勝負決した2日前の会談 岸田新総裁選出の舞台裏

勝負決した2日前の会談 岸田新総裁選出の舞台裏
【イブニングスクープ】
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA289Q30Y1A920C2000000/

『自民党総裁選は岸田文雄氏が1回目の投票からトップに立ち、勝利した。党員・党友票で4割以上を獲得して1位となり、世論調査でも支持を集めていた河野太郎氏はなぜ敗れたのか。菅義偉首相の総裁選不出馬で自民党支持率が上昇して「このままでは次期衆院選に勝てない」との危機感が消えうせたうえ、無難で敵が少ない岸田氏を勝ち馬とみた各派閥も最終盤で相乗りしてきた。

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新総裁は開票2日前の27日午後に事実上、決まった。場所は衆院第1議員会館にある安倍晋三前首相の事務所だった。高市早苗氏を支援した安倍氏を、岸田陣営の甘利明氏が訪ねてきた。

「これで決まったな」

「岸田さんは河野さんにしっかり反論している。総裁選で随分たくましくなった。決選投票で私がどういう考えか、高市陣営の人は分かっている」。安倍氏は甘利氏に語った。

「これで決まったな」。麻生太郎氏は直後に甘利氏から報告を受け、こうつぶやいた。初回の投票でもし岸田氏が2位になれば、決選投票で高市陣営が岸田氏に投票する「2・3位連合」を組む。

3Aと呼ばれる安倍、麻生、甘利の3氏の意思はそろった。結果は2・3位どころか「1・3位連合」となる勝利だった。

1カ月前の党内の空気はまるで違った。間近に迫る衆院選を控えて「菅首相では選挙は戦えない」との声が若手を中心に充満し、河野氏は次期総裁の本命候補だった。

日本経済新聞社など各社世論調査の「首相にふさわしい人」で、河野氏はトップを走っていた。菅氏が3日に総裁選出馬を断念すると、閣僚だった河野氏は立候補に動いた。

小泉進次郎氏はひそかに石破茂氏と会い、河野氏支持を働きかけた。小泉氏から話を聞いた菅氏は「石破氏と小泉氏が支持して、党員票で7割とれば河野氏が勝てる」と漏らしていた。

河野陣営は「岸田氏との事実上の一騎打ちなら党員票が半数の1回目投票で決まる」とみた。そこで安倍氏が動いた。出馬に意欲を示していた高市氏の支援を始め、議員票が9割を占める決選投票に持ち込む戦略をとった。

「お願いがあって電話しました」。安倍氏は事務所の机に連絡先を書いた紙を並べ、親しい議員や地方議員、支持団体の幹部に次々と電話をかけた。高市氏には政策から選挙対策本部の人選、さらに「眉毛はもっと真っすぐ書いた方がいい」ともアドバイスした。

最大派閥・細田派に強い影響力を持つ安倍氏の姿をみた周辺が「本気になってきた。意中の候補は岸田氏だったはずなのに……」と戸惑うほどだった。

世論の人気で押し切る戦略の河野陣営は楽観していた。小泉氏は細田派が「高市氏か岸田氏を支持」の方針を示すと「河野氏は絶対ダメというのはわかりやすい」と挑発した。

これを聞いた安倍氏は「石破さんが河野さんを支持したり、進次郎さんに細田派を批判されたりすると、こっちも意地になるよね」と周辺に漏らし、支持獲得に一段と力を入れた。
「誰が総裁でも大丈夫」

党内の空気も大きく変わった。日経新聞の9~11日の緊急世論調査で自民党の政党支持率は8月から9ポイントも上がり48%になった。厳しい選挙を経験していない衆院当選1~3回議員を中心とする若手の空気も「これなら誰が総裁でも選挙は大丈夫そうだ」となった。
野田聖子氏が告示前日の16日、立候補を表明すると、河野氏は「これで決選投票は避けられなくなりました」と麻生氏に伝えた。1回目で過半数をとる戦略は修正を余儀なくされた。

河野陣営では小泉氏が対策に乗り出し、石破氏とのツーショットも増やした。だが小泉氏は選対幹部ではない。「なぜ幹部でない小泉氏に指示されるのか」といった不満が陣営内にあった。

日ごろはそれほど積極的に他の議員と交流しない河野氏や小泉氏が支持を呼びかけると「普段は付き合いがないのに、一体なんだ」と白ける議員もいた。支持する議員や秘書のグループはぎくしゃくしていた。
自民党総裁選を終え、拍手に応える(右から)河野氏、高市氏、岸田新総裁、菅首相、野田氏(29日、東京都港区)

高市陣営は勢いづいた。一時は「岸田氏と2位を争い、決選投票に残る可能性がある」との観測が広がった。岸田氏との決選投票なら敗れる、とみた河野陣営では「河野氏の支持票の一部を高市氏に回し、高市氏を2位にする」案も検討した。そこまで追い詰められていた。

