古代ゲノミクスは、日本の集団の三者起源を明らかにする

古代ゲノミクスは、日本の集団の三者起源を明らかにする
https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.abh2419

※ この図見ると、凄いな…。

※ 弥生人には、古代東アジア人由来のDNA成分(黄色)が、殆んど入っていない…。

※ DNA解析から判断すると、弥生時代に大陸から「渡来した渡来人」と「縄文人」が「混血した」ものでは無い…。

※ むしろ、「古墳時代」に「古代東アジア人由来のDNA成分(黄色)」が注入され、現在の「日本人のDNA」を形成した…、ということのようだ…。

※ そして、「古代東アジア人由来のDNA成分」に入っている「中央ステップ遊牧民由来の成分(濃い灰色)」が「弥生人」にも、「古墳人」にも全く入っていないことも、注目に値する…。

※ 「古代東アジア人」で、「中央ステップ遊牧民」と混血する前の人々が、日本列島にやって来た…、ということなのか…。

※ 「青みがかった灰色」は、バイカル湖近辺に居住していた「古代東アジア人」由来のもののようだ…。

※ 「現代の日本人」の「DNA」は、「黄河近辺に居住の古代アジア人(黄色)」「バイカル湖近辺に居住の古代アジア人(青みがかった灰色)」「縄文人(赤色)」の混合であるということだ…。

※ しかし、その肝心の「縄文人(赤色)」は、どこから来たんだ?

※ 他のアジア大陸には、全く見当たらないようだが…(わずかに、中国の南方地域に存在する。しかし、黄色、濃い灰色と混じっていて、全部赤色では無い…)。

※ ということで、「日本人(縄文人)の起源」は、相変わらず「謎」のままということのようだ…。

『(※ 翻訳は、Google翻訳)

要約

先史時代の日本は、過去3000年の間に、採餌から湿った稲作、そして国家形成に向けて急速な変革を遂げました。日本本土の人口は、先住民族の縄文狩猟採集漁師と弥生農家の後継者から二重の祖先を導き出しているという長年の仮説。しかし、農業移動とその後の社会文化的変化によるゲノム的影響は不明である。農業前期と農業後の12の古代日本ゲノムを報告します。我々の分析によると、縄文は数千年にわたる実効人口の少ない1000人を維持しており、20,000年から15,000年前の大陸集団との深い相違があり、海面上昇を通じて日本の海面化を見た時期である。稲作は、北東アジアの祖先を持つ人々によって導入されました。予想外に、帝国古墳時代の東アジアの祖先の後の流入を特定します。これら3つの祖先成分は、現在の集団を特徴付け続け、日本のゲノム起源の三者モデルを支持している。』

『紹介

日本列島は少なくとも38,000年前から人間によって占領されてきました。しかし、その最も根本的な文化的転換は過去3000年以内にしか起こっていないが、その間、住民は急速に採餌から広範囲にわたる稲作から技術的に高度な帝国国家(1,2)に移行した。 これらの急速な変化は、ユーラシア大陸からの地理的孤立と相まって、日本をアジアの農業普及と経済の激化に伴う回遊パターンを研究するユニークな小宇宙となっています。農業文化が到来する前は、縄文文化に属する多様な狩猟採集漁団が占めていたのが、その陶器の使用が特徴でした。縄文時代は、最後の氷河最大(LGM)に続く最古のドライアス(3)の間に始まり、最も初期の陶器の破片は約16,500年前(ka前)に続き、これらの集団は世界で最も古い陶磁器のユーザーの一部となっています(2)。縄文の従属戦略は様々であり、人口密度は空間と時間(4)を経て変動し、セデンティズムに向けた傾向が示された。この文化は弥生時代(3年前)の始まりまで続き、水田稲作の到来が群島の農業革命につながった。その後、小船時代が始まり、1.7年前から始まり、政治的中央集権の出現と、地域を定義するために来た帝国の治世が見られました(1)。

近代日本人の起源に関する永続的な仮説は、日本人の集団が先住民族の縄文の子孫であり、その後、弥生時代に東ユーラシア大陸から到着する二重構造モデル(5)を提案している。この仮説は、もともと形態学的データに基づいて提案されたが、広くテストされ、分野を越えて評価されている[(6)で最近のレビューを参照してください。遺伝学的研究は、現在の日本の集団内の集団階層を同定し、少なくとも2つの日本列島への移動の波を支えている(7-10)。これまでの古代DNA研究では、今日の日本人集団に対する縄文人と弥生個体の遺伝的親和性も示している(11~15)。それでも、農業移行後の州の形成段階の人口動態の起源と影響はほとんど知られていない。歴史的言語的観点から、原発ジャポニック言語の到来は、弥生文化の発展と湿米栽培の普及に対応する理論を示している(6)。しかし、考古学的文脈とその大陸の所属は、弥生と古墳時代の間で明確である(1);知識と技術の普及が大きな遺伝的交流を伴っていたかどうかは、依然として不可解である。

ここでは、8000年の前および原始史に及ぶ12の新しい配列を持つ古代日本のゲノムを報告します(図1および表1)。私たちの知る限りでは、これは最も古い縄文個体と帝国古墳時代の最初のゲノムデータを含む、群島からのタイムスタンプ付きゲノムの最大のセットです。また、5つの出版された先史時代の日本のゲノムを分析に含めます:3人の縄文個体(後期縄文時代のF5とF23、最終縄文時代のIK002)(12-14)、そして九州の北西部の弥生文化に関連する2人の2人の個人は、その他の考古学的な特徴ではなく明確に表わされています。

弥生文化との関連 (15, 16)この形態学的評価(16)にもかかわらず、この2人の弥生個体は縄文と比較して現在の日本人集団に対する遺伝的親和性が高いことを示し、大陸群との混和が既に弥生後期(15)によって進められたことを示唆している。これらの日本のゲノムを、中央および東の草原(17、18)、シベリア(19)、東南アジア(12)、東アジア(15、20、21)にまたがるより大きな古代ゲノムデータセットと統合し、縄文時代の農業前の個体群とそれに続く移行と混和をより良く特徴付けることを目的としています。 今日、群島の遺伝的プロフィールを形成している。

図1.古代日本人の場所、日付、ゲノムカバレッジのサンプリング。

(A) 考古学的遺跡は、この研究で新たに配列された個々のゲノムの円と、以前に報告された場合は三角形でマークされています(表1および表S1を参照)。色は、日本の前とプロトヒストリーの3つの異なる期間を表しています: 縄文, 弥生, 古墳.(B)各個体は、y軸上のx軸と中央値年齢(存在する前の年)に全ゲノムカバレッジでプロットされる。9人の縄文個体は、年齢に基づいて5つの異なるサブ期間に分かれています(注S1を参照):初期(JpKa6904)、早期(JpOd274、JpOd66、JpOd282、JpOd181、JpFu1)、ミドル(JpKo2)、後期(JpKo13、JpHi01、F23、F5)、および最終(IK0)。

関連カルチャ
サンプル ID 日付範囲
と中央値
(CAL B.P.) カバレッジ MTDNA
汚染率
(%) 分子性 マウントDNA
ハプログループ Y染色体
ハプログループ 参照。
この研究で新たに配列された
縄文 JpKa6904 8646–8991;8819 7.51 1.46 XX N9b3 – –
JPOD274 6119–6289;6204 1.56 1.13 XY M7a D1b1d1 –
JPOD6 5934–6179;6057 1.18 1.55 XX N9b3 – –
JPOD181 5751–5917;5834 1.83 0.91 XY N9b1 D1b1d1 –
JPOD282 5737–5902;5820 0.96 1.38 XY M7a1 D1b1d1 –
JPFU1 5478–5590;5534 1.13 2.15 XX M7a1 – –
JPKO2 4294–4514;4404 2.47 1.44 XX N9b – –
JPKO13 3847–3978;3913 1.81 1.50 XX N9b1 – –
JPHI01 3685–3850;3768 0.88 1.45 XX M7a1a – –
コウファン JpIw32 1347–1409;1378 4.80 0.41 XY B5a2a1b O3a2c –
JPIW31 1303–1377;1340 1.44 0.63 XX D5c1a – –
JPIW33 1295–1355;1325 1.54 0.75 XX M7b1a1a1 – –
以前に公開されました
縄文 F23 3550–3960;3755 34.82 1.20 XX N9b1 – (14)
F5 – 3.74 2.45 XY N9b1 D1b2b (14)
IK002 2418–2720;2569 1.85 0.50 XX N9b1 – (12)
弥生 Yayoi_1 – 0.01 2.92 XX M7a1a4 – (15)
YAYOI_2 1931–2001;1966 0.07 2.33 XY D4a1 O (15)

表 1.古代日本語データの概要

業績

先史時代と原史時代の日本の古代ゲノムの時系列

私たちの最初のスクリーニングは、群島全体の6つの考古学的遺跡から発掘された14の古代骨格遺跡に焦点を当てた(注S1を参照)。これらのサンプルの12個(表1)には高レベルの内因性ヒトDNAが保存され、その後、0.88×から7.51×まで、さらにショットガン配列が高い範囲に保存された(図1および表S1)。12個のサンプルのうち9つは縄文文化に関連しており、群島の西と中央部と縄文時代の4つの異なる段階(初期、初期、中、後期縄文)を表しています(図1)。残りの3つのサンプルは約1.3カ前にさかのぼり、古墳時代に入った。

我々は、新たに配列されたすべてのゲノムが死後の損傷パターンを示していることを確認する(図.S1)と低レベルの現代人汚染(<2.15%)(表1および表S2)。我々の親族関係分析は、個人のすべてのペアが無関係であることを確認します(図。S2)。すべての縄文人のミトコンドリアハプログループは、N9bまたはM7aのクレードに属し、この人口(11-14、22)と強く関連しており、今日の日本国外では珍しい(23)。

3人の縄文雄(表S3)は、現代の日本の人口に存在するが、他の東アジア系では殆ど存在しないY染色体ハプログループD1b1に属している(24)。

対照的に、Kofun個体はすべて現在の東アジア人(25)で一般的なミトコンドリアハプログループに属し、単一の古墳男性はO3a2c Y染色体ハプログループを持っており、これは東アジア全域、特に中国本土(26)にも見られる。

