「ワクチンは殺人兵器」というデマを信じる人が大量発生するのは、人類の残念な宿命である

「ワクチンは殺人兵器」というデマを信じる人が大量発生するのは、人類の残念な宿命である
https://news.yahoo.co.jp/articles/d14379966cf169470b5a8e6be5e348cea1663884?page=2

『■デマを拡散する「ワクチン陰謀論者」

 諸外国に比べて遅れていたが、日本の新型コロナウイルスのワクチン接種も少しずつ軌道に乗ってきている。菅義偉首相は「1日100万回接種」を目標に掲げて、自衛隊運営の大規模接種センターや職域接種などの実施もあり、8月9日時点で接種回数は1億回を超えた。

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 ところが、この新型コロナワクチンをめぐる不穏な動きが世の中では散見される。それがワクチン陰謀論である。

 ワクチンを打つと5Gに接続できるという程度のデマならばネガティブな影響は少ないかもしれないが、ワクチンが人口削減のため生物兵器だとする陰謀論や、ワクチンがヒトDNAを改変するといったデマまで広まっている。

 この新型コロナ騒動全体についていえるように、ウィルスによる健康被害や死亡率、あるいは治療や予防に関するデマが拡散され、多くの人々の恐怖心を煽ったのと同じように、ワクチン陰謀論も今後の感染症対策にネガティブな影響を及ぼしかねない。

 それでは、なぜ人々はこうした陰謀論にはまってしまうのだろうか。そのカギを解くカギが、進化論や科学史の研究者マイケル・シャーマーが論じる、パターン性(patternicity)と、その一種のエージェント性(agenticity)である。

■トランプを「光の戦士」だと信じた支持者たち

 実は陰謀論を信じたいと思う人間の本性は、そのほかのオカルトや幻想にしばしば魅了される我々のホモサピエンスとして備えた心の仕組みと共通している。今年の初頭に流行った陰謀論はトランプ陰謀論であり、これによって情緒的保守が既に選挙で負けているトランプ大統領がなぜかまだ負けていないと主張し続けた。

 彼らは、トランプ元大統領はまだアメリカ大統領選で負けておらず、いつか表舞台に舞い戻ってくる「光の戦士」だと思っていたのである。あるいは、共産主義国は地上の楽園で、そこに行けば資本主義世界のなかにみられる、様々な苦しみから逃れられると思っていた者もいる。

 拉致被害者なんていないと信じられていた頃、日本でも、そうした人物は北朝鮮に自分から渡っていったが、その圧政に気づいたときには、時すでにおそしであった。

 「Xファイル」の主人公フォックス・モルダーのようにUFOの存在を信じたい人もいる。医療行為でいえば、癌が治せると信じて高額のお金をオカルト療法に投じる人もいる。しかしいったいなぜ、我々はこうした非科学的な信念体系を信じてしまうのだろうか。そこには何か科学的な理由やメカニズムがあるのだろうか。

■陰謀論的な発想を生み出す「2つのパターン性」

 それは、我々の脳の中には非科学的な発想を無意識のうちに信じてしまう仕組みがあるからである。本質的に私たちはパターンを探す動物である。我々は脳のなかで自動的に、AとB、BとCをつなげて考えるのであり、こうした仕組みは関連付け学習(association learning)と呼ばれるものである。

 つまり、私たちは自動的に物事のなかにパターンや関係を見いだすのであり、こうした迷信を信じてしまう背後にある一つの原理をパターン性(patternicity)という。パターン性とは、意味のあるなしにかかわらず、与えられた情報から何らかのパターンを見つけだそうとする傾向のことを指す。

 「パターン性」がはたらくときに2種類の間違いが想定される。一つ目のミスは偽陽性(ここではタイプIエラーと呼ぶ)である。これは、パターンが存在しないのに存在すると信じこむ事である。もう一つのミスは偽陰性(ここではタイプIIエラーと呼ぶ)である。こちらは、パターンが存在するのに存在しないと信じこむことを指す。

 ここで以下のシナリオを考えてみよう。あなたは狩猟採集時代の原始人で、100万年前のアフリカのサバンナを歩いているとする。そこで、目の間の草むらの中でガサガサという音が急に聞こえる。あなたはそこで瞬間的に考える。

 草むらのなかにいるのは、危険な肉食動物だろうか。あるいはただ単に風が吹いただけだろか。言うまでもなく、これらのいずれかを判断して、逃げるかとどまるかを決めることは、狩猟採集時代のサバンナで暮らすあなたの人生にとって決定的に重要な決断である。』

