恒大が暴く「富む前の老い」

恒大が暴く「富む前の老い」 企業に中国への備え問う

本社コメンテーター 梶原誠
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD2959O0Z20C21A9000000/

『「今回はリーマン危機とは違う。なぜなら……」。世界の株式市場を揺らした中国恒大集団の経営危機について、楽観的な解説が広がってきた。中国の銀行融資に占める恒大向けの比率は1%に満たない、当局がうまく対処すると。

そうだろうか。深圳にある恒大本社に詰めかけた人々の切実な表情を見逃すべきではない。「カネを返せ」と抗議をやめない人、社屋に乗り込む人、抵抗して警官に引きずり出される人。恒大が販売した「理財商品」を購入して財産を失いかねない人々だ。

1990年代後半の日本の金融危機でも、破綻しそうな金融機関に顧客が列をなした。取り付け騒ぎに身震いしたが、人々は整然と並んでいた。

騒然とする恒大の現場は、成長する中国経済の水面下で広がったひずみの縮図だ。少子高齢化を前にセーフティーネットである個人の富の蓄積が遅れ、外部の想像以上にショックにもろい。
日本のバブル崩壊時と蓄積の差

「日本はなぜ、社会不安もなく『失われた30年』を過ごせたのか」。日本には筆者のように、中国の人に不思議がられた人もいるだろう。中国人が抱くこの疑問こそ、中国の弱点を読み解くカギだ。

日本はバブルが崩壊する前に豊かになっていたから何とか耐え抜けた。1990年に家計が保有していた金融資産は1000兆円強。国内総生産(GDP)の2.2倍で、1人当たり800万円強だ。昨年は2000兆円弱と、GDPの3.7倍、1人当たり1500万円台に増えている。

中国も増やしてきたが、水準は心もとない。2018年の資産は2300兆円台でGDPの1.6倍。1人当たりは170万円弱にとどまる。恒大のような衝撃が襲ったときに感じる老後への不安は日本の比ではなく、豊かになる前に老いてしまう「未富先老」という言葉も使われる。
不安の種はまだある。再保険大手のスイス・リーによると、中国でのGDPに対する保険料の割合は昨年4.5%。日本や世界の6割以下で、生命保険などの普及が遅れている。年金基金も、都市部の企業の就業者向け基金が35年に枯渇するという公的機関の試算が話題をさらったことがある。

衝撃への耐性が弱いからこそ、世界の市場関係者は見かけの経済成長率とともに「失速速度(ストール・スピード)」に神経をとがらせる。人々が不安になり、GDPの4割を占める消費を控え、経済が落ち込む成長率のことだ。

今の失速速度を専門家に聞いたところ、おおむね2~4%。所得水準が低く、人々が高い成長を期待している地方は「5~6%の成長が必要」(日本政策投資銀行の岳梁氏)という見方もある。国際通貨基金(IMF)は中国の成長率が今年の8.1%から来年は5.7%に減速するとみており、衝撃を吸収する余裕はあまりない。
備えた企業は「売り」を免れた

日本企業が受け止めるべきメッセージは明確だ。「シートベルトを締めろ」。株式市場はすでに、こう促している。

中国の経営環境を怪しくしているのは恒大だけではない。くすぶる保護主義に加え、7月以降は企業の締め付けに拍車がかかり、中国関連株は売られた。ゲーム規制のあおりを受けかねないネクソンは7~9月で27%安と、日経平均株価の構成銘柄で最も下げた。
恒大集団の危機、IT企業やゲームへの締め付けなどで中国の事業環境は揺れ動く(上海市の恒大のビル)=ロイター

注目すべきなのは、中国の変化を読んで周到に備えた企業の株は売りを免れていることだ。

例えば血液検査機器大手のシスメックス。売上高の30%弱を占める中国市場をめぐっては今夏、製品の国内調達を義務付ける「バイ・チャイナ」への対応に株式市場の関心が集まった。同社は年初までに、血液検査用の濃縮試薬や機器を現地での生産や組み立てに変え、中国製に仕立てた。

空気圧機器大手のSMCは今年、ベトナム工場を本格稼働した。これまでは中国で生産した製品を米国などに輸出してきた。米中摩擦の激化を予想して中国向けは中国工場、海外向けはベトナム工場から出荷できる体制にした。

住宅の水回り製品を手掛けるLIXIL。昨年、当局が恒大など不動産企業に対する財務規制に動いたのを受けて販売先を変えた。大都市の大規模な開発案件から個人や地方の小規模案件へと移し、開発が止まるリスクに備えた。

3社の株価は9月末こそ日本株全体の調整に合わせて下げたが、7月以降の値動きはいずれも日経平均を上回っている。投資家は対中戦略を冷静に見極めた。
中国1社発、世界経済への懸念

恒大問題は、世界で中国の存在が拡大したことを象徴する。恒大は08年、リーマン危機に至る金融不安の中で新規株式公開(IPO)を断念したが、話題にもならなかった。成長した今は、自らの挫折がリーマン危機を想起させて世界を揺るがせている。一中国企業の苦境が世界同時不況の懸念を生むなど、これまでなかった。

中国経済は大きくなり、かつては無視していたことにも気を使わないと想定外の火の粉を浴びる。恒大のライバルで資金繰りに苦しむ融創中国にも、人が動く国慶節(建国記念日)の連休を控えて黒竜江省で広がった新型コロナウイルスにも、世界のサプライチェーンを傷つける停電にもだ。

恒大問題がリーマン危機の再来になるかどうかは予断を許さない。だがリーマン危機が世界にもたらした教訓は、今の中国にも当てはまる。「対岸の火事ではない」。これこそが、恒大発の世界同時株安が放った警告だ。

【関連記事】

・中国恒大、香港市場で取引停止
・バランスシート不況の足音 中国恒大危機、米に波及も
・「頭金を返せ」憤る中国恒大マンション購入者 現場ルポ

ニュースを深く読み解く「Deep Insight」まとめへDeep Insight 』

『 多様な観点からニュースを考える
※掲載される投稿は投稿者個人の見解であり、日本経済新聞社の見解ではありません。

鈴木一人のアバター
鈴木一人
東京大学 公共政策大学院 教授

コメントメニュー
分析・考察 中国恒大が日本型のバブル崩壊となるかどうかは、まだはっきりしないが、中国における蓄えの少なさがショックを大きくするというのはその通りだろう。

これまで日本はリスクを取らないとして、株式投資などを奨励する政策を取ってきたが、結局、リスクを取って儲けの出そうな投資を繰り返した結果が、今の中国におけるバブル崩壊の問題なのだろうと思う。

その点で見ると、急速な経済成長を犠牲にしながらも堅実に蓄えを備えてきた日本のやり方もまんざらではないのかもしれない。

2021年10月4日 15:14』