東ユーラシア人口統計のより広い文脈の中に我々のデータを置くために、我々は以前に出版された古代からのゲノムデータと古代日本のゲノムを組み合わせた(表S4と図。S3)と現在の個人。この研究を通じて、現代の日本人の人口は、1000ゲノムプロジェクトフェーズ3(28)のサイモンズゲノム多様性プロジェクト(SGDP)(27)またはJPT(すなわち東京の日本語)のデータによって表されます。

しかし、我々は、この標準的な基準セットによって完全にキャプチャされていない、今日の群島全体に先祖の異質性が存在していることに注意してください。この研究で分析された他の古代および現在の人口は、主に地理的または文化的文脈のいずれかによってラベル付けされています。

異文化期間間の遺伝的区別

我々は、統計fを用いて、古代と現代(SGDP)の両方の日本人集団からの個人のすべての対比の間の共通の遺伝的ドリフトを見て、時系列データ内の遺伝的多様性を探った3(Individual_1、Individual_2;ムブティ)(図2A)。

我々の結果は、縄文、弥生、古墳の3つの異なる群集を非常に明確に定義し、最後に現代の日本人個人とグループ化し、文化的変化がゲノム変化を伴っていることを示唆している。

縄文データセットでは空間的および時間的な変動が大きいにもかかわらず、12人の間で非常に高いレベルの共有ドリフトが観察される。弥生の人は互いに最も密接に関係しており、また、小船の個人よりも縄文に対する親和性が高い。古墳と現代の日本人は、この指標によってほとんど区別がついておらず、過去1400年間の遺伝的連続性のレベルを暗示しています。

図2.日本における遺伝的多様性

(A)ペアごとのアウトグループfのヒートマップ3古代と現代の日本人の間の統計比較(B) 日本の古代の個人(縄文、弥生、古墳など)と大陸古代人(色のシンボルとして提示)を可視化する主成分分析(PCA)を、現在の東ユーラシア人112人(濃い緑色で強調表示された灰色の円)に投影した。

(C) AD混合物分析から選ばれた個体(K = 11;K = 2からK =12までの完全な写真)がイチジクで提示される。 S5およびS6)は、別個の縄文祖先成分(赤色で表される)、バイカル地方およびアムール川流域(水色で表される)および広東アジアの成分(黄色で表される)からの古代サンプルに共通する成分を示す。

中央の草原で最も支配的な灰色の成分は、古代と現代の日本のサンプルには存在しません。中央と下の行は、各地理的地域から選択された古代東ユーラシアの人口を示しています:中国南部(左から:梁島1、梁島2、西口順)、黄河(YR)(中新石器時代、YR_MN;後期新石器時代、YR_LN;後期新石器時代、Upper_YR_LN;青銅器時代後期/鉄器時代、YR_LBIA。そして鉄器時代、Upper_YR_IA)、中国北部(水海、ビアンビアン、ボーシャン、小河)、西遼川(WLR)(中新石器時代、WLR_MN。後期新石器時代、WLR_LN;青銅器時代、WLR_BA。ハミンマンガ出身の中新石器時代の個体、HMMH_MN。そして、WLR_BAとWLR_BA_oとは異なる遺伝的背景を持つ青銅器時代の個体、アムール川(AR)(旧新石器時代、AR_EN歳、鉄器時代、AR_IAとAR_Xianbei_IA)、バイカル(旧新石器時代、Shamanka_ENとLokomotiv_EN)、中央草原(植物、CentralSteppe_EMBA、Okunevo_EMBA)。

さらに、主成分分析(PCA)を用いて、古代日本の個体から大陸集団までのゲノムワイド常染色体親和性を調査した。南アジア・中央アジア、東南・東アジア、シベリアのSGDPデータセットにおける現在の集団の遺伝的変異に古代の個体を投影した(図2Bと図。S4)。

私たちは、古代日本人の個人がPC1に沿ってそれぞれの文化的指定に分離することを観察します。すべての縄文個体は、他の古代の集団だけでなく、現在の東南アジア人や東アジア人から離れて、緊密なクラスターを形成し、持続的な地理的孤立を示唆しています。

2人の弥生個体はこの縄文団群の近くに現れ、(15, 16)に報告されているように縄文との遺伝的および形態学的類似性を支持する。しかし、東アジアの人口へのシフトは、弥生における追加の大陸祖先の存在を意味する。東ユーラシアの古代の個人は、PC2で南から北に地理的なクラインを示しています:中国南部、黄河、中国北部、西遼川、悪魔の門洞窟、アムール川、バイカル。古墳時代の3人は、黄河クラスターの多様性の中に入っています。

ヒト起源配列データセットを用いたAD混合物解析は、縄文期末以降の群島への大陸遺伝子の流入の増加を支持する(図2Cおよびイチジク)。S5およびS6)。

縄文は、弥生の高いレベルでも見える、古墳と日本人のレベルが低下している、はっきりとした祖先成分(図2Cの赤で表される)を持っています。新しい先祖の成分は、アムール川流域とその周辺地域で見られるプロファイルに似た割合で、弥生に現れます。これらには、北東アジア人(水色で表される)で支配的な大きな成分と、より広い東アジアの祖先(黄色で表される)を表す別の小さな成分が含まれます。この東アジアの構成要素は、古墳時代と現代の日本の人口に支配的になります。

縄文系の深い発散

縄文と他の集団との分離(図2)は、以前の研究で提案された東ユーラシア人の間で明確な系統を形成するという考えを支持している(13, 14)。

この発散の深さを探るために、異なる数の混和事象を持つTreeMixを使用して、縄文の系統的な関係を17の古代および現在の集団と再構築しました(図3Aと図。S7) (29).

我々の結果は、縄文が上旧石器時代の東ユーラシア人(天元とサルキット)と古代東南アジアの狩猟採集者(ホアビンヒアン)の初期の発散の後に出現したが、現在の東アジア人を含む他のサンプルの分裂の前に現れたと推測する。

古代ネパール人(チョコパニ)、バイカル(Shamanka_ENとLokomotiv_EN)からの狩猟採集者、そしてプリモリー地方のチェルトヴィ・ボロタ洞窟(悪魔の門洞窟)、 そして更新世アラスカ(USR1)。さらに、fを用いた対称モデルの公式テストを通じて、この木の他の2つの深く発散した狩猟採集系統間の縄文の位置を確認する4(ムブティ、 X;ホアビンヒアン/DevilsCave_N、縄文)(図。S8、A、B)。

これらは、縄文時代の初めから私たちのデータセットのすべての東アジアの個人が以前に発散ホアビンヒアンよりも縄文に対する親和性が高いが、DevilsCave_Nと比較して親和性が低いことを示しています。

これは、縄文がホアビンヒアンと東アジア関連の系統の混合物である以前に提案されたモデルではなく、東ユーラシアの3つの異なる狩猟採集系統の推論された系統をサポートしています[3(縄文;ホアビンヒアン、DevilsCave_N)=0.193、Z = 61.355; テーブル S5] (12, 30)。

また、テストされたすべての移行モデルにわたって縄文から現代の日本人への遺伝子の流れを一貫して推測し、遺伝的貢献は8.9%から11.5%(図。S7)。これは、AD混合物分析から推定される現在の日本人個人における9.31%の平均縄文成分と一致している(図2C)。これらの結果は、縄文の深い相違と現在の日本人の祖先のつながりを示唆している。

図3.縄文系統の人口統計学的歴史

(A) 2回の移行モデルの下で TreeMix によって再構築された最尤系統樹。この木は、古代(太字)と現在の(斜体)集団の間の系統的関係を示しています。色付きの矢印は、移行経路を表します。移行の重みは、移行エッジから派生した祖先の割合を表します。m = 0 からm = 5 までの他のすべての移行モデルは、図に示されています。S7.(B) 中石器時代と新石器時代の狩猟採集者のための ROH スペクトル 8.8-ka-ka-old JpKa6904を含む.ROHの全長は、8.8歳の縄文個体のN(x軸)とT(y軸)の異なる組み合わせの下でのモデルのフィッティングの0.5から100 Mbまでの範囲の異なる均質性断片の異なるサイズに対してプロットされる。バルーンプロットの各点は、ログを表します10-スケールされた近似ベイズ因子(aBF)は、最も高い尤度を持つモデルと他の各モデルの間の尤度を比較します。aBF = 0 の点は、尤度が最も高いモデルです(N = 1000 とT = 20 ka 前)。S10)。NA は、aBF が 0 の尤度のためにモデルの測定不可能であることを意味します。(D) アウトグループfの比較3Fを使用して測定された3つのサブ期間に分けられた縄文データセットの統計結果3(Jomon_Sub期間、X;ムブティ)(イチジチを参照)。拡張分析の場合は S12)。3つのサブピリオドは次のとおりです: 初期縄文 (JpKa6906);初期の縄文(JpFu1、JpOd6、JpOd181、JpOd274、およびJpOd282)中、後期、および最終縄文(F5、F23、IK002、JpHi01、JpKo2、およびJpKo13)のマージされたグループ。

我々は、縄文系統の出現のタイミングを推定するために集団遺伝的モデリングを適用する。

我々のアプローチは、ゲノム全体のホモ接合性(ROHs)の実行のパターンを利用して、最も古く、最も高いカバレッジサンプルであるJpKa6904で観察されたROHスペクトルに最も適した人口統計シナリオを特定します(注S2を参照)。

ROHの分布は、有効な母集団の大きさと、個人内のハプロタイプの2つのコピー間の最新の共通祖先への時間を反映する(31, 32)。8.8歳の縄文はROHの高いレベルを運びます, 特に短いROHの最も高い頻度で (最近の近親交配ではなく人口の影響による) まだ報告されています (図 3B) (33).