『■どちらのパターンを選択するべきか

 草むらの音が肉食動物だと考えて、実際はただの風だったら、あなたの予想は間違っており、タイプIエラー(偽陽性)になる。このとき、あなたは殺されることなく、ただ単に逃げることのコストがかかるだけである。換言すれば、あなたは単に慎重で用心深いだけだったということである。

 しかし、その逆のシナリオを考えてみよう。つまり、もしあなたは目の前の草むらから聞こえたガサガサという音を、単に風が吹いて草むらが揺れたことで発せられた音だと判断したが、実際には、実はその草むらに危険な肉食動物がいた場合はどうだろうか。

 こちらはタイプIIエラー(偽陰性)のシナリオであるが、言うまでもなく、この時、あなたはライオンの餌食にされるだろう。端的にいって、あなたはダーウィン的な自然淘汰の原理によって抹消されることになる。

 もしそうであれば、狩猟採集時代において、ヒトの脳はサバンナで歩いていて草むらがガサガサゆれたとき、いかなる形で判断するのが、生き残るうえで合理的であっただろうか。

■自然淘汰によって獲得されたパターン化思考

 それは10回中9回が単なる風の音だったとしても、毎回ライオンがいると疑って、毎回走って逃げた方がサバイバルのために有利だっただろう。さらにいえば、そうした判断はいちいち意識的・理性的にどうしようと悩んでいたら、時間がかかってしまい、そんなことを考えているうちにライオンに食べられてしまう。

 そこで、自然淘汰は我々の脳に、草むらのガサガサという音を聞くと自動的に、ライオンが隠れているという最悪の状況をパターン化して想起させるような仕組みを与えた。これがパターン性と呼ばれる脳のしくみである。

 このパターン性はもちろん、狩猟採集時代における草むらの音のみに反応するものではない。すなわち、パターン性があるため、ヒトはしばしば宗教、イデオロギー、陰謀論といった論理性や合理性を欠く言説のなかに何か意味があると考えてしまい、しばしばそれらに夢中になる。

 つまるところ、パターン性という脳のしくみが、我々が非科学的な言説に対して意図も簡単に騙されてしまうことの一つの理由なのである。

 このパターン性と関連する重要なバイアス――正確にはその一種――がある。それがエージェント性である。』

『■ただの出来事に何者かの意図を感じてしまう「エージェント性」

 もう一度、あなたは狩猟採集時代における原始人で、目の前の草むらがガサガサゆれたというシナリオを考えてみよう。

 あなたは狩猟採集時代の原始人で、100万年前のアフリカのサバンナを歩いているとする。そこで、目の間の草むらの中でガサガサという音が急に聞こえる。あなたはそこで瞬間的に考える。

 草むらのなかにいるのは、危険な肉食動物だろうか。あるいはただ単に風が吹いただけだろうか。このとき、草むらの音が肉食動物だと考えて、実際はただの風だったら、あなたの予想は間違っていてタイプIエラー(偽陽性)であった。

 もしそうであれば、あなたは殺されることなく、ただ単に逃げることのコストがかかるだけである。そして逆に、あなたは目の前の草むらから聞こえたガサガサという音を、単に風が吹いて草むらが揺れたことで発せられた音だと判断したが、実際には、その草むらに危険な肉食動物がいた場合は、タイプIIエラー(偽陰性)のシナリオであった。

 この時は言うまでもなく、さらには間違いなくあなたはライオンの餌食になる。実はこうしたシナリオを考えるとき、脳では草むらの音とライオンの存在の関係性についてのパターン性のみならず、もう一つのことに無意識のうちに注意を払うようになっている。それが、エージェント性である。

 エージェント性とは、目の前で起きていることが、意図をもった生き物によって引き起こされていると思いこむようなバイアスのことを指す。すなわち、我々は、特に意味のないランダムな現象にたいして、意図があると思い込んでしまうような認知の歪みを有しているのである。

■エージェント性の典型例である「知性ある宇宙人」

 エージェント性は広義にはパターン性から派生するバイアスともいえるが、ここで重要なことは、人間には、何かランダムな現象をみたとき、そこに意図を無理やり、自動的に見いだそうとする傾向があるということである。

 たとえば、このケースでいえば、風は生き物ではないが、ライオンという危険な捕食者は意図をもって動きまわる動物である。エージェント性とはパターンに意味や意図、主体性を持たせることを意味する。

