台湾もTPP申請、中国に虚つかれた日本がとるべき道

台湾もTPP申請、中国に虚つかれた日本がとるべき道
編集委員 中沢克二
https://www.nikkei.com/article/DGXZQODK282H50Y1A920C2000000/

『「国家の統一、民族復興に向けた両党の協力を期待する」。中国国家主席の習近平(シー・ジンピン)は26日、共産党総書記の名義で、台湾最大野党である国民党の主席(党首)に選ばれた朱立倫に祝電を送った。台湾の独立に反対する政治的基礎を強調している。
25日、台北の国民党本部で勝利宣言する朱立倫氏=中央通信社・共同

習近平は、中国と距離を置く民主進歩党(民進党)の蔡英文(ツァイ・インウェン)が過去の総統選で2回当選した際や、朱立倫の前任の国民党主席が選ばれた際には祝電を送っていない。台湾の民進党政権が22日、中国に続いて環太平洋経済連携協定(TPP)への加盟を正式申請したこともあり、中台の政治的な駆け引きが一気に激しくなっている。

日本は既に巻き込まれている。米国不在のTPP参加11カ国で最大の経済規模を持つ中心メンバーとして、この中台の引っ張り合いを仕切る行司役を担わざるをえない。しかも2021年は、各国閣僚による最高意思決定機関「TPP委員会」の議長国を務めている。
「次回はシンガポールで」、無警戒だった日本

問題は日本に十分な準備がなかったことである。9月上旬、首相の菅義偉が自民党総裁選に出馬しない意向を示した突然の退陣表明によって日本は政局モードに入り、対外政策への目配りがおろそかになっている。

そもそも日本には慢心があった。「習近平がいくらTPP加盟検討を口にしたとしても、日本が議長国である21年中に中国が正式な加盟申請をするはずがない――」。日本政府は高をくくっていた。

「日本の不注意がわかる証拠がある」。TPP交渉に詳しい関係筋は指摘する。それは9月1日、オンライン形式で開かれた第5回TPP委員会が終了後、発表した閣僚共同声明だ。「次回TPP委員会は、22年に(次期議長国である)シンガポールによって主催される予定である」。文書の末尾にこう明記している。

オンライン形式による各国閣僚らによる「TPP委員会」に出席した西村経財相㊨(6月2日、東京・千代田)

つまり、日本はその後、21年内に重大な事態が起きても、議長として議論を主導できない文言を自ら盛り込んだ。自分の動きを縛ってしまう宣言だった。直後に中国が正式な申請に動く兆候をまったく把握できていなかったのは明らかである。

英国のTPP加盟申請に伴う手続き開始、作業部会の設置にメドをつけたことで、今年の議長としての役割を果たした。そう安心しきっていたのだ。

これを確認してほくそ笑んだのが中国だった。前週、このコラムで紹介した米バイデン政権の動きをにらむ「300日計画」に沿って、すぐに国務委員兼外相の王毅(ワン・イー)が22年議長国のシンガポールに接触した。

21日、ビデオ形式で国連総会一般討論演説を行う中国の習近平国家主席(北京)=新華社・共同

そして一定の根回しを終えてから、満を持して新規加入の際の寄託国であるニュージーランドに加盟を正式申請した。いわば周到な「日本はずし」「ジャパン・パッシング」でもあった。

日本主導で年内に「閣僚委員会」開催も

虚をつかれたのは米国、そして台湾も同じである。米バイデン政権は15日、英国、オーストラリアとの安全保障協力の枠組み「AUKUS(オーカス)」の創設を発表したが、中国のTPPを巡る動きには無警戒だった。

TPP加盟に積極姿勢を示してきた台湾は、既に加盟交渉時に必要な法的な問題を十分に検討し終えていた。あとは対中関係と国際情勢をにらみながら、いつ実際の行動に出るかだった。ところが、思わぬ形で中国に先を越されたことで、このまま動かなければ台湾の立場は一層、難しくなる可能性が出てきた。これが中国の申請から6日後という早い段階で行動に出た理由である。

加盟申請した中台の扱いは、交渉入り、加盟決定ともに全メンバーの合意が必要だけに簡単には決まらない。中台それぞれとの距離もメンバー国ごとに異なる。それでもTPP委員会の議長国である日本には、将来に向けて、この難しい議論を引っ張る責任がある。

新たに中台からの加盟申請という極めて大きな課題が急浮上した以上、加盟国の意思を直接、確認しながら現状に対する共通認識をつくり上げる機会を持つのは当然だ。

それには日本が主導して各国と意思疎通したうえで、TPP委員会を年内に開くのが望ましい。新型コロナウイルス禍が収まっていれば、今年初めてとなる対面形式の会合も可能かもしれない。新首相の選出、衆院解散・総選挙といった日本の政治的な事情で諦めるべきではない。年末まで十分に時間はある。

高いレベル、原則重視で議論を

その時、肝要なのは中台の政治的対立をTPP内に持ち込ませない論理と手法である。TPPには、もともと中国を意識した枠組みという面があるにしても、議論を仕切る議長国は、あくまで公正さを保つ必要がある。ここでは高いレベルを満たす原則の堅持が極めて重要になる。それをクリアできるものだけに、交渉入りや加盟に向けた扉が開かれる。

中国は「台湾が公的な性格を帯びたいかなる協定や組織に参加することにも断固反対する」と主張している。しかし、中台はともに世界貿易機関(WTO)に加盟している。台湾のWTOでの名義は「台湾、澎湖、金門、馬祖からなる独立の関税地域」である。

今回、台湾は「独立の関税地域」としてTPP加盟を申請し、蔡英文が自身のツイッターで「すべてのルールを受け入れる用意がある」と表明している。
台湾・屛東で、軍事演習を視察する蔡英文総統(左)=15日(総統府提供・共同)

日本政府は外相の茂木敏充、官房長官の加藤勝信、TPP交渉を担当する経済財政・再生相の西村康稔らが「歓迎」を表明した。TPPの協定上、新規加入の対象を国または独立の関税地域としていることを根拠に「台湾加入は協定上可能だ」と説明している。この論理に沿うなら、純粋に高いレベルをクリアできるのかという問題だけになる。

28日には、英国の加盟を巡る第1回作業部会がオンライン形式で開かれた。18年の発効以来、初めての新規加盟交渉が順調に始まったのは議長国、日本の功績である。しかし、日本の役割はまだ終わっていない。シンガポールにバトンを渡す前の残り3カ月間、中長期的なTPPの発展を見据えて全力を尽くすべきだ。(敬称略)

中沢克二(なかざわ・かつじ)
1987年日本経済新聞社入社。98年から3年間、北京駐在。首相官邸キャップ、政治部次長、東日本大震災特別取材班総括デスクなど歴任。2012年から中国総局長として北京へ。現在、編集委員兼論説委員。14年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。』