豪原潜で激化する軍拡競争 J・スタブリディス氏 元米海軍大将

豪原潜で激化する軍拡競争 J・スタブリディス氏
元米海軍大将
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD184SU0Y1A011C2000000/

『オーストラリアがフランスと契約していたディーゼル潜水艦12隻の開発を撤回し、米英と協力して原子力潜水艦8隻を配備することは、アジアの地政学的・軍事的な勢力バランスの劇的な変化を示す。中国と豪州の間の緊張は高まった。フランスは憤まんやるかたなく、(英国を除く)欧州は米国からの軍事的・政治的独立の必要性を痛感しただろう。いずれインド、もしかしたら日本も米国の技術供与による原潜の導入を検討するかもしれない。

豪州の決定は、代償は伴うものの理解しやすい。まず太平洋の広大さだ。原潜は長期間潜行できるため、豪州から作戦海域までの距離の長さを考慮すれば、理にかなっている。同時に、米英の原子力技術に関わる機会と、仏潜水艦よりも高い戦闘能力が得られる。

James Stavridis 2009~13年北大西洋条約機構(NATO)欧州連合軍最高司令官。カーライル・グループ所属。

最も重要なのは、豪州が地政学的に米国と足並みをそろえることだ。西太平洋に配備される英国の空母打撃群と作戦を展開できるという利益も得られる。米英豪とカナダ、ニュージーランド(NZ)による機密情報共有の枠組み「ファイブ・アイズ」への長期的な賭けでもある。

豪州の潜水艦の正確な設計はまだわからないが、米国のロサンゼルス級原潜の技術を反映するならば極めて静かで、トマホークミサイルと魚雷を搭載できることになる。中国の潜水艦の活動を阻止し、豪州と同盟国などの間の海上交通路(シーレーン)を守り、米英の原潜や空母打撃群との協力も円滑にできるようになる。

フランスは猛反発した経緯もあり、しばらくの間、豪州や米国との関係に影響が及ぶだろう。太平洋に領土を持つフランスは、アフガニスタンでの米軍撤収なども含め、米国は信頼できないと主張する。欧州全般が腹を立てているのは、英語圏の国々がファイブ・アイズの枠組みの下で独立して行動し、貿易などについても拡大傾向を強めようとしているからだ。

米国は中国の南シナ海を巡る領有権問題から、中国通信機器大手の華為技術(ファーウェイ)の高速通信規格「5G」通信網などからの排除まで、欧州の協力を求める。しかし欧州は、太平洋で中国と対峙しようとする米国の願望をなかなか支持しなくなるだろう。

中国は予想通り反発し、海軍力などの軍拡競争について警告する。ただ、原潜を含めた中国の軍艦の造船計画は世界最大の規模とみられる。豪州の原潜を巡る選択が、(新型コロナウイルスの起源を巡る対立に伴う)中国による威嚇の結果であることを考えると、偽善的ともいえる。

日米豪印の枠組み「Quad(クアッド)」の一員である日印は、豪州の決定をどのように受け止め行動するか注目される。インドは原潜を保有するが、新しい豪州の原潜の能力には及ばないだろう。日本は原潜を持たない。日印とも米豪と同等になるため、潜水艦の原子力化を進める可能性はある。中国は太平洋を日米豪印に包囲されていると感じ、激怒するだろう。日米豪印の海軍力が台頭し、連携しようとするのは、中国にとって極めて憂慮すべきことだ。

中国にとって幸いなことに、インドはコストや技術面で、日本は法律上の懸念などから、核武装の課題の克服は難しいとみられる。とはいえ、今回の豪州のように原潜の保有国が拡大するかどうかは、太平洋における海軍力の軍拡競争がどれほど激しくなるかを決める重要な要素になるだろう。

関連英文はNikkei Asiaサイト(https://s.nikkei.com/3AQ76wv)に

中国、外交の柔軟性失う

中国の強硬姿勢がインド太平洋海域の軍拡競争の引き金になってしまった。豪州との対立もどこかで手打ちにしていれば、貿易や安保まで広がることはなかった。香港の民主化デモでも穏当な着地を探れば、英国との対立は先鋭化しなかった。そもそも中国が米英豪の英語圏と対立するのならば、日本とインドとの関係は良好にしておくべきだったが、領土を巡って日印との関係はむしろ悪化した。

中国が外交の柔軟性を失った原因は来秋の共産党大会にある。再任を狙う習近平(シー・ジンピン)総書記(国家主席)は大国外交を標榜してきた手前、外交で弱みを見せられない。習氏の独裁が強まるなか、周囲も忖度(そんたく)から強硬路線に合わせようとする。共産党統治といえども指導者の任期制限は必要かもしれない。(編集委員 村山宏)』