〔順次戦略と累積戦略〕

戦争には2種類の戦略がある。物事の推移が眼に見える段階を順を追って、それぞ
れ進んでゆく『順次戦略SEQUENTIAL STRATEGY 』と『効果が現れるある限界点まで
は目立つことのない小さな成果を一つずつ積み上げていく『累積戦略』』である。

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「宮崎正弘の国際情勢解題」 
令和三年(2021)9月15日(水曜日)
通巻第7052号  
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(読者の声1)貴誌14日通巻7050号 の書評 「アメリカ軍の作戦はふたつの時間軸がある『将来作戦』と『当面作戦』が連続性と相関関係を保持しつつ全体計画を立案(小山修一『自衛隊はアフリカのジブチで何をしているのか』(育鵬社)」を「慨嘆」を以って拝読いたしました。と言いますのは、自民党総裁選挙のさなか、このような国家に最重要な戦略論がその片鱗さえも「議題」に上がっていないからです。このようなことでは日本は大きく変わりそうにはありません。

ところで・・
 何年か前に、「塩野七生ファンが商社マン人生で学んだこと」と題して、考えをまとめたのですが、そのうちの26項目の内の一つが 同書の「骨格」と同根ではないかと思いました。長文になり恐縮でございますが、投稿させていただきました。

 24.  総合商社間の業績格差は『累積戦略マインドの醸成度格差』なのだ。
  【フリードリッヒは、彼が占めていた立場からも彼自身の気質からも、数多くの事
柄、一見何の繋がりもない感じでも数多くの事柄を、並行しながら進めていくタイプ
の男であった。

故に彼の生涯を、厳密な編年方式によって叙述すること自体が不可能なのである】

以上は「皇帝フィリードリッヒ2世の生涯」塩野七生著に書かれていま
す。

そもそも戦略とは何かといった疑問に昔から多くの戦略思想家がそれぞれの見解
を述べているようですが、彼らの思考回路の”共通項“は「人間がこれから互いにど
う各々の環境の中で棲み分けるべきかとの、眼には見えない思想と方策を言語で表現
したモノが戦略であり、歴史とは人間の行ってきた眼に見える行為・実相を言語にて
表現してきたのが歴史である」ということではないでしょうか。

つまり歴史が過去の物語であるに対して戦略とは、その時その時における『将来・未来への物語り』というのが私の解釈です。

私は戦略に関する何冊かの解説書から、総合商社の経営力を左右するにきわめて意義のある戦略思想というものがあることを知りました。それが累積戦略です。

■累積戦略CUMULATIVE STRATEGY とは?

海軍少将で戦略思想家のジョセフ・C・ワイリーは「 Military Strategy :A General Theory ofPower Control」の中で累積戦略を概略次のように説明しています。

「戦争には2種類の戦略がある。物事の推移が眼に見える段階を順を追って、それぞ
れ進んでゆく『順次戦略SEQUENTIAL STRATEGY 』と『効果が現れるある限界点まで
は目立つことのない小さな成果を一つずつ積み上げていく『累積戦略』』である。

実際の戦争の結果から見れば、この二つは相互依存しあっていることのほうが多い。累
積戦略と順次戦略の違いを意識した分析は著名な戦略書にもないし、ましてや累積戦
略だけで成功した有名な例も見当たらない。

しかし累積戦略が、順次戦略と同時に使
われたばあい、累積戦略の強さが順次戦略の結果を大きく左右するものであることが
わかる。

歴史には順次戦略が比較的弱くても、目立つ事の無い累積戦略の強さのおか
げで勝利することができたという例はいくらでもある。

第一次世界大戦も一つの例で
あるし、第二次世界大戦もそうなのだが、累積戦略の強さによって順次戦略が決定的
な効果を生み出すことになったことはよく理解されているとは言えない。

1941年
~45年までの日米戦争では米国は2つの別々の戦を日本に対して行った。

一つは太
平洋から日本、アジア沿岸にいたる作戦行動であるところの順次戦略を行っていた
が、これとは別に日本経済を疲弊させるための潜水艦による日本船舶を攻撃する累積
戦略であった。

この2種類の戦略は同時に並行して行われていたが、日常的には各々
が完全に独立して行われた。順次戦略は結果が予測できたが、累積戦略は予測不可能
であった。

日米開戦直後1000万トンの商船を日本は保有していた。それが194
4年末までには900万トンを沈没させ、この時点で日本の回復不可能な数にまでに
なった。累積戦略を単独に使用しただけでは戦争を決定的に左右するものにはならな
いことはすでに過去の経験から暗示されている通りなので、ここで重要になってくる
のは、いつどのように順次戦略が累積戦略を支え、しかも順次戦略が累積戦略を土台
にして力を発揮できるようになるのかを研究することである。」(「戦略論の原点─
芙蓉出版社」からの要約)

 ■上述の通り、順次戦略とは状況の変化に応じてそれなりの段階ごとに、しかるべき
対応策を講じてゆく。つまり物事の推移が眼に見える段階を順を追って、それぞれ進
めてゆく方法ですが、今までほとんどの日本企業が行ってきた事業経営の内容はこの
方法でした。

しかし、“順次戦略と同時に、しかも別系列として効果が現れるある限
界点まで、目立つことのない小さな成果を一つずつ積み上げていく「累積戦略」”と
いう軍事分野で見つけ出された戦略を経営者が意識して企業に導入した事は聞いたこ
ともありません。