このパターンは、縄文個体の間で強い共有遺伝的ドリフトと相まって(fig.S9)は、縄文集団が深刻な人口ボトルネックを受けたことを意味する。

母集団の大きさと分割時間のパラメータ空間を求めて、我々の推定値は、15〜20年前の間に縄文系統の出現を配置し、その後、少なくとも初期縄文期まで、約1000の非常に小さな人口サイズの維持を行う(図3Cと図。S10およびS11)。これは、LGM(34,35)の終わりに海面上昇と本土への陸橋の断絶と一致し、まもなく群島の縄文陶器の最初の出現に先立つ(2).
その後、縄文が血統の発散後に大陸上旧石器時代の人々と接触したかどうか尋ねたが、列島で孤立する前に、統計fを使用して4(ムブティ、 X;縄文、漢/大/日本語(イチジク)S8、C~E)。テストした上旧石器時代の個人のうち、Yana_UPだけが、それぞれ漢、大、または日本語よりも縄文に有意に近い(Z>3.366)。

この親和性は、これらの参照集団を他の東南アジア人および東アジア人(表S6)に置き換えても検出可能であり、縄文と古代北シベリア人の祖先間の遺伝子流れを支える、LGM(19)以前の北ユーラシアで広く普及している集団である。

最後に縄文集団内の時間的および空間的変動の可能性を調べた。

縄文期の初期、早期、中期期段階の段階で定義される3つの時間群は、古代および現在の大陸集団との遺伝的ドリフトの同様のレベルを示し、これらのサブ期間にわたって群島の外からの遺伝的影響をほとんどまたは全く意味しない(図.3Dおよび図。S12)。

このパターンは、さらに、任意の重要な遺伝子の流れの欠如によってバックアップされ、統計fで観察4(ムブティ、X;sub_Jomon私、sub_Jomonj)、iとjは3つの縄文群の任意のペア(図。S13)。

これらの縄文個体は、同様に、地理(すなわち、サンプルが配置されている異なる島:本州、四国、礼文島)によってグループ化された場合、大陸集団に対する遺伝的親和性の多様性を示さない(図。S14)。

縄文個体の中で観察可能な唯一の違いは、本州に位置する部位間の親和性がやや高く、本州と他の島々の間の遺伝子流れが制限されたインシュラー効果を意味する(図示.S15)。全体として、これらの結果は縄文集団内の限られた空間的および一時的な遺伝的変異を示し、何千年もの間、アジアの他の地域からほぼ完全に孤立するという考えを支持している。
弥生時代の水田稲作の分散

弥生文化に関連した群島の南西部の2人(図1)(15)は縄文と大陸の祖先の両方を持つことがわかった(図2)。

我々のqpAdm分析は、縄文系統の一部としてこれら2人をグループ化する形態学的評価とは対照的に、弥生が縄文の非混合子孫であるモデル(P = 0.00003)を拒絶した(16)。

縄文の祖先の成分は、群島に稲作を持ち込んだ人々によって導入された可能性があります。

私たちは、最初に、古代東ユーラシアの集団が、fを使用して縄文よりも弥生に対する遺伝的親和性が高いかどうかをテストしました4(ムブティ、 X;縄文、弥生)(図4Aと図。S16)。

大陸のサンプリングされた古代の集団のほとんどは、養殖が最初に長江渓谷(すなわち、湿米の架空の起源)から広がった黄河流域(20)からの集団を含む弥生に有意な親和性を示さない(36)。

しかし、養殖と文化的関係のない集団(Z>3.0)では、中国東北部の西遼川流域(WLR_BA_oとHMMH_MN)、バイカル(Lokomotive_EN、Shamanka_EN、UstBelaya_EBA)、北東シベリア(Ekven_IA)などで、弥生に対する過剰な親和性が検出された。

この親和性は、2人の個人(WLR_BA;では観察できません。Z = 1.493) 他の青銅器時代西遼川個人(WLR_BA_o)と同じ考古学的遺跡から来た人(20).この2人は、WLR_BA_o(1.8±9.1%)(20)よりもイエローリバー関連の祖先(81.4±6.7%)がはるかに高く、これは、テストされた古代黄河の個体数が弥生が運ぶ非縄文祖先の主要な源である可能性は低いことを意味します。

図4.弥生時代の遺伝的変化

(A)fからの結果を強調する地図4(ムブティ、 X;縄文、弥生);縄文よりも弥生に近い大陸古代集団(Z>3.0)は赤い三角形で表され、両方の集団と対称的に関連している人は灰色の円で表されます。(B) 縄文と、西遼川(WLR_BA_o又はHMMH_MN)またはバイカル狩猟採集者(Lokomotiv_EN)の青銅器時代又は中新石器時代の個人の二元的混和をモデル化した弥生の遺伝的祖先。垂直バーは、qpAdm によって推定される ±1 SE を表します。混合比率の値を表 S7 に示します。(C) 弥生と縄文の地理的位置との間の遺伝的ドリフトの相互関係弥生部位からの球面距離は、ハバーシン式(93)で測定される。地図は、赤い矢印と異なる色の円で縄文のサイトで弥生の考古学的遺跡をマークします。

これら6つの大陸祖先の潜在的な源をさらに見分けるために、我々は縄文の双方向混合物として弥生をモデル化し、それぞれをqpWave(表S7)を用いてモデル化した。混合モデルは自信を持ってサポートされていました(P > 0.05) これらの 3 つ: バイカル狩猟採集者とアムール川の祖先の高レベルを持つ西遼中新石器時代または青銅器時代の個人 (20).これらのグループはすべて、支配的な北東アジアの祖先成分を共有しています(図2Cと図。S17) (20).55.0の混合分率±10.1%、 50.6±8.8%、または58.4±縄文入力の7.6%は、これら3つそれぞれがそれぞれ第2のソースとして使用されたときにqpAdmによって推定され(図4Bおよび表S7)、西遼中新石器時代の個人が単一の源泉(S7)に合併されたときに61.3±7.4%の割合が返された。

我々は、fによってさらに確認する4(ムブティ、縄文;Yayoi_1、Yayoi_2)縄文の祖先のレベルは、これら2人の弥生個体(Z=1.309)の間で同等である。

これらの結果は、この北西部九州の地域に関連する弥生コミュニティへの先住民の狩猟採集者と移民の貢献の比率がほぼ等しいことを意味します。

このパリティは、ユーラシアの地理的極端な日本を反映したイギリスとアイルランドの群島(37-40)を含む多くの地域で最小限の狩猟採集者の貢献が観察されている西ユーラシアの農業移住と比較すると特に顕著です。

私たちの混和モデルで使用される西遼の人口は、自ら稲作を実践しませんでしたが、日本に広がる農業の架空のルートのすぐ北に位置しており、その結果は重みを与えています。
山東半島(中国東北部)に続いて遼東半島(朝鮮半島北西部)に入り、朝鮮半島を経由して列島に到達する(41)。

さらに、弥生文化が群島に広がった様子を、グループ外で調べた。3弥生と縄文の各人との間の遺伝的親和性を測定した統計我々は、共有遺伝的ドリフトの強さは、弥生個体の位置(P = 0.00697)からの距離と有意な相関関係を有することを発見した。図4C);縄文遺跡が弥生遺跡に近づくほど、縄文の個体は弥生と遺伝的なドリフトを共有する。この結果は、朝鮮半島(41,42)を介した米の導入を支援し、続いて列島南部の縄文群と混和した。

古墳時代の移民の遺伝的祖先

歴史的記録は、古墳時代の大陸から群島への継続的な人口移動を強力に支援する(1)。

しかし、3人の古墳個体のqpWaveモデリングは、弥生個体(P<0.05;表S8)に適合した縄文と北東アジアの祖先の双方向混和を拒絶した。

したがって、古墳は、私たちのアウトグループfからサポートされているように、その祖先の構成要素の面で弥生とは遺伝的に異なっています3、PCA、およびAD混合物クラスタ(図2)、および以前の形態学的研究(43,44)からも。

古墳個体の遺伝的構成に寄与した追加の祖先群を同定するために、我々は、fを用いて、古墳と各大陸集団との間の遺伝的親和性を試験した。4(ムブティ、 X;弥生、古墳)(図5Aと図。S18)。私たちのデータセットの古代または現代の人口のほとんどは、弥生よりも古墳にかなり近いことがわかります。この知見は、ゲノムをこれら2つの期間から分離する6世紀の間に群島への追加の移動を意味する。

図5.古墳時代の遺伝的変化

(A)fからの結果を強調する地図4(ムブティ、 X;弥生、古墳);Zスコアが>3.0の弥生よりも古墳にかなり近い大陸の古代と現在の集団は赤い三角形で表され、両方の集団に対称的に関連するものは灰色の円で表されます。テストされた人口は、年齢に応じて、上石器時代(紀元前16,000年 >)、縄文(紀元前16,000年から3000年まで)、ポスト縄文(紀元前3000年から現在まで)、そして現在の4つの異なる期間に分かれています。現在のパネルでは、青い三角形で漢が強調表示されます。(B) 縄文・北東アジア(WLR_BA_o・HMMH_MN)・漢の三者混合をモデル化した古墳個体の遺伝的祖先垂直バーは、qpAdm によって推定される ±1 SE を表します。混合比率の値は、表S10に示されている。

我々は、弥生の双方向混和と我々のfから同定された集団の適合をテストすることによって、この移行の原因を狭めようとした4Kofun に著しく近い統計 (表 S9)

この混合モデルは、テストされた59個の集団のうち5人に対してP>0.05で確実にサポートされていました。

次に、qpAdmを適用して、弥生とこれらの各ソースからの遺伝的貢献を順番に定量化しました(表S9)。

双方向の混合モデルは、異なる参照セットからのサポートの欠如のために、その後、追加の 2 つの集団で拒否されました。

残りの3つの人口(漢、韓国、YR_LBIA)は、古墳(図示)への20〜30%の貢献を示しています。S19)。これらの3つはすべて強い遺伝的ドリフトを共有しています(図の緑色の正方形で強調されています。

S17)は、そのAD混合物プロファイルにおける広く東アジアの祖先の主要な構成要素を特徴とする(図示。S6)。古墳個体のさらなる祖先の源を更に選別するために、弥生の祖先を縄文と北東アジアの祖先に置き換えて三者混合をテストしました(表S10)。

漢だけが、モデル内の祖先の源としてうまくモデル化された(図5B)、可能な双方向混合モデル(表S11)よりも三方向混合の適合性が著しく優れている。

縄文の祖先がサンプリングされた弥生と古墳の集団の間で約4倍希釈されていることを考えると、これらの結果は、国家形成段階が東アジアの祖先を持つ移民の大量流入を見たことを示唆している。

次に、弥生と古墳時代の両方で観測された大陸祖先が、北東と東アジアの祖先の中間レベルを有する同じ源源に由来する可能性を探る(表S12)。

黄河流域(YR_LBIA)(20)の青銅器時代後期と鉄器時代の個体の人口であるKofunの双方向混合物に合わせる候補は1人しか見つからなかった(20)、これは参照セット(ネスト、P = 0.100;表S13)全体で一貫していなかった。

