〔1993年頃の兵頭二十八氏の動向…。〕

『じぶん用の備忘の補備。

 「北緯九十度のハッティ」の初出DATEが判明した。当時、日記代わりにカレンダーにメモ書きをしていた。そのカレンダーメモをテキスト起こししてワープロにまとめていたのを発掘できた。

 前編が載ったのが、1993-11-10都内店頭発売の『ビッグコミック』誌であった。なんと6回も書き直ししていたことも確かめられた。
 すぐに続いて11-17(水曜日)に小学館のパーティがあり、里中満智子先生、永井豪先生、松本零士先生、つのだじろう先生、石森先生、新谷先生、不二子A先生を3Dで目撃してとうぜんながら感激した。しかも、入口には私の提供原作のゴルゴのエピソードが《今度は深海へ》とかいうキャッチコピーとともに看板化されていたのだから、密かに鼻が高かった。

 後編は、1993-11-25に都内店頭発売であった。
 しかしこの頃のカレンダーのメモ書きを見返すのは辛い。私生活ではいかにもバブル崩壊期らしい波乱が次々起きていた。その記憶をよびさまされた。
 おしまい。』

 ※ コンピューティングの歴史的には、「Windows95」の発売が、1995年だ…。

 ※ 折からの、ネットの普及・実用化とGUIが相まって、爆発的にパソコンが行き渡って行った…。

 ※ その数年前だから、まだDOSの時代だったか…。

 ※ 「Windows95」は、DOSのバージョン的には、「DOS7」だ…。

 ※ ハードの普及状況が、まだ16bitと8bitの混在だったんで、Windows95も「16bitと8bitの混在」OSだった…。

 ※ DOS5でMOが使えるようになり、DOS6でやっとOSレベルで「Windowsシェル(GUIでファイルやフォルダの操作が可能となった…)」が使えたと記憶しているが…。

 ※ 「Windows3」というものもあった…。

 ※ DOS6の「Windowsシェル」の先駆けみたいな感じのもので、「ファイルやフォルダの操作」をGUIで行うことができるものだったらしい…。

 ※ 「らしい」と言うのは、「英語版」しかなく、日本では殆ど使っている人がいなかったからだ…。

 ※ オレも、文献読んだだけで、実物は見たことが無い…。

 ※ DOSの時代の「パソコン」は、まだ、「ワープロに毛が生えた程度のもの」だった…。

 ※ そういう時代でも、「自分の頭で考える」人は、「日記代わりにカレンダーにメモ書き」して、自分の「思考」を深めて行った…。

 ※ そして、「そのカレンダーメモをテキスト起こししてワープロにまとめて」、「思索」を深めて行った…。

 ※ そのテキスト・データは、今現在でも「活用すること」ができる…。

 ※ 「私生活ではいかにもバブル崩壊期らしい波乱が次々起きていた。その記憶をよびさまされ」て、つらい思いが甦るとしてもだ…。