韓国が漢字を廃止したのはなぜなのか

韓国が漢字を廃止したのはなぜなのか徹底調査!読めなくて弊害はない?
https://kuraneo.jp/posts/909

『韓国では1948年の「ハングル専用法」により「漢字」は廃止の道を辿ります。ただ、その事に専門家達からの猛烈なバッシングがありました。

実際は1980年代までの公文書には「漢字交じり」のものもあるのですが、基本的にはハングル以外使わないのです。1980年代以降は完全にハングルに統一されました。』

 ※ ということで、1980年代以降は、「デバイド」されたようだ…。

 ※ 今の「40才代以降」は、完全な「ハングル世代(ハングル文字だけで教育を受けて来た世代)」となる感じだな…。

次第 韓国における国語問題等について(報告)
https://www.bunka.go.jp/kokugo_nihongo/sisaku/joho/joho/kakuki/12/sokai098/03.html

 ※ この資料が、参考になった…。

 ※ 日本側でも、高い関心をもって(「文化庁」発の資料だ)、注目・研究していたようだ…。

 ※ 『1945年独立し,1948年には李承晩大統領がハングル専用に関する法律を出し,公用文はすべてハングルにすることとしたが,新聞等においては漢字ハングル交じり文を使っていたようである。

 文教部では,ハングル専用にするための過渡的な措置として,まず漢字を制限して,1951年には常用1,000字漢字表,57年には臨時制限漢字表1,300字を出し,その範囲で学校教育を行うというふうにして,ハングル化への道を開くための政策と運動が続いた。

 そして,1967年に朴大統領がハングル専用に関する指示を出した。非常に強力な指示で,5か年計画で漢字を一掃し,ハングル専用を実現するというもので,政府もそれによって5か年計画の実施案を出した。そのため,登記,裁判所その他の用語もすべてハングルで書くというふうにそれが実行に移されていったようである。その翌年の1968年には,5か年計画を2年短縮して,1970年から,いっせいにハングル専用にしようという動きになった。

 そういうふうな非常に強力なハングル政策がとられた結果,それを契機として,1969年に語文教育研究会(主として,国語,国文学者の団体)が,今度はハングル漢字混用文を主張し,ハングル専用化に対する非常に強い反対運動を起こした。語文教育研究会は,哲学,東洋学そのほか50団体近くの学会,研究会,研究団体を動員して,次々に漢字教育復活の建議書とか声明書を出して巻き返しを起こしたので,1970年から実施するはずのハングル専用の施策は進まなくなり,72年には中学,高等学校で漢字の教育を行うという特別政令を出している。』

『そして,75年からは高等学校の国語,国史の教科書には漢字を併用し,76年には国語,国史以外の教科書にも漢字併用を及ぼしていくというふうな経過になっている。(漢字併用とは,ハングル漢字交じりの表記ではなく,漢語をハングルで表記した場合,その漢字をハングルの後に括弧内に併記して示すことをいう。)』

『林(四)委員
 とりたてて私が付け加えるようなことはないが,教科書のことだけ少し述べたい。

 韓国の教科書は,国定,検定,認定と3種類ある。小学校では全部国定で,中学校以上は現在は検定と認定とでやっている。検定と認定との境目だが,検定の方がより国定に近く,認定の方が少しゆるいということである。

 教科書と漢字との関係だけで見ると,大体4期から5期くらいにわかれる感じである。先ほどの話のとおり1948年に李承晩大統領のハングル専用法がでて,それに伴い,その年からハングルの教科書が編集された。それがどの程度徹底して使用されたかは,はっきりしない。

 それから,1951年と1957年とに文教部の1,000字,1,300字の制定があったというのは先ほどの話のとおりで,それが徹底して行われ始めたのは1963年からのように思われる。国民学校では600字,中学校までで,1,000字,高等学校でそれに300字加わって1,300字ということになる。国民学校では,3年までは漢字は教えなくて,4年で200字,5年で250字加わって450字になり,6年で150字加わって600字になる。中学校ではそれに400字加わって1,000字になり,更に高等学校で300字加わって1,300字になるわけである。なお,国民,中,高の分かれ方は日本と同じ6・3・3制である。

 それが,先ほどのいろいろな経緯があり,ハングル専用を強め,もっと早くやるという国の方針が出て,それに伴い,1970年からの教科書は国民学校については完璧(ぺき)に全部ハングルになって漢字は一字も現れないということになった。その精神は,中学校,高等学校にも大体貫かれていて,1970年以降の教科書には非常に漢字が減った。

しかし,全くなくなったわけではなく,中学校と高等学校の検定,認定の教科書には必要に従って若干の漢字が使われる。若干の漢字使用とは,例えば,高等学校でいうと,索引に少し漢字がでてくるとか古典に漢字が括弧内に併記される,つまり漢字を併用するということである。

この程度に遠慮がちに最小限に中学,高校で漢字を出していたというのが,1970年から72年までの状況である。この3年間は教育界において漢字が一番姿を消した時期である。

ところが語文教育研究会の猛烈な巻き返しがあり,1972年に文教部が先ほどのような政策を発表し,1973年から実施された。国民学校は依然としてハングルだけで,漢字は教えない。今もってそうである。

中学校と高等学校とは漢文が必修になり,基礎漢字1,800字のうち900字が中学校で出されて,高等学校で残りの900字が出され,中,高が終わるまでに基礎漢字として文教部が発表した1,800字が履修されるわけである。

 ここで,漢文というのは,我々が頭に描く漢文とは多少ニュアンスが違い,漢字というのと非常に近い。必ずしも漢文の文章だけを指すのではない。そこで,漢文教育というのは,古典漢文の教育と漢字教育のこととを指しているようである。』

 ※ ということで、一時期、一部には「漢字表記」も「併用」したりしていたようだ…。

 ※ そういう経緯を経て、1980年代には、漢字表記は一掃される…、ということになったんだろう…。