縄文(Z=2.487)の排除に弥生との統計的に有意な遺伝子の流れを示さないにも関わらず(図4A及び図一覧)。S16)、YR_LBIAと縄文の双方向モデルも弥生に合うことがわかります(表S14)。

この黄河の集団は、qpAdmによって推定されるように、約40%の北東アジアおよび60%の東アジア(すなわち、漢)祖先を有する中間遺伝的プロフィールを有する。

したがって、これは、これらの集団の37.4±1.9%および87.5±0.8%の入力を持つ、特定のモデルで弥生と古墳の両方に適合する中間遺伝的プロファイルである(表S14)。これらの結果は、単一の源からの連続的な遺伝子の流れが弥生と古墳の間の遺伝的変化を説明するのに十分かもしれないことを示唆している。

しかし、我々のより広範な分析は、単一の遺伝子流源が2つの異なる移動の波よりも可能性が低いことを強く示唆している。

まず、AD混合物で同定された北東アジアと東アジアの祖先の比率は、弥生(1.9:1)と古墳(1:2.5)の間で全く異なっていた(図2C)。

第二に、大陸親和性におけるこのコントラストは、異なる形態のf統計でも観察可能であり、北東アジアの祖先との間に有意な親和性を有する弥生の繰り返しパターンがある(図4A及び図同図)。S16)、古墳個体は漢や古代黄河の集団を含む他の東アジア人と緊密なクラスターを形成している間(図5Aとイチジク)。S17およびS18)。

最後に、私たちは、日付によって古墳個体の混合物の年代測定から2パルスモデルのサポートを見つける(fig.S20) (45).中間集団(すなわち、YR_LBIA)を伴う単一の混和事象は、現在(B.P.)の213年前に1840±発生したと推定され、これは弥生期(〜3カ前)の発症よりはるかに遅い。

対照的に、2つの異なるソースを持つ2つの別々の混和イベントが想定される場合、結果として得られる推定値は、縄文と北東アジアの祖先の間の混合物のための八世と古墳時代(紀元前825年±3448±、縄モンと東アジアの祖先の175年 ±の紀元前175年と一致するタイミングに合理的に適合します。S20)。これらの遺伝的知見は、考古学的証拠と歴史的記録の両方によってさらに支持されており、期間中に大陸から新しい人々が到着したことを記録しています(1)。

現在の日本語における古墳の遺伝的遺産

3人の古墳は、図2に示すように、現在の日本人と遺伝的に類似している。これは、古墳時代以降の日本の集団の遺伝的構成に大きな変化がないことを意味します。現在の日本のサンプルで追加の遺伝的祖先のシグナルを探すために、我々は大陸集団がfを用いて古墳に対して現代のゲノムに対して優遇関係があるかどうかをテストした。

4(ムブティ、 X;古墳、日本語)(イチジク。S21)。古代の集団の中には、日本よりも古墳に対する親和性が高いものもあるが、こがんに存在する祖先の追加の源泉としてqpAdmによって支持される者はいない(注S3および表S15を参照)。

予想外に、古代や現代の人口は、古墳の排除に現在の日本人と追加の遺伝子の流れを示していません。我々の混合モデリングは、現在の日本人集団が縄文や弥生の祖先を増やさず、また現在の東南アジア人や東アジア人、シベリア人に代表される祖先を導入することなく、Kofunの祖先によって十分に説明されていることをさらに確認する(表S16)。

また、現代の日本人の人口は、古墳個体(表S17)の三者混合と同じ先祖の成分を持ち、古墳個体(図示)と比較して、現代の日本人における東アジアの祖先のレベルがわずかに増加していることも分かる。S22)。

これは、遺伝的連続性の一定のレベルを示唆していますが、絶対的ではありません。古墳と現代日本人の集団との間の連続性の厳密なモデル(すなわち、古墳系統に特有の遺伝的ドリフトがない)は拒絶される(表S18)(46)。

しかし、我々は、日本の人口(15.0±3.8%)の縄文祖先の希薄化は、古墳個体(13.1±3.5%)に比べて(図示.S22)、前の弥生及び古墳時代とは対照的に、大陸移動により縄文の祖先が著しく減少した(図4及び5)。「混和しない」モデルを用いて、小船と日本人の間の遺伝的なcladalityを「混和しない」モデルでテストしたところ、古墳が日本人とのクレードを形成していることがわかった(P=0.769)。

これらの結果は、状態形成期間によって確立された3つの主要な祖先成分の遺伝的プロファイルが、歯科および非メートル頭蓋形質(47,48)からも支持されるように、現在の日本の集団の基礎となっていることを示唆している。

議論

我々のデータは、現在の日本人集団の三祖先構造の証拠を提供する(図6)、縄文と弥生起源の確立された二元構造モデルを改良する(5)。

縄文は、現代日本人の中でユニークな遺伝的要素の根底にあるLGMに続いて、日本列島内の長期的な孤立と強い遺伝的ドリフトのために独自の遺伝的変異を蓄積しました。

弥生時代は、少なくとも2.3カ前から始まるアジア本土からの実質的な人口移住で、この孤立の終わりを告げています。

しかし、その後の日本の前産原始史の農業と国家形成段階の間に群島に到着した人々のグループ間には明確な遺伝的区別があります。弥生の人の遺伝データは、古墳の東アジアの祖先を広範囲に観察しながら、形態学的研究(5,49)から支持された群島における北東アジアの祖先の存在を記録しています。縄文、弥生、古墳の各文化を特徴づける先祖は、今日の日本の人口形成に大きく貢献しました。

図6.ゲノムは、先史時代と原始の日本における文化的転換と並行して移行する。

縄文は、日本列島における強い遺伝的ドリフトと長期的な孤立のために非常にユニークな遺伝的プロフィールを持っていました。米の栽培は、弥生時代に北東アジアの祖先(WLR_BA_oとHMMH_MNに代表される)を持つ人々によってもたらされました。移住のさらなる波は、古墳時代に列島に広範囲にわたる東アジアの祖先(漢に代表される)をもたらしました。それ以来、この三者の祖先構造は、群島で維持され、近代日本人の遺伝的基盤となっています。

縄文の祖先は、東南アジアで、他の古代・現代の東アジア人(12~14)との深い相違をもとに生まれたものと提案されている。この発散のタイミングは、以前は18〜38カ前(14)の間であると推定されていました。

8.8歳の縄文個人のROHプロファイルによるモデリングは、この日付を20〜15年前の範囲内の下限に絞り込みます(図3)。

日本列島はLGM(28年前)(34)の初めに朝鮮半島を通じてアクセス可能になり、大陸と群島の間の人口移動を可能にしました。その後の海面上昇による韓国海峡17~16カ前の拡大は、縄文系の他の大陸からの孤立につながり、縄文陶器生産の最も古い証拠とも一致している可能性がある(2)また、縄文が初期縄文期間中に1000人の有効母集団規模を小さく保ち、その後の期間や群島の異なる島々でのゲノムプロファイルの変化をほとんど観察していないことも示しています。

農業の普及は、多くの地域で観察された狩猟採集者の人口からの最小限の貢献で、ヨーロッパの大部分で新石器時代の移行に記載されているように、人口の置換によってしばしばマークされます(37–40)。

しかし、先史時代の日本の農業移行が、九州の先住民縄文と新しい移民からの遺伝的貢献にほぼ等しい、置換ではなく同化の過程を伴っているという遺伝的証拠を見つける(図4)。

これは、少なくとも群島の一部が弥生時代の初めに農業移民に匹敵する大きさの縄文集団を支持したことを意味し、一部の縄文コミュニティ(50-53)が実践する高い座りっぱなしの度合いに反映されている。

弥生によって継承された大陸成分は、アムール川の祖先の高いレベル(すなわち、WRL_BA_oとHMMH_MN)の西遼川流域の中新石器時代と青銅器時代の個人によって私たちのデータセットで最もよく表されます(20)。

この地域からの集団は、時間と空間において遺伝的に異質である(20)。中新石器時代の移行(すなわち、6.5〜3.5カ前)は、イエローリバーの祖先が25%から92%に増加したが、アムール川の祖先が時間の経過とともに75%から8%に減少し、キビ養殖の激化に関連することが特徴である(20)。

しかし、アムール川流域からの人々の明らかな流入により、約3.5カ前に始まった青銅器時代に再び人口構造が変化します(fig.S17) (20).

これは、トランユーラシア語と中新言語サブグループ(54)の間で集中的な言語借用の始まりと一致する。弥生に対する過剰な親和性は、遺伝的に古代アムール川の集団や現在のタンギシック語圏集団に近い個体(図4と図)で観察可能である。S17)。

我々の知見は、米農業の広がりは西遼川流域の南に始まったが、遼東半島のどこかに住んでいたが、さらに北の人口から祖先の主要な構成要素を導き出す人々によって群島に湿った稲作が導入されたことを意味する(55)。

古墳文化の最も顕著な考古学的特徴は、エリートを鍵穴型のマウンドに埋葬する習慣であり、その大きさは階層的な階級と政治的権力を反映している(1)。

この研究で配列された3人のKofun個体は、それらの騒動(注S1を参照)に埋葬されておらず、彼らが下位の人々であることを示唆している。

彼らのゲノムは、東アジアの祖先が多い人々の日本への到着と弥生集団との混和を記録している(図5と図。S17)。この追加の祖先は、複数の祖先成分を持つハンによって分析されるのが最も良い。最近の研究では、新石器時代以降に大陸で形態学的に均質になった人々(56)は、古墳時代の移民がすでに非常に混合されていたことを意味すると報告されています。

数行の考古学的証拠は、弥生小船移行中に朝鮮半島南部から日本に新たな大規模集落が導入されたのを裏付けている。

日本、韓国、中国の間の強い文化的、政治的親和性は、中国の鏡や硬貨、鉄生産用の韓国の原料(1)、金属器具に刻まれた漢字(例えば剣)(57)など、いくつかの輸入品からも観察可能である。

海外からのこれらの資源へのアクセスは、群島内のコミュニティ間で集中的な競争をもたらしました。これにより、黄色海沿岸などの大陸の政治との政治的接触が促進され、支配のために(1)。

したがって、コファン時代を通じて、継続的な移動と大陸への影響が明らかになっています。我々の知見は、この状態形成段階における新しい社会的、文化的、政治的特徴の出現に関与する遺伝的交流を強く支持する。