河野陣営は「党員票で5~6割とれば『世論を覆していいのか』と訴えられる」とわずかな希望にかけた。

河野氏の失速と混乱をみた安倍氏は投開票直前の週末、支持拡大の動きを止めた。安倍氏は「誰も3桁に手が届くとは思わなかったんじゃないか。あとは高市さん自身の努力だ」と話していた。

投票の2日前の27日、態度を保留していた竹下派は「岸田氏を支持する議員が多数」と公表した。去就が注目された二階派は自主投票になった。

「勝ち馬は岸田氏」とみた派閥がなだれ込み、岸田氏は事前の予想を覆して1回目の投票でトップに立った。河野氏は党員票で5割に届かず、議員票も3位に終わった。

「菅首相でなければ選挙は大丈夫」とみた議員の間で、河野氏は「急進的な改革を進めそうだ」と危ぶむ評があった。岸田氏なら安倍、麻生、甘利3氏の3Aが主導権を握る従来の党内秩序が維持される安心感もある。

世代と派閥が絡んで始まった総裁選は、衆院選の不安が消えた瞬間に内向き志向が強まった。だが世界は新型コロナウイルスで大きく姿を変えた。経済も外交も安全保障も変化のまっただ中にある。現状維持だけでは乗り切れそうにない。

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竹中治堅
政策研究大学院大学 教授
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分析・考察

安倍政権終盤期から安倍前首相の意中の後継者が岸田氏だったことは間違いない。そのために岸田氏を引き立てた。

しかし、定額給付金の内容の全面変更などのため岸田氏は失速する。だが、菅義偉政権は、コロナ危機対応で世論の求めに沿わない政策を続け、世論の支持を失い、退陣を余儀なくされ、本命が再浮上した。

安倍氏の高市氏支持の理由は、アベノミクス継続を論点にすること、保守層への配慮、そして、記事も指摘するよう河野氏から票を奪うことによる岸田氏への間接的支援だったはずである。

総裁選の結果、自民党主流派の構成に変更はない。政党支持率も上がり、総選挙は自民に追い風となった。総裁選は自民党主流派の強かさを改めて示した。

2021年9月29日 22:27

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室橋祐貴
日本若者協議会 代表理事

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ひとこと解説

岸田新総裁はもちろん、キングメーカーとして影響力の大きさを発揮した安倍前首相、保守派の新しいホープとなった高市氏、総裁選の討論において議論の幅を広げた野田氏はいずれも「勝者」と言って過言ではないと思います。

一方、河野氏については具体にかける議論が多く、特に年金改革に関しては批判だけの「野党」のような印象を受けました。

今後、自身の政策論をブラッシュアップしない限り、総裁(首相)になる日は来ないでしょう。宏池会には優秀な若手も多く、どのような人事になるのか、本当に若手が重役に登用されるのか要注目です。

2021年9月29日 18:28

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小黒一正
法政大学経済学部 教授

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分析・考察

宏池会での会合を含め、岸田新総裁とは何度かお会いしていますが、コロナ禍でお会いしたのは昨年の5月です。BS11「報道ライブ インサイドOUT」(20時59分~21時54分)にて、岸田政調会長(当時)と御一緒に出演し、「いまだ届かぬ『経済対策』なぜ遅いのか?」をテーマに、政治主導やデジタル政府の重要性などを議論しました。

財政・社会保障の改革も山積していますが、冬に第6波が到来するのは確実のなか、まずはコロナ問題の解決が急務に思います。近々選挙もありますが、信頼できる誠実な方ですので、これからの政治手腕を期待しています。

2021年9月29日 23:32 (2021年9月30日 0:26更新)

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慎泰俊
五常・アンド・カンパニー株式会社 代表取締役

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分析・考察

岸田さんについては、「誰からも悪く言われない人格者」という話を多くの人から聞いていました。だからこそ、この選出システムであればそもそも有利であることに加え、よく政策についても研究されてきたという印象を討論会では受けました。最後のスピーチも力強かったです。

Covid、雇用対策、安全保障など、今後も世界経済や国際政治は難しい局面が続きますので、次の政権が長期政権となることを心から願っています。

2021年9月29日 21:33

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竹内純子
国際環境経済研究所 理事・主席研究員

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ひとこと解説

総裁選の論戦がこれほど国民の関心事となったことは無かったように思います。男女比が半々というところも含めて、良い総裁選だったのではないかと思います。

岸田さんが3-4年前に「若手民間研究者との2050年を見据えた勉強会をやりたい」ということで参加させていただきましたが、ものすごい勉強家です。それはもうびっくりするくらいでした。若手研究者に対しても常に敬意を示してくださるのもとても印象的でした。
新総裁誕生となると、最初はやたら持ち上げて、後は一気に叩き落すというような報道が多いですが、そんなことには踊らず、新たなリーダーの下、難局を乗り越えていきたいですね。

2021年9月29日 20:14 』