中山元文科相、政界引退を表明

中山元文科相、政界引退を表明
旧希望の党は「絶望の党」に
https://nordot.app/822800277204172800?c=39546741839462401

『政治団体「希望の党」は解散したと説明。衆院議員を通算8期務めた政治生活を振り返り「選挙や後援会活動にエネルギーを費やさざるを得なかった。政策、政治をやりたかった」と述べた。』

 ※ ここが、「地盤・看板・カバン」を有する「世襲議員」との最大の違いだ…。

 ※ 彼らは、盤石の「当選基盤」を有し、粛々と当選回数を重ねることができる…。

 ※ そして、時間も経済的にも「余裕」があるから、「勉強時間」「学習時間」を持つこともできる…。 

 ※ 「政策通」にもなるわけだよ…。

 ※ そして、議員の世界では「当選回数至上主義」だから、着々と「政務官」「副大臣」「大臣」のステップを、上って行く…。または、「党の重要ポスト」を経験して行く…。

 ※ 世の中、そーゆうことになっている…。

『中山成彬元文部科学相(78)は18日、宮崎市で記者会見し、19日公示の衆院選に立候補せず、政界を引退すると正式表明した。所属する希望の党が政党要件を失ったのを受け、発言機会が減ったことを理由に挙げた。小池百合子東京都知事らが設立した旧希望の党に関しては「自民党にものを申せる勢力をつくりたかったが、失速して『絶望の党』になってしまった」と残念がった。

 政治団体「希望の党」は解散したと説明。衆院議員を通算8期務めた政治生活を振り返り「選挙や後援会活動にエネルギーを費やさざるを得なかった。政策、政治をやりたかった」と述べた。』

中山成彬の家族は?父親・母親や兄弟について
https://akasannbiz.com/2021/10/07/nakayamanariaki/

『中山成彬さんの実家は、田畑合わせて一町三反の農家で、米・さつまいも・菜種・養蛮などを経営していました。

両親は朝早くから夕方まで働き詰めだったそうです。

中山成彬さんは、4人の弟妹の長男になります。

こちらは、母親の画像になります。

引用:http://nakayamanariaki.com/contents/wp-content/uploads/2014/11/shounen.pdf
非常に綺麗な方ですね。

中学3年時に校長先生から「この子をラサール高から東大に行かせて同郷の森永貞一郎さんの様に大蔵省を目指せ」と父親が強く勧められて、中山成彬さんはラサール高校に進学されます。

父親は高校2年生の時に、破傷病に似たウイルス氏病という風土病に掛かり、1週間で43歳で亡くなりました。

「期末テストの筈だから知らせるな」と父親が言われてたので、父親の死に目には遭えなかったそうです。

その時、母親は38歳だったそうです。

そして、一番下の兄弟は7歳と幼く、長男として帰って農家を継ぐ事を決めますが、担任の「授業料、寮費を免除し、奨学金も支給する」と言う言葉や「親父があんなに将来を楽しみにしていたのだから、家のことはみんなで加勢するから」と言う親戚中の励ましもあり、学業を続けられたそうです。』