この分析には注意点があります。

第1に、弥生文化に関連する骨格遺跡が縄文(16)と形態的に類似している地域の後期弥生個体は2人に限られている。他の地域や他の時点からの弥生個体は、異なる祖先プロファイルを有し得る,例えば大陸様または古墳様祖先。

第二に、私たちのサンプリングは、同じ埋葬地から来た3人のKofun個人の場合と同様に、ランダムではありません(表S1)。弥生と古墳集団の遺伝的祖先の時間的および地域的な変動を追跡し、ここで提案された日本の集団の三者構造の包括的な見解を提供するために、追加の古代ゲノムデータが必要となる。

要約すると、我々の研究は、農業と技術主導の人口移動が大陸の残りの部分から何千年もの孤立を終えた前後の、日本列島に住んでいた人々のゲノムプロファイルの変化を詳細に見ています。これらの孤立した地域からの個体に対する古代のゲノミクスは、主要な文化的転換がヒト集団の遺伝的構成に及ぼす影響の大きさを観察するユニークな機会を提供する。』

〔AUKUS(オーカス)〕

AUKUS
https://ja.wikipedia.org/wiki/AUKUS#:~:text=AUKUS%E3%80%81%20%E3%81%BE%E3%81%9F%E3%81%AF%20Aukus%20%EF%BC%88%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%82%AB%E3%82%B9%E3%80%81%20%5B%20%CB%88%C9%94%CB%90k%C9%99s%5D%20%3B%E3%80%8C%20A,%28AU%29%E3%80%81%20%E3%82%A4%E3%82%AE%E3%83%AA%E3%82%B9%20%28UK%29%E3%80%81%E3%81%8A%E3%82%88%E3%81%B3%20%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB%E5%90%88%E8%A1%86%E5%9B%BD%20%28US%29%E3%81%AE%E4%B8%89%E5%9B%BD%E9%96%93%E3%81%AE%20%E8%BB%8D%E4%BA%8B%E5%90%8C%E7%9B%9F%20%E3%81%A7%E3%81%82%E3%82%8B%20%E3%80%82

『AUKUS、またはAukus(オーカス、[ˈɔːkəs] ;「Australia・United Kingdom・United States」の頭文字)は、オーストラリア (AU)、イギリス (UK)、およびアメリカ合衆国 (US)の三国間の軍事同盟である[1][2][3][4][5][6][7][8][9][10]。

2021年9月15日に発足が発表された[1]。』

『概要

アメリカ合衆国とイギリスは、オーストラリアが原子力潜水艦を開発および配備するのを支援し、太平洋地域における西側諸国の軍事的プレゼンス(影響力)を強化することを目指している[11]。オーストラリアのスコット・モリソン首相、イギリスのボリス・ジョンソン首相、アメリカのジョー・バイデン大統領による共同声明では、特定の国名は挙げられていないが、ホワイトハウスの情報筋は、インド太平洋地域において影響力を増す中華人民共和国 (PRC)に対抗する意図があると述べており、多くのアナリストもこの見方をとっている[12]。この協定は、オーストラリア・ニュージーランド・アメリカ間で締結されているANZUS協定(オーストラリア・ニュージーランド・アメリカ合衆国安全保障条約、アンザス)の後継として位置づけられるのではないかとみられている。ニュージーランドについては原子力エネルギーの利用を「1987年のニュージーランド非核地域・軍縮・軍備管理法」(非核法)(英語版)によって禁止しているために「オブザーバー」のようにみなされているが、現時点ではニュージーランドのAUKUSとの関わりについて、公式な声明はニュージーランド政府からもAUKUS加盟国からも出されていない[13][14][15]。

この協定は、潜水艦や自律型無人潜水機、長距離攻撃能力、敵基地攻撃能力などの軍事分野やサイバー戦争の抑止のためのサイバーセキュリティ、人工知能 (AI)、また近年研究開発が進む量子コンピュータを用いた暗号化技術を念頭に量子技術といった最先端テクノロジーの開発を主要な対象としている[9][16][17]。また、アメリカとイギリスとについては、核弾頭を搭載した弾道ミサイルなどを含む核兵器インフラストラクチャ―に関するコンポーネントも含まれている[1]。協定は軍事面に焦点を合わせたもので、ニュージーランドとカナダも含まれる情報共有に関する枠組みであるファイブ・アイズ(UKUSA協定)とは別の枠組みとなっている[18]。』

『潜水艦

航行中の米海軍原潜 バージニア
(2004年7月)

協定にはオーストラリアが原子炉を動力源とする原子力潜水艦を保有できるようにするための条項が含まれる[19][9][20]。しかし、これによりコリンズ級潜水艦の後継として予定されていた、ディーゼルエンジンと電気モーターを動力源とする通常動力型潜水艦であるアタック級潜水艦の配備計画を中止し、これに関するフランスとの共同開発に関する合意を破棄する必要があるとされている[21][22][23][24][注釈 1]。オーストラリアは自国内で濃縮ウランを生産せず、高濃縮ウラン潜水艦の動力源となる高濃縮ウランはアメリカがオーストラリアに供給することで合意している[11][注釈 2]。これにより、オーストラリアは、国連安保理常任理事国であるアメリカ・ロシア・中国・イギリス・フランス5か国と、それらに次いで保有するインドに続く7番目の原潜保有国になるとみられている[27]。原子力潜水艦は、通常動力型潜水艦と比べ、搭載するミサイルの射程距離が長く、航行速度も早い上、より長く潜水時間を持続することができ、また潜水時も静かなため探知されにくく、装備の積載量も多くすることができる[27][9]。

オーストラリア海軍は通常動力型のコリンズ級潜水艦6隻をフランスとの合意に基づき予定していたフランス海軍のシュフラン級をベースとした通常動力型のアタック級潜水艦12隻でなく[28][29]、英米との共同開発の次期原子力潜水艦8隻によって更新する予定となった[30]。配備される原潜は、パースの豪海軍スターリング基地(英語版)に配備されているアメリカ海軍のバージニア級、もしくはイギリス海軍のアスチュート級原子力潜水艦がベースとなる可能性がある[31][32][30]。

2021年9月16日にワシントンD.C.で行われた米豪国防・外務閣僚協議(2プラス2)においてピーター・ダットン豪外務大臣(英語版)は、「あらゆる種類の米軍機のオーストラリアへのローテーション配備を通じた航空協力の強化」を進め、「戦力態勢の協力を大幅に強化する」と述べた[33][34][35][36]。また、ダーウィンへ配備される米軍の部隊数を増やす可能性や、米国や他の地域のパートナー国との合同軍事演習の増加、オーストラリア国内における基地や兵器庫、火薬庫の新設なども示唆した[33]。ロイド・オースティン米国防長官も、米豪両国はより多くの合同演習の機会を模索していくと述べ、オーストラリアに駐留する米軍部隊の規模を拡大するとともに、配備する軍用機数を増やすと強調、アメリカが核技術を与え、オーストラリアに中距離弾道ミサイル保有を迫っているとの憶測を否定した[33]。

英米の協力により豪海軍への配備が計画されている原子力潜水艦の装備について、スコット・モリソン豪首相は、「核兵器ではなく通常兵器」と明かし、「核兵器保有の意思はない」とオーストラリアの核武装を否定、ジョー・バイデン米大統領も「潜水艦に核兵器を搭載することはない」と発言している[7][6][9][17]。』

『コンピューターとサイバーテクノロジー

AUKUSの発表には「共同能力と相互運用性」を向上させることが目的として明記された。その手始めとして、サイバー能力、人工知能(AI)、量子技術、海底ケーブルの敷設などに焦点を当てる[37][9][16]。日本の衆議院外務委員会、アメリカでの下院外交委員会にあたる、イギリスの庶民院外務委員会委員長のトマス・タジェンダット議員(英語版)はTwitterで「この3つの同盟国の軍産複合体を一緒にすることは、関係を一変させるものです。我々はこれまでも相互運用を行ってきましたが、今まで以上のものを目指しています。イギリス、オーストラリア、アメリカは今後、人工知能から高度な技術まで、様々なプラットフォームの共有やイノベーションのコストを分担することで、コストの節約、削減が可能になります。特に小国である二国にとっては、これは画期的な出来事です」とコメントした[38][39][40]。英誌『Engineering & Technology』(英語版) の記事ではHuawei(華為、ファーウェイ)の世界的な市場規模拡大が影響していると分析している[40]。ファーウェイはイギリス、アメリカやオーストラリア、また日本やドイツなどにおいて、国家安全保障、特に経済安全保障上の理由から、通信インフラに関する設備の入札から除外する動きがみられている[40][A]。また、2021年3月に米人工知能国家安全保障委員会(英語版)が発表したAIに関する声明についても触れ、オーストラリア国内での取り組みを強化するだけでなく、「来たるべきAI開発競争の加速化と紛争化の時代にうまく防衛手段を講じ、これまでも親密な同盟国だけでなくパートナーとなる国々とともに結集し、有利に競争を行う」ことが必須となると指摘している[40]。

中国は2017年に「新世代人工知能開発計画」を発表し、習近平主席は2030年までに中国がAIの先進国になることを訓示している。AIコンピュータ「AlphaGo」が囲碁で世界チャンピオンの李世乭イ・セドルを破ったことで、中国人民解放軍の軍事政策を立案する総参謀部の当局者間においてもAIが注目を集めた[40]。中国の軍事当局者は囲碁について、軍事をモチーフにしたボードゲームとして、実際の戦争に応用できるような重要な戦略を試す手段とみることができると考えているとみられている[40]。』

『オーストラリア国内での対応

野党、労働党のアンソニー・アルバネーゼ党首(英語版)は、国内において民間の原子力産業を拡充する必要がなく、また今後もオーストラリアが核兵器を保有せず、核不拡散条約 (NPT) に基づく責任に合致するのであれば、オーストラリアへの原子力潜水艦配備を支持すると述べた[46]。一方、労働党のポール・キーティング元首相は、「米国に物質的に依存することで、オーストラリアが適切と考えるあらゆる関与の自由や選択が奪われ、オーストラリアは主権をさらに喪失することになるだろう」と非難した[46]。同じく労働党のケビン・ラッド元首相は、中国に対する過度な批判を戒め、オーストラリアが静かに軍事力を向上するよう注力することを提言した[47]。

