習近平氏の「共産主義革命2.0」

習近平氏の「共産主義革命2.0」
風見鶏
https://www.nikkei.com/article/DGXZQODE253HK0V20C21A8000000/

『中国の習近平(シー・ジンピン)国家主席が17日「共同富裕」という目標に向けた政策を発表した。「①報酬②税金③寄付」という3つの手段を通じて所得再分配を図る内容だ。

これを受け騰訊控股(テンセント)が「共同富裕に500億元(8490億円)を投じる」と宣言した。注目されたのは、発表が午前0時22分という異例の時間であったこと。政策公表からわずか26時間という反応の速さだ。所得再分配は中国に必要な政策だが、社会には一種の緊張感が漂う。

その理由は習氏が打ち出す政策の全体像が一歩一歩、毛沢東時代の社会の記憶に近づいているからにほかならない。想起される政策を挙げる。

打土豪、分田地=中国共産党は国民党との内戦時代「地主から土地を取り上げ分け合う」政策で農民の心をつかみ、兵を集めた。

「共同富裕」が求める寄付は自発的行為のはずだが、公表された方針にはこうある。「高収入は合理的に調節し、不法収入は取り締まる」。人治の国でこの言葉が放つ威力は大きい。

公私合営=毛沢東改革の一つで、民営企業家は「喜んで」会社を党にささげさせられた。

中国教育省は7月、一定の条件で私立学校は公立化するか廃止すると発表した。2万人の生徒を抱える河南省の私立高校はさっそく「社会に報いるためすべてを政府に寄付する」と宣言し、称賛された。

国有企業優先の政策下、融資難に苦しむ民営企業が政府の救済基金に頼り国有化される例も少なくない。そもそもアリババやテンセントなどの巨大IT企業をはじめ、多くの企業には共産党組織がある。事実上の国有化への基盤となりかねない。

供銷合作社=生産部隊の「人民公社」や「農村信用社」と並び、配給制度下の農産物流通や資材供給を担った。

6月、驚きのニュースがあった。改革開放後、忘れられた存在だった合作社の全国組織「中華全国供銷合作総社」が中国人民銀行などと共同で、農村の「生産・供銷・信用」を一括で担う事業モデル構築に乗り出すと発表した。実現すれば、人民公社時代への先祖返りとなる。

中国共産党創立100年式典で天安門に立つ習近平国家主席=ロイター

社会主義色や統制色の強い政策は、海外の資本市場の不安を呼び、国内のイノベーションにも急ブレーキをかけかねない。

それにもかかわらず習氏はなぜこのような政策に走るのか。「中華民族の復興」が「中国の夢」であり「習氏の夢」であるならば、鄧小平路線を否定し、経済成長を阻害する政策は自らの首を絞めるだけだ。

そこで習氏の思想を丹念にみると、異なる野心もみえてくる。

習氏は1月、中共中央党校で全国の主要幹部を前に、習近平思想の発展段階について重要講話を行った。

▶マルクス主義は人類社会が必然的に共産主義に向かうとするが、それには若干の歴史段階を経る▶鄧小平同志は「社会主義は共産主義の初級段階。中国は社会主義の初級段階、つまり未発達の段階にある」と述べた▶党は「我が国は社会主義の初級段階にある」との重大判断を下し、改革開放の斬新な局面を開いた▶我々は歴史的成果を収め、歴史的変革を発生させ、新時代に入った▶我々は更に高い新たな目標を実現するための豊富な物質的基礎をすでに有している。

習氏が語った考え方はマルクス主義における唯物論的歴史観と重なる。

マルクスは「資本主義に内在する矛盾は発展につれて社会や生産の制約要因となり、社会主義革命を引き起こす。その後、共産主義に移行する」と唱えた。一方で、実際に革命が起きたのは、皮肉にも資本主義が成熟した国々ではなく、ロシアや中国など経済が未発達の国ばかりで、共産社会に向けた壮大な実験は失敗に終わった。

その観点からみれば、習氏は鄧小平路線を否定しているのではない。鄧氏が切り開いた「資本主義的経済の成熟と矛盾の露呈」という必然的な発展段階を経て、人類にとっての再挑戦となる「共産主義革命2.0」へと中国を導こうとしていることになる。

中国共産党創立100年式典で演説しながら拳を突き上げる習近平国家主席=共同
折しも、新型コロナウイルスのため中止となった今年の世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)のテーマは、より良い社会へと資本主義体制を問い直す「グレート・リセット」だった。西側と東側が時代観で一致した形だ。

それでも習氏の革命は「グレート・リセット」とは違う。鄧氏の言葉を借りれば「中国は民主主義の初級段階、つまり未発達の段階にある」。もし成熟した民意の発露に基づかず、ただ人々の欲望を抑え込み、同時に輝かしいイノベーションも実現しようとするならば、いや応ない同調圧力と恐怖主義に頼らざるを得なくなる。

国内のひずみは極端な対外行動につながる。そして、深い経済関係を持つ隣国が共産社会へとかじを切れば、日本経済も無傷ではいられない。

米中逆転や経済デカップリング――。我々が想定する未来はすでに「非連続」を前提としていたが、そんな想定を超えた「あり得ない未来」への備えすら必要な時代が来ようとしている。

(中国総局長 桃井裕理)』