[FT]米民主党、格差対策のうそ

[FT]米民主党、格差対策のうそ
主流リベラル派に押され富裕層優遇
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCB211FK0R20C21A9000000/

『「半分のパンでも、ないよりまし」ということわざがある。米議会民主党が13日に明らかにした増税案は、このことわざの通り「増税といってもやらないよりはまし」という程度にすぎない内容だ。バイデン大統領が公約に掲げていた計画は、これでほぼ骨抜きにされた格好だ。

ウェストバージニア州選出の上院議員のマンチン氏が民主党の法案を成立させるかのカギを握っている=ロイター

しかも”半分のパン”という表現は、今回の増税案が超富裕層にとってどれほどラッキーだったかさえ十分に表していない。彼らが今以上に納めなければならない税金は、最悪の場合でも半分のパンどころか「パンくず」程度でしかない。

民主党が一瞬、米国の格差問題に正面から取り組むかにみえた時もあった。だが、それは過去のことだ。民主党内の勢力図が今後、劇的に変わらない限り、超富裕層はもう数年は安穏としていられそうだ。

法案のカギ握る民主党穏健派のマンチン氏

民主党のこの変節をすべて、党内のいわゆる「穏健派」のせいにはできない。穏健派とはウェストバージニア州選出の上院議員マンチン氏らのことだ。民主党と共和党の議席数が50対50で拮抗する上院で、マンチン氏は最も保守派の民主党議員であるため、バイデン氏の看板政策である子育てや教育支援、気候変動対策などに10年で3.5兆ドル(約385兆円)の財政資金を投じる成長投資法案のキャスチングボートを握っている。マンチン氏は、この支出規模を間違いなく縮小させるだろう。

また、バイデン氏が連邦法人税率を現在の21%から28%に上げようとしている点についても、マンチン氏が上げ幅を抑えるのは確実だ。

米国のキャピタルゲイン(株式などの譲渡益)税率を最高39.6%にほぼ倍増させるというバイデン氏の計画も、民主党中道派の支持を得られそうにない。これが、僅差でかろうじて議会の多数派を維持している民主党の現実だ。

大統領が議会から財政支出の承認を得ようとするときほど、大統領の権限がいかに限られているかを浮き彫りにするときはない。

SALT控除額上限撤廃求めるリベラル派

しかし、民主党の格差問題への取り組み姿勢を今回、後退させたのは穏健派でも中道派でもない。ニューヨーク州やカリフォルニア州など、民主党の強力な地盤から選出された主流のリベラル派だ。

彼らは州税と地方税(SALT)の控除を年1万ドルまでとする現在の上限撤廃を成長投資法案に盛り込むよう望んでいる。この上限を撤廃すれば、税率の高い州の住民は、州や地方に支払う税額を連邦所得税からまるまる控除できるようになる。

SALT控除額上限撤廃で恩恵を受けるのは、ほぼ富裕層だけだ。この減税で連邦政府の税収は年間910億ドル減少する。民主党が今、検討中の富裕層への増税案が実現しても、それで得られる税収増分をすべて消し去っても埋められない額だ。

控除額上限撤廃による最富裕層上位0.1%の減税額は平均14万5000ドルに達する。一方、全体の60%を占める中間層の世帯減税額は年間27ドルという。

経済学者なら右派、左派を問わず控除額の上限撤廃を評価する人は一人もいないだろう。経済学的にみても問題だし、政治的にも悪手だ。2017年にトランプ氏の1.5兆ドルの減税法案が成立した際、民主党は格差を拡大させると非難し、多くの支持を集めた。だがこの控除額上限撤廃は、トランプ氏の減税よりはるかに逆累進性が強い。

SALT控除額上限撤廃を成立させれば、民主党は貧困層の味方だと言いつつ実は多額の献金をしてくれる富裕層を重視する偽善者だと共和党に批判させる機会を提供することになる。その批判はあながち間違っていない。多くの場合、共和党による民主党への批判は事実に基づくものでないが、今回はまっとうな批判といえる。

民主党はSALT控除額の上限撤廃を「中間層の救済」が狙いだと説明していたが、最近は「パンデミックに伴う救済」と表現している。これも批判に値する。もともと「タックスカット(減税)」を聞こえがよい「タックスリリーフ(税の救済)」に言い換えたのは共和党だ。民主党はこの言葉をそのまま、まねて使っている。

「民主党が中間層の救済と言うとき、彼らの『中間層』の厳密な定義とは何なのか。もはや言葉に意味はないのか」と、米ブルッキングス研究所で米国の実力主義について研究するフェロー、リチャード・リーヴス氏は疑問を呈する。

トランプ氏が民主党富裕層をターゲットに導入

そもそもSALT控除額に1万ドルの上限を設けたのはトランプ氏だ。民主党が強い州の富裕層に打撃を与えるのが狙いだったのは明らかだ(編集注、同控除額に上限を設けたことで、カリフォルニアやニューヨークなど所得税率が高く、民主党が強い州の富裕層の税負担を一気に重くすることとなった)。トランプ氏はフロリダ州に定住地を移すことをもう決めていたし(編集注、同州は個人所得税を徴収しない)、新型コロナのパンデミック(世界的な流行)中、ニューヨーク在住の多くの富裕層もそれに続いた。

民主党がSALT控除額の上限を撤廃するのは反トランプの動きではない。民主党も金持ち優遇の政党だと言われるようになるだけだ。

それでも、成長投資法案は、全体として見れば米国の安全網を大幅に強化することになる。パンデミック中に拡充された子ども手当は、今後も据え置かれる。これで一定年齢に達したら誰でも教育を受けられようになり、米国も他の先進諸国並みになる。

そしてマンチン氏が成長投資法案の気候変動対策を大幅に修正しなければ、米国はバイデン氏が掲げるネットベースでの炭素排出量削減という目標に向け大きく一歩前進できる(編集注、マンチン氏は現在、上院エネルギー天然資源委員会の委員長として同法案の気候変動対策部分の法案を書き直している)。

民主党の本気度のなさ

ただ、成長投資法案で達成できなかったことにも目を向ける必要がある。キャピタルゲインの税率を申し訳程度に上げるにとどめ、相続資産については取得時の価格から相続時までの値上がり分には課税しない現行方式を変えないなら、米国が相変わらず金持ちを優遇する状況にメスを入れないことを意味する。パンデミック以降、米国内総生産(GDP)に占める億万長者の富の比率は約3割上昇し、19%となった。

ローマ帝国時代末期のような米国の格差拡大は長く放置されてきたが、今こそ取り組むべき課題だ。にもかかわらず民主党がこれほど格差問題に取り組もうとしないのは、民主党の同問題に対する本気度のなさをさらしている。

By Edward Luce

(2021年9月17付 英フィナンシャル・タイムズ紙 https://www.ft.com/)

(c) The Financial Times Limited 2021. All Rights Reserved. The Nikkei Inc. is solely responsible for providing this translated content and The Financial Times Limited does not accept any liability for the accuracy or quality of the translation.

英フィナンシャル・タイムズ(FT)と日経新聞の記者が、アジアのテクノロジー業界の「いま」を読み解くニュースレター「#techAsia」の日本語版をお届けします。配信は原則、毎週金曜。登録はこちら。
https://regist.nikkei.com/ds/setup/briefing.do?me=B009&n_cid=BREFT053 』