自由党のトニー・アボット前首相は「オーストラリア政府が過去数十年間の中で下した最大の決断」と呼び、「中国という現代の大きな戦略的課題に立ち向かうために、米国や英国と肩を並べるつもりであることを示している」と評した[47]。また、結果としてオーストラリアがより安全になると述べるとともに、中国の海軍力の増大を理由に挙げ、原潜配備を正当化し、評価した[47]。』

『国際的な対応

オーストラリア政府は2021年9月16日に地域諸国の外交使節団に概要を説明する予定だが、フランスのエマニュエル・マクロン大統領との会談は16日まで延期されることとなった[21]。 フランスのジャン=イヴ・ル・ドリアン外務大臣とフロランス・パルリ国防大臣(フランス語版)は共同声明で、オーストラリアが500億〜900億豪ドル(約309〜558億ユーロ、日本円では約4兆〜7兆円)規模で12隻の通常型潜水艦を提供する予定だったフランスとの潜水艦共同開発計画を破棄したことに失望の意を表明した[B]。ル・ドリアン外相はラジオのインタビューで、オーストラリアによる契約破棄を「裏切り」とし[53][52][54][56]、「後ろから背中を刺すようなもの」と形容した[27][55][57]。また、アメリカについて「ドナルド・トランプ前大統領のやり方を彷彿とさせる」と批判し[C]。アメリカのアントニー・ブリンケン国務長官やオーストラリア外務省の報道官が「フランスは重要なパートナー」であると釈明にしたが[58][24]、フランスが抗議のために豪米2か国に駐在する大使を召還、フランス本国へ一時帰国させる「対抗措置」をとった[D]。トランプ大統領退陣以後、バイデン大統領の自由民主主義国との協調外交、いわゆる「価値観外交」の下、西側諸国はG7コーンウォール・サミットなどを通して対中姿勢においても歩調をあわせることを目指してきたが[69]、オーストラリアの原子力潜水艦導入を巡る、これらの出来事によって西側諸国の連帯感、足並みが少し乱れる事態となった[55]。なお、フランスは北大西洋条約機構(NATO)の「軍事機構」を、NATOがアメリカ中心の組織であることへの反発から1966年から2009年にかけて一時離脱していたことがあったが、NATOからの再離脱についてル・ドリアン仏外相は否定している[59]。その一方で、NATOの新しい基本戦略、いわゆる新「戦略概念」の策定にNATO加盟国間の国際問題として波及する恐れがあると指摘している[59]。

イギリスのボリス・ジョンソン首相は、オーストラリアに配備する原潜に関する契約により「何百人もの高度な技能を持つ技術者への雇用」が創出されるとともに、「世界の安全と安定が保たれる」と主張した一方、フランスとの関係はこれまで通り「盤石」だと述べている[27]。 アメリカのジョー・バイデン大統領は、オーストラリアへの原潜技術供与は「この地域の現在の戦略的環境とそれがどのように発展していくか、という両方に対処するための方法」であると述べた[70]。

2021年9月16日、ニュージーランド (NZ) のジャシンダ・アーダーン首相は、従来通り、自国領海への原子力潜水艦の航行を許可しないという考えを表明するとともに、NZの非核化に対する伝統的な姿勢、立場を改めて示した[71][6][72]。協定については現時点では打診されておらず、豪英米3か国による協定の打診についても予想していなかったと述べている[71]。

ある米国高官は、オーストラリアとの合意は「一回限りの」例外であると述べた。オーストラリアとブラジル[73][74][注釈 3]は、原子力潜水艦を保有するも、核兵器を持たない最初の国々となるとみられる。一方、他国が同様のアプローチによって原潜の原子炉で使用するためのウラン濃縮を行い、国際原子力機関 (IAEA) による定期的な査察による保障措置を受けずに核開発を行う抜け道を作り、核兵器拡散のリスクが高まる可能性があるという懸念が指摘されている[75]。

中華民国 (台湾) の頼清徳副総統はこの協定を歓迎し、「この地域の民主主義・平和・繁栄のための前向きな進展」と言及した[76]。

日本の加藤勝信官房長官は6月17日の定例記者会見において、日本の提唱する自由で開かれたインド太平洋戦略に触れた上で、「インド太平洋地域の平和と安全にとって重要」と評価した[77][78][6]。また、茂木敏充外務大臣もマリズ・ペイン外務大臣(英語版)との電話会談で「歓迎」の意思を伝えた[79]。一方で、菅義偉首相がAUKUS発足前の6月17日に「対中包囲網など私もつくりませんから、まず」と発言していたように[80][81][82][83]、QUADに比べ、中国を念頭に置いた軍事同盟としての性格や傾向が強く、高いレベルでの連携が求められるAUKUSに日本が直接加わる可能性は現時点では低いとみられている[10]。

また、オーストラリアと同じく、QUADに加わる日本、インドやANZUSに加わっているニュージーランドのほか、シンガポール、フィジー、パプアニューギニアといったアジア太平洋地域の国々の首脳からも「歓迎」の声が挙がっている[84]。』

『中華人民共和国の反応

日本の外務省にあたる中華人民共和国外交部の趙立堅報道官は、「米英豪は、原子力潜水艦の開発に協力することで、国際的な不拡散努力の努力を阻害し、軍拡競争を悪化させ、地域の平和と安定を著しく損なおうとしている」と非難し、強く反発する姿勢を示した[85][E]。また、ワシントンD.C.にある在アメリカ合衆国中華人民共和国大使館(中国語、英語版)は、3か国が「冷戦精神とイデオロギー的偏見」を持っていると非難する声明を発表した[27][86]。また、中国共産党機関紙『人民日報』傘下のタブロイド紙『環球時報』及びその英字紙『Global Times』は社説においてオーストラリアを「中国の敵」と名指しして批判する記事を掲載した[86]。』

『QUADとAUKUS

AUKUSは軍事・安全保障に主軸を置いた枠組みだが、 日米豪印戦略対話 (QUAD) とは少し趣が異なる。AUKUSは、中国との軍事力の均衡をとるためにオーストラリアの軍事力を強化することを目指している。つまり、オーストラリアの軍事力を強化し、中国の軍事力に対抗することを目的としている。一方、QUADは外交面での枠組みであり、同様に中国と加盟国との間で政治や外交、軍事面においてバランスを取るとともに、QUAD内で民生協力を進めることも目的としている[10]。 AUKUSとQUADはどちらも並行して活動が進められ、将来的に合併、統合する可能性もある[89]。』

フランスが裏切りだと叫んだ豪原潜導入の舞台裏、残酷な計算結果に基づきオーストラリア優先

フランスが裏切りだと叫んだ豪原潜導入の舞台裏、残酷な計算結果に基づきオーストラリア優先
https://grandfleet.info/us-related/behind-the-scenes-of-the-introduction-of-the-australian-submarine-which-france-shouted-betrayal-prioritize-australia-based-on-cruel-calculation-results/

『英国のウォレス国防相は「フランスが豪原潜導入を支援する枠組みから外れたのはAUKUS設立がファイブアイズの信頼関係に基づいているからだ」と明かしたが、NYタイムズ紙が報じた豪原潜導入の舞台裏はもっと生々しいもので「ある同盟関係と他の同盟関係に表向き平等な信頼を口にしていても戦略上重要な判断を求められると残酷な計算結果に基づき判断が下される」と結論づけた。

参考:Secret Talks and a Hidden Agenda: Behind the U.S. Defense Deal that France Called a ‘Betrayal’

米国も最後までフランスに沈黙を貫き通した豪原潜導入の舞台裏、変化し続ける世界情勢の中で国益もまた変化するということを再確認

NYタイムズ紙が報じた豪原潜導入の舞台裏を要約すると以下の通りになる。

アタック級潜水艦はシュフラン級原子力潜水艦を通常動力に変更するための設計作業が予定よりも遅延、さらにオーストラリア産業のプログラム参加(オフセット)を取りまとめる仏NavalGroupの作業も複雑さに起因する問題で順調には進んでおらず1番艦の就役も2035年頃にずれ込むことが確実視されており、オーストラリアはアタック級潜水艦の性能が就役と同時に時代遅れの産物になるのではないかと危惧。

出典:Royal Australian Navy アタック級潜水艦の完成イメージ

新たに誕生したバイデン政権は中国に対抗する新たな戦略を英豪に提示、この頃のオーストラリアではアタック級潜水艦の15年後の性能に対する信頼は完全に失われていて南シナ海で行動する十分な性能を備えた原子力潜水艦の導入を米英に相談(今年の3月頃)、3ヶ国の首脳は豪原潜導入を支援する枠組みについての話し合いをスタートさせることになる。

因みに中国問題を安全保障上の中心に据えていた米国やこれを支持する英国でも「フランス製の潜水艦では中国の沿岸を急襲するような能力はない」と危惧していたらしく、バイデン大統領は直接側近に「オーストラリアのフランス製潜水艦では駄目だ」と漏らしていたとNYタイムズ紙は報じているので、米英にとっても豪州の原潜導入の相談は渡りに船だったのだろう。

ここで問題になったのは米英豪の利害一致から外れることになるフランスをどう取り扱うかで、この動きがフランスに知られると間違いなく妨害を受けるため極少数の関係者で話し合いを進めることになり、契約破棄に関するフランスとの交渉はタイミングを見てオーストラリアが行うことになっていたらしい。

出典:The White House / Public Domain

話し合い自体はフランスに気づかれないまま順調に進みG7開催中に米英豪はAUKUSの枠組みについて大筋で合意、これを受けてオーストラリアのモリソン首相はG7出席後にフランスを訪問してマクロン大統領と会談、我々は潜水艦に求める戦略上の要求を変更する可能性があると切り出したがマクロン大統領は「それを決定するのはオーストラリア自身だ」と返答したらしい。

つまりモリソン首相はフランス側に真意が伝わったのかどうかはさておき契約破棄に関する事前通告は行ったと認識、しかし米英豪の動きに全く気付いていなかったマクロン大統領はモリソン首相の話を「潜水艦に対する仕様変更」と受け取っており、それを示すように駐米フランス大使も「米メディアのPolitico誌が15日にAUKUS設立をバイデン大統領が発表するとリークしたことで米英豪の動きを始めて知った」と証言している。

ただ本国のフランス政府はAUKUS発表の1週間に何かが動いていることを疑い始め米国に問い合わせを行っているが、米国も最後までフランスに沈黙を貫き通したため何が起こっているのか把握できず、最終的に米国がフランスに事実を明かしたのはPolitico誌リーク後(バイデン大統領会見の数時間前にサリバン大統領補佐官が駐米フランス大使に説明)だった。

