自治体システムまだ昭和仕様

自治体システムまだ昭和仕様 標準化阻むご当地主義
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA1057X0Q1A810C2000000/

『9月発足のデジタル庁が挑む重要テーマの一つに地方自治体のコンピューターシステムを共通仕様にする「標準化」がある。現状では住民の氏名や住所などの基本データの保存法すらそろっておらず、ご当地仕様が乱立する。開発した業者しか保守管理できず、コストも高止まりしやすい。「昭和」の名残が色濃いシステムでは、デジタル行政の実現は遠い。

氏名、住所、生年月日、性別――。自治体が管理する住民の「基本4情報」すら、現状ではシステムごとにデータ形式が異なる。

例えば氏名。大手Aが手掛けるシステムは姓・名を別々に保存するが、大手Bは姓名で1データだ。住所も大手Cのシステムでは、都道府県名・市町村名・番地・建物名が別々のデータだが、大手Dは都道府県から番地・建物名までで1データだ。生年月日も西暦と和暦の扱いなどに独自仕様が多い。

数十自治体でシステムを入れ替えたTKCの松下邦彦デジタルガバメント対応推進部長は「同じ情報でもデータ形式が異なれば外部連携やシステム乗り換えがしにくくなる」と話す。

大きな自治体ほどシステムが独自化する傾向がある。総務省によると、人口10万人以上の自治体の約8割が独自仕様だ。

弊害は大きい。独自システムの保守管理を担えるのは開発当時から関わる特定業者だけになりがちだ。委託先を変更しようとしても他の業者には技術面でハードルが高く、事実上、新規参入できない。「ロックイン(囲い込み)」と呼ばれる現象だ。競争が阻害され、非効率な旧式システムに巨費が投じられ続ける構図を生む。

現在の住民基本台帳制度が始まったのは1967年。日本のデジタル産業の勃興期と重なる。60年代以降は富士通や日立製作所、NECなどがコンピューター生産に乗り出した。70年代以降、自治体への大型コンピューター導入が加速し、業者間の競争も激しくなった。その結果「自治体ごとに独自開発やカスタマイズされたシステムが導入された」(TKCの松下氏)。

政府内では過去にもバラバラ仕様を統一する「標準化」の機運はあった。情報システム学会の砂田薫会長は電子政府構想を掲げた2001年のe-Japan戦略を挙げる。戦略に標準化の文言はあったが、インターネット普及率の底上げなどに重点が置かれた結果、実現しなかった。

今回も順調に進むと考える専門家は少ない。システムだけでなく業務にもご当地仕様が多いことがもう一つの懸念材料だ。

総務省が進める地方税システムの標準仕様の検討で、象徴的な出来事があった。

地方税実務は自治体によって大きく異なる。システムをそろえるにあたり、自治体から「未納なしの証明書は非課税でも出す必要がある」「固定資産税の減免は金額も入力できるように」など4万件超の意見が寄せられた。すべての要望に応えるのは到底不可能だ。

人材難も想定される。バブル崩壊後の90年代以降、システム保守・運用の外注が進む。システムを運用できる情報部門の人材は90年代までは各自治体に20~30人ほどいたとされるが、総務省の調査をもとにすると現在は平均5人ほどだ。「組織の体制縮小を危惧する声もあったが、外注頼みは止まらず仕様書を書けないほど調達能力は低下した」(行政情報システム研究所の狩野英司主席研究員)

システムの不統一や外注頼みは官民問わず、様々な分野で起きた世界共通の課題だ。IT(情報技術)先進国の北欧諸国や韓国などは一足先に対策をとってきた。

国連の電子政府ランキングで上位常連の韓国は政府傘下の地域情報開発院(KLID)が自治体向け業務ソフトを開発する。大企業の入札参加を排除し、囲い込みも防いだ。11年にデジタル化庁をつくったデンマークも中央政府と自治体が国民の基本情報だけでなく、居住環境などのデータ基盤を10年がかりで整備した。

英国やオーストラリア、エストニア、イスラエルなどは専門人材の招請にも熱心だ。豪ビクトリア州保健福祉省は外部の専門家を招き、省内でプログラマーを育成するなどして、外注頼みだった州の保健福祉関連システムの内製化に成功した。カナダ政府は米国連邦政府一般調達局などの専門家を招き入れている。

各国は14年設立の「デジタル・ネーションズ(DN)」と呼ばれる国際連携の枠組みに加入し、専門人材の交流や情報交換にも取り組む。日本のデジタル庁も国際的なネットワークに食い込み、先行事例や優秀な人材を取り込む不断の努力が欠かせない。

〈Review 記者から〉デジタル刷新 雇用にも課題

自治体システムの課題を探ると、人材と雇用の問題を口にする専門家が多い。雇用が流動的な国ほど古いシステムからの脱却がうまくいく傾向がある。逆に日本はIT(情報技術)人材の雇用が安定しているがゆえに、脱却が遅れがちだともいえる。

情報処理推進機構の国際比較調査では、日本のIT人材の希望勤務年数は約5割が「定年まで・働ける限りずっと」だった。発注する側も受注する側も、属人的で長期的な関係に「安定」を見いだすのだろう。だが、それはロックイン(囲い込み)と背中合わせだ。

インドやシンガポールの希望勤務年数は「2~5年」、米国や英国は「5~10年」が最も多い。雇用流動性が高い米国やオーストラリアなどは、政府・自治体で「システムとともに人員も合理化することもある」と行政情報システム研究所の狩野英司氏は指摘する。

スタートアップ企業のエンジニアなどが、2~3年で活躍の場を変える光景は日本でも珍しくなくなった。だが退職金や税などの制度も含め、日本の雇用環境は流動的な働き方への対応が進んでいるとは言いがたい。

政府が取り組むシステムやデータの標準化は、北欧先進国でも10年単位の年月をかけて進めた一大プロジェクトだ。聞こえのよい標語や目標を掲げるだけでなく、デジタル化を阻害する真因を非デジタル領域も含めて検証することもデジタル庁が担うべき課題だ。

(デジタル政策エディター 八十島綾平)

住民記録や地方税、25年度までに標準化

 大阪市に電子計算機が導入された1960年以降、自治体業務への大型コンピューターの導入が加速した。この時期、旧通商産業省は国産コンピューター振興策を進め自治体での国産機導入率は9割を超えた。コンピューターでの日本語処理が増えた80年代以降、メーカー独自の文字入力方式などによってシステムは独自性を増し、90年代以降のパソコン時代も自治体ごとのカスタマイズが常態化して「バラバラ」は改善されなかった。
長年の課題を解決するため、政府は2025年度までに住民記録や地方税など17業務で標準化を進める。システムの機能の標準化は各業務を所管する省庁が担い、データの標準化はデジタル庁が担当する。』