「弱い米国」危ういシグナル

「弱い米国」危ういシグナル 中東、反体制の暴発リスク
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『アフガニスタンでイスラム主義組織タリバンの支配が復活した。民衆は極端なイスラム法解釈と残忍な統治の再現におびえる。周辺国に難民が押し寄せる可能性もある。同じくらい深刻なのは「米国は弱い」という危険なシグナルが世界に発信されてしまったことだ。

タリバンによる首都制圧の衝撃が世界に広がった直後の16日。中国政府でアフガニスタン問題を担う岳暁勇特使はイランの首都テヘランにいた。ザリフ外相(当時)とアフガン情勢について協議。アフガンの隣国として協力することを確認した。

中国やイランが国内の民族独立意識や過激主義を刺激しかねないタリバンの復活を喜べるはずはない。旧ソ連支配への抵抗武装組織を源流とするタリバンはロシアにとっても大きな脅威だ。

しかし各国とも今回はタリバンに秋波を送る姿勢をみせている。米国の失態を際立たせ、覇権維持の負担を高めることが自国にとって有利に働くという計算がある。

「撤収という選択に完璧などなかった」とアラブ首長国連邦(UAE)のシンクタンク、トレンズのクリスチャン・アレクサンダー氏はいう。「バイデン米政権はテロ対策よりも中国やロシアとの戦略的な覇権争いに集中しようとした」。一定の混乱は覚悟のうえだったという説だ。

しかしその中国やロシアは米国の混乱で利益を手にした。「中ロは戦略的な同盟相手として米国がいかに頼りにならないかを熱心に説いて回るだろう」と米シンクタンク、アトランティック・カウンシルのカーステン・フォンテンローズ氏は指摘する。中ロは「多額の資金を投じてアフガンに治安部隊を育成しようなどという気はなく、むしろ治安の弱さを通じて影響力拡大や資源確保を進めたい立場だ」という。

サウジアラビアやUAEなど対米同盟国は「肝心な時に米国は助けてくれないかもしれない」と疑念をふくらませた。

UAEの有力政治評論家のアブドルハレク・アブドラ氏は地元紙への寄稿で湾岸諸国が米のアフガン撤収から学ぶべき教訓として「米国への戦略的な依存を減らし、信頼について見直す時だ」と指摘した。アフガンと同じく米が部隊撤収を表明しているイラクでも米国への不信が強まる。

中東の権威主義リーダーたちは「民主主義や自由主義が21世紀的な課題の解決にならない」との見方を強めた可能性がある。新型コロナウイルス対策で成功を収めたかに見える中国流の「民主主義なき発展モデル」に一段となびく。

「際限ない戦いを続けるわけにはいかない」とバイデン大統領は撤収を正当化する。技術革新で有力石油生産国となり、脱炭素へ巨額投資の目標を示した米国にとって、中東の戦略的な重要性は下がった。米国民からすれば、責任は米の負担にただのりしてきた同盟国の側にもある。

米国の中東での影響力低下は、多大な犠牲を払って抑え込んだ「イスラム国」(IS)など過激派を再び勢いづけかねない。「テロ組織をかくまうことはない」というタリバンの約束が守られる保証はまったくない。

パレスチナのイスラム原理主義勢力ハマス最高指導者のハニヤ氏はタリバンのアフガン制圧に祝意を送り「あらゆる占領の終わりの前奏曲になる」と語った。弾圧や差別や貧困に苦しむ人々にとって過激思想が唯一の救いと映ってもおかしくない。

英国のブレア元首相は自身のウェブサイトで、同盟国に十分な相談もなく進めた撤収について「悲劇的で危険、不必要」と批判した。欧米の約束に対する信頼は脆弱な通貨のようになったと断じた。

ベトナム戦争終結から4年後、イランではイスラム革命が起こり、米国は中東における最重要の同盟パートナーを失った。世界で最も不安定な地域である中東は、長期的な安定と繁栄への先導役を失い、一部の国や勢力が既存の体制や秩序に挑戦するような暴発リスクを抱えつつある。

(ドバイ=岐部秀光)

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小山堅
日本エネルギー経済研究所 専務理事 首席研究員

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別の視点 2001年同時多発テロ事件を受け米国の安全保障観で「テロとの戦い」が最重視されるに至った。

冷戦を勝利した米国の安全保障上の中心的脅威はテロ組織など非国家主体になった。

その後20年を経て米国と中国の対立が激化、再び安全保障の重点は国家間競争に移った。
米国がその対応で政策資源の重点を移し始めた矢先、アフガニスタンでタリバンの権力掌握という衝撃的事件が起きた。

米国は再びテロ・武装組織の脅威を意識せざるを得ない。「もはや世界の警察官ではない」と自認する米国が国家間競争とテロとの戦いの両面作戦を強いられるかもしれない。

米国が苦しむことは対抗勢力をさらに利することになる。国際情勢はますます混沌としてきた。

2021年8月27日 10:24いいね
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鈴木一人
東京大学 公共政策大学院 教授

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別の視点 米国が「弱くなった」というよりは、タリバンに対してレバレッジの効かない状況で退却することになった、ということであろう。

これだけのスピードでタリバンが出てくることを想定できなかったインテリジェンスの失敗、退却を優先し、アフガンの国家建設や人権保護といったことを投げ捨てた、というのも弱さに見えるが、一番の問題は、撤退することだけを想定して、タリバンに有利な合意をアフガン政府の頭越しに結んだトランプ政権の姿勢と、それを修正しなかったバイデン政権のやり方。

「タリバンに対する全面降伏」であり、米国が後先考えず自国の利益だけを優先した合意を結んだことが「米国の弱さ」。

2021年8月27日 11:49いいね
1 』