危うい「警察官なき世界」 米アフガン撤収が放つ警告

危うい「警察官なき世界」 米アフガン撤収が放つ警告
本社コメンテーター 秋田浩之
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD258SU0V20C21A8000000/

『最も恐れていたことが起きた。アフガニスタン首都、カブール空港の周辺。出国をめざし、ようやくたどり着いた人々をテロが襲った。

アフガンではただでさえ、恐るべき弾圧の予兆が漂っている。同国内には、米国への協力者が少なくとも約30万人いるとの試算もあり、イスラム主義組織タリバンによる迫害にさらされかねない。

筆者も今週、アフガン人の知人から「家族がタリバンの捜索対象になり、身の危険が迫っている」という悲痛な訴えを聞いた。これらの人々の命が脅かされず、安全が保たれることを切に願うばかりだ。

タリバンの圧政は心配だが、過激派「イスラム国」(IS)などのテロ組織が勢いづき、タリバンの統治すらもままならない状態に陥ることはさらに悪夢だ。

現地で人道支援に当たる組織からは「タリバンは問題が多いが、テロ集団がアフガンの主導権を握るのはもっと恐ろしい」との声が聞かれる。

この惨状を招いたきっかけは、米軍撤収を急いだバイデン米政権にある。だが、退却そのものの基本方針はオバマ時代に決まり、トランプ前政権がタリバンと合意していた。バイデン大統領はこれらを実行したにすぎない。

これらのできごとは国際政治上、何を意味するのだろうか。まず明確なのは米国が単独で「世界の警察」を任じる時代が終わり、とても不安定な局面に入ったということだ。

米国は世界の警察官ではないという立場は2013年、オバマ大統領が宣言した。今回の撤退はそれがおおげさではなく、本当であることを印象づけた。

冷戦終結から十数年の例外

米国は今後、軍事介入するにしても世界への影響と自国の利益を勘案し、より慎重に対象を絞り込むだろう。世界はこの現実を冷静に受け止め、対策を考えなければならない。そもそも、米国が世界の警察官らしき役割を演じられたのは、戦後のごく限られた期間にすぎない。

あえて言えば、そのような期間は米ソ冷戦が終わった1989年から対イラク開戦(2003年)の前までの十数年である。

これに先立つ1940年代後半~89年、世界は米ソ冷戦で東西陣営に分かれ、米国の「警察力」が及んだのは西側だけだった。

ソ連の崩壊によって冷戦が終わると、いったん米国の指導力は高まる。90年、フセイン・イラク政権がクウェートに侵攻した際、米国は国連決議を踏まえて多国籍軍を束ね、クウェートからイラク軍を追い出した。

米国は湾岸戦争で多国籍軍を主導し、クウェートからイラク軍を追い出した(91年2月)=AP

ところが03年、大量破壊兵器の保有を理由に米国がイラク戦争に踏み切ったころには、警察官としての米国の指導力は峠を越えていた。開戦には同盟国の仏独までも反対し、大量破壊兵器も見つからなかった。

そこに中国の台頭が追い打ちをかける。とりわけ、習近平(シー・ジンピン)氏が共産党総書記についた12年以降、中国は強硬路線にまい進し、米国主導の秩序に正面から挑みだした。

米国が好むと好まざるとにかかわらず、単独で警察役を果たせる時代はすでに終わっていたのだ。

カブール空港周辺の事件で改めて鮮明になったテロの脅威も含め、世界は安全保障上の火種に満ちている。なかでも秩序を左右するのが、強大になる中国にきちんと向き合い、責任ある行動を引き出していけるかだ。

この点でいえば、米軍のアフガン撤収は望ましい。米国がインド太平洋に軍事力や外交力を傾け、中国に対抗する余力が増えるからだ。

推計によれば、米国はアフガンに2兆2610億ドル(約250兆円)の戦費を投じ、米兵だけで二千数百人が命を落とした。この約1年半、米兵の死者は出ていないが、戦争を続ければ、莫大な予算がかかるうえ、米指導者は政治的な体力も奪われてしまう。

同盟国にも「ただ乗り」許さず

日本や東南アジアの当局者や識者らにたずねると、米国が対中戦略に専念しやすくなるとして、アフガン撤収を歓迎する声が少なくない。英国を代表する安全保障専門家、マイケル・クラーク氏(英王立防衛安全保障研究所・前所長)も、こう語る。

「バイデン政権がこのような形で撤退を実行したことに、欧州は非常に怒っている。しかし、アジアからみれば、今回の決定は長期的な安全保障の利益にかなう。インド太平洋の問題に、米国が集中する余地が増えるからだ」

だが、「よかった」で済む話ばかりではない。バイデン氏は8月14日の声明でこう強調した。「アフガン軍が自国を守ることができない、もしくは守る意志がないなら、米軍がさらに1年間または5年間駐留しても意味がない」

つまり、米軍へのただ乗りは許さないというわけだ。この発言をトランプ氏ではなく、同盟重視のバイデン氏が放った重みは大きい。今後、誰が次の大統領になろうとも、同盟国や友好国にただ乗りを認めることはないだろう。

むろん、米国の戦略上、日本や韓国、オーストラリアの重要度はアフガンよりもはるかに高く、比較にはならない。とはいえ、自助努力を怠っても必ず米国は守ってくれると考えるのは誤りだ。

特に、日本の防衛費は国内総生産(GDP)の1%であり、比率でみると世界の100位以下。韓国(2.7%)、豪州(2.1%)よりもずっと低い。

「日本が格段に防衛努力を増やさなければ、日米同盟をもってしても将来、中国から日本を守り切れなくなってしまう」。元米国防総省高官からは、こんな不安が聞かれる。

米国だけでは世界の警察役を果たしきれない以上、主要国が役割を分担し、みんなで治安を守っていくしかない。アフガン敗戦をきっかけに、各国はそんな目の前の現実に向き合うときだ。

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秋田 浩之
長年、外交・安全保障を取材してきた。東京を拠点とし、北京とワシントンの駐在経験も。北京では鄧小平氏死去、ワシントンではイラク戦争などに遭遇した。著書に「暗流 米中日外交三国志」「乱流 米中日安全保障三国志」。

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