「独中蜜月」の虚実 習体制へ深めた疑心

「独中蜜月」の虚実 習体制へ深めた疑心 
風見鶏 欧州総局編集委員 赤川省吾
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR010ER0R00C21A9000000/

『ドイツ海軍のフリゲート艦バイエルンは8月、インド洋に入った。さっそく海上自衛隊と共同訓練し、在日ドイツ大使館が「対日連携を強化」とツイートした。

同艦はグアムなどを経て11月に日本に至る。「この航海は我々がインド太平洋地域に真剣に向き合おうとしているとのメッセージ」。ベルリンの執務室に電話をかけるとジルバーホルン国防政務次官は力説した。

先んじて軍艦を日本に送った英仏と異なり、ドイツはインド太平洋に領土はない。それでも遠いアジアに海軍を展開するのはメルケル首相らが中国への懸念を深めているからだ。
対中政策の潮目は7~8年前に変わっていた。

2014年、南シナ海で中国と対立する東南アジアにメルケル氏は接近し、各国首脳との会談を重ねた。外交・安全保障政策では中国と距離を置く――。その一歩を踏み出したのだ。
次にドイツ外務省が組織再編に動き、日韓豪などの担当部署を新設。中国以外のアジア太平洋に目配りする体制を整えた。

さらに閣僚の外遊で中国優先をやめた。18年、与党重鎮アルトマイヤー経済相はアジアの初訪問先に日本とインドネシアを選んだ。

ドイツは重要閣僚の外遊で中国優先をやめた(2018年の訪日中、ドイツ企業関係者らと打ち合わせをするアルトマイヤー経済相=左から2人目)
約1週間のアジア歴訪に同行取材中、政府専用機の大臣執務室で食事しながら2人きりで話し込む機会があった。印象的だったのは「日本は価値観をともにする戦略的なパートナー」と何度も繰り返したこと。中国からの招待には、あえて応じなかった、という。

なぜドイツは段階的に中国離れを図ったのか。

中国と深く交流するというドイツの対中政策の指針は胡錦濤(フー・ジンタオ)国家主席と温家宝首相の胡・温体制の時期に確立した。メルケル首相が政策決定した、とされる。
その指針が12年、習近平(シー・ジンピン)体制発足で揺らぐ。「対話で民主化支援」などの欧州流は通じない。「一帯一路」で欧州を切り崩すなど覇権主義がちらついた。懐疑心を強めたドイツは軌道修正したものの、急ハンドルは避けた。

「ドイツ外交は継続性を重んじる。政策を急転換するわけにはいかなかった」。独紙の元北京特派員で、今は企業経営者向け中国情報誌チャイナ・テーブル編集長というドイツ屈指の中国通、フィン・マイアーククック氏は指摘する。

日本は最近まで「ドイツと中国は蜜月」とみていた。なぜ見誤ったのか。

まずドイツの中国離れがゆっくりで、変化に気づかなかった。つぎに日独のすきま風で目が曇った。安倍前政権の発足当初、ドイツは財政政策や歴史認識で立場の異なる日本を公然と批判。その姿勢が「親中」との印象を強めた。

しかも外交対話にこだわる欧州流はデカップリング(分断)をいとわない米国流と温度差がある。「国際社会では時に対立もやむを得ない。ただし非常に丁寧に、できれば外交的に共通の利益を探るべきだ」と社会民主党のシャーピング元党首は取材に語った。

アフガニスタンの駐留失敗で欧州は自信を喪失した。しばらく対中批判を手控えるかもしれない。それでも誤解は禁物だ。対中政策は警戒モードで「輸出に響くから何もしない」という事なかれ主義ではない。

26日はドイツ議会選。次期政権は人権重視だろう。先取りするように財界は中国などの強権国家を非難する声明を発した。「いまの時代は何も言わないことがリスク」との声が独企業から漏れる。翻って日本は強権国家にどう向き合うのか。決断の時が迫る。(欧州総局編集委員 赤川省吾)』