出典: LA(phot) Mez Merrill/MOD

NYタイムズ紙は政権内部一部に「フランスへもっと早く伝えるべきだった」という意見もあったに実行に移されなかったのは豪原潜導入をフランスに説明したり、この枠組みにフランスを参加させるため議論が長引くことを嫌った=ある同盟関係と他の同盟関係に表向き平等な信頼を口にしていても戦略上重要(米国の国益)な判断を求められると残酷な計算結果に基づき決断が下されると結論づけているのが興味深い。

このような残酷な計算結果に基づく決断は英仏のスエズ運河侵攻に対する不支持表明や、日本への事前通知なしに金本位制からの離脱を行ったニクソン・ショックと同じだとNYタイムズ紙は指摘したが、フランスとの関係よりもオーストラリアとの関係を優先したのは米国にとって経済的・戦略的利益が最も大きいインド太平洋地域に欧州からシフトするという方針に従っただけとも言える。

どちらにしても永遠の関係というものはこの世に存在せず、米国のフランス切り捨ては変化し続ける世界情勢の中で国益もまた変化するということを再確認させられた出来事だと言えるだろう。

関連記事:G7の裏で進められた豪州の原潜導入、フランスが外された理由はファイブアイズ参加国でないため

※アイキャッチ画像の出典:The White House / Public Domain 』

EU離脱の英国、AUKUSを影で主導

EU離脱の英国、AUKUSを影で主導 成果誇示も仏とは険悪に
https://www.asahi.com/articles/ASP9M61BLP9MUHBI009.html

『米英豪による新たな安全保障協力枠組み「AUKUS(オーカス)」をめぐり、欧州連合(EU)を離脱した英国が独自外交で存在感を示せたと、成果を誇っている。半年前からひそかに計画を進めて米豪の橋渡しをするなど、AUKUS立ち上げに大きな役割を果たしたためだ。

 英タイムズによると、今回の計画が動き出したのは今年3月。原子力潜水艦の所有をめざす豪海軍から、技術供与についての相談が英海軍トップに持ちかけられた。提案は首相や国防相ら英政権中枢の10人ほどで共有され、保秘のため「フックレス」というコードネームで呼ばれたという。

 英国は6月に自国で開催した主要7カ国首脳会議(G7サミット)に、豪州のモリソン首相を招待。期間中にバイデン米大統領を交えた3者会談を開き、ひそかに計画の詳細を詰めた。豪州がフランスと結んでいた7・2兆円規模の潜水艦建造計画を破棄することは、発表当日まで仏に漏れることはなかった。両国は8月30日にオンラインで外交・国防相会談を持ったものの、フランスはまったく気づかなかったという。

 ジョンソン首相は発表後の今月16日、「『グローバル・ブリテンのインド太平洋への傾斜(関与拡大)』がどんな意味を持ち、英国にどんな貢献ができるかという疑問があるとすれば、今回の豪州と米国との協力関係が答えだ」と議会下院で誇った。

 「グローバル・ブリテン」は英国がEU離脱後の外交基本方針に据えた考え方。インド太平洋地域を中心に英国が世界との結びつきを強める戦略だ。EU離脱を主導したジョンソン氏にとって、英国だけでも外交成果を上げられると示す好機になった。原潜建造には英国からロールスロイス社などが参加する見通しで、AUKUSによる経済効果も期待されている。

 ほぞをかむのがフランスだ。ルドリアン外相は18日、国営テレビに出演し「我々は英国がいつも日和見主義なのを知っている。(AUKUSの)余り物だ」と述べ、英国は米国に追従したに過ぎないと印象づけようとした。

 フランスは米豪に駐在する大使を呼び戻すと決めたが、英国は対象にしていない。ルドリアン氏は、計画を主導したのは米国だからだと示唆したが、フランスが目指す欧州自前の防衛構想には英国の協力が不可欠。将来の関係をにらみ、英国との外交危機は避けざるを得ない事情もあるとみられる。(ロンドン=金成隆一、パリ=疋田多揚)』

ペルーでTPP発効、8カ国目

ペルーでTPP発効、8カ国目 輸出増に期待
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN1933S0Z10C21A9000000/

※■東アジア
日本
■東南アジア(ASEAN)
シンガポール
ベトナム
ブルネイ
マレーシア
■オセアニア
オーストラリア
ニュージーランド
■北米
カナダ
メキシコ
■南米
ペルー
チリ

という11か国が参加国の陣容だ…。

日本、メキシコ、シンガポール、ニュージーランド、カナダ、オーストラリア、ベトナム、ペルーの8カ国が国内で批准・発効したわけだ…。

 ※ 残るは、ブルネイ、マレーシア、メキシコの3カ国だけだ…。

 ※ ここに、英国、中国が加盟しようとしている…(加盟承認には、他の11か国の承認が必要)。

『【サンパウロ=共同】南米ペルーで19日、環太平洋経済連携協定(TPP)が発効した。発効は8カ国目。7月14日に国会が批准を可決していた。ペルー政府は綿のTシャツやアボカド、乳製品などの輸出に弾みがつくと期待している。

TPPは関税撤廃や、知的財産などの統一的ルールにより自由貿易を推進する枠組み。2018年3月に11カ国で署名し、日本、メキシコ、シンガポール、ニュージーランド、カナダ、オーストラリア、ベトナムの7カ国で発効済み。

TPPには英国が今年2月に加入申請を行ったほか、中国も今月16日に加入を申請した。』

仏、寝耳に水の潜水艦計画破棄

仏、寝耳に水の潜水艦計画破棄 米豪非難で対立深まる
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR190QV0Z10C21A9000000/

『仏、寝耳に水の潜水艦計画破棄 米豪非難で対立深まる
北米
2021年9月19日 17:29 [有料会員限定]

オーストラリアは米英と原子力潜水艦計画で協力する(写真は米海軍のオハイオ級原子力潜水艦)=ロイター

【パリ=白石透冴、ワシントン=中村亮】オーストラリアがフランスとの潜水艦建造計画を中止して米英との計画に乗り換えた問題で、仏が反発を強めている。仏は駐米、駐豪大使を召還し、英国も批判した。米仏の同盟関係に亀裂が走ったことで、欧州の安全保障やインド太平洋戦略に影響するとの声もあがる。

【関連記事】
・米英、豪州の原子力潜水艦配備を支援 中国念頭に
・仏、駐米・駐豪の2大使召還 豪の潜水艦計画変更に抗議 
・[FT]中国の野望に豪原潜の壁 台湾は歓迎姿勢

「ウソをついた」

「ウソをつき、欺瞞(ぎまん)を語り、信頼関係に傷が付いた」。ルドリアン仏外相は18日、仏テレビで強調した。仏が米独立戦争時の1778年に駐米大使を送って以来、召還は初めて。イラク戦争参戦を巡り米仏関係がこじれた2003年にも召還していなかった。

フランスのルドリアン外相(10日、ドイツ・ワイマール=ロイター)
ルドリアン氏は駐英大使を呼び戻さなかった理由について「常に日和見主義の国だ。今回も余計な役割しか果たしていない」と語った。仏のボーヌ欧州問題担当相も仏メディアで「オーストラリア側を到底信用できない」と欧州連合(EU)と豪州間の通商交渉に懸念を示した。

発端は日本、ドイツとの競争に勝って16年に仏政府系造船企業ナバル・グループの前身企業が獲得した潜水艦共同開発契約だ。総事業費が560億ユーロ(約7兆2千億円)と当初の340億ユーロから膨れ上がり、開発計画にも遅れが出てきたことで豪州側の疑念を招いた。
この間に豪中の対立も激化した。両国間で輸入制限や協定破棄などが相次ぎ、安全保障環境は大きく変わった。豪州は仏とのディーゼル潜水艦計画を米との原子力潜水艦に乗り換えることで、インド太平洋での戦略的優位性を確保しようとしたとみられる。

発表数時間前に通告

関係悪化を決定的にしたのは、米豪がフランスとの調整を後回しにしたことだ。米紙ニューヨーク・タイムズによると、米政権が今回の決定を仏に通告したのは発表数時間前だった。早く知らせれば仏の猛反発を受け頓挫すると懸念したとみられる。

6月に英国で開いた主要7カ国首脳会議(G7サミット)の合間にも米英豪は秘密裏に議論したが、仏は招かなかった。モリソン豪首相は直後のマクロン仏大統領との会談で「非常に重大な懸念を伝えた」と述べたが、契約破棄の意向とは伝わらなかったとみられる。

バイデン米大統領は潜水艦計画を中国抑止に向けた目玉政策と位置づける。15日の演説でも「インド太平洋地域が必要とする安全保障と安定を実現するためパートナーシップを新たな段階に引き上げる必要がある」と強調していた。中国との有事を想定すれば仏よりも地理的に近い豪州との協力強化のほうが実利は大きい。

24日にはワシントンで日米豪印の「Quad(クアッド)」による初めての対面形式の首脳会議を開く。原潜支援に続き中国対抗をアピールする。

ただ米仏の亀裂はバイデン政権にとって誤算となる恐れがある。「北大西洋条約機構(NATO)のあり方にも影響を与える」。ルドリアン氏は18日、米国との信頼関係が崩れたことで、米国が主導的な役割を果たすNATOに疑問を呈するような発言をした。マクロン氏はかねて欧州各国による「欧州軍」の創立に意欲的で、米国に頼らない独自の安全保障を志向してきた。

仏政府は19日、マクロン氏がバイデン氏と近く電話協議すると明らかにした。協議は米側からの要請で、マクロン氏はバイデン氏に破棄の説明を求めるという。

マクロン氏は契約破棄に対して沈黙を守っている。03年に大きな亀裂が生じた米仏関係も数カ月で改善に向かっており、今回も一時的な衝突にとどまる可能性はある。一方で仏は今年に入り原潜やフリゲート艦を南シナ海や日本に派遣するなどインド太平洋戦略を重視してきた経緯があり、米仏の亀裂が中国を利する結果につながれば、バイデン氏にとってアフガニスタンからの拙速な撤退に続く外交的失態だと批判する声も強まりかねない。』

