文化大革命は禁句

文化大革命は禁句、中国で習近平路線絡む危うい論争
編集委員 中沢克二
https://www.nikkei.com/article/DGXZQODK06AW20W1A900C2000000/

『中国最大手の検索サイト「百度(バイドゥ)」で話題の議論を紹介するコーナーから「文化大革命(文革)」を引くと「今のところ関係する議論はない」と表示される。おかしい。中国のSNSは今、関係する議論であふれているのに。

そこにはカラクリがある。中国のネット言論監視当局が目を光らせているため、SNSユーザーもその方針を忖度(そんたく)して敏感な言葉を直接に使う議論を避けているのだ。文革論議はいわば「禁句」になりつつある。

北京・天安門広場に翻る紅旗

その厳しい雰囲気の中で大きな話題になった謎の論争がある。発端は共産党機関紙の人民日報、国営通信の新華社や国営中央テレビなどの「統一行動」だった。中国主要メディアのインターネットサイトは8月29日、民族主義色の強い左派系ブロガーである李光満による「誰もが感じられる深い変革が進んでいる」と題した評論を一斉に掲載した。もちろん、ここにも文革という言葉はない。

大論争のポイントは見出しではない。資本への敵意がにじむアジテーション的な文章内で使われた「革命」という表現である。アリババ集団傘下のアント・グループの上場停止、独禁政策とアリババへの罰金、配車大手の滴滴出行への調査、共産党創設100年を経て強調された共同富裕への道、乱れた芸能界の整理……。

こうした経済、金融、文化、政治の大きな変革について「革命といってよい」と強く称賛し、「資本家が一晩で大金持ちになれる天国ではなくなる。一切の文化の乱れを整理すべきだ」と主張した。

共同富裕は「革命」ではない

主要メディアの一斉掲載に驚いたのは、共産党内のかなりの人々、そして在野を含む知識人らだった。「これは改革・開放政策を否定し、文革の再来を予感させる危うい兆候ではないのか」「第2の文革、文革2.0は既に絵空事ではない」

革命と聞けば、1960年代の中国を知る世代は、毛沢東が発動した文革を思い起こす。振り返れば、あの悲惨な文革も65年に上海紙に載った文芸評論が序章だった。文化を論じるようにみせかけた政敵への攻撃は、中国の権力闘争の常とう手段だ。

北京・天安門の楼上で演説する習近平国家主席(7月1日)=新華社・AP

追い打ちをかけたのは2日に一段と明確になったテレビ、芸能界への締め付けである。習近平(シー・ジンピン)指導部は全国のテレビ局などに、低俗で下品な娯楽番組を排除するため、政治的立場が不正確で、共産党・国家から心が離れている芸能人の起用を禁止する通知を出した。

李光満の文章への反撃は予想外のところから出た。人民日報傘下の国際情報紙、環球時報の編集長である胡錫進がネット上で「(李光満の)文には情勢に対して正しくない表現があり、誇張された言葉を使っている。国家の大政治方針に背き、誤った方向に導くものだ」と断じたのである。

外に向けた強硬な言論で知られる胡錫進には、習政権の立場の代弁者という側面もある。李光満の文章を大々的に転載したのも人民日報系のサイトだった。いずれも上層部からの指示による動きと推測でき、普通に考えれば大きな矛盾、混乱である。とはいえ話はそう単純でない。

習指導部にとって重要なのは、社会主義の原点を重視する共同富裕は「革命ではない」という胡錫進が訴えた論理だ。もし激烈な政治運動式の新たな革命になりうると認めてしまえば、文革のように後に首謀者が捕まり、最終的に葬り去られる対象になりかねない。

革命=命(めい)を革(あらた)む、という中国語が意味するのは体制の転覆である。そもそも中国が最大の恩恵を受けてきたグローバル経済の時代に、鄧小平時代の社会主義市場経済路線を完全否定し、資本家を打倒するような革命ができるはずがない。

「水温」を測る動き

胡錫進がわざわざ「仕事柄、体制内で多くの人に接するが、会議上でも個人的な場でも(李光満の描くような)政治動向は聞いたことがない」とクギを刺したのも、上からの明確な指示を示唆する。

ここで前週、このコラムで指摘した事実を思い出してほしい。8月26日、党中央宣伝部が発表した文書は脚注で、文革を「毛沢東が錯誤から発動し、国家と人民に深刻な災難をもたらした政治運動」と断じた。社会を混乱させる政治運動を戒める胡錫進の主張もこれに沿っている。

