コロナ対策丸投げされオリパラ開催とともに使い捨てされた菅総理

コロナ対策丸投げされオリパラ開催とともに使い捨てされた菅総理
「感染拡大防止に専念」という嘘とコロナ対策が評価されない理由
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/66815

『「総理」と「草履」は使い捨て――。

 いまから20年前に小泉純一郎内閣が立ち上がった頃に目にしたコラムのタイトルだ。書いたのは心理学者の岸田秀。「ソウリ」と「ゾウリ」の語呂合わせだけでなく、どちらも新品は好まれるが、すり切れてきたらそのまま捨てられておしまい、ということを説いていた。言い得て妙だと記憶に残っている。

安倍政権の「尻ぬぐい」に奔走したのにあっさり使い捨て

 菅義偉首相の突然の退陣表明で、その言葉が浮かんだ。ちょうど1年前、安倍晋三前首相の体調不良による辞意を受けて総裁選への出馬を表明すると、自民党の各派閥は我先にと支持を表明。圧勝の流れができあがってそのまま総裁に就任すると、高い支持率で政権が発足したはずだった。

 それからわずか1年。任期満了が近づく総選挙を前に、「菅では戦えない」という党内の「菅離れ」が加速すると、首相は今月に予定された総裁選前の解散を模索して挫折。すぐさま党内人事の刷新で求心力を回復させようとするも頓挫。総理総裁の権力の源泉である「解散権」と「人事権」を封印されて、あれよあれよという間に総裁選不出馬、退陣へと追い込まれた。これほどまでに見事な使い捨てもあるまい。

 もっとも、ここまでの展開を見る限りは、安倍長期政権の「尻ぬぐい内閣」あるいは「しんがり内閣」と言ったほうが正しいかも知れない。

 任期をあと1年残しての安倍前首相の辞任で、政権発足以来の官房長官を務めていた人物があとを引き継ぐ。そのまま新型コロナ対策に取り組み、1年延期を決めた東京オリンピック、パラリンピックを無観客でも開催して帳尻を合わせる。使い終わったように前政権の任期を満了してお払い箱になる。』

『その一方で、安倍晋三が2006年に最初に首相の座に就いてわずか1年で辞任すると、そこから毎年9月に1年ごとに首相が入れ替わる時代が民主党政権まで続いた。それが再び安倍が復権するまで止まらなかったことからすれば、「安倍の呪い」の再来といったところか。

総裁選不出馬表明会見の「嘘」

 いずれにしても、菅首相がここまで支持率を失い、求心力を失って使い捨てられていく大きな原因となったものが、新型コロナ対策の失敗にある。では、なぜ失敗したのかといえば、根本は菅首相の繰り出す日本語の不正確さと意味不明ぶりにある。菅首相の日本語がおかしいことは、以前から指摘してきたことでもあるが、そこに透けて見えるのが、思考の曖昧さと理念構築の崩壊だ。

(参考)「スピード感をもって」とは?国語力疑わしい菅首相
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/64286

 直近の一例を挙げると、今回の突然の辞任表明。3日の昼過ぎに首相官邸のエントランスで記者たちを前にこう語っている。短いので全文を記す。

「先ほど開かれました自民党役員会において、私自身、新型コロナ対策に専念したい、そういう思いの中で、自民党総裁選挙には出馬しないことを申し上げました。

 総理大臣になってから1年間、正に新型コロナ対策を中心とする、様々な国が抱える問題について、全力で取り組んできました。

 そして、今月17日から自民党の総裁選挙が始まることになっております。私自身、出馬を予定する中で、コロナ対策と選挙活動、こうしたことを考えたときに、実際、莫大なエネルギーが必要でした。そういう中で、やはり両立はできない、どちらかを選択すべきである、国民の皆さんにお約束を何回ともしています、新型コロナウイルスの感染拡大を防止するために、私は専念したい、そういう判断をいたしました。

 国民の皆さんの命と暮らしを守る、内閣総理大臣として、私の責務でありますので、専念して、やり遂げたいと思います。

 また来週にでも、改めて記者会見をしたいと思います。以上です」

 新型コロナ対策に専念したいから総裁選に出ない、総理を辞める、という理由からしてもう既に、とってつけた言い訳であることは明々白々だ。そこでさらに着目すべきは「新型コロナウイルスの感染拡大を防止するために、私は専念したい」と語っていることだ。文脈からしても菅首相のいう「新型コロナ対策」とは「感染拡大を防止する」ことにあるようだ。』

