[FT]ドイツはメルケル流に決別を

[FT]ドイツはメルケル流に決別を
欧州は「ポスト冷戦後」入り
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCB136LE0T10C21A9000000/

『そして勝者は、アンゲラ・メルケル氏――。在任16年を経て、ドイツ首相の座からメルケル氏が退く。有権者はこのまま「メルケル主義」が続いてほしい意向を示している。

SPDのショルツ氏㊧はメルケル路線を踏襲する安全第一の候補として自分を売り込んでいる=ロイター

世界は混沌とし、アフガニスタンからの米軍撤収後、大西洋同盟は混乱状態に陥っている。ドイツは騒ぎに巻き込まれたくない。ドイツ国民は長い間、平穏をむさぼるように過ごしてきた。次の首相には、以前と変わらぬ生活を送れることを保証する公約を求めている。

9月26日に実施されるドイツ連邦議会(下院)選挙の最終結果を予想する場合、たばこの警告表示のような以下の注意事項が前提となる。

ドイツの政治は分断し、想定できる連立与党の組み合わせが何倍にも増えた。それに選挙戦はまだ、あと2週間近くある。そんななかで、継続性を求める国民感情だけは定まっている。

SPDが一転大きくリード

世論調査で、これまでの通説はひっくり返った。選挙戦が始まった段階のドイツ政界は、中道左派のドイツ社会民主党(SPD)が確実に負けるという見方で一致していた。

2度の大連立で、メルケル氏のキリスト教民主同盟(CDU)が格下の連立相手のSPDの息の根を止めたように思えた。SPDを支持していた中道派は緑の党に流れ、左派は旧東ドイツの共産主義政党の流れをくむ左派党へくら替えした。

現状維持に挑戦状を突き付けたのは、テレビ映えする、緑の党を率いるベーアボック共同党首だった。

それが今はどうか。世論調査が正しければ、SPDは他党を大きくリードしている。CDUの支持率は過去最低水準に落ち込んだ。メルケル氏が後継者に指名したアルミン・ラシェット氏は、事あるごとにつまずいた。

首相候補を交代させ、バイエルン州を地盤とするCDUの姉妹政党、キリスト教社会同盟(CSU)党首として実績があるマルクス・ゼーダー氏を擁立するにはもう遅い。精力的なベーアボック氏の新鮮さは経験不足を露呈した。

ドイツの有権者は次第にSPDのオラフ・ショルツ氏を好感するようになった。有能で手堅く、適度に退屈なショルツ氏は、メルケル氏の後継者を名乗る上で最も説得力のある首相候補として急浮上した。

現在の連立政権の財務相を務めていることもあり、臆面もなく、メルケル路線を継承する安全第一の候補として自分を売り込んでいる。

遅きに失した感がある退任

ショルツ氏はメルケル氏と同様、カリスマ性に乏しい。選挙陣営は、ショルツ氏が首相となった場合、メルケル氏のように務めを果たすと声高に主張している。

メルケル氏は聴衆に安心感を醸し出すため、両手の親指と人さし指をくっつけてひし形を作ることが多いが、ショルツ氏は恥ずかしげもなくこれをまね、自身とメルケル氏を重ね合わせるような演出をしている。

政策面をみると、ショルツ氏はドイツの公的支出に上限を設ける「債務ブレーキ制度」を守ることに固執している。ドイツの繁栄の基盤となっている、自由で開かれた国際秩序に対する脅威が増えるなか、ドイツとして脅威に対抗する措置を取ることを約束する発言はこれまでしていない。

メルケル氏個人の支持率は今も高い。直近3人の英国首相を除いたとしても、欧州は近年、優れた指導者に恵まれてきたとは言いがたい。激高しやすいサルコジ元仏大統領や、政権交代が相次いできたイタリアの政治を振り返っただけでも、長期政権を維持し続けてきたドイツの安定が一層きわだつ。

手堅い政権運営をしてきたメルケル氏だが、一度だけ大胆な判断をしたときには大きな政治的代償を払った。2015年に100万人の難民に欧州の国境を開放したことは、各国で反移民を掲げるポピュリズム(大衆迎合主義)台頭を招いた。

メルケル氏の退任は、遅きに失した感がある。ここ数年は、生来の慎重さが凝り固まって不信感の塊と化していた。

同氏は何年も、欧州の協調を促すために必要な、信頼できるパートナーがフランスにいないと不満をこぼしてきた。エマニュエル・マクロン氏が仏大統領に就任したことで、やっと信頼できる相手が誕生したかにみえた。しかし、メルケル氏は即座に、フランスの提案を断る別の理由をみつけるようになった。

それでも欧州は協調に向けて前進した。コロナ禍からの経済回復を支える総額7500億ユーロ(約97兆円)の復興基金を立ち上げた決断が好例だ。だが、ドイツ政府が基金創設に同意したのは、賛同せざるを得ない状況になってからだった。

中国が法の支配に基づく世界秩序を脅かすようになっても、ドイツが中国向け輸出を踏みとどまることはなかった。ロシアが西側諸国の同盟関係の不安定化を狙った工作をしても、独ロ関係は揺るがなかった。

メルケル氏は昨年、欧州連合(EU)と中国の新たな投資協定締結を推進した。今年は、ロシアから天然ガスをドイツに直接運ぶ新設パイプライン「ノルドストリーム2」の計画を存続させることに成功した。

覇権争いの時代突入、認めたくないドイツ国民

現在の世界が急速に大国間の覇権争いの時代へと戻りつつあるなか、欧州の共通の価値観を守るためにドイツもその役割を担わなければならないことを認める演説は時折あった。
だが、メルケル氏は一貫して、有権者が聞きたいことをメッセージとして伝え続けてきた。いわく、西側諸国が共産主義に対して勝利を収めてから、世界の情勢は大して変わっていない。ドイツは、広い世界で起きている出来事に過度にいら立つ必要はない、などだ。
マクロン氏が欧州の「戦略的自立」の必要性を訴えても、説得力に欠ける。フランスは米国主導に反発することで、欧州の主導権を取ろうとしてきた歴史があるからだ。だが、世界が民主主義と権威主義の2つの陣営に分かれていく今、欧州が選択を迫られているという点はマクロン氏が正しい。

欧州諸国はEUの経済的な影響力を駆使し、自分たちを大きな発言力を持った地政学的勢力に変えるのか。あるいは、米中が世界を新たな無秩序へと放り込むかもしれないなか、「ポスト冷戦後」をなすすべもなくただ傍観するのか。後者を選んだ場合、寝ぼけているドイツが最大の敗者のうちの一つになるだろう。

By Philip Stephens

(2021年9月10日付 英フィナンシャル・タイムズ紙 https://www.ft.com/)

(c) The Financial Times Limited 2021. All Rights Reserved. The Nikkei Inc. is solely responsible for providing this translated content and The Financial Times Limited does not accept any liability for the accuracy or quality of the translation.

英フィナンシャル・タイムズ(FT)と日経新聞の記者が、アジアのテクノロジー業界の「いま」を読み解くニュースレター「#techAsia」の日本語版をお届けします。配信は原則、毎週金曜。登録はこちら。
https://regist.nikkei.com/ds/setup/briefing.do?me=B009&n_cid=BREFT053 』