「夢」か「わな」か、東南アジアに広がる“中華鉄道”の終着点は

「夢」か「わな」か、東南アジアに広がる“中華鉄道”の終着点は
https://www.nishinippon.co.jp/item/n/778004/

『ラオス全土と中国をつなぐ初の本格鉄道が今年12月に完成する。資金の多くと技術を提供するのは中国。巨大経済圏構想「一帯一路」プロジェクトの一部であり、将来的にタイ、マレーシア、シンガポールまでを結ぶ構想の中で最初に実現する鉄路となる。経済だけでなく、地政学的にも大きな変化をもたらす東南アジアの“中華鉄道”の現状と将来を探る。

ラオス 悲願の「陸の結節点」12月完成へ着々

 「海に面していない国にとって鉄道は夢だった」。7月13日、ラオス国営テレビの番組に大物政治家が久しぶりに姿を見せた。「ラオス中国鉄道」実現の立役者とされる元副首相ソムサバット氏だ。

 番組のインタビューでは、鉄道建設について1970年代に旧ソ連に拒否されたものの、93年ごろ外相として訪れた中国から支援の同意を得たと紹介。その上でこう中国を持ち上げた。「新型コロナウイルス問題で建設が厳しい状況なのに、中国が素晴らしい努力をしている。他の国なら完成は2年遅れただろう」

 2016年12月に着工し、予定通り今年12月2日の建国記念日に完成する予定。首都ビエンチャンと北端ボーテンまでの全長422キロを時速160キロで走る。国内総生産の3割に当たる事業費約60億ドルのうち7割は中国政府や中国企業が担い、3割を負担するラオス政府分の大半も中国側の融資。事業会社の出資も7割を中国側が占め、列車や運行システムは中国製だ。ほぼ中国頼みのプロジェクトと言える。

 採算の厳しい運営が予想されるが、産業やインフラが乏しい「陸の孤島」から、物流や観光利用の「陸の結節点」に転換するというラオスの期待は大きい。その転換は、事業を担う中国の思惑とも合致する。

 中国でこの鉄道は、雲南省昆明市―ビエンチャン間の千キロ超を結ぶ「中老昆万鉄道」と呼ばれる。国営通信新華社によると中国側でも路盤と架橋工事が全て終わり、レール敷設も完成が近い。雲南省はラオスだけでなくミャンマー、ベトナムと国境を接する中国内陸部の要衝。外交筋は「中国にとってはラオスとの連結自体より、東南アジア全体の経済拠点であるタイとの鉄道連結が近づく利点がはるかに大きい」と見る。

 ラオス元副首相ソムサバット氏は番組で、ラオス中国鉄道の全長は契約時の417キロから後に約5キロ延伸した、と明かした。ビエンチャン中心部に近い新駅からさらに南、タイ国境そばのタナレーンまで新鉄道の線路が延びた意味を、外交筋はこう読む。「ラオスが完成したら次はタイ、とのメッセージだ」

タイ たびたび延期、中国依存の過大借金リスク

 土砂降りの中、タイ東北部ナコンラチャシマ県の野原にクレーン車がつらなって地盤工事を進めていた。タイ初となる高速鉄道用の高架敷設工事のためだ。中国の技術協力を受けたプロジェクトで、現場の下請けスタッフは「毎月何回も中国側がチェックに来る」とつぶやいた。

 タイでは、ラオス中国鉄道の着工1年後の17年12月、ナコンラチャシマ―バンコクの253キロ区間が着工した。だが現在までに高架敷設が完了したのは計10キロ弱。完成目標は当初の21年からたびたび延期され、現在は26年めどだがこれも怪しい。そもそもタイと中国両政府は14年、ラオス国境に近いノンカイ―バンコク間608キロの高速鉄道建設で基本合意したが、ノンカイ―ナコンラチャシマ間はまだ正式契約もできておらず、着工時期は未定だ。地元識者からは「タイは本気で建設するつもりはない」との声すら聞かれる。

 タイ運輸省中堅職員は「遅れているとは思っていない」と苦笑しつつ「タイの高速鉄道建設はタイが自分で100%資金負担するのが基本」と強調する。ラオスのように中国に資金を依存すれば、過大な借金を負って返済に苦しむ「債務のわな」に陥るリスクがある。だからこそ「自己調達資金の融資利率をその都度見極めないといけない」と主張する。

 国際鉄道構想の中身も交渉が続く。中国側はラオス中国鉄道のように、タイ高速鉄道を貨物輸送に使うよう求めているが、タイ側の現時点の想定は旅客利用だけ。中堅職員は「重い貨物を高速輸送するのは安全性や費用面で難しい」とした上で「安い中国製品がさらに大量にタイに入ってくる懸念もある」と漏らした。

 メコン川を挟むノンカイとラオス・タナレーンとの鉄道連結についても動きは鈍い。現在も架橋を通る鈍行列車があるが線路は狭軌。双方の新鉄道を連結するには標準軌の大型架橋を別に作る必要がある。「資金をどこが負担するかを中国、ラオスと今年中に協議するつもりだ」という中堅職員の言葉に切迫感はない。

マレーシア 着工、中止、再開、延伸…したたか交渉

 中国もしたたかさでは負けていない。「一帯一路」プロジェクトの一つ、マレーシア東部のタイ国境に近いコタバルと西部クラン港を結ぶ「東海岸鉄道(ECRL)」。中国企業が主体となって建設が進む。

 親中政権時の17年8月に着工したが、首相に返り咲いたマハティール氏が18年、中国の覇権主義を批判しECRLの工事中止を表明。再交渉でルート短縮と事業費の圧縮で合意し、19年5月に建設再開した。ムヒディン政権となった今年4月にはルートの再延長と事業費上乗せを求める中国の提案を受け入れた。

 中国の粘り強い交渉が実った形で、中国の延伸提案によって、首都圏にあるクラン港の大型コンテナヤードにECRLが直接乗り入れることになった。同港は、世界屈指の交易路で中国も多くの物資輸送を頼るマラッカ海峡沿いにあり、港湾の要衝を抑えたい中国の戦略とも一致する。

 タイとマレーシア間の構想は具体化せず、マレーシアとシンガポール間の計画も1月に頓挫したが、タイ最大の港湾を通るバンコク―ウタパオ空港間の別の高速鉄道計画では、事業主体の企業グループに中国企業が参加。タイ南部を横断する鉄道と港湾の整備構想が昨年来タイ政府内で浮上すると、すぐに中国側が参画を打診しているようだ。

 中国はミャンマーに対しても、昆明からミャンマー内陸部を抜けインド洋につながる鉄道建設を以前から働き掛けており、今年1月にはマンダレー―チャウピュー間の事業化調査を行うことで両政府が合意。直後の国軍クーデターで先行きは不透明になったが「中国にとってマラッカ海峡を避ける新たな交易ルートの大本命」(在東南アジア外交筋)との見方がある。

 東南アジアに広がる中国の巨大鉄道網構想は各国の思惑が複雑に交わり、まだ終点が見えない。

(バンコク川合秀紀)

ザ・リポート 海外特派員

怒号と催涙弾が飛び交うデモ。分断社会では異なる価値観がぶつかり合う。災禍にあえぐ人々の暮らしは―。激動する世界の現場に、本紙特派員が迫る(随時更新)』