中国恒大、不動産の値引きによる返済手続き開始

中国恒大、不動産の値引きによる返済手続き開始-満期過ぎた理財商品
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2021-09-19/QZNZHQT0G1KX01?srnd=cojp-v2
『中国の不動産開発会社、中国恒大集団は18日、満期を過ぎた資産運用商品(理財商品)について、現金に代わり不動産資産の大幅値引きという形で返済する手続きを開始した。
  中国恒大の資産部門が「微信(ウィーチャット)」に投稿したところでは、不動産の値引きを選ぶ投資家は、さらに詳細な情報を得るため資産管理担当者と連絡を取ることができる。

  投資家は住宅物件が28%、オフィスが46%、駐車スペースは52%のディスカウント価格で不動産投資が可能になり、既に購入した住宅の支払いについて割引を受ける選択肢も示された。

  ブルームバーグが先に伝えたところでは、中国恒大の多くの社員を含む7万人余りが理財商品を購入。現金で返済を望む場合、四半期ごとに金利と元本の10%の支払いを受ける選択も可能という。』

まさかの「黒田ライン」割れも 次期首相を襲う実質円安

まさかの「黒田ライン」割れも 次期首相を襲う実質円安
編集委員 清水功哉
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD170XY0X10C21A9000000/

 ※ 『実質実効相場とは、様々な貿易相手国・地域に対する円相場を貿易額に応じて加重平均した名目実効相場を、海外との物価上昇率の違いに基づいて実質化した値だ。海外より日本のインフレ率が低ければ輸出の際に価格面で有利になると考え、円安になったと見なす。』…。『黒田ライン』…。

 ※ どちらも、知らんかった…。

 ※ 「円の番人」たる日銀は、こういう表には出ない様々な「裏指標」を駆使して、金融政策を舵取りしているんだろう…。

 ※ 世の中、何でも「中の人」じゃないと分からないことがある…。

 ※ そして、そっちの方が重要だったりするものだ…。

『黒田ライン――。外国為替市場にそんな言葉がある。2015年6月10日、黒田東彦日銀総裁が国会で円安けん制と受け止められる発言をした時の相場を指す。ドル・円相場では1ドル=124円台半ばから後半。円の下限と解釈されてきた。

「120円くらいに下がった頃からこれ以上の円下落は望ましくないという議論がメディアや政治家の間でも出ていた」(当時財務省国際局長だった浅川雅嗣アジア開発銀行総裁)。発言は当時のそうした空気とも合致し、相場を反転させた。

だが、話はそこでは終わらない。黒田ラインはもうひとつあり、足元でその水準に近づく「円安」が進んでいるのだ。下落しているのは円の総合的かつ実質的な価値を示すとされる実質実効相場(国際決済銀行が算出)。黒田氏の発言後いったん上昇したあと再び下がった。8月は71程度で黒田ライン(15年6月、68程度)に接近している。

実はこちらが本当の黒田ラインである。黒田総裁発言は、円の実質実効相場がさらに下がることはなさそうだという内容だったからだ。

実質実効相場とは、様々な貿易相手国・地域に対する円相場を貿易額に応じて加重平均した名目実効相場を、海外との物価上昇率の違いに基づいて実質化した値だ。海外より日本のインフレ率が低ければ輸出の際に価格面で有利になると考え、円安になったと見なす。
15年6月当時の実質実効相場は、ドル高(円安)修正を決めた1985年のプラザ合意の時を下回り、73年に為替が変動相場制に移行した頃とほぼ同水準だった。さすがに一段の下げはないだろう。それが黒田氏の発言の趣旨だったのだが、最近の動きはこの予測が外れかねないことを示す。同氏にとって「まさか」だろう。

名目実効相場はドル・円相場と同様に当時より上がっている。それでも実質実効相場がもとに戻ってきた原因は内外の物価上昇率格差。米国はじめ海外の大幅な物価上昇には新型コロナウイルス問題による供給制約など特殊要因もあり、いずれ状況は変わるだろうが、現状マイナス圏の日本の物価がすぐに海外に追いつく展開はなさそうだ。

黒田氏が実質実効相場の反転を予想したのは、異次元金融緩和で経済の体温が上がり物価に上昇圧力がかかると読んだためだろうが、緩和は空回りした印象もある。

実質円安は価格面で日本の輸出競争力を上げうるが、輸出数量の増加を通じて国内雇用を拡大するなどの効果は弱まっていると指摘される。企業の海外生産が増えているからだ。実は実質実効相場が黒田ラインに下がった2015年の日本の貿易収支は赤字だった。

一方日本が海外からモノを買う際の割高感は強まっている。商品相場上昇などで日銀公表の輸入物価指数(円ベース)は急激に上がっている。8月の上昇率は前年同月比29.2%。比較可能な1981年以降で最高という。製品価格に転嫁しにくく企業の体力を奪う。

17日告示された自民党総裁選では事実上次の首相が決まる。コロナ禍が長引く中、誰が選ばれても実質円安の裏側にある経済の低温状態への対処を求められそうだ。

日本経済の体温が上がらない背景には「過去20年間、主要国では平均年収が実質ベースでも15~45%程度伸びたのに日本では増えていない」(JPモルガン・チェース銀行の佐々木融氏)という現実がある。賃上げを可能にするのは経済の成長力で、「成長力強化には生産性の引き上げが重要だ」(ニッセイ基礎研究所の矢嶋康次氏)。日銀が緩和的な金融環境を維持し、それを支援する対応も当面必要だ。

新たな政権と日銀は、名目相場の円高リスクへの目配りを引き続き求められるだろうが、実質相場の黒田ライン割れの防止も重みを増しそうだ。

【関連記事】
・制限緩和、円売りに歯止め? 新政権政策で買い戻しも
・上がらぬ物価・成長率・賃金…チャートでみる空転の20年 』

中国・恒大、迫る巨額利払い 負債総額33兆円

中国・恒大、迫る巨額利払い 負債総額33兆円
資金繰り難一段と、中国経済打撃の恐れ
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB16A2Y0W1A910C2000000/

『【上海=土居倫之】中国恒大集団の資金繰りが一段と厳しくなっている。9月下旬以降、過去に発行した社債の利払い日が集中するためだ。年内の利払い額は社債だけで700億円を超える。取引先への未払い分などを含めた恒大の負債総額は1兆9665億元(約33兆4000億円)と中国の名目国内総生産(GDP)の約2%に相当する。その処理に失敗すれば中国経済や金融システムに大きな打撃を与えかねない。

リフィニティブによると、まず23日に米ドル債と人民元債の利払い日が到来する。利払い額は米ドル債が8353万ドル(約92億円)、人民元債が2億3200万元(約39億円)だ。デフォルト(債務不履行)まで30日の猶予がある債券もあるという。その後も利払いを控えており、年内の社債の利払い額は、米ドル債が計6億3110万ドル(約694億円)、人民元債が計3億5380万元(約60億円)となっている。元本は22年1月30日に米ドル債3億ドルの満期が到来する。

銀行融資に関しては開示情報が限られるが、米ブルームバーグは「中国住宅都市農村建設省が主要債権銀行に『20日が期限の利払いを行わない』と伝えた」と報じている。恒大はすでに一部の建設会社や資材会社への代金支払いが滞っている。広東省深圳の同社本社では、恒大が資金調達手段として社員や個人投資家に販売した資産運用商品「理財商品」の返済を巡って、抗議活動が起きた。

恒大が返済資金に窮しているのは巨額の負債が要因だ。6月末時点の負債総額は1兆9665億元。1社で中国の名目GDP(101兆5986億元)の2%を占める。

負債の内訳は、取引先へ支払うべき金額などを示す買掛金が9629億元と最も大きく、負債総額の約半分を占める。恒大が破綻すると、下請け各社がすでに請け負った工事の代金などを回収できず、破綻が連鎖する恐れがある。例えば、江蘇省の建設会社、江蘇南通三建集団は「恒大依存度が高い」として14日、中国の格付け会社から格下げされている。

次に多いのが借入金で5717億元だ。銀行からの借入金のほか、主に外国人向けに販売された米ドル債(195億ドル)など債券が含まれる。流通市場でのドル建て債の利回りは56~800%超まで上昇しており、新規発行による借り換えは極めて難しいとみられる。

17日の香港株式市場では、「恒大向けの与信が大きい」として中国の民営銀行、中国民生銀行の株価が約5%下落した。インターネットで出回る資料に、民生銀行の貸付金が金融機関のなかで最大となっているためだ。恒大が3割超の株式を握り、恒大に一定の貸し出しがあるとみられる盛京銀行への影響も不安材料だ。かりに銀行の経営不安が強まれば、銀行間市場にも動揺が広がりかねない。

恒大問題が中国経済に及ぼす悪影響はこれにとどまらない。恒大は前受け金に近い「契約債務」を2157億元抱える。販売したものの引き渡しを終えていない住宅などを指す。中国でも日本と同様、未完成のうちに販売する「青田売り」が一般的だ。売り主が破綻すると、代金を支払ったにもかかわらず契約者が住宅を受け取れないリスクがある。

土地使用権の売却収入が税収と並ぶ主要な財源となっている地方政府にも打撃だ。恒大などの不動産各社が高値で土地を購入しなくなると、地方財政に痛みを与える。

政府が救済するかどうかはなお不透明だ。中国共産党系メディア・環球時報の胡錫進編集長は16日、微博(ウェイボ)に「国が産業の構造を変えようとしている時は、いくら企業の問題が深刻だからといって、国がその企業を保護することはない」などと投稿した。

華創証券によると、過去に中国国内で債務不履行(デフォルト)を起こした196社のうち処理方法として最も多いのは企業破産法に基づく「破産重整」の74社で約38%を占めた。これは債権者の同意の下で債務をカットし、営業を継続しながら再建を目指す法的整理の枠組みだ。華創によると、複合企業の海航集団や半導体の紫光集団もこの枠組みにあてはまる。経済への打撃を抑える手段として今後も出てくる可能性がある。

債権者の同意が得られず、資産売却によって会社を清算する「破産清算」も14社(7%)にのぼった。

中国では、恒大と同業で経営難に陥っている華夏幸福基業など1000億元超の負債を抱える企業は少なくない。中国の経済成長が鈍化し、農村から都市への人口移動のペースが鈍化する中では、第2、第3の恒大問題が起きかねない。

【関連記事】
・中国恒大、2兆円のドル建て債が国際金融市場揺らす
・中国恒大、投資家の抗議殺到 理財商品償還されず
・中国恒大が幹部処分 グループ投資商品を前倒し償還 』