『だが、感染拡大の防止のなにに専念するというのだろうか。やっていることといえば、緊急事態宣言を繰り返して、毎度の会見を開いては、国民の皆さんに「自粛」をお願いすることくらいしかない。

どこに「感染拡大防止に専念」すべき余地あるのか

 感染が急拡大した先月、政府は17日に新型コロナウイルス対策の緊急事態宣言に茨城、栃木、群馬、静岡、京都、兵庫、福岡の7府県を20日から追加し、これにあわせてすでに発出されている東京、埼玉、千葉、神奈川、大坂、沖縄の6都府県の期限も8月31日から9月12日まで延長することを決めた。宣言に準じるまん延防止等重点措置については、すでに適用されている北海道、福島、石川、愛知、滋賀、熊本の6道県に宮城、富山、山梨、岐阜、三重、岡山、広島、香川、愛媛、鹿児島の10県を加えた。

 さらに25日には、北海道、宮城、岐阜、愛知、三重、滋賀、岡山、広島に緊急事態宣言を発出、高知、佐賀、長崎、宮崎にまん延防止等重点措置を適用。期間を8月27日から9月12日までとした。

 もうここに書き連ねるだけでも分けがわからなくなるのだが、これで全国の半分以上の都道府県が法律の規制を受けることになり、どちらの対象にもならない県のほうが希少だ。東京だけを見ても、現在4回目の緊急事態宣言が発出中で、それ以前からまん延防止等重点措置をあわせると、今年に入っていずれの対象にもならなかった期間はわずか4週間のみである。もはや規制が常態化していると言える。言い換えれば、今年に入ってこの生活が日常であって、緊急事態宣言も常態化すれば、それは「緊急事態」ではなくなる。いまさらながらに「緊急事態」の言葉が意味を成さない。

 しかも、その時の会見で菅首相が語っていたことは、あらたに対策の「3つの柱」として「医療体制の構築」「感染防止」「ワクチン接種」を打ち出したことだった。このうち「医療体制の構築」とは、自宅療養のための支援の拡充や病床ベッド数の確保、あるいは中和抗体薬の積極投与といったことで、感染してしまった患者への対策を語っている。つまり医療体制の強化を自讃して、感染してもご安心ください、と国民に訴えている。

 次に「感染防止」だが、これこそ従前の人流抑制、テレワークの推進、飲食店の時短営業、酒類提供の停止の自粛を求め、相変わらずの「3密」の回避を呼びかけるに過ぎない。あとの「ワクチン接種」はその進捗状況を良好と語っているに過ぎない。

 これであとどこに首相として感染拡大の防止に専念する余地があるのだろうか。』

『首相が胸を張ったコロナ対策が国民にさっぱり相手にされなかった理由

 こうした会見の度に、質問に立つ記者たちが「危機感が伝わらない」「国民に総理の声が届かない」などと指摘するが、当たり前だ。首相は、医療体制は整っているから安心してください、医療崩壊は起こさせませんよ、と言っているのであって、それだったら感染しても大丈夫だ、と国民を落ち着かせるメッセージを発信しているのだから。その一方で「自粛」を呼びかけても説得力は無い。首相の発言内容そのものに矛盾がある。

 もっとも、東京オリンピックがはじまって東京都の1日の新規感染者数が5000人を超えるとは思ってもみなかったのだろう。その度に場当たり的な対策に終始し、緊急事態宣言を発出して常態化させ、危機感を呼びかけるはずが医療体制の拡充を宣伝して安心を呼びかける会見では、感染防止への国民の士気も高まらない。自分の発言の主旨や会見を必要とする意義も理解できてない。

 こうした見通しの甘さと場当たり的な姿勢は、この1週間で総裁選前の解散に打って出ようとしたり、総裁選直前の党内人事の刷新を図ろうとしたりして、どれも一夜で霧散していくところにも現れている。権力基盤維持もできない権力者に感染拡大阻止という国家事業ができるはずもない。それだけすり切れが早くて脆いゾウリだったということだろう。今年1月の施政方針演説で今夏の東京オリンピック・パラリンピックを「人類が新型コロナウイルスに打ち勝った証」と語っていたはずが、その新型コロナウイルスに打ち負けた首相の言葉の虚実を嗤う。

 これで来月には新しい首相が誕生することになった。政治家は言葉がすべてと言われるように、その発信する言葉のなかに、その正体を探る素地があることをあらため知っておきたい。』