日本のアフガン退避難航 自衛隊派遣、初動の遅れ響く

日本のアフガン退避難航 自衛隊派遣、初動の遅れ響く
邦人・協力者保護、薄い危機感
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA273SN0X20C21A8000000/

『日本政府によるアフガニスタンの邦人やアフガン人大使館職員らの退避が難航している。最大500人の希望者の移送を目指したが、実現しないまま27日の事実上の活動期限を迎えた。自衛隊機派遣の初動の遅れが一因だ。すでに退避作戦を終えた欧州などと比べ、自国民や協力者保護への危機感の薄さもにじむ。

政府が自衛隊機の派遣を決めたのは23日。15日のカブール陥落を受けてすぐに軍用機を現地に送った米欧から1週間ほど遅れた。その間、現地の状況は日に日に厳しさを増していった。

政府は17日までに日本人の大使館員や国際協力機構(JICA)職員、出国を望む邦人を第三国に退避させた。米軍と連携し、実際の移送では英国軍の協力を得た。このとき日本に過去20年間協力してきたアフガン人職員らは取り残された。

英国が駐アフガン大使を現地にとどめ、アフガン人への査証(ビザ)発給などの作業を続けたのと対照的だ。

日本の外務省は今回の救出対象の邦人は数人で、アフガン人職員とその家族を含む協力者は数百人と想定した。

政府が派遣した自衛隊の輸送機「C130」が拠点とするパキスタンのイスラマバードからカブールの空港に到着したのは26日になってからだ。出国希望者が空港まで来られず、複数回の輸送が空振りに終わった。27日に出国した邦人1人が最初の退避者だった。

欧州は着々と計画を進めた。ドイツやベルギー、オランダは自国民とアフガン人協力者の退避作戦を終了したと発表した。ドイツは5千人ほどを国外に脱出させた。

東大の鈴木一人教授は日本政府の危機意識の乏しさを指摘する。「大使館などで協力していたアフガン人の方針が決まらないまま、大使館員が先に脱出したのは拙速だった」と述べた。「日本は緊急事態対応の計画が十分でない」と説明した。

一連の経緯で他国との協力などソフト面の課題も浮かび上がった。

政府はアフガンの日本大使館に防衛駐在官を置いていたが、17日に他の大使館員とともに退避した。自衛隊機の派遣のため、防衛省が現地に先遣隊を向かわせたのは22日。この間、現地に自衛隊員は不在だった。

米欧各国はカブール陥落後も現地で軍関係者が情報交換を続けており、ここでも出遅れた。

その後、いったん周辺国に出た大使館職員らがアフガンに戻り、派遣された自衛官とともにカブールで退避希望者の支援にあたっていた。

日本の今回の退避オペレーションには①首都カブールの空港までの移動②本人確認③アフガンからの脱出④日本への輸送⑤日本への入国――という関門がある。

最大の問題は邦人やアフガン人らの空港への移動だ。米国や欧州の一部の国は軍用ヘリコプターを市街地に飛ばし、脱出を進めた。

自衛隊の場合、自衛隊法の制約で米軍によって安全が保たれている空港を出ると活動できず、空港までの安全な移動を手助けできない。

岸信夫防衛相は23日、空港までの移動手段は「各自で確保していただくしかない」と述べた。

今回の出動は外国での騒乱時に邦人らを輸送できると定める自衛隊法「84条の4」に基づく。同条項に「安全に実施できると認めるとき」との要件がある。

政府はカブールの空港内は米軍により安全が保たれていると判断し活動を認めた。空港外の市街地については米軍のコントロールが及ばず、治安が悪化しているため活動範囲に含めなかった。

より強い武器使用権限を付与する「84条の3」を根拠とすれば、自衛隊が外国で生命の危険がある邦人らを保護できる。この条項は相手国の同意を厳格に求めている。タリバンが制圧した現在のアフガンで適用するのは現実的でなかった。

政府は憲法で自衛隊に自衛のための必要最小限度の武力行使しか認められていないと解釈しており、自衛隊法も活動範囲を厳しく制限する。特に今回のような部隊の撤退時は軍事上リスクの高い場面だ。自衛隊の対処にもおのずと限界はある。

海外での本格的な活動は現地で他国軍の手厚い支援を得ながら進めている。外国からの退避など同盟国にも余力がない場合、日本にはどこまで独自の行動ができるのか。

これまでもイラクへの派遣など自衛隊の海外活動を巡って、現実と制度上の制約とのギャップを憲法解釈で乗り切ってきた。今回は国家の役割そのものに関わる自国民保護という問題に直面し、そうした矛盾が改めて浮き彫りになっている。

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