる中国の景況悪化を受けて、分配を重視する共同富裕(みんなが豊かに)に急傾斜した国家主席の習近平(シー・ジンピン)の路線が逆風にさらされている。

「10年前、話題だった重慶と広東の両トップによる『ケーキ論争』に通じるキーワードが(匿名の重要人物を指す)『権威人士』への取材記事に登場した意味を考えるべきだ。内部で共同富裕の進め方を巡って激論があった証拠である」。中国の経済政策をよく知る事情通が指摘する。

その記事とは10月24日、国営通信の新華社が配信した「権威部門、権威人士が焦点の十大経済問題に答える」と題した文章だ。

共同富裕はみんなで大釜の飯を食べる平等主義ではない。富む者をたたき、貧者を救う政策というのも誤解だ。それは実態を踏まえて漸進的に進める長期目標である。長文の原稿を要約すると政策不況の足音におびえる経済界、市場になんとか安心感を与えようとするメッセージであることが分かる。

「権威人士」こと劉鶴副首相の苦悩

「権威人士」とは誰か。それは容易に推測できる。習近平の側近で経済ブレーンの副首相、劉鶴(リュウ・ハァ)である。5年前に前例があった。共産党機関紙、人民日報の1面に権威人士が登場し、無理な景気テコ入れはバブルを生み、その崩壊で大変な事態になると一喝したのだ。

2019年3月、北京で政治協商会議の閉幕式に臨む習近平国家主席㊨と劉鶴副首相=横沢太郎撮影

首相の李克強(リー・クォーチャン)が率いる国務院(政府)の経済政策をあからさまに批判する異例の記事は、マクロ経済政策も劉鶴を通じて習自身がコントロールする権力集中を象徴していた。後に中国メディアも認めた劉鶴による「L字経済」論文である。

10月18日発表の7~9月期成長率は4.9%と予想を超える大幅減速だった。続いて明らかになった10月の製造業景気指数もコロナ禍が直撃した2020年2月以来、1年8カ月ぶりの悪さに。ただごとではない変調である。

政権中枢には、成長率発表の10日ほど前に事前報告がある。関係筋によると、急変に衝撃を受けた最高指導部はひそかに緊急会議を招集して善後策を話し合ったという。警鐘を鳴らす声があがったのは想像に難くない。李克強は各地の電力不足、苦境の中小企業対策に四苦八苦し、筆頭副首相で不動産税制改革も担う韓正(ハン・ジョン)も住宅市場の異変を察知していた。

地ならしに腐心していたのは劉鶴だ。習の意向に沿って共同富裕路線へ急速にカジを切った責任者だが、さすがに最近の経済異変は捨て置けなかった。民間企業家まで意欲を失いかねない政策を今後も強引に続ければ経済は立ち行かなくなる。やがてその責任が、全てを仕切ってきた習自身に及び、最も重要な22年の共産党大会での一段の権威確立にまで影響しかねない。

習としても信頼する劉鶴が苦悩の末、新たな説明を用意した以上、大局を重んじるわずかな妥協なら容認するしかない。一連の議論を経た各方面の妥協がにじむ説明が新華社の原稿だった。話し手を、単独の権威人士ではなく、あえて「権威部門と権威人士」としたのも意味がある。李克強が仕切る国務院各部門も納得できる広範な説明になっているのだ。5年前と違って劉鶴は守勢に回っている。

習近平国家主席㊧と李克強首相(2018年3月、北京)

劉鶴は10月21日、国際的な大問題となっていた不動産大手、中国恒大集団の債務危機を念頭にメッセージを発した。「不動産市場の個別問題のリスクは制御可能で、合理的な資金需要は満たされつつある。不動産市場の健全な発展という基調は変わらない」。猶予期限が切れる恒大の米ドル債の利息送金が伝えられたのはこの直後だ。同じ21日、李克強は中小零細企業への支援強化を打ち出した。

10年前の「薄熙来・汪洋ケーキ論争」再び

ここで読み解きが必要なのが、新華社原稿がわざわざ見出しを立てた「ケーキ論争」である。「ケーキを大きくする」と「ケーキを平等に分ける」をどう考えて、共同富裕を実現するのか。確かに難しい問いだ。