 魂、幽霊、神、悪霊、天使、宇宙人、インテリジェント・デザイン、政府の陰謀、その他、我々の生活を支配していると信じられている様々な見えない存在に意図を見いだしてしまうバイアスが、エージェント性である。

 このエージェント性がアニミズムや宗教、その他様々な非合理的なイデオロギーの根源にある。宇宙人はなぜか人類よりも進んでいて高潔で、我々を救うために地球に来るという話や、人間は神が創造したものだという発想がこれらの典型例であろう。』

『■なぜ「誰かが背後で糸を引いている」と考えてしまうのか

 様々な陰謀論を引きおこすのは、このエージェント性やパターン性といった、進化政治学や進化心理学といった進化論が明らかにするヒューマンネイチャー(human nature)である。

 人間はしばしば、誰かが背後で糸を引いており、事件の真の原因は別のところにあると思ったり、本当はそのような意図を持ってなかったとしても、歴史上の指導者が何か悪意や善意を持っていたかのように思ったりしてしまう。

 ジョン・F・ケネディの暗殺は陰謀だったのか、それとも単なる単独犯の犯行だったのか。犯人は、マンホールに隠れており、直前に飛び出して狙撃したという話もある。ただし、リンカーンの暗殺は陰謀であったのであり、全てのパターンを一律に却下することもできない。

 真珠湾陰謀論については稿をかえて論じるが、ローズベルトの意図と帰結の判断についても歴史学の状況をしっかりとおさえて議論をする必要があろう。つまるところ、陰謀の中にはしばしば真実もあるのだが、エージェント性やパターン性に駆られた情緒的な議論は、しばしば主張が横滑りして事実が歪曲されたものに陥ってしまう。

■「ワクチンは殺人兵器」と語るインフルエンサーたち

 そして、冒頭で示唆したように、エージェント性やパターン性のため、我々は新型コロナワクチンの客観的リスクの評価に誤り、しばしばワクチン陰謀論におびえることになる。

 SNS上は、新型コロナワクチンを接種すると5Gに接続されるという説があたかも事実かのように議論され、新型コロナワクチン普及の背後には秘密結社があり、これが世界支配を目論見ていると疑ってかかるものもいる。

 インフルエンサーや政治家のなかには、「ワクチンは殺人兵器」「打つと5年以内に死ぬ」などと主張したり、SNS上でそもそもコロナは架空のもので、真犯人は別のところにあるなどと論じたりもする。』

『■人間に備わったバイアスを自覚することが重要

 こうした奇妙なワクチン陰謀論は、その原因(すなわちエージェント性やパターン性)を特定せず、社会で起きている表面の現象だけをみていると、どのように対処したらよいのかが分からないかもしれない。

 親や教師であれば、子供たちにどう説明したらよいのか分からず当惑していることだろう。みんながパニックに陥っているなら、本当にワクチン陰謀論は正しいのではないか、と錯覚してしまう危険もある。

 しかし、その背後にエージェント性やパターン性といったバイアスがあり、我々にはこうしたナンセンスなオカルト的言説に魅了されてしまう本性があるということがわかれば、こうした社会全体がこうした陰謀論に踊らされているからといって、この動向それ自体に必ずしも真理が含まれているわけではないと、自信をもって伝えることができるようになる。

 誤った言説に対する最高のアンチテーゼは学術的に正しい科学的な知見であり、この際は、エージェント性やパターン性といったバイアスが重要なのである。

 こうしたバイアスは真珠湾陰謀論、トランプ陰謀論、9.11同時多発テロ陰謀論(ブッシュ政権がテロの犯人)など、様々な陰謀論の背後にある究極的な原因であり、つまるところ、新型コロナのワクチン陰謀論はその一種に過ぎない。

 多くの人が進化の過程で人間に備わったパターン性やエージェント性といったバイアスを自覚し、ワクチン陰謀論の誘惑を克服して、科学的に妥当な医療行為を選択するようになることを祈ってやまない。


伊藤 隆太(いとう・りゅうた)
広島大学大学院 人間社会科学研究科助教
コンシリエンス学会学会長。博士(法学)。2009年に慶應義塾大学法学部政治学科卒業。同大学大学院法学研究科前期および後期博士課程修了。同大学大学院研究員および助教、日本国際問題研究所研究員を経て今に至る。政治学、国際関係論、進化学、歴史学、政治思想、哲学、社会科学方法論など学際的な研究に従事。主な著作は、『進化政治学と国際政治理論 人間の心と戦争をめぐる新たな分析アプローチ』(芙蓉書房出版、2020年)。』