Quadで変わるアジア通商秩序 自由貿易より安全保障

Quadで変わるアジア通商秩序 自由貿易より安全保障
編集委員 太田泰彦
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD118A20R11C21A0000000/

『米国、日本、オーストラリア、インドが組んだ新しい枠組み「Quad(クアッド)」が囲い込もうとしている場所はどこか。中国ではない。東南アジア、そして台湾である。

地図の上で4カ国を線で結んでみよう。ゆがんだひし形の中に、東南アジア諸国連合(ASEAN)と台湾がすっぽりと収まる。

9月にワシントンで開いた首脳会議の共同声明が単刀直入に語っている。新型コロナウイルス禍や気候変動より先にASEANに4回も言及し、インド太平洋の「中心」とまで呼んだ。
中国を刺激しすぎない配慮から台湾の文字は見えないが、ここだけは中国に渡さないという決意表明と読むべきだろう。

ひし形の内側を埋める米中の争奪ゲームは既に始まっている。バイデン米政権は英国だけでなく親中的なドイツまで担ぎ出し、南シナ海に海軍を派遣させた。8月にハリス副大統領をASEANに送ると、追うようにして中国の王毅外相が9月に各国を歴訪した。

米中が競うのはサプライチェーン(供給網)の支配力だ。先端技術の分野では2000年代に国際水平分業が進んだ。その結果、半導体では台湾が世界で最も重要な生産地となった。
台湾だけではない。貿易と金融のハブであるシンガポールは、表からは見えにくいが、東南アジア最大の半導体生産国でもある。マレーシアには、半導体を加工して電子製品をつくる企業の集積がある。

クアッドの声明が言う通り、南シナ海周辺はサプライチェーンの「中心」なのだ。バイデン政権から見れば、台湾海峡と南シナ海の有事は、米国のデジタル産業の崩壊を意味する。

ASEAN事務局が集計した対内直接投資額を見ると、日本からは19年には239億ドルだったが、20年には85億ドルと、3分の1近くに激減した。コロナ禍の影響だから仕方がない。

ところが米国は346億ドルから347億ドルへと、むしろ増えている。中国と香港を合わせた投資額も、218億ドルから196億ドルへと僅かな減少にとどまった。逆境の中で米中が直接投資で張り合う構図だ。

環太平洋経済連携協定(TPP)は、太平洋を囲む国々の経済同盟とされた。だが、実際にはASEANの大半と台湾は参加していない。しかも重要法案が目白押しのワシントン情勢をみれば、バイデン政権が議会から通商交渉権限を得られる見込みはない。米国の復帰はまず無理だ。

こうした虫食い状態が続く限り、TPPは環太平洋の水平分業の土台にはならない。バイデン政権は、自由貿易主義に基づく通商秩序に見切りをつけ、別の手段でASEANと台湾を囲い込むしかない。それが安全保障という大義である。

日米豪印の首脳が共同声明とは別に、技術に関する「クアッド原則」を特別に発表した意図がここにある。民主主義、人権尊重の名の下で、先端技術の設計、開発、管理、利用法に至るまで連携することが決まった。現状では中国が入り込めない価値観の壁だ。

クアッドを起点に新たな通商秩序づくりが始まる。その大波に、企業はいやが応でも巻き込まれていく。』