2012年3月に失脚した薄熙来元重慶市党委員会書記

10年前、共産党大会を前に大きな話題になった経済成長の成果を意味するケーキの分け方論争は、中国の権力闘争と関わりが深い。当時の論争の主役は、重慶市トップだった薄熙来(無期懲役で服役中)。そして広東省トップだった現在の全国政治協商会議主席、汪洋(ワン・ヤン)だ。

薄熙来は、格差社会と拝金主義への民衆の不満に配慮し、直ちにケーキを公平に分けるべきだと主張した。これに異を唱えた汪洋は、まずケーキ全体を大きくしてから、貧しい層を底上げしなければ失敗すると訴えた。

いきり立った薄熙来は「改革・開放の目的は少数を豊かにすることではない。ケーキを大きくしてから分けるのでは大衆は積極性を失う」と猛反論し、重慶の共産党委員会はトップの主張に沿った「共同富裕の促進」に関する決議を採択した。まるで習指導部の路線転換を先取りした動きだ。

しかも、このケーキ論争が勃発した11年は、習近平がトップに就く第18回共産党大会の前年だ。今年は習が異例の3期目を狙う第20回党大会の前年に当たる。緊迫した政治環境はまさに10年前と似ている。共同富裕に舵(かじ)を切った先駆者、薄熙来は政変を画策したなどとして失脚し、共産党や毛沢東を礼賛する「紅い歌」を歌う重慶の運動も葬られた。そして今、共同富裕が主流派の政策として脚光を浴びている。不思議な巡り合わせである。

今回、新華社の原稿が示した妥協点は「共同富裕を実現するには、まずケーキを大きくするのが前提で、必要条件となる。そしてケーキを平等に分ける過程でミドルクラスの比重を上げ、低収入群の収入を増やし、高収入を合理的に調整する」というものだった。

わかりにくい玉虫色の表現だ。ケーキを大きくするのと、平等に分けるのが同時進行するかにみえる。ある中国の知識人は「まず(富裕層らに)平手打ちをくらわせてから、少しだけ甘いものを与える手法だ」と評する。

共同富裕を巡る論争はいまだ完全に終息していない。トップの政治判断一つで、ケーキを平等に分けるタイミングが決まる。習と距離がある勢力は、習・劉鶴サイドの譲歩を宣伝するが、まだまだもめる余地がある。

10年前の「ケーキ論争」の主役だった汪洋は、現在も最高指導部メンバーとして生き残っている。そして、鄧小平時代の先富論も反映している「まずケーキを大きくすべきだ」という主張も今回、脚光を浴びた。

2009年7月、外国メディアと記者会見した当時の汪洋広東省党委員会書記

「汪洋を来年以降も最高指導部に残してしかるべき地位に置くことで、企業や市場、国際社会に安心材料を与える選択肢はないのか」。中国政界の一部では最近、こうした見方もささやかれ始めた。汪洋と習の関係が決して悪くない点もこの推測の根拠になっている。人民大会堂でも衆人環視の中、2人が長々と話をする姿がよくみられた。

ジャック・マー氏が久々に出国した意味

最近の景況悪化を受けて指導部は経済界にもう一つ、サインを送った。アリババ集団の創業者、馬雲(ジャック・マー)が10月後半、突如として海外視察に出かけたのだ。アリババ傘下の香港紙によると、馬雲の視察地はスペインやオランダだ。20年秋、アリババ傘下のアント・グループの上場が延期されて以来、馬雲は海外渡航を制限されているとの見方があった。今回、当局はこれを解いた形になる。

アリババ集団の創業者、馬雲(ジャック・マー)氏(2019年5月、パリ)=ロイター

経済界の消息筋によると「締め付けによる悪影響を意識した指導部が、10月前半の擦り合わせを経て、中国ビジネス界に発した緊張緩和のシグナルだ」という。この緊張緩和が続くのか。それは今後も習近平の胸三寸で決まることは変わらない。(敬称略)

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中沢克二(なかざわ・かつじ)

1987年日本経済新聞社入社。98年から3年間、北京駐在。首相官邸キャップ、政治部次長、東日本大震災特別取材班総括デスクなど歴任。2012年から中国総局長として北京へ。現在、編集委員兼論説委員。14年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。』