 日本の企業はその経営戦略や事業企画を考察するさい、ほとんどが短期経営計画と長
期経営計画に分けているとおもいます。

しかし長期計画とは短期計画などを、今まで
の企業が実践してきた事を大旨直線的に延長するというやりかたであるのに対し、累
積戦略は短期計画のスタート時期から同時にスタートさせる短期計画とは種類の違っ
た事業活動を短期計画と並行して、かつ繰り返し淡々と実施するものです。

只それは
無目的に漫然と繰り返すのではなく、ある目標を常に意識し、それに平仄を合わせつ
つ実施しなくてはなりません。

この違いは大きな意味を持っているのではないでしょ
うか。なぜなら長期計画は短期計画の次にくるもので、その計画のスタート時期と終
了時期が予め決められていますが、累積戦略と短期計画のスタート時期は同時であっ
ても、累積戦略の方は成果がどの時点で眼に見える形で確認できるようになるかは解
らないモノだからです。

それはある限界的な時点で急にその効果が認識できる姿と
なって現れてくるもので時間の長短とは関係無いのです。

■企業にとっての累積戦略はいかなるものか─

 ピーター・ドラッカーは「企業の目的は利益の創造ではなく、顧客の創造である。企
業が最も重きを置くべき事、基本的機能、はイノベーションとマーケティングのみで
ある。」と喝破したが、これを敷衍すれば、「企業が最も重きを置くべき事はイノ
ベーションとマーケティングのみであるが、このイノベーションを育てるための”ゆ
りかご《揺籃》”に相当するものが累積戦略である」と言うのが私の考えです。

効果
が現れるある限界点まで、目立つことのない小さな成果を一つずつ積み上げていくこ
とでイノベーションが徐々に“自立”できるよう育てられてゆくのです。端的に言っ
てしまえば、どんな企業にとってもそうですが、特に新しいビジネスモデルを創造す
ることが商社の本業であるとすれば、この”ゆりかご”の存在がいかに重要であるか
は論を待ちません。

 総合商社間にも業績格差があり、この格差の源泉はどこにあるかです。おそらく商社
マンであれば薄々感じてきたことですが、商売はモノになるか否か解らないと思われ
る仕組みの準備を上位商社は他社より早く開始していて、時間の推移にともないその
仕組みが拡大して行き、ある限界点に達するとめざましい収益源をもつ商売に変貌す
るのです。

他方、下位の商社ほど目の前で直ちに売り買いが発生する商売を追いかけ
てゆく傾向があり、その割合が大きいのです。

これは私だけが懐いた印象ではなく、
銀行マンで総合商社への融資担当もしていた人も「各社の社員と意見交換しても上位
商社の人間は、社会の変化の徴候に視線を向け、その徴候に沿って今からいかなる手
を打ってゆけば良いのかといったアプローチをする人が多いのに対し、下位商社の人
間ほど、今どんな商売をやっているところが儲かっているか、それを自分達もまねを
して見たいといったような事ばかりに関心を懐いているようだった」と言っていま
す。

つまりこのようなイノベーションの”培養“に対するマインドの強弱の差が商社
間の業績格差を生み出しているとみる事が出来るのです。

きっと戦争と同じく、企業
間競争でも累積的マインドの醸成された組織であるほど、長期的にも強力な組織に
育ってゆくモノだと思わざるを得ません。

この累積戦略の姿を深くイメージすれば、
この戦略を組み立てるためには、どうしても実体経済の中に身を浸し、社会全体はも
とより、個別の分野にも精通して毎日を過ごさねばならぬ事が解ります。

■皇帝フリードリッヒ二世と累積戦略

 日本の武将を順次戦略型か累積戦略型かを見てみると織田信長は前者、徳川家康は後
者のように思うのですが、フリードリッヒ2世はその両方を兼ね備えていたように思
います。

「皇帝フリードリッヒ2世の生涯」を読むと、幼・青年時代の力量不足の頃
のフリードリッヒ2世は、南イタリアやドイツにおいて、一気に事を進めるのでは無
く、賢明にも地道に”効果が現れるある限界点までは目立つことのない小さな成果を
一つずつ積み上げていく諸策“をこうじていたようです。

パレルモ大司教ベラルド・
チュートン騎士団ヘルマンの登用、ボロニア大學法学者ロフレドによる法治国家への
準備、封建領主エンリコ・ディ・モッラの司法長官任命による官僚体制構築をつうじ
ての統治体制の変革・サレルノ医学校の強化策・海港都市や軍事態勢の整備などな
ど・・。

そして「フリードリッヒは、彼が占めていた立場からも彼自身の気質から
も、数多くの事柄、一見何の繋がりもない感じでも数多くの事柄を、並行しながら進
めていくタイプの男であった。故に彼の生涯を、厳密な編年方式によって叙述するこ
と自体が不可能なのである」と書かれていますが、これらはまさに彼の帝国を築くた
めの累積戦略そのモノのことではないでしょうか?

累積戦略という考え方は戦争という経済以上に人間にとって死活的な事象を前にして生まれたモノと考えられ、より戦略の本質をついているし、普遍性も汎用性もあるような気がしてなりません。
(SSA生)