8月31日、党中央政治局会議は11月に党中央委員会第6回全体会議(6中全会)を開き、「党の100年に及ぶ奮闘の重要成果と歴史的経験の問題」を主として議論すると発表した。先の中央宣伝部の文書は、過去の歴史に関する議論のたたき台になりうる。習は自らを改革開放路線を敷いた鄧小平より上位に置き、毛沢東と並びたい。それでも改革開放自体は否定できない。

「これは『水温』を測る動きだ」。中国の政治関係者の鋭い指摘である。身内に近い言論人同士がネット上で不可解な激突を演じたのは、左派から右派まで党内外両派の反応を観察するためで、6中全会に向けて入念に落としどころを探る動作の一環、という解釈だ。

中国の「芸能人粛清」はどこまで進むのか…(中国を代表する女優、趙薇さん)=共同

共産党体制下では時に一般党員や国民に事前予告なしに重要政策が発表される。もしくは発表さえなく、いきなり命令が下され、実行される。アント・グループの上場ストップだけではない。有名女優の趙薇の名前が動画配信サービスの出演作品のキャスト一覧から削除されたり、作品自体が消されたりしたのは典型だ。

とはいえ意見が割れそうな大きな問題の場合は、別の手順を踏むことがある。さほど責任のない言論人の筆を借りて世論動向を探りながら周知を図る手法もその一つだ。今回の李光満の文章が、後に削除できない紙の新聞媒体には発表されなかったのも、ある種の「水温測定」だったことを物語る。当局の管理下で演じられた大論争は肝心の文革というキーワードを避けながら進んだ。

全ての底流にあるのは国家主席の習近平が主導する共同富裕という政治路線である。格差解消をめざす急激な変革の理念は、説明不足もあってまだ十分に理解されず、不安感も根強い。やり方を間違えるとコントロールがきかなくなり、パンドラの箱を開けてしまう可能性もある。

共同富裕に露骨な異議も

北京大の教授は先に「政府の関与が強まると共同貧困になる」という異議をインターネット上で公表したが、後に削除された。この教授と同じ学術組織に名を連ねる習近平の経済ブレーンで副首相の劉鶴(リュウ・ハァ)は6日、国際博覧会のあいさつで「民営経済を発展させる方針は不変」とし、社会主義初級段階の基本経済制度の堅持を強調した。

全人代の閉幕式に出席した劉鶴副首相(2018年3月、北京の人民大会堂)=三村幸作撮影

劉鶴の言葉は、文革のような資本家を打倒する平等主義には戻らないという意味であり、北京大教授が提起した共同富裕への疑問を払拭する狙いもあった。やはり共同富裕という新たな理想を掲げた浴場の湯は、まだ皆が喜んで入浴できるような適温になっていない。そういう状況だ。

とはいえ当の習近平は意気盛んだ。1日、党幹部の研修機関である中央党校での講演では「闘争の勇気」を強調した。「共産党メンバーはいかなる時も邪(よこしま)なものを信じず、亡霊を恐れず、腰抜けになってもいけない」と叱咤(しった)激励したのだ。殺気さえ感じられる檄文(げきぶん)には、今後も攻め続ける気迫が感じられる。

習の権威を高めるため、脱・鄧小平時代を演出し、しかも改革開放は維持する。政策推進の手法が荒っぽいだけに、共同富裕が文革とは一線を画す動きだと証明し、皆に納得させるのは、思ったよりも難しい。これは習にとって相当、厄介な関門だ。(敬称略)

中沢克二(なかざわ・かつじ)
1987年日本経済新聞社入社。98年から3年間、北京駐在。首相官邸キャップ、政治部次長、東日本大震災特別取材班総括デスクなど歴任。2012年から中国総局長として北京へ。現在、編集委員兼論説委員。14年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞。

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渡部恒雄
笹川平和財団 上席研究員

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分析・考察 記事の指摘のとおり、脱・鄧小平時代を演出して、改革開放を維持するのは至難の業だと思いますし、「戦狼外交」といわれる対外強硬策の台頭と併せて、中国の改革開放路線は終わりを迎えいるというのが、外からの一般的な見方だと思います。

これは長期的には中国の経済を停滞させる「自滅行為」だと思いますが、これも記事の指摘のとおり、習近平主席自身がその「罠」に気が付かない以上、劉鶴副首相らが調整を試みても流れを変えられないのではないかと危惧します。

2021年9月9日 8:13いいね
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習政権ウオッチ

経済や安全保障面で米国の一極支配を打破しようとする中国の習近平政権の中枢で何が起きているのか。習国家主席による腐敗撲滅政策の狙いなどを的確に報じ、「ボーン・上田記念国際記者賞」を受賞した中沢克二・日本経済新聞編集委員(前中国総局長)が深掘りする。

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小学生から習近平思想 22年共産党大会へ裏